嶋崎譲の発言 (本会議)
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○嶋崎譲君 私は、日本社会党・護憲共同を代表し、ただいま議題となりました国立学校設置法の一部を改正する法律案に対し、総理並びに文部大臣に質問をいたします。
本法案は、臨時教育審議会の最終答申を受け、その具体化のため今国会に提出されている臨時教育改革推進会議設置法案、教師に初任者研修を義務づけようとする教育公務員特例法の一部改正案、本来平等であるべき教育現場に学歴差を持ち込もうとする教育職員の免許法の一部改正案などとともに臨教審関連の六法案の一つとして提案されたものであります。総理、あなたは、中曽根前総理が鳴り物入りで国民の前で演じた臨教審という名の舞台演出をそのまま受けて、その教育改革を重要な国の施策として継承なさるおつもりですか、お尋ねいたします。
臨教審の四次にわたる答申は、中曽根前総理が現下の教育をめぐる退廃、激しい受験競争に悩む親たちや青少年の教育改革への期待を巧みに利用し、教育を政治権力の安定のための手段として扱われたその手法をよもや受け継がれまいと思うが、いかがですか。教育への政治の介入を禁じ、国家主義の教育から人格の完成を目指す人間教育への転換をしるしづけた憲法、教育基本法のもとで、その精神にのっとり教育の改革は進めらるべきであるからであります。教育改革の基本的な対応について総理の見解を改めてお聞きします。
臨教審関連六法案は、実は文部省がかつて既に推進してきた中教審において提案されてきたものを臨教審の舞台で改めてクローズアップさせ、そのお墨つきをもらって提案されたものにすぎないのであります。臨教審は、総理官邸筋と文部省とのヘゲモニーをめぐる対立の場でありました。結果は、文部省のペースに都合のよい部分だけを答申に基づいて具体化されたと言ってもよいと思います。総理並びに文部大臣は、臨教審の動向並びにその答申についてどう判断されているのか御所見を承りたいと存じます。
続いて、本法案の内容についてお尋ねいたします。
本法案は三つの構成部分から成っています。一つは、三重大学に医療技術短期大学の併設、京都工芸繊維大学の廃止と改組などを提案している部分であります。二つ目は、総合研究大学院大学を新設するための部分であり、この提案は、日本の学術研究体制にかかわる新たな試みであります。三つ目は、大学入試センターの所掌事務を改め、悪名高いいわゆる共通一次大学入試にかわる新テストを実施し、従来の国公立大学に加え私立大学をも参加させる仕組みに変えようとして提案されたものであります。この第二と第三の部分は、現行教育法制のもとでは慎重審議を要する内容のものであります。
そこで、総合研究大学院の創設について以下五点についてお尋ねいたします。
その第一は、現在既に幾つかの大学に総合研究科、連合大学院などの新しい形態の大学院が設置されつつありますが、学部も修士課程も持たず、しかも大学以外のところに博士課程だけの大学院を設置することは初めての試みであるという点であります。学校教育法によれば、大学は学術の中心とされ、その本来の目的、使命から、当然大学院課程を持つことを想定しており、大学院課程を有しない大学が、学術の中心としては不十分であることを明らかにしているのであります。つまり、大学院は学部の充実の基礎の上に設置すべきことを明記したのであります。したがって、今回の総合大学院の新設は、学校教育法上の大学、大学院制度から逸脱する新構想大学の一種であり、今後の日本の学術研究体制にとって問題性をはらんでいるものであります。
第二には、総合研究大学院構想は、数県にまたがる国立大学共同研究機関の基礎の上に大学院を新設しようとしているのですが、このような大学院は果たして名実ともに研究教育機関たり得るかどうかという点であります。共同研究機関は大学と異なり、特定のテーマによるプロジェクト研究を主としており、大学院学生が一定の期間参加して研究を行うことは有益であり、そのような研究参加は現在も行われております。全く独立した大学院が独自の教育機能を持ち得るかどうか、極めて疑問であります。研究者が完全に自立する前に、共同利用機関のプロジェクト研究に限られた形で従事することは、すぐれた研究者として大成することを阻害するおそれさえあります。急がば回れで、すぐれた研究者は深くて広い教育研究の土壌で育てられるのであります。
第三には、この大学院では共同利用機関は大学院の母体と言われながら、法律上は「緊密な連係及び協力」の関係とされているにすぎず、具体的には共同利用機関のスタッフ全員大学院のスタッフとなるのではなくて、一部スタッフが別個の組織である大学院に併任されるものとされている点であります。共同利用機関の教員には教育公務員特例法は完全に適用されず、その不利益処分に関する条項は除外されているのですが、総合大学院は国立大学であるから教特法は完全適用されるということになるのであります。したがって、共同利用機関と総合研究大学院との双方を担当する教員は、教特法上矛盾した地位に置かれることになります。これはまた、教育公務員特例法上初めてのケースであります。
第四には、今回の国立大学設置法がもし成立すれば、現行法制のもとでは、個別の総合研究大学院は法律事項でなく政令で措置されることになり、どのような大学院が必要かという判断は政府の恣意にゆだねることになります。ただでさえ新構想の大学が、学校教育法上の学術の中心としている既存の大学よりも重視される傾向があるだけに、大学院の格差は広がり、日本の学術体制に大きなゆがみをもたらすことになると思います。
