高沢寅男の発言 (外務委員会)

⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。 詳細は利用規約をご確認ください。

○高沢委員 大臣、きょうは非常に長い時間の委員会になりますが、御苦労さまでございます。
 私は初めに、明治以来の日本の外交の歴史を振り返って、これからの日本外交のあり方というふうなことをまず大臣にお尋ねをしてみたいと思います。
 明治以来の日本の外交の道筋を振り返ってみますと、日本が初めて外国と結んだ同盟条約は日英同盟条約であったわけです。これは、一九〇二年、明治三十五年に締結をされておりますが、当時の情勢から、旧満州とかあるいは朝鮮半島へ進出しようとしていたロシアを相手に戦う、そのためには当時世界で最大、最強の国であったイギリスのバックアップを受けたいということからこの条約が結ばれて、実際にまた一九〇四年、五年、明治三十七年、八年に日露戦争を行ったわけですね。そしてこの戦争は日本の勝利で終わった、こういう歴史があります。
 後、その日英同盟は、大正の時代に入りまして、大正十年、一九二一年に終了したわけでありますが、もうこの大正の末ごろになりますと、アジア・太平洋地域で日本とアメリカやイギリスとの権益が衝突する、その対立が非常に表面化してくるという時代になりまして、さらに昭和に入ると、なおさらその関係が激化するということで、結局日本は、今度はドイツと同盟条約を結ぶ、そして、アメリカ、イギリスと戦争をするというような事態になって、これが第二次世界大戦であったわけです。そこで日本は、今度は敗戦の結果で終わったわけであります。
 そしてその後、戦った相手であったそのアメリカと日本との日米の同盟条約の時代に入ったということでありまして、第二次大戦が終わってからことしまでといえば四十六年間、この四十六年間をずっと日本は日米同盟という枠組みの中でやってきたわけでありますが、この日米同盟というのは要するに、共通の敵としてソ連というものを想定して、それに対して日米が相協力するというふうな関係の同盟条約でもあったわけであります。
 こういうふうに振り返ると、結局、明治以来絶えず日本はだれかを敵と見て、それに対してだれかと組む、だれかと同盟を結ぶというような関係で来たのが今までの日本外交の道筋であったのではないか、こう思います。しかし、その関係が今根本的に変わろうとしている。いわゆる冷戦の体制は終わった、こう言われ、そしてアメリカも、もはやソ連は敵ではない、もちろん日本にとってももうソ連は敵ではないというような時代に入ったと思うのでありますが、そうすると、今までのようなだれかを敵にしてだれかと組むという時代は終わった、こう見るとすれば、これからの日本の外交の基本的戦略、あるいは外交哲学、最近そういう言葉が随分言われますが、そういうものとして、これからの日本の外交はどうあるべきかということを初めに総論的に大臣から、過去の歴史も振り返りながら、これからの道はこうだというお考えをひとつお聞きしたい、こう思うわけであります。

発言情報

speech_id: 112003968X00719910313_002

発言者: 高沢寅男

speaker_id: 6418

日付: 1991-03-13

院: 衆議院

会議名: 外務委員会