羽田孜の発言 (大蔵委員会)
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○羽田国務大臣 まず、これは各種の世論調査もございますし、また最近のいろいろな風潮、そういう中で、国民の政治に対する信頼というものが非常に薄らいでしまっていること、これを私たちはひとしく憂慮しなければいけないと思っております。しかしこれは、世論調査にあらわれますのは我が国民の意思の動向でありますけれども、私どもいろいろな国の人たちとお話ししたり、またいろいろな国の方々の日本に対する評論、こういったものを、各国の皆さん方のを拝見する機会も多いわけでありますけれども、最近では、どうも日本の政治から国の行く光といいますか方向が見えてこないとか、あるいは日本の中でいろいろ議論されておることが、本当に国民の生活をあれする、あるいは国際的な役割の分担とかそういった問題について、どうも本当に見えてこないよというのは、これはいろいろな見方があると思いますけれども、率直にそういうことを言われる方があるという現状、これを私たちは踏まえなければいけないのじゃなかろうかと思っております。
その中で一番大きな問題というのは、政治に金がかかるということであります。政治に金がかかるというのは、アメリカなんかの場合にも相当政治あるいは選挙に金がかかるというのが現状でありますけれども、金がかかる先というのは、いわゆる言論の自由というものはいかなることがあっても封圧してはいけない、抑えてはいけないということの中で、いわゆるテレビですとかラジオですとかパンフレット、そういったものに物すごい金がかかっているというのが現状であります。そして、そのための金の集め方、PACなんというやり方がありますけれども、これについては触れませんけれども、しかし、それについて今アメリカの中でも議論になってきておるということであります。そのほかの国を見ますと、年間のお金というのがおよそ三百万円とか、あるいは選挙のときに英国あたりでかかるのは百二十万とか百五十万円である、あるいはドイツあたりでも数百万円であるということから考えますと、日本の法定選挙費用からいっても圧倒的に低いわけですね。この乖離というものに対して、そのお金、一体どうやって集めるのというようなことがあります。よそから見たときにちょっと異常だなというものが出てきてしまっておるというのが現状じゃないか。そして、これを議論していますと、よく与党がという話がありますけれども、しかし、実際に与党が使うということになりますと、だんだんそれに引かれてしまうというのも現状であろうということで、やはり金の問題について我々は相当深くメスを入れながら、そしてみずからを厳しく苦しめながら考えていかなければいけない問題であろうというふうに思っております。
これの一番の基本というのは、せんじ詰めますと選挙制度という、これは率直に申し上げまして、我が党の場合には、社会党さんも二人出しているところがあるわけですけれども、これはお二人であり、しかも限られた選挙区でありますが、我が党の場合には、全国どこの選挙区でも、あるときには、無所属の保守系も入れますと、議席の数より余計に出てしまっておるという、まさに熾烈な争いをしておるということでありまして、そういったことなんかもあれしたときに、やはり制度そのものについて本当に考えなければいけないのじゃなかろうかと思っております。
そして、この問題を議論されますときに、常に倫理ということが言われる、あるいは腐敗防止ということが言われます。これは確かに一部の例をあれしますと、際立って政治活動というのじゃなくて私の生活と混同されてしまっておるという面が非常に厳しく指弾されるわけでありますけれども、しかし、そういうことだけではなくて、今の現状では政治活動にも実際に本当に金がかかってしまっておるということですから、ただ個人の自律ですとかあるいは倫理というもの等だけではどうにもならない。というのは、今までも倫理規定ですとか行為規範「これは国会ノートに書いてあるということでありまして、私ども常にそれを持っておりますけれども、実際にそういうものがありながらもなおかつこれを犯してしまっておる、あるいはそれを犯すような状態にあるというところに問題があるんじゃないのかなということを振り返ってみたときに、ただ倫理という、個人を律するというだけにはもう限界がない。そこに便利を言葉といいますか、清濁相あわせのむとかあるいは当選するためにはやむを得ないんだというような言葉までもう当たり前みたいに使われるようになってしまっておるということ、このあたりを私たち深く反省しなければいけないと思っております。
その意味で、現在の制度というものが制度疲労であるということを認めながらこの問題に対応する必要があるのかな。そうかといって、私どもがこの間、今御指摘がありました私どもの提案、政府並びに与党の提案というのをいたしましたけれども、残念ですけれども審議未了というああいう形になってしまいました。これについてきょうは細かく議論する時間はないと思いますから申し上げませんけれども。ですから、私は、制度改革まで踏み込まなければならぬと思う。しかし、それはある程度やむを得ない。余り免じゃしようがありません。五年なら五年という一つの限度を切りながら、今当面やれる問題は一体何なのかということについて議論し、そのかわり、先行きについても制度について触れておく必要があるのじゃないのかなと考えております。