大塚雄司の発言 (土地問題等に関する特別委員会)

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○大塚委員 質問に先立ちましてお願いがございます。資料を配付していただきたいのでありますが、お取り計らいをお願いいたします。
 本委員会は、国民注視の中で、また国民の大きな期待の中で開かれたわけでありますが、その冒頭の質問をすることになりました。しかし、与えられた時間は一時間ということでございまして極めて短いわけでございますので、あらかじめ大臣、政府委員の皆様にはひとつなるべく手短に御答弁をいただいて、時間を有効に使わせていただきたいと思います。特に、大変専門的な問題もございますので、多少私が意見を申し上げることが多かろうと思いますが、それもあらかじめ御了承をいただきたいと思います。
 ただいま机上に配付をいたしました資料の一番最後のところをごらんいただきたいと思います。実は、この土地問題については、震源地はどこかというと、東京の都心であるということはもう大方の皆さんが御承知のとおりです。その都心の区域にあります小学校の児童数の実態をちょっと表にいたしてみました。千代田区、中央区、港区の三区でありますが、ごらんのように三十五年にはそれぞれ四百、五百という児童数を抱えた学校が、既に今日では、百三十五という淡路小学校を初めとしまして、特に中央区、港区におきましては五十人を割るような学校も出てきたのであります。言うなれば、学校の態様をなさない寺子屋みたいなことになってまいりまして、そこに住んでおる居住者にとっては大変悲しい現実としてとらえられておるわけであります。
 さて、そういう現象はもちろん急激に起きたことではありません。過去、この政府の施策の中で、地方における過疎の対策も含めて、いわゆる田中内閣時代の日本列島改造論あるいはまた三全総、そしてことし策定をした四全総とこうつながって、いわゆる多極分散型の国土の均衡ある土地利用というものを目指して施策が展開されてきたわけでございます。しかし、その間にはいろいろな努力を政府もされたわけです。例えば工場再配置といって工場を地方に分散をしたり、あるいはまた新産都市ということで地方の各都市を振興させる政策をとりましたり、あるいはまた特に大平内閣の時代には、いわゆる田園都市構想という名のもとで定住圏構想を発表されまして、各府県のそれぞれの地域に一カ所定住圏の指定をするなど、ともかく多極分散型の努力は大変積み重ねてきたわけであります。
 私は、鈴木内閣のときの国土庁の政務次官をさせていただいたわけでありますが、実はそのころに定住圏の指定をする仕事をさせていただきました。東京は一体どこに定住圏を指定しようか、いろいろ論議がありましたが、今申し上げたように、地方の過疎が進むのと同じように都心で過疎が進んでいくということは大変な事態でありますから、ともかく都心六区に定住圏の指定をしょう、そして定住人口をふやすための再開発をやろうということで努力を積み重ねてきたはずであります。特にそういう中で、皆様御承知のように、中央区における大川端作戦あるいはまた民間のアークヒルズの再開発、あるいは最近では芝浦、港南地区のいわゆる市街地住宅総合整備事業等々、国と都と区の自治体が一体となって夜間人口を張りつけようという努力をしております。
 実はこの話が出たときに、東京集中はいかぬというお話がある中で、中には、事務所需要が多いのでいわゆる臨海部はマンハッタンと同じようにする方がいいのだという御意見もよく耳にいたしましたけれども、これは仮の数字で私は調べてみたのですが、大体ニューヨーク市全体が七百八十平方キロでございます。その中の五十平方キロがマンハッタンです。ですから、一割にちょっと満たない地域でありますが、あそこにはエンパイア・ステート・ビルを初め超高層ビルが林立をしております。一見夜間人口はいないかというふうにお思いかもしれませんが、あの地域には百四十二万の定住人口がおります。そして、外から通勤する人口は約二百万であります。
 さて、東京の都心はどうかというと、今小学校の例を挙げた千代田、中央、港の三区の人口というのは残念ながら五十万を切るわけであります。四十数万であります。面積は約五十平方キロであります。そういうふうに置きかえてみますと、昼間人口はどのくらい集まるかというと、二百六十万以上の昼間人口が集まる。その辺の都市構造のあり方というものがいわゆる中心に住んでいる人たちにとっては大変心配なことでありまして、まさに東京集中の発想は間違いである。私は与党ですから、もちろんそんなオーバーランをした質問はしないつもりですけれども、しかし天野建設大臣が、中曽根内閣の重要閣僚でありながら、中曽根内閣の土地政策はゼロだったということをおっしゃって、何か今週出ておる週刊誌には、大塚はチンピラで生意気だなんていうことを言っておるようですが、私は何と言われようと持論は曲げないつもりですから、この問題を中心に取り上げてまいりたいと思うのであります。
