保岡興治の発言 (予算委員会)
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○保岡委員 今総理が指摘されたように、私もこの間ヨーロッパ各国の選挙制度をお仲間の方と視察をしてまいりました。本当に信じられないぐらい選挙費用が少ないですね。それから、日常活動費も少ない。イギリスなどは百二十万から百四十万ぐらいで本当に選挙ができる、こう言うのですね。しかし、政党が徹底的に宣伝をしてくれる。これはまた大変なお金をかけているようで、やっぱり総理が言われましたとおり、政党が選挙や日常の政治活動をサポートする、選挙資金も政党に入れる、議員はひたすら本来の政治活動に専念して頑張っていけばいい。もちろん小選挙区を中心とするイギリスやフランスなどに見られるように、本当に仲間同士の同士打ちということがないですから、さっき言ったような水膨れ的な地盤培養のための選挙資金などの拡大現象、がんのようにそれが拡大していくというようなことは全くないようになっているように思えたわけです。
私は、そういうことから、やはり政治家が、政治が必要であればあるほど、政策活動がこれから時代の要請として高まってくればくるほど、日本の国会議員が時間的余裕を持って、スタッフも充実して、しかも場所もしっかりした、もっと広い議員会館をきちっと持って、そうして政策立案等の経費も十分に補助できるような体制をとっていかなければならないと思うのです。しかし、それには、政党法で国庫補助をするとかあるいは議員のいろいろな活動の公的な負担を大きくしていくにしても、私は、そこにはやはり国民が、議員定数を思い切って削減するというような血の出るようなことをやって初めて納得して、なるほどそういう政治の仕組みが必要なんだという理解をしてくれるんだろうと思うのです。
そういった意味で、私は、先ほど総理が言われましたとおりに、こういう問題もやはり選挙制度が根本にあるという認識を示されたように思います。私は、選挙制度審議会にいろいろ政治資金のことについても総理が諮問をして、鋭意検討を願って御努力を願っていることを承知しております。私は、そういう意味で、やはりこういう問題も根本には選挙制度の改革というものがあるんだ、これを抜きにして、依然として中選挙区を維持していくような形の中でどんなに寄附の禁止をしても、あるいは政治資金の明朗化を図ろうと思っていろいろ努力しても、公費負担の拡大も図れないまま党への政治献金を、党に拡大してそちらの方に移していくということもなかなか難しいままにこの政治改革という大事な時期を失してしまうことがあるのではないだろうか。当面の対策として、寄附の禁止やあるいは政治資金の明朗化について我々は法案を出してあります。これとて現実の政治の中でこれを実現するということは大変なことなんです。
それで、私はそういった意味で、時間もなくなってしまって大変恐縮ですが、簡単なお答えをいただきたいのでございますけれども、政府広報とかあるいは教育の問題とか、そういうこともトータルでやっていくような決意でないと、総合的な、全面的な改正の中でこれを実現していくのでないと、この三つの法律も、またやったはいいが法定選挙費用のような、あるいは選挙違反はみんながやっているんじゃないかというような、それでいて警察もどうにもならない、たまに見せしめにやるだけだ、見つかったが損だというようなことに終わったのでは、この日本の政治をこの機会に改めようという趣旨に反するのではないか。そういった意味で、私は、この問題も選挙制度というものが根本に横たわっているということを深く認識すべきだと考えているものでございます。
それから、私は大変御質問が、ちょっと申しわけないのですけれども、時間がないので先に進ませていただいて、お答えを省略というのか、お答えいただくのは結構でございますが、私、この参議院選挙の結果を見るときに、消費税の問題はこれまた大変な問題だったと思うのですね。この消費税の問題は、私は十分国会で議論されなかったということが国民の理解を得られなかった最大の原因じゃないだろうかと思うのです。やはりこれだけの国政の基本にかかわるような大政策の転換を国民に十分理解してもらいながら、その共感を得ながら進める政治というものが必要だ。私は今度の国会の審議に消費税のあり方を見ると、やはり野党の場合には審議拒否とか牛歩戦術とか、審議をしないための戦術を駆使してこれを阻止しようとする、与党は与党で、何とか野党に通してもらいたいものだから減税を先にぽんと与えざるを得ないというような国会運営で、裏で何か話し合いをして、この減税と消費税との兼ね合いというものが非常に大事であるにもかかわらず、それすら国民に理解されないで審議が進んでいく。これは与野党ともやはり問題があるのではないかと思うのです。
私は時間がありませんのでもう指摘にとどめたいと思うのでございますけれども、やはり国会が言論の府として、最高の機関として機能するためには活発な政策論議が行われなければいかぬ。それは与野党ともそうだと思うのです。そういった意味で、私はなぜこういうことが起こったのかという淵源を考えてみますと、私はやはり与党と野党の勢力が固定化してきているところに問題があるのではないかと思うのです。私は、悪いという意味ではないのです。そこに原因があるのではないか。それは自由民主党が永久政権だということです。野党は万年野党になっている。
