外務委員会
○高沢委員 今のあなたの御説明で、ユニセフのそういう文書の中でも条約については児童の権利に関する条約という言葉を使っている、こう言われましたね。そこのところをもう一度説明してくれませんか。どういう文書に、どういうふうな性格のものにそれを使っているのか。しかも、それはユニセフから出した日本語の資料でしょう。それをちょっともう一回説明してください。
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発言数 3,054件
初発言日: 1973-02-21 / 最新発言日: 1993-05-11 / 1 ページ目 / 全体 153ページ
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○高沢委員 今のあなたの御説明で、ユニセフのそういう文書の中でも条約については児童の権利に関する条約という言葉を使っている、こう言われましたね。そこのところをもう一度説明してくれませんか。どういう文書に、どういうふうな性格のものにそれを使っているのか。しかも、それはユニセフから出した日本語の資料でしょう。それをちょっともう一回説明してください。
○高沢委員 先ほど私が言った、UNTACが三派に対して、武装解除した武器をまた戻すということは今確認している、こう言われましたが、それでは、確認した結果確かにそうである、そのとおりであるということが明らかになったら一体どういう態度をとられるのか。私はそれをここでお聞きしたい気もあるし、また、あしたは我が党の井上一成議員が質問いたします。当然そのことにも触れられると思いますが、これが本当であった、UNTACがそういう態度をとったということ
○高沢委員 大臣、引き続き御苦労さまです。これから私、条約について質問をやらせていただきたいと思います。 最初は総論ですから、大臣、今度の子どもの権利条約、政府のあれでは児童の権利条約ですね。この物の考え方に根本的な価値転換があった。つまり、今までの子供というものは保護されるべき対象であるというふうな考え方から、この条約ではもう独立した権利の主体であるという考え方に変わるわけです。これは一種の非常に根本的な価値転換だと思いますが、こ
○高沢委員 先ほど委員長の発議で黙祷が行われましたけれども、私もまた、犠牲になられた中田さん、高田さんの御遺族に深く哀悼の意を表し、また、重軽傷を負われたそういう方々にもお見舞いの気持ちをまず表明したいと思います。 それで、私きょういただいた時間は二時間でありますが、この情勢でありますから、やはりカンボジア情勢について前半の段階で御質問し、後半の段階で条約についての御質問をひとついたしたい、こんなふうに考えます。 大臣にはまた後
○高沢委員 お聞きすれば、結局、結論は、UNTACにさらなる安全対策を要請するというところに帰する、こう思うのであります。 そのUNTACの関係でありますが、今、村田自治大臣が行っておられますね。あしたお帰りということでありますが、文民警察官の安全のための配置がえというようなことも提起された、しかし、UNTACからそれに対する同意は得られなかったというようなことであります。こちらはUNTACに要請する、相手のUNTACはこちらのそう
○高沢委員 さて、そのUNTACでありますが、こちらからそういう要請をした場合に、ではUNTACに、本当に安全対策をとるということのどれだけの能力が現実にあるのかということが私は問題だと思います。高田晴行さんが死亡された、そのときの事件も、ここにはUNTACのいわば警護の部隊がついていたのです。オランダの海兵隊が安全確保のためについてくれた。しかし、それが本当の安全対策にはなり得なかった。こういうふうに考えてみますと、私はUNTACの安
○高沢委員 いろいろ大臣御説明になりましたが、防弾チョッキをつけて頭には鉄かぶとをかぶっていますというふうな状態であったとしても、先ほど言った、迫撃砲で撃ってくる、対戦車ロケットで撃ってくるというときには全く何の役にも立たない。カンボジアの現地にいる文民警察官とか日本人の要員の人は、みんなそのことを本当に深刻に恐らく考えていると思います。したがって、彼らはあすは我が身かというふうな不安を持ちながら仕事をしておるという、このことを私は大所
○高沢委員 本当に現地は刻々に動いていますよね、カンボジア現地は。だから、例えばきょうの夕刊を見たら、またそこに日本のPKO要員の犠牲者が出たというニュースが出るかもしれない、あしたの朝刊を見たら、またそこに出るかもしれないというような、まさに今選挙を進めているというその中で、今までにこれだけの犠牲が出た、しかしあしたどうなるか、あさってどうなるかというふうに、また犠牲者が出てくる。私は、絶対にそうなっては困ると思いながら、しかし、そう