 まず、土地価格の形成というのは一体何によって成り立ってくるかといえば、御承知のように都市計画法や建築基準法等の規制の中でいわゆる用途地域、地域地区というものによってその土地はまさに私権が制限されております。つまり、商業用地あるいは住居用地、準工業というようなところは割合高い容積率の指定をしておる。一種住専とか二種住専というものは住宅専用の土地ですから、高さの制限もするし、建ぺい率や容積率も低くなっておる、つまり、その土地の利用の度合いによって地価というものは決まってくる。大体不動産業界の土地売買の尺度というのは何かというと、その容積率一〇〇%を一種と言い二〇〇%を二種生言いますが、大体一種百万なんというような言い方で土地の売買が行われてきたわけであります。そういう土地価格の形成ですから、まさに土地利用について地方自治体の知事に権限を渡しておるのですから、それなりに将来の人口増あるいは将来の都市の姿というものを考えながら今日までやってきた。国の方は多極分散型であるとすれば東京は多極多心型の都市構造をつくろうというので、あるいは新宿の例えば新都心も業務施設を東京都が一部つくって、つまり丸の内に集中するのではなくてやはり適宜分散をしながら、上水道や下水道や道路やそういう施設を十分整備ができない中で有効に活用していこう、こういう都市の形成がずっと続いてきたわけであります。
 そういう中で今度の土地問題が起きたのですが、一応皆様のお手元の資料の一ページをごらんいただきたいと思います。土地神話といって、土地は一回上がったら下がらないんだ、こう大方の方が言われるわけでございますけれども、先ほど来私が述べてまいりましたように、いわゆる東京都の公示価格の推移をさかのぼってグラフにいたしてみました。日本列島改造論は、私はその内容においては正しいと思いますが、手法を誤ったために残念ながら一億総不動産屋と言われて、議員立法で国土利用計画法をつくって対処したことは、約十二、三年前のことですから御記憶にあるところであります。
 その昭和四十六年からのグラフをごらんいただきますと、列島改造論のときにぐんと土地の値段がはね上がりまして、今日よりも、全国の点線を見ていただけばおわかりのように日本列島全体が地価が上がったわけであります。そして、田中内閣が退陣をされて列島改造論もトーンダウンをしてまいりますと、この昭和五十年の例にありますようにぐっと下がりましてマイナス一〇%まで下がっていったという例があるわけですから、一回上がった土地の値段は下がらないというのは間違いであって、それぞれ対応をしっかりやれば絶対に下がることはあり得るんだ、これはまさに政治であると私は思うわけでございまして、御参考までに皆様にお配りをしたわけです。しかし、特に今回は点線と実線がこんなに離れておりますように、全国的には土地はそんなにはね上がっておらないのでありますけれども、東京だけがこのようにはね上がっておるというところで、ここが一番問題点であります。
 さて、今度の地価高騰の原因は何であったのだろうか、ここが私は一番この委員会でやるべきポイントだと思っておりますが、実は昨年の今ごろ、しばしば建設省や国土庁の皆さんに私は土地問題について提言をしてまいりましたが、残念ながらなかなかそれが組み込まれなかった。万やむを得ず「「中曽根民活」の虚構を働く」と題して、中央公論で私は論文を三カ月にわたって連載をさせていただきました。これは私なりの見解があるわけでございまして、なぜそのようなことをしたかということもこの際明らかにしなければなりません。少なくとも地価の上がる原因には二つの理由がある。一つは、砂糖やトイレットペーパーと同じように需給による土地の値上がりであります。もう一つは、いわゆる効用によるものである。効用は動力の効に用いるという字を書きまして、ユーティリティーでございます。つまり、例えばある土地があってそこに地下鉄が通るぞという話が出ただけでその土地の値段はぐんとはね上がるというのと同じでありまして、言うなれば日本列島改造論のあの全国を開発しようという構想は、まさに効用の役割をして土地の値段を一斉にはね上げたのでございます。