なぜかというと、私は、今度の衆議院選挙が予想されていますが、社会党が百八十人立てようとした。これは、政権をとるためには、過半数とるためにはもっと二百四十人ぐらい立候補させなければいけない、それを全員当選させなければいけない。にもかかわらず百人の目標を立てた。最も順風満帆なときですら、現職の立場が困るとか、複数立候補することによってみんなが共倒れになったら困るとか、恐らくそういうことは当然政治の現実の中に起こってくる。やはり百三十人を立てられるのか、百五十人なのかという問題になってくる。私は、そのように、やはり社会党もかつては国民政党のように包括的な政党の姿をとった時代もあると思うのです。しかしながら、だんだん労働組合という一つの選挙母体や資金源というものがベースになってきておるのではないか、こういうふうに私は外から見て考えるわけです。そこに労働組合の組織率はどんどん落ちてくる、そして、自治労などのような、田舎の名望家がなっているような、エリートがなっているような地域では社会党が強くて、都会ではむしろ社会党が弱くなっている、こういうようないろいろな野党にも変質がある。私は、社会党も立派な政党として、政党は国民の共有の財産ですから、立派にやってもらいたいという意味では、本当にだんだんだんだん指定席というものが、従来のベースで政治をやっているのでは多数がとれないという環境になってきているということがあると思うのです。第一党の社会党ですらそうだから、他の野党も同じような問題を抱えている。そこに分裂も起こってなかなか政策協議もできない。これがやはり私は自由民主党が永久政権になってきた最大の裏の理由だと思うのです。
ですから、与党もだんだん野党の、国会での政策論議を徹底的にして過半数の支持を国民に求めていくという姿勢がいつの間にか失われて、自分の支持母体にサービスをしてそこに強力な支援を得るための部分的な利益の代表になってきているのではないか。そういう意味で私は、選挙制度というものが中選挙区であるがゆえに、やはり自由民主党は大変な金のかかる選挙を抱えてしまっているけれども幸い政権は保障されて、野党を相手に議論をしない国対国会を自然につくり上げてくる一つのベースになっているのではないかという気がするわけです。これが政権が伯仲して健全な野党が出て、そして本当に競い合うようになると、自由民主党とてもっともっと能力を発揮する力がわいてくるだろう。国民との対話をしながら国民のニーズを、共感を得ながら政治を進めながらもっとすばらしい政党に変わっていく。そういった意味で、私は現在の中選挙区制度というのは、必ずしも自由民主党の力を発揮することにもこれからの時代を考えるとならないのではないかというふうに考える者の一人なんです。
そういうことで、国会の論議が与野党でできるように、この予算委員会も今度与党が数に応じて質問するという新しい改革をされましたが、まさにこういうことをどんどんやる。国対国会ではなくて委員会中心主義で、本当に委員会が独自性を発揮して国民のために議論する。それも野党が政府を追及するような形の審議ではなくて、やはり国会議員同士が、与野党の国会議員同士が国の将来の本質的な議論を深めていく、こういうことが私は大事なのではないかと思っております。これも選挙制度の一つのベースがあるということを御認識いただければ幸いだと思います。
時間がないので先に進みたいと思いますが、ちょっと前後いたしましたけれども、私は企業献金ということについてお伺いしておきたいと思うのでございます。
私は、先ほど申し上げたように、必要な政治資金というものは確保しなければならない、これはもう当然なことなんです。それで、よく企業献金について禁止をするというような議論が行われます。しかし、この企業献金も社会的存在として日本の社会の発展に多大な貢献をしています。それでまた、昨今では地域や文化の振興、国際協力などで、幅広い利益追求以外の公的な役割というものを演じているわけなんです。しかも、企業は税金を払っているのです。タックスペイヤーである。これは、税金を払っているものは税金の使われ方について物を言ったり、政治に参加する権利があるということを意味しているのだろうと思うのです。私は、野党の一部に企業献金は廃止し、労働組合の献金は今までどおり認めるというものもあるわけですけれども、組合は法人税を払っていない、企業は払っているという差がむしろあるのじゃないかと思ったりするわけです。そういうことで、企業献金は自然人でなくて参政権が認められていないという議論もありますけれども、私は、実態に即して考えなければ、政治は現実でありますからおかしなことになる。
事実、ヨーロッパにおいても企業献金は全く禁止されておりません。額の規制すらないのが多くの国の例であります。アメリカでは個人献金が原則になっておりますが、PACという制度があってちゃんと、この間著名なアメリカの議員の一人に伺ったところが、やはり企業にPACという政治活動委員会みたいなのをつくって、そこに企業の構成員からお金を集める、しかし結局は、それは企業が払う給料がもとになっているという意味では、企業を中心とする献金であることは間違いないのです、実質は企業献金である。私はこのように考えたときに、日本には個人献金の風習がないですよね、習慣が。私はどこへ行っても、個人献金する人がいますか、手を挙げてくださいと言うと、我が党の支持者の中でも非常に少ない。私は、個人献金はむしろ経験的に言うと非常に利害に絡んで、何かこの人は多額持ってきたけれども何か頼み事があるのじゃないかなという感じさえ持つのが個人献金のあり方じゃないか。そういった意味で私は、企業献金というものはきちっと認めていくという姿勢を貫かないと政治がおかしくなると思うのですが、自治大臣、いかがでございましょうか。