土屋基規の発言 (文教委員会)

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○土屋参考人 社会科が再編された過程につきましては、先ほどの私の意見の第二点目にその概略を示したとおりでありますけれども、やはりかなり唐突な再編という感じが否めないというのが審議の経過を見てのことだと思います。教育課程審議会の議事録は公開されておりませんので、いつ、いかなる事実が重ねられてということを正確に掌握することは難しいわけですけれども、この間報道されたさまざまのことから見ましても、先ほど言いましたように、辞任した委員が、たった二回の審議で決めてしまったのは禍根を残すというふうに述べておりますので、実際に委員会に出ておられた方ですから、この二回の審議会ということは間違いはないのではなかろうかというふうに思います。
 また、先ほども強調いたしましたように、社会科教育学会の会長を務めているような方もこの点について辞任をするという、かつてないような事態が生じたわけでありますから、そういう点から申しますと、やはり大変に慎重を期して、社会科教育学会やあるいは日本教育学会や、そういう関係学会などの意見聴取を十分にするというプロセスが必要だったのではなかろうかというふうに思います。
 私は先ほど、こういう改訂の問題を、全体としては社会科を解体する方向での一つのあらわれだというふうに申しました。先ほど、小学校の低学年で理科と社会科がなくなって新たに生活科というのができるというお話が出たわけでありますが、これも教育課程審議会の答申の中間過程ですと、新しい生活科で社会的認識と自然認識の芽を育てるということがこの教科のねらいとして書かれておりましたけれども、最終答申になりますと、この社会認識や自然認識の芽を育てるということは削られてしまって、生活の基本的習慣と技能を身につけるというふうになってしまいましたので、小学校一、二年の低学年のときには、自分の身の回りの社会を見つめ、そしてその社会の中で自分がどんなふうに生きていったらいいかというようなことを学習する教科がなくなったわけであります。そんな形から見ますと、小学校、中学校、高等学校全体を通じまして、系統的に社会を科学的に認識するという力を育てるということについては今後大変な困難が生ずるのではないかというふうに思う筋がありますので、全体として社会科を解体する方向での、つまり科学的社会認識を育てるという方向での一つの措置というものが高等学校段階での再編ということになったんだろうというふうに考えております。
 あるいは、高等学校の社会科担当教師たちの賛否両論で結構なわけですけれども、学会関係の意見聴取が十分に行われたという形跡を発見できないのを大変残念に思っている次第です。

発言情報

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発言者: 土屋基規

speaker_id: 2139

日付: 1989-11-29

院: 衆議院

会議名: 文教委員会