 実は、冒頭に申し上げた三全総、四全総に連なるいわゆる分散型の東京の都市計画が、中曽根総理が内閣を組織されてから後にあの総理の容積発言というのがございます。環状七号線の中に五階建てが全部建つように容積を上げようという話であります。そこはやや専門的になるのですが、確かに容積率は東京都内全部指定をしてございます。しかし現実の問題としては、東京の都民は太陽を志向する人々も多いものですから、実際に建築基準法で前面の道路が狭ければ高さを斜線で切った高さに制限をしておる。それから、裏側には北側斜線というのがあります。それから、さらには日影規制というのが昭和四十年代に国会で法律で決められまして、つまり冬至の日照で一日に何時間というような基準を定めましてその高さの制限をするという制度があります。ですから、容積を指定しておっても、道路の幅員が狭かったり敷地の面積が小さかったらそんなに大きな建物は建てられないわけであります。ですから、そういう問題に対して容積を上げるぞというような発言を実力者がされますと、ただでさえ難しい問題でありますから、不動産業界やそういう方々にしてみれば、将来容積が上がるなら今のうちに土地を買っておこう、あるいは将来ここが上がるということになるならもう少し待ってから建てようというようなことが起こるわけでありまして、この容積率の総理の御発言がいわゆる土地高騰につながった。私はそのことも去年の中央公論で申し上げておるわけです。これが効用です。
 それに加えて、もう一つは事務所需要であります。これはお手元に配付してございます三枚目の紙をごらんをいただきたいのであります。この辺はかなり私は政府のばらついた数字の発表に不満があるわけでありますが、例えばこの表の上の一都三県の数字がございますけれども、一都三県にいたしますと話が統一しにくいので二十三区の数字で申し上げましても、首都改造計画の国土庁の発表しました事務所の床需要の見通してありますが五千百四十ヘクタール、あるいは経済企画庁がお出しになったのが二千百五十五ヘクタール、民間の銀行が千七百八十七ヘクタール、こういうふうに役所によって数字が全く違う。これ自体も大変に問題でありますけれども、ごらんをいただくとお気づきになると思いますが、際立って国土庁の首都改造計画、六十年五月の五千百四十ヘクタールというのは余りにも需要が過大に過ぎないだろうか。私は、このことが今度の土地高騰の引き金になったということを申しておるのであります。
 実は、その次のページをめくっていただきますと、東京都二十二区の今日までの事務所の床面積の推移を一覧表にいたしました。昭和五十二年から六十二年までの十年間でありますが、二十三区の一番下の数字をごらんいただきますと、三千という数字は累積の数字でありまして、一年間の増加床の面積は括弧書きにいたしております。つまり五十三年百三十六ヘクタール、五十四年七十三ヘクタールというぐあいにまいりまして、六十二年の数字はぐんとはね上がって二百六十三ヘクタールであります。ともかく、こういう推移でありまして、下の左側の文字にしておきましたが、過去十年間のストックベースでの事務所床供給が今後ともこのまま、例えば臨海部の開発とかそういうものをやらなくても、今日までの経済ベースで進むのであれば、都心における、二十三区における床供給というものは十分やっていけるということを示したものであります。この数字をもとにしまして自由民主党の緊急土地問題協議会におきまして、前のページに戻りますけれども、一番下にあります千六百から千九百、つまり国土庁が発表した数字から見ますとはるかに下方の修正をいたしておるわけであります。
 元来、その土地の価額というのは、効用で申し上げたように、需給で例えばトイレットペーパー、物の場合もなくなるぞと言えば殺到するように、ビルの需要が大変に旺盛だと言えば、私はそのことがひとり歩きをして地価にはね返ってくるのだということをしばしば申しておるわけでありまして、党の協議会では既に下方修正をいたしまして天下に発表いたしましたから、このことが私は必ず特効薬になっていくというふうに見ておるわけであります。
 そこで、今いろいろ申し上げましたけれども、国土庁長官、建設大臣、そして副総理・大蔵大臣にそれぞれ、今度の地価高騰の原因は、前段にいろいろ申し上げましたけれども、ずばり言って何が原因であったか、お答えをいただきたいのであります。

発言情報

speech_id: 111004854X00219871119_004

発言者: 大塚雄司

speaker_id: 2541

日付: 1987-11-19

院: 衆議院

会議名: 土地問題等に関する特別委員会