沢藤礼次郎の発言 (国際平和協力等に関する特別委員会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○沢藤委員 留学生の行き来の中で、外国から日本に来られた留学生の嘆きというのがあるわけです。大変苦しい、生活も苦しい。それから住まいも大変な状況だ。それから、研究費その他研究施設設備ですね、こういった指摘が非常に強いのです。これでは国際交流あるいは国際協力の名が廃るわけでございまして、これは時間がもうありませんので文教委員会でまた改めてやりとりしますけれども、今総理大臣のお答え、これをぜひ敷衍して、今の日本の持っているすぐれた技術力あるいは研究体制というふうなものを世界の平和のために、あるいは海外諸国との交流、協力のために最大限発揮できるような体制をとっていただきたいということを強くお願いをして終わりたいと思います。うなずいておられますので肯定をしていただいたというふうには理解をいたします。
次に、今のことに関して私はぜひ外務大臣その他のそれぞれの大臣にも申し上げたいのですが、国が一体どういう基本姿勢で近隣に対して、あるいは国際社会に対して貢献をするかというそのポイントが実は問われているのだろうと思うのです。今皆さんの勢いではPKOだ、PKFだということで集中している。これは私は、少し視野を広げて肩の力を抜いていただかなければならないと思うのです。
私は先ごろ、ヨーロッパに文教委員会の視察に行かせていただきました。オーストリアの教育省、つまり文部省ですね。次官の方、その他の局長の方とお話し合いをする機会があったのですが、最後の場面でいろいろ自由懇談の中で、私はぶしつけだと思ったけれどもお聞きしたのです。オーストリア、あなたの国はEC加入を今望んでおられる。ECに期待するところは非常に大きいだろうと思う。と同時に、あなたの国はEC諸国に対して何をもって貢献せんとするやというふうな質問を試みてみたわけであります。直ちに返ってきた言葉が芸術、文化ですという答えでした。これが日本だったらどうでしょう。金と鉄砲です、では余りにも寂しい。この哲学の欠如が私は寂しい、悲しいんです。やっぱり別なせりふで平和です、学術です、文化ですと言える国でありたい、このことを申し上げておきたいと思います。
時間の関係上、次に進ませていただきます。
最後になりますが、さっきも防衛庁長官のお話もありましたけれども、これからの日本を一体どう進めていくか。そのときに、世界の歴史はどう動いていくだろうかということに対する深い洞察がなければ私はだめだと思うのですね。その中で、今申し上げたPKO論議に熱中するよりももっと前にやるべきことがあるのじゃないか。反省、謝罪の問題、国会決議あるいは総理大臣の演説の問題、戦争の補償の問題、軍縮の問題、平和的手法による国際貢献の一つとして学術、文化の問題、そして今触れませんで後でちょっと時間があったら触れますけれども、例えば経済協力ですね。これはECが一つの大きな私は見本、手本になると思うのです。ユーラシア大陸の西端ではECということで、いわゆる経済協力体制というのは着々と進んでいる。しかし、そのユーラシア大陸のこっちの端では、もちろん国の事情もあるでしょうけれども、なかなかこれが進む展望が開けてきてない。
しかしその中で、北東アジアの経済圏ということの問題がクローズアップされてきまして、日本では環日本海経済圏と言っているようですけれども、日本海という表現がどうかわかりません、それこそ国際時代ですからね。朝鮮半島の方からいえば東海、東の海と言っているようです。そういった国際的な感覚もにじませながら、いわゆる環日本海経済圏構想にどう日本が参加し、協力できるのか。参加というよりは協力ですね。この問題もあるわけです。
以上申し上げた幾つかの問題が前提となって、そういった基礎の上に国際協力の舞台が築かれる。その上に日本の外交姿勢というものを打ち出せる時期というのは来るわけです。それをほとんど今足踏みなりあるいは十分進んでいない状況の中で、何かしらPKOだけに一生懸命頑張っている。何が何でも自衛隊を海外に派遣するんだという、海外派遣法というふうに呼んでますよ。これは私が言っているだけじゃない。海外の新聞もそう呼んでいるのです。この事実は外務省だっておわかりだろうと思う。そういうふうに——いや、違うとおっしゃっても、そう見ている国外の人、我々が友好関係を樹立しなきゃならない相手国が、そう見ていないという現実がある。
そこで、非常に気になることは、一生懸命PKO、自衛隊海外派遣ということに集中しておられるという姿が周囲から指摘されているわけです。例えば、これは前にもちょっと引用したのですけれども、PKO論議の中で余り論議されていない部分、それは、国際貢献という旗印を掲げながら、日本政府はPKOへの参加を政治大国への踏み台としようとしている、そのシナリオがあるのだということの指摘があるわけです。これは非常に重要な指摘だと思わざるを得ません。これは、先日、特集番組でテレビ放送になった中で、シンガポールの人の発言でございますが、世界は軍縮、日本は軍拡、不気味だ、大国外交への野心、全く反省していない国、アジアの忠告に耳を傾けない国、そんな国になっているということを心配しているのですね。
それから、そのテレビ番組の、今度は日本の外交面である程度責任を持っておられる方の発言、やりとりをお聞きしますと、常任理事国に対する希望というか執念が非常に強いわけです。そして湾岸戦争のときを例に出しながら、金を出しても口を出せないもどかしさということを告白なさっている。請求書をもらって払うだけ、意思決定に参加できないというふうな表現もなさっている。つまり、これは裏を返せば、今度のPKOは、世界の舞台に大国として名のり出る、その一つのあかしとしてほしいのだという本音がそこに見えるような気がするのです。多くの人が指摘しているのです。このことを私は本音として本当はお聞きしたいのです、恐らく答えは見えるような気がしますけれども。
ただ、国際化社会、国際化時代、国際主義という場合の国際、これをどうとらえるかということにまた若干論議があるのですね。それはインターナショナリズム——インターというのは、それぞれの、お互いにという意味もあるそうですが、埋葬する、葬り去るという意味もあるのだそうです。つまり、ナショナリズムをある程度抑える。それよりもインター、つまり国際社会の方にスタンスを、重点を置くというのが国際主義だろうと思うのですね。それはそのとおりなんです。ただ、今の日本外交のやり方を見ていますと、国際主義、国際社会に出たいために、国、国家主義あるいは国粋主義、日本の国はという意識が見えてくる。これは私の指摘でありますが、同時に、他の国の指摘もあるわけです。
ですから、私は、心配しているのは、なぜ今自衛隊なのか、この根本に対して答えがなかなか返ってこない、なぜ今なのか、なぜ自衛隊でなければならないのか、それでなければ国際貢献はできないのか、国際社会に顔向けができないのか、その突き詰めた答えをお聞きしたいのです。