萩野芳夫の発言 (法務委員会)

⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。 詳細は利用規約をご確認ください。

○萩野参考人 萩野でございます。この委員会におきまして、私のつたない意見を申し上げることを大変光栄に存じます。
 私を推薦くだすった党が何党であるのかということも実はよく存じておりませんで、もちろん打ち合わせをしたわけでもございませんので、その辺、食い違いも多いことと存じます。御容赦いただきたいと思います。
 今回は、政府の案と対案とが出されております。この二つを比べてみますと、極めて大ざっぱに見ますと、対案の方がいささか理想に近いと評することができようかという印象を持っております。
 私は、長年の間、人権尊重を至上とする立場で研究をしてまいりました。ただ、その場合、私は一介の研究者でございますので、法律実務家、とりわけ判例研究などやる場合には、裁判官、検察官、弁護士の方々がどういった点に御苦労されたか、その点をできるだけおもんばかるようにいたしました。また、行政の任にある方々の御説明もできるだけ聞かなければならないという立場でやってまいりました。
 さて、今回、この時点でどういうふうな立場に立つべきかという点につきましては、この場は大変重要な法の制定という責任の重い場でございます。法的安定性、法的な妥当性の観点、人権とともに、我が国の主権の尊重、社会の秩序と安全、そういった極めて重要な問題がかかわり合っております。そう考えますと、最初に、対案と政府案と並べて対案の方が理想に近いと申しましたけれども、では直ちにその対案の方で立法化をお進めいただきたいというふうに私は申し上げることができません。個々の問題について、やはり検討をさせていただきたいと思うのであります。
 外国人登録法の前回の改正のとき、昭和六十二年、一九八七年でございますが、そのときにもお呼びいただきましたので、特に指紋押捺の問題について意見を述べさせていただきました。その際申し上げましたことは、この制度を実施しなければならない必要性と合理性が実証されない限り、個人の尊厳を保障する日本国憲法十三条の規定、それから十四条の平等権の保障、三十一条の適正手続条項及び国際人権B規約の七条の品位を傷つける行為の禁止の規定、それから二十六条の平等条項から見て、指紋押捺を強制することは人権侵害の疑いがあると申しました。そして、指紋押捺を強制されない権利は発展途上のものであるということも申しました。つまり、その意味は、どんな場合にも指紋押捺を強制することは許されないのだという意味ではなくて、そのような意味で絶対的に確立している権利という意味ではなくて、必要性、合理性がある場合には、一定の場合には、制度として残しておくことは憲法上も許される、そういう趣旨でございました。
 先年、私の勤務しておりました大学の学生が当時の西ドイツに留学することになりまして、十指指紋をとられた、そのときには涙が出たということを言っておりました。これはその指紋の問題を象徴的にあらわしていると私は思います。それは、指紋というのは、そのように押させられる側にとっては涙がこぼれるほどのものであるということと、もう一つは、場合によりますと、その国の主権の保持という観点からいたしますと、社会の安全とか治安とかいろいろな考慮があると思いますが、そのような観点から指紋を強制されるということがあり得る、ドイツの例を見てあり得るのだからというような言い方をすることはいささかどうも単純過ぎるかと思いますが、私のこれまで研究したところによりますと、いろいろな国々の最高裁判所あるいは憲法裁判所の判決を調べましても、指紋押捺強制が違憲である、直ちに人権侵害であるとした判決は見当たりません。
 我が国の法律の母法でありますところの一九四〇年のアメリカの外国人登録法、これにつきましても何件か訴訟が起こっておりますが、この最高裁判所の判決を見てみますと、指紋押捺強制が違憲であるという立場をとったものはありません。ただ、適正手続に反して指紋を強制する場合は憲法違反である、そういう判決の立場でございます。
 そこで、今日の段階で、我が国におきましてこの指紋問題をどう考えるべきであろうか。大変難しい問題でございます。最近、外国人の不法就労のケースがふえておるということでございますが、私はその点については、だからといって指紋を置いておかなければならない、強制しなければならない、それはどうも説得力が弱いと思います。つまり、不法就労であるかどうかというのは政策の選択の問題でございまして、今不法だけれどもそれを不法でなくしてしまえばそれまでのことという面がございます。
 ただしかし、そのことに関しまして、私は最近東南アジアの国に住むことが多いのでございます。と申しますのは、夏休みと春休みは大体外国に行きまして、フィリピンの大学に日本研究センターというのを