冬柴鐵三の発言 (法務委員会)
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○冬柴委員 次の質問に移りますが、五月十日に帝銀事件の死刑囚である平沢貞通元被告が死亡いたしました。判決確定から三十二年、逮捕から実に三十八年余という異例の長期拘置であったと認識しております。私は、先哲が「命と申すものは一切の財の中に第一の財なり。三千大千世界に満てて候財も命にはかえぬことに候なり。」このようにおっしゃっていられること、あるいは我が日本国憲法第十三条にも生命は「立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」このように宣言していること等に照らしまして、死刑制度というのは、いつの日にか国民の広範なコンセンサスを得て廃止すべきものである、このように私は考えているのでございます。しかし、現行法上死刑という制度が現存して、かつ最終有権判断としての最高裁判所判決において死刑が確定した以上、三十二年間という長期間なぜその執行がなされなかったのか、この点について強く疑問に感ずるのでございます。
これに関連いたしまして、死刑というものを考える上から若干答弁をいただきたいのですが、昭和三十年、四十年、五十年、この三十年間に死刑が確定した判決は一体何件あったのか、そしてその確定判決によって三十年代、四十年代、五十年代にそれぞれ何件が執行されたのか、多少どぎつい質問ではございますけれども、この点についてまずお答えいただきたいと思います。