高橋史朗の発言 (文教委員会)
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○高橋参考人 このたびの地歴独立に至る経過についてどういう認識をしているかというお尋ねでございますが、私は二点申し上げたいと思います。
その第一点は、教育課程審議会の審議という尺度だけで見ますと、確かに時間不足であったし、拙速の感は否めないという印象を持っております。しかし、お配りした本の二百六ページから資料を掲げておりますように、既に中教審、臨教審の議論を踏まえて今度の教育課程審議会の議論が行われている。あるいは冒頭の私の意見陳述の中でも申し上げましたように、四十年間というプロセスの中でこの問題は総括をする必要があるといいうことが私の申し上げたい点でございます。
それで、中教審あるいは臨教審においてこの問題がどういうふうに書かれているかというのは、二百六ページから二百十五ページでございましょうかの資料をごらんいただければつぶさに抜粋しておりますが、例えば両論併記の形で臨教審の第二次答申は出ておりますし、第三次答申では、二百八ページの上段でございますが、「このような国際社会の中に生きる者として必要な知識については、比較文化的視点を重視し、地理教育とあわせつつ日本および世界の歴史教育の中に織り込んでいくことが必要である。」あるいは最終答申の中では、中等教育段階における社会科の構成のあり方を検討するということを述べておりますし、こういう経緯を踏まえて議論が行われているということを申し上げておきたいと思うわけであります。
第二点目は、これは余り注目されていないわけでありますが、今度の場合は、社会科擁護あるいは地歴独立の意見が闘わされたわけでございますが、その議論の質に目を向ける必要があると思うわけでございます。それは私の論文の中、百三十五ページにそのことに言及しておりますが、私は、このたびの地歴独立問題のポイントは十一月四日に行われた高等学校社会科教育懇談会にあったのではないかと考えております。
そこで、「なぜ社会科を地歴科と公民料に分離してはいけないのか。」という根拠を示してほしいということに対して、十分に分離独立してはならないという根拠が示されなかった。実は、この「懇談会は「相当の抵抗が予想されたため、当初は日程を二日間とった」」ようでありますが、実際には「一日で決着」をいたしました。つまり、この懇談会が、地歴独立を決定づけた最大のクライマックスといいますかポイントのところであったと私は思うのでありますが、数ではなくて議論の質において、なぜ社会科の枠が必要なのかという相当の抵抗がなかったと考えております。そういう意味で、今度の問題は決して力ずくのものではないと私は考えております。