上寺久雄の発言 (文教委員会)
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○上寺参考人 先ほどから話がございますように分離あるいは独立、こういう論につきましては、社会科が編成をされたときから四十年の歴史を持っておるわけでございます。これは教育課程審議会とかいろいろなところで論議もされる、それのもっと地盤にそういうものがある、こういうことも私たちは理解をしてきておるわけでございます。特に直前においても慎重な論議をされて、回数こそ少ないけれども、密度の高い論議をされたことも私自身は体験をしておるわけでございます。同時に、そういうことが起こりました問題につきましては、先ほどもお話が出ましたけれども、社会科が統合的な総合的な学習をし社会科学に裏づけられている、これについては私も先ほど申し上げましたとおり、中学校までは十分それを徹底していただきたいと思います。しかし、教育の継続性あるいは系統性、そういうものから考えて高等学校においてはこれは発展的分立をするのだ、こう考えていただく、こういうことが一つでございます。
もう一つつけ加えさせていただきますと、社会科という枠の網をかぶせておきますこと自体が中での発展といいますか、地理歴史あるいは公民、こういうものの学問的発展というものに対して一種の神話的なものになっておるわけでございまして、非常にルーズになる、こういうことが一つ言えるのではないか。私たちは児童生徒の発展ということから考えて、学問の厳しさなりあるいは発展、そういうものに即した教育課程の厳しさというものから逃げてはいけない、こう思っておるのでございます。真っ向から取っ組むためには発展的分立を祈念しておる、そのプロセスにおいては十分審議されたと私は思っております。