沢藤礼次郎の発言 (国際平和協力等に関する特別委員会)
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○沢藤委員 全くいわゆる外交官的な答弁だと思うんですね。新しい事象として、中国あるいは韓国、さっき申し上げたから繰り返しませんが、あれは国家に対する問題であった、個人に対する賠償は放棄したんじゃないということを言っている、このことに対してどうこたえるかということがある。
そこで、確かに外交ということになれば外務大臣が行くとかあるいは局長が行っていろいろ話をする。外交辞令という言葉がありますから、かなりやわらかくといいますか、コンセンサスを得るような方向でいろいろ話し合われるということは理解できますが、しかし、本当に日本の外交あるいは日本の政府として大事なのは、バブルとは言いませんけれども、おふろに例えれば、上の方が熱い、下の方に冷たい水が残っているという、その国民の全体としての感情なりあるいは請求の動きなりをどうとらえるかということに心を配らなければ本当の外交にならないし、本当の友好関係の樹立にはならないと私は思う。
私は中国には何回か訪問しました。社会党の正規の訪問団としても参りましたが、例えば熱烈歓迎ということで、いわゆる指導者が拍手をもって迎えてくれる。これはうれしいことなんです。ただ、村落に入っていきますと、その指導者が私たちの入っていくマイクロバスに向かって一生懸命手を振る、あるいは手をたたく、そして周辺にそれを同調を求めようとする、しかし、しいんと静まり返っている。ひょっと向こうを見ますと、暗いうちの中から年とったおばあさんといいますか老婆がじいっとこっちを見ている。その目つきの、目の色の本当に言うに言われぬ暗さ、これが私は民衆の心だと思うんですよ。ですから、外交、今お聞きしますと、はいこれは文書で決まっていました、もう決着済みです、しかし、それで片づいていない両国間の感情があるという事実をどう受けとめるかということなんです。外務大臣、お願いします。