菅野壽の発言 (決算委員会)
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○菅野壽君 医師数増加の経緯についてでございますが、医師の養成については、昭和四十年代に入りますと、国民皆保険制度の定着に伴いまして、医師需要の増加や医療水準の向上の要請に対応しまして、大学医学部の拡充が行われました。とりわけ、厚生省による昭和六十年を目途に人口十万人当たり医師数を百五十人にするために四、五年内に医科大学の入学定数を六千人に引き上げる必要があるとの見通しの見解が出た昭和四十五年以降、四十八年までに十七校が新設され、医学部入学定員は六千二百人となりました。さらに、その後も国の無医大県、医師のいない県でございますね、解消構想や私立大学の相次ぐ設置申請もありまして、昭和五十六までに防衛医大を含む十八校が新設され、定員は八千三百六十人となりました。
この結果、人口十万人当たり医師数を百五十人にするという当初の目標は、地域にばらつきもありますものの、国内全体では二年早く昭和五十八年に達成され、今度は逆に医師過剰の危惧がなされるようになりましたことは御承知のとおりでございます。
このように、現在の医師過剰問題は、昭和四十九年以降に行われた将来展望を欠いた定員増、これに端を発しているとも言えるのではないでしょうか。
そこで、当初の目標を二千人以上も上回る定員増がどうして行われたのか、この点について文部省にお伺いしたいと思います。