中山太郎の発言 (外務委員会)
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○中山国務大臣 国連でも軍縮の会議がございまして、日本政府代表は絶えず軍縮を叫んでおりますし、また私も国連総会において、核、生物、化学兵器の廃絶と通常兵器の透明性を明らかにしろということを主張しているのが日本政府の立場でございますが、日本政府は平和憲法を堅持して、この第九条によって武力の威嚇または武力の行使ということをやらないということを宣言しているわけでありますから、我々は我々の国という立場で憲法の考え方というものは、私は明確に示しているものだと思います。
ただ、世界は日本の憲法と同じものを持った国家が一つもないというところに問題が私は存在している。我々よく話に言われるのに、国際的な常識が通らない一つの考え方じゃないか、国際社会はもっと厳しい、こういうこともよく外務大臣の会合なんかで言われますけれども、私は、前の第二次世界大戦で戦った三つの国、このドイツとイタリーと日本の戦後四十五年経た今回の湾岸戦争に対応するそれぞれの国の違いというものを、私はまざまざと今回体験をしているわけでございます。
日本は、平和憲法のもとでこの国連の平和協力というものには、人的協力ができない状態のままで今日を経過して資金的な協力に終わった。ドイツはNATOの範囲内で四十万の常備軍を持ち徴兵制度を持って、アメリカとの関係においても、アメリカが攻撃されたらドイツの青年は血を流すという一つの双務条約を持っている。イタリーは今回参戦をした。こういう三つの敗戦国が四十五年を経て、一つの国連決議のもとでの対応が随分変わったわけであります。それによって、一方では、この湾岸戦争に国連安保理決議に従って行動した国家から見ると、大きな差を実は感じていると私は思っております。
しかし、日本外交を預かる者として、この平和憲法のもとで日本がどのように国際協力をやっていけるかということについては、憲法を堅持しながらやれる限度ぎりぎりまで日本は協力をしていかなければ、いわゆる日本自身が一つの疎外を受ける立場に立つ可能性がある。しかし、それを恐れておっては今日できませんから、全力を挙げてこの憲法のもとで国際的な平和のための協力を行うために努力をしなければならない。それについても国内で今回は大変激しい議論が行われたわけでありまして、私はそういう意味で、日本の憲法とそれから国際社会における平和の確保のための貢献について、私は日本にとっては大変いい試練を得たものだというふうに認識をいたしております。