○高沢委員 大臣、時間の関係を考えてください。 昨年の国会でこのPKOの法案がとにかく自公民の多数で押し通された。そして、それを受けて実際にPKOの派遣が行われたのは昨年の九月でしょう。その前の六月、昨年の六月でポル・ポト・グループは、武装解除は受けない、やらない、こう言っている。 先ほど言ったこのポル・ポト派というものの性格も大臣おわかりでしょう。あのカンボジアにおいて百万を超すと言われるカンボジアの国民を虐殺した集団ですよ。
○高沢委員 私は、ポル・ポト派はパリ和平協定から脱退するなどということは絶対に言わないと思います。尊重します、脱退しません、こう言いながら、しかし、やってきている事実がまさに脱退の内容のことをやってきているということではないのですか。 日本政府は、和平協定が崩れたかどうかと問われると、崩れておりません、崩れておりませんから撤収はしません、こう言ってきた。その崩れておりませんと言う非常に大きな理由は、まだポル・ポト派は脱退すると言って
○高沢委員 ちょっとこれでは質問できないな。 〔鈴木(宗)委員長代理退席、委員長着席〕
○高沢委員 私は、カンボジアの国民が、今大臣の言われた、本当に平和なカンボジアを望んでおる、まさにそのとおりだと思う。しかし、その国民がポル・ポト派に殺されている、襲撃されている。あれは泥棒がやったのだという見方もあるようですが、そのかなりのものは実際ポル・ポト派がやっているのでしょう。村落が襲撃される、列車が爆破される。カンボジアの国民がやられているのですよ。そういう状態の中で、カンボジアの国民は望んでいると言われても——望んでいるこ
○高沢委員 その考え方でいって、さっきも言いましたが、それで、あしたまた犠牲者が出る、あさってまた出るというときに、一体その責任が負えますか。私は、だれがどういう責任をとるか、十分宮澤総理と相談してくれと先ほど言いましたが、外務大臣御自身もそういう責任という問題では非常にかなめの立場におられるということを私は申し上げたいと思います。 そのかなめの立場にいる人が今のような、きょうの国会はこれで済んだ、あしたの国会もこれで済ませるという
○高沢委員 これはもうニュースで伝えられておりますが、先般、閣議で小泉郵政大臣が、汗を流すところまではいいが、何で血まで流すのだというようなこととか、ここまで来ればもう撤収も考えなければならぬじゃないのかというようなことを発言された。私は、これはあの人の個人的思いつきではなくて、今の日本の国民世論というものをあの人はそういう発言で表現している、こう思うのですよ。 よく各新聞社なども国民の意見を聞きますが、そういう中で、もう引き揚げる
○高沢委員 今あなたがこどもの日のことで答えてくれた。それを英語で表現するようなものは別段ない、こういう答えでしたかな、さっきは。それをもう一度言ってください。
○高沢委員 池田アジア局長から今御説明がありましたが、シアヌーク提案の中にはもう一つ、後でカンボジア全土にわたる総選挙をやるというのがありますね。もう撤回されたということでありますが、この辺はかなりシアヌーク殿下の本音が出ているということではないかと私は思います。 今UNTACが、選挙をやり遂げて、その選挙の結果、成立する議会でカンボジアの政府を構成するというふうに一生懸命やっています。ところが、さっきのシアヌーク構想によれば、そう
○高沢委員 それでは、これはアジア局長にお聞きしますが、シアヌーク殿下は今どこにおられるのですか。今カンボジアにいるのでしょうか、あるいはピョンヤンにいるのでしょうか、北京にいるのでしょうか。今一体どこにおられるのですか。おわかりだったら教えてください。
○高沢委員 それは今のあれとしては一応お受けしますが、さて、日本の今カンボジアへ行っているPKO、この人たちの任務というものは、この選挙が済んだ後、一体どういう任務があるかということですね。さっき言った、選挙ができればそこで憲法を決めるとか、新しい政府を構成するとか、これはまさにカンボジアの人たちの仕事なんですよ。そこへ我々がこういう憲法をつくれとか、こういう政府をつくれとかいうようなことはもちろんあるはずがないし、それはカンボジアの人
○高沢委員 先ほど言ったSNCの最高責任者、カンボジアの国民が最も期待する平和を実現するために、身を投げ出しても今一番努力をしなければならぬその人が、今北京にいますということなのですね。いつまで北京におられるのか。 つまり、これも私の考えですが、今UNTACが非常な苦労をして選挙を仕上げるためにやっておる、その選挙の後にこういう議会ができる、こういう政権ができるというこの過程全体が、恐らくシアヌークさんから見ると、それはおれと関係な
○高沢委員 今言われた、今川大使や池田アジア局長がシアヌークさんにできるだけ早くカンボジアへ帰ってくださいと言われたその意味は、帰って今の困難なカンボジアの事態をあなたが先頭に立って乗り切ってくれという気持ちを込めて言われたのでしょう。 しかし、それではお帰りになるか。これはまだあした、あさってどうなるかはわかりませんが、何かあの金日成主席の誕生日のお祝いといってピョンヤンへ行かれて、以来ずっと北京にいるというこのシアヌークさんの出