中山太郎の発言 (外務委員会)

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○中山国務大臣 これからの日本外交というものがどういうふうな考え方で対応すべきかというお尋ねでございますけれども、今も委員から御指摘のように、米ソが対立していたという時代が、一応マルタの首脳会談によって冷戦が終わるという一つの区切りができて、米ソの間には話し合いが行われる、協力が行われる、国連の安全保障理事会では拒否権を使わない時代がやってきた、これから先どうなるか、まだわかりませんけれども、一応現状は拒否権は使われないという常任理事国の協力体制というものができてきた。
 私は、日米安保条約が最初に締結されたときには、あの条約を見てみますと、結局十年間で廃止、十年間を一応期限としていたと思います。その日米安保条約の項目の中には国連憲章というものが随所に登場してくるわけでありまして、国連が理想としていた一つの国際平和を求める姿、当時は理想像であったと思いますけれども、その理想像が十年ぐらいでできるのじゃないかという一つの判断が当初あったのではないかと思います。
 しかし、現実問題としては、米ソの冷戦時代が来て、日米安保は改定になり、そして、対等の立場になって条約を執行していくという状況になってまいりましたが、私はこれが、現在の国連の安保常任理事国の考え方あるいは外交姿勢というものは国連が最初につくられたときの一つの理想像に近づいてきた、こういうふうに考えております。私は、非常に好ましい国際環境が出てきたんではないかと思いますが、一方においては、地域紛争というものがまだ起こるという危険性が相当あるということは、避けて通れない事実だろうと思います。
 そういう中で、米ソ関係が緊張状態が緩み、一方では地域紛争の可能性というものが現存をしている中で、我々は、我が国の安全あるいは極東の安全というもののために、平和を維持するための安全保障というものをどのように考えていったらいいのか。私は、国連憲章が理想とした一つの国際社会の姿というものが、完全に明るい見通しが確保されるまでは、当面の間、この日米安保条約というものを堅持しながら、日本は国際社会の平和をつくるためにその外交努力をしていかなければならない、このように考えております。

発言情報

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発言者: 中山太郎

speaker_id: 15557

日付: 1991-03-13

院: 衆議院

会議名: 外務委員会