衛藤晟一の発言 (政治改革に関する特別委員会)
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○衛藤(晟)委員 確かにその文はできました。しかし、自民党というのはありがたいところでありまして、いろんな議論を許していただきました。そのときに、私どもは当初から、政治改革そのものを直接的にやる部分と、それから定数是正と、そして選挙制度というのはおのずと分けて考えるべきものである、じっくりやっていただきたいということを何度も申し上げましたが、党の幹部はそれを聞き入れてくれなかった。意見は一応聞くけれども、それを聞き入れることはしなかった。その中に一部は入れていただきましたけれども、肝心の大きな方針については我々の意見が入れられなかったということだけ申し上げておきたいと思います。
議員個人の良心が担保されるということは、最近ずっと見ましても、総理は党内民主主義は確保されるということを申しておりますけれども、それであれば、ソビエト共産党だって党内民主主義は理論的には確保されたはずなのですね。一党独裁であったからこそできなかったのです。私どもがいつも持っておかなければいけないものは、いわゆる選択の自由がより大きく確保された方がいいということと、そしていろいろな形でのチェックが入ることが望ましい、これが議会制民主主義を育てる一番の基本だと思うのですね。ところが、党内においてそれが確実にいくはずだという議論は、私はやはり大変だというぐあいに思っているのです。外からも選択の自由や、そしてチェックがいろいろな形でより働くことの方がいいことだというぐあいに思います。
社会党や共産党が戦後数十年にわたって政権がとれなかった一番大きな理由は、政党本位の選挙をしたからであります。当初の社会党は、いわゆるマルキストやいろいろな方々を出してまいりましたけれども、個人本位の選挙ではなくして、いわゆる労組中心の政党本位の選挙をしてきたわけであります。本来多くの議員を出せばよかったのに、そして組織政党であればあるほど票割りが可能であったにもかかわもず政党本位の選挙だけをし、こういうことをやらなかったわけであります。それが第一の理由であるし、いま一つは、いわゆるイデオロギー的な組織政党としてやってきた、いわゆる自由な形で余りやれなかった、自民党の方がより柔構造社会でやってきた、国民政党としてやってきた、そのことが国民から支持を受けてきたのだというぐあいに私は思っておりますので、あえてそのことだけ申し上げておきます。
過度の政党中心主義というのは、私は、必然的にみんなが批判してきたとこうの国対政治に行き着くのではないかという感を持っています。先ほどもちょっと申し上げましたように、すべてが政党中心になってしまいますと、政党と議員の関係が不明確なまま政党本位ということになってしまいますと、行き着く先はもっと激しい国対政治へ行くのではないのかという心配をいたしております。本当に政策中心ということで考えるのであれば、それは政党中心ということと矛盾することもあるのではないのかというように思います。政策が中心ならば、本来、党議拘束などということは緩めてもよいはずであるというように私は思っています。議員の良心と政策判断を重んずるようになれば、党と違う判断をすることもあり得るのではないのかというぐあいに思います。党議拘束をする必要がある時代というのは、いわゆるイデオロギー的にあるいは大きな体制の選択をせざるを得ない、そのときに私は確かに党議拘束は必要であろうかと思いますけれども、現代のように価値観の多様化が起こりながら、かつイデオロギー的な対立もなくなった、冷戦構造もなくなった、大きな体制の変化もなくなったという時代においては、私はそのような厳しい形の党議拘束は必要ではなくなったのではないのかというぐあいに思っていますが、総理はその点とういうぐあいにお考えでしょうか。