松永光の発言 (予算委員会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○松永委員 イラクの今次侵略戦争は許してはならない、こういうふうに言いながら、しかし一方においては、米国を初めとする多国籍軍は一月十五日の撤退期限が来てももっともっと待つべきだったのだ、それを十七日に武力行使に入ったのは早過ぎる、こういうふうに非難する人もおりますね。きのうもそういう議論がこの委員会でありました。
しかし、安全保障理事会の最初のイラク非難、即時無条件撤退を求める決議がなされたのは去年の八月二日。イラクの侵略開始も八月二日。それから計算すると百六十五日も待ったわけですね。武力行使を容認する決議からしても六週間待った。この間、先ほども言ったようにいろいろな人がイラクに対して国連の決議を入れてクウェートから撤退するように勧告をした。先ほども言いましたけれども、ベーカー国務長官がわざわざジュネーブに赴いてアジズ外務大臣と会って、これまた長時間会談をして、安保理決議を受け入れて撤退するように、即時無条件撤退をするように、こういう勧告をし、そして最終的にはデクエヤル国連事務総長もバグダッドに赴いてサダム・フセイン・イラク大統領と会談して、ぎりぎり最後まで実は勧告をし説得をしておる。
これほど辛抱強く説得した例は私は今までなかったのじゃなかろうか、そう思うのでありまして、であるにかかわらず、イラクはクウェートからの撤退を断固として拒否したわけですね。撤退するそぶりすら示さなかった。それのみならず、先ほども言いましたけれども、来るなら来てみろ、血の海に泳がしてやる、こう豪語しておったのでありまして、これをこのまま放置しては国連の権威も落ちるあるいは平和回復のための活動がむしろさらに難しくなるかもしれぬ、そういう判断もあったのでしょう。あるいはまた国連の権威を保つ上からもこれ以上は待てない。さらにはまた、イラクから侵略されたクウェートの国民はどうなっておったのか、まだまだ解放されるのを待てというのか、こういうふうにもなってくるわけでありまして、したがって、もっともっと待つべきだったのだという非難というものは成り立つものじゃない、こういうふうに思うのですが、いかがでございましょうか。