土屋基規の発言 (文教委員会)

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○土屋参考人 土屋でございます。
 私は、教育制度・行政を主な研究領域としておりますが、教師の養成・免許制度についてずっと関心を持ち続けてまいりまして、一九七八年、昭和五十三年に成文堂という出版社から教育職員免許法のコンメンタールを出したことがあります。また現在、全国教員養成問題連絡会の世話人の一人として教師養成の諸問題に取り組んでおります。
 きょうは教師の養成・免許制度をどう考えたらよいかという観点を中心にいたしまして、教育職員免許法の一部を改正する法律案について私の意見を申し述べさせていただきますが、次に述べます三つの理由から、この法律案に反対の態度表明をせざるを得ません。
 第一に、学習指導要領に示された中学校または高等学校の教科と教育職員免許法に定める免許教科の関係はほぼ同様ではありますが、必ずしも一致しておりません。資料として「高等学校の教科名と免許教科の変遷一覧」を作成いたしましたので、ごらんいただけたら幸いです。高等学校の学習指導要領の改訂によって社会科を地理歴史と公民に再編したことを免許教科の改正に自動的に連動させることについては検討を必要とすると考えます。
 この点について、教育職員免許法が施行されたとき文部省がどのような考え方をしていたのかを承知しておきますことは、今日なお必要なことだと思います。文部省の初代教職員課長であった玖村敏雄氏が一九四九年、昭和二十四年に学芸図書という出版社から「教育職員免許法、同法施行法解説」という本を出しております。そこで述べられていることを参考にすることができると思います。
 すなわち、学習指導要領に示す中学校または高等学校の教科と教育職員免許法に定める免許教科が必ずしも一致しないのはなぜかという点につきまして、「免許状の教科は、教員の資格の区別という立場から、学校における教科の分け方とは別個の見地から考慮さるべき問題であるからである」と説明しております。そしてその具体例として保健、職業指導、職業実習、農業実習、工業実習、商業実習、水産実習、そして書道を挙げています。
 このうち、例えば保健について見ますと、次のように述べております。
 保健体育の免許状を有する者は、同時に保健の免許を有するものとされるのであるが、この他に保健のみの免許状が認められるわけである。それは、保健教育は、体育料担当の教員のみでなく、これと特に密接な関連のある社会、理科、家庭等の各教科の担任教員が併せて保健教育を行うことが望ましいのであるが、このことが適確に行われるようにするためには、保健のみの教科の免許状を設けることが適当とされたのである。
というわけです。
 そしてさらに、社会、理科、家庭などの教科についても説明しておりまして、これらを細分化しないで包括的な教科とした理由として挙げていることは、次のようなことであります。
 これらの教科は、更に細分することが可能であり、且つ便利なこともあるのであるが、新教育における綜合的教育課程の方針よりすれば、これらの教科については、一人の教員が教授を担当することが適当であるとされたからである。
こう述べております。
 高等学校の学習指導要領の改訂によって社会科が地理歴史と公民に再編されたわけですから、それを免許教科に連動させようとするのは当然のことのように考えられがちなのでありますけれども、以上のような教育職員免許法が制定されましたときの趣旨を尊重する見地に立って今回の法改正を考えてみますと、戦後四十年余の実績を持つ総合的な教科としての社会科の性格を大きく変えるものでありますし、また免許法に定める社会、理科などのように広い領域を持つ包括的な教科についての教員資格の定め方を変えることにつながると考えられます。
 第二に、今回の法改正の前提である高等学校社会科の地理歴史と公民への再編そのものが教育関係諸団体を初めとして十分な国民的合意を得て行われたものとは考えられないからです。
 教育課程審議会の審議の経過を見てみますと、なるほど地理歴史と公民への再編という考え方が出ておりました。一九八六年七月二十一日の中間まとめで示された方向では、小中高等学校を通じて学習内容の精選を図るということと、「身近な社会生活についての具体的な活動や体験を通した総合的な学習から、次第に歴史、地理、公民へと分化して、系統的な学習ができるように内容を構成し、各学校段階の特色を明確にする。」ということが示されておりました。
 問題はその後にあるわけです。教育課程審議会の教科別委員会で審議されることになったわけですけれども、社会についての教科委員会での審議の結果をまとめた改善方針を見てみますと、高等学校の歴史については、社会科の枠から外して独立の教科にすべきであるという意見と、社会科は社会諸科学の成果に基づく総合的な教科だから独立の教科にすべきではないという意見が両論併記されておりました。
