高橋史朗の発言 (文教委員会)
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○高橋参考人 第一点目につきましては、先ほど申し述べましたように、地理歴史科の「目標」の中に「民主的、平和的な国家・社会の一員として必要な自覚と資質を養う。」というふうに民主主義教育を継承しておりまして、これは明らかに憲法の精神というものを踏まえているというふうに言えると思います。そういう意味で、あるいはまた別の観点からいいますと、民主主義という制度がどういうふうにでき上がったかということを知るためには歴史を学ぶことが必要でありますし、また、民主主義をより発展させていくためには歴史的な視点でとらえるということが必要でありまして、そういう意味で歴史を学ぶことが民主主義教育の危機であるとかあるいは憲法への挑戦と言うのは私は観念論ではないかと思っております。
といいますのは、先ほど「目標」について申し上げましたけれども、具体的に例えば地理歴史科のどの内容が憲法に挑戦するのか、あるいはどの内容が民主主義教育の危機につながるのか、そういう具体的な批判というものはまだ私はお目にかかったことがありません。あくまで枠としてのレッテル張りで言っているだけでございまして、それはいわば短絡的な感情論ではないかというのが私の考えでございます。
それから二点目でございますが、教科書が大変細切れの知識の切り売りになっているということでございますが、これはまさにそのとおりであります。先ほど上田先生のお話にもあったのですが、私は別の観点でこの問題をとらえております。というのは、逆に社会科という枠の中に歴史を置いているために、例えば人間生活あるいは人間の人物、そういうものをありありと描くことができない。そのために単に何年何月にだれがどうしたという暗記中心の授業になってしまっているのではないか。ですから、問題は教科書のあり方あるいは入試のあり方、これは臨教審でもいろいろと議論したわけでございますが、教科書そのもののあり方、入試のあり方そのものを変えていかないとどうも根本的には解決がつかない問題ではないかというふうに考えております。
それから日本史の問題でございますが、これは必修ということを先ほどおっしゃったわけでございますが、私は基本的にはこのように考えております。今度の教育課程の改善で「中学校教育を中等教育の前期としてとらえ直す視点をこれまで以上に重視する」、こういうふうに書いてございまして、こういう観点から見ますと、本来高校の地理歴史科あるいは公民料に呼応して中学校においても将来的には独立させることが望ましいというのが私の考えでございます。
それからもう一点は、国際的資質を養成するためには自国認識と他国認識の両方が必要でございまして、日本史学習において世界との関連に留意するのみならず世界史学習において日本との関係に十分留意して考える必要がある。それから特に、世界史を見ますと、近代以前の日本については余り出てこないのでございますが、日本史も世界史と同様に重視する必要があるのではないかというのが私の考えでございます。