第五には、この大学院の管理運営上の問題があいまいであるという点であります。学長、副学長、参与会、教授会、研究科委員会、運営審議会など多岐にわたる機関の、どれがどのような役割を持つか不明であります。この大学院は、茨城県、東京都、静岡県、愛知県の四カ所に分散している共同研究機関を基礎とするだけに、本来の教授会を中心とする大学における自治と研究の自由が果たして守られるのかどうか、疑問とせざるを得ないのであります。
以上、五つの問題点について、それぞれ文部大臣の御所見を賜りたいと存じます。
今回の総合研究大学院を新設するに当たっては、大学学術関係者の意向に耳を傾け、長期的展望に立った大学院の充実と発展のための計画を作成することこそ緊急な課題であると思います。一九八〇年以降の我が国の基礎研究の研究費は、昭和五十五年度には研究費全体の一四・五%であったものが、五十九年度一三・六、六十年度一二・九等々と減少の一途をたどっております。また、研究予算、特に大学等に対する政府の投資は、我が国では研究費総額に対して五分の一程度で、先進国中明らかに最低なのであります。これらの現状についての科学技術白書や学術会議の要望などについて、総理並びに文部大臣の所見を承りたいのであります。
次いで、大学入試センターについて以下の問題点をただしたいと思います。
この改組のねらいは、臨教審の第一次答申を受けて、過去九回にわたって実施してきたいわゆる国公立大の共通一次入試にかわって、私立大学を包含する新テストを昭和六十五年から実施することにあります。しかし、共通一次をめぐって猫の目のようにくるくる制度が変わる状況では、大学人や受験生を振り回すだけで、改革にはなりません。昨年は、共通一次試験の前に二次試験の志望校に出願する事前出願制をとったため、延べ十万人が二次試験を受けられない門前払いに遭ったのです。この反省から、今年は共通一次の成績を見てから出願する事後出願制に戻ったが、大手予備校は、共通一次が終わると受験生の自己採点の結果を集め、直ちに各大学の合格ライン、二段階選抜の門前払いラインをはじき出しました。その結果、二段階選抜を予告した大学への出願は減少し、門前払いの総数が約一万五千人にとどまったのであります。この結果、まさに私立大学への志願者が大幅に急増したのであります。受験生の動向は、入りたい大学よりも入れる大学へという傾向が強まり、地方の国公立大学よりも有名私立大学という流れが再びはっきりしてきたのであります。
来年の昭和六十四年度入試では、またこれを改め、現行のA、Bグループ分け方式に加え、大学、学部の定員を前期と後期に二分し、前期の合格発表と入学手続締め切り後、後期の試験を実施する分離分割方式、これら二つの方式のいずれを選ぶかは大学に任せるという併存制を基本としています。この場合、前期の入学手続を済ませた生徒はB日程は受けられなくすることで入学者の一部をあらかじめ確定し、混乱を最小限に防ぎたいということを配慮しています。これも、大学格差を隠ぺいしようとする大学側の思惑で、受験生が泣き寝入りするだけです。六十五年度導入の新テストには、どれだけ私大が参加するかが焦点となってきました。この際、私学全体が慎重な姿勢をとる傾向には二つあります。
第一は、国公立と同じ物差しを使うことによる大学院序列化の心配であります。十年前、共通一次がスタートしたとき、私学側は、画一的な国家統制のおそれのある共通試験は、大学本来のあり方から避けるべきだと参加を見送ってきました。実際には、国公立の序列化がますます進行したことを目の前にして、私大の懸念はむしろ強まっております。第二には、私学経営への影響であります。受験科目などの負担が少しでも軽い大学に流れる最近の受験生の心理から、私立大学の試験のほかに新テストを課すならば、受験生は逃げてしまうおそれがあるからです。
このように、最近の入試制度の猫の目改革では、高校在学中の生徒は将来への方針も立たず、全く不安にさらされているのであります。以上のような経過と現状をどう文部大臣は判断されておられるのですか、所見を承りたいのであります。
大学入試改革の目的は、大学入試が高校以下の受験競争を過熱させ、学力本位で男女差別や人間不在の教育をはびこらせている現状を改め、受験産業の肥大化に歯どめをかけることでなければなりません。この観点に立つとき、共通一次を実施するに当たって、昭和五十二年十一月十六日の第八十二国会の衆議院文教委員会決議こそが生かされなければならないと思います。
この決議の第一は、共通一次の実施時期の問題であります。学校教育法では、高校は三年とするとしていることにかんがみ、実施時期は第三学年のなるべく遅い時期に実施し、後期中等教育の充実について特に配慮すべきだとしています。新テストは、共通一次よりも早い十二月に実施し、しかも各大学がそれ以前の七月に試験科目を発表することになっております。これでは第三学年の授業計画が立たず、後期中等教育軽視も甚だしいと言わなければなりません。
第二には、決議では、二段階選抜方式の実施は避けるべきだとしているのに、新テストは共通テストと個々の大学の入試とをさらにリンクさせ、共通一次よりも二段階選抜方式となっています。
第三には、共通一次テストは後期中等教育の到達度の判定試験とし、国公私立が全部参加できることに努力すべきだとしています。新テストは、到達度と大学への適性能力試験とを同時に判定することになるから、私立大学の参加が危ぶまれているのです。これらの点について文部大臣の御所見を伺います。
以上のように、新テストは、衆議院文教委員会の決議に沿わないばかりか、決議でおそれたとおり、大学格差がさらに拡大し、受験産業をはびこらせ、受験競争の激化、人間不在の教育の退廃をますます進行させるものとなるのです。したがって、決議の趣旨に立ち返り、大学入試改革を徹底的に見直し、新テストの性急な実施には慎重に対処されることを要求し、総理並びに文部大臣の御所見を求め、私の質問を終わります。(拍手)
〔内閣総理大臣竹下登君登壇〕