 決着は教育課程審議会高校分科会に持ち越されたわけですが、そこでは、先ほど来お話がありましたような世界史必修という主張が強く打ち出されたなど、かなり激論が交わされたと伝えられておりますが、結論が出されました直後に社会科の再編に反対した委員が、たった二回の審議で決めてしまったのは禍根を残すというふうに述べておりましたし、また答申に至る過程で社会科学習指導要領作成協力者会議の主査を務めた委員と全国社会科教育学会の会長を務める委員が辞任するというかつてない事態が生じました。
 こうした事態の進行に各方面からの関心が高まりまして、新聞報道もこの高等学校社会科の再編に対して、例えば沖縄タイムス、一九八七年十一月二十六日は「唐突な社会科”解体“」、また東京新聞の同年十一月二十八日は「強引すぎた”総決算“」などというふうに問題にいたしました。この審議の経過と結論に対して関係諸学会や教育現場から強い批判が相次ぐ中で社会科の再編が進められたという事実を見逃すことはできません。
 高等学校社会科の再編問題は、小学校低学年での社会、理科の廃止、そしてこれにかわる生活科の新設、小学校上級学年での歴史学習の人物主義への傾斜など、全体として社会科を解体する方向に沿った具体的な措置であると考えられますし、戦後教育の総決算を象徴する一つの事柄だと言ってもいいと思います。戦後四十年余の実績を持ち、完全に定着している社会科をどう評価するのか、今後どのように創造的に発展させるべきなのか、こういう問題について教育関係者はもとより国民的な教育論議を尽くすべきであって、学習指導要領の改訂があったから直ちに免許教科の改訂に連動させるべきだというふうには考えない方がいいと思うわけです。
 第三に、免許教科が地理歴史と公民にかわりますと、事は大学にも当然波及するわけであります。大学での教師養成の教育がこれに対応するのには現状では困難な問題がありますし、今回の法改正が行われたとしても、そのことによって必ずしも教師の資質の向上に結びつくとは考えられないからであります。
 高等学校社会科が地理歴史と公民に再編されますと、その教科教育法はどうなるのかという疑問と不安が大学側にあります。これまで中学校及び高等学校の社会科の免許状を取得するのには、教職専門科目としての社会科教育法が必修であり、今後も教科教育法は必修なわけですけれども、これまでは中等教育のそれとして社会科教育法という名称で同一でありましたけれども、今回の再編に当たって、この高等学校の地理歴史、公民の教科教育法がどうなるのかということまで含めて十分に検討して結論を出したのかどうか、疑問が残るということであります。
 高等学校社会科につきましては、教員養成系の大学以外のいわゆる一般大学で免許状の授与が多いと思いますけれども、これまでに社会科教育法を含む教職専門科目については問題が指摘されておりまして、マスプロ授業が多いとか非常勤講師に依存する比重が高いとかということが課題となっておりました。例えば国立大学協会教員養成特別委員会が一九八〇年に、「大学における教員養成」という調査報告を出しておりますけれども、ここでも社会科教育法の非常勤講師への依存率は大変高いわけであります。教育学部を持つ大学では一三・四%ですけれども、教育学部を持たないいわゆる一般大学では五〇%、教育学関係の博士課程の大学院を持ついわゆる旧帝国大学系では六三・一%にもなっております。こうした現状を克服することが大学側の重要な課題であるわけですけれども、今回の法改正によってこれを解決する条件が整うというふうには考えられませんし、地理歴史と公民になりまして、その教科教育法がどうなるのか必ずしも明らかではありません。
 先般行われました免許法改定に伴う再課程認定に当たっても、この点では社会科教育法ということで高等学校課程の再認定は申請されているはずであります。
 この地理歴史と公民の教科教育法がどうなるにせよ、その結果、資格要件を充足するだけの形式的な履修に陥ってしまうような事態が生じますと、到底そのことは教職の専門性の向上を図るということにはつながらないように思います。教員養成系の大学・学部には社会科教育法担当の専任教員が配置されてはおるのですけれども、この方方は小学校、中学校の社会科教育法を担当いたしますので、これに加えて新たに地理歴史教育法、公民教育法というような教科教育法ができるのかどうかわかりませんが、これに対応するような教科教育法を設けるということになりますと、残念ながら現状では、これを担当する人的条件も学問的基礎も整っていないと言わざるを得ないと思います。
 以上の三点の理由から、私は、今回の法改正には賛成しがたいという意見を持つものであります。
 以上で終わります。

発言情報

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発言者: 土屋基規

speaker_id: 2139

日付: 1989-11-29

院: 衆議院

会議名: 文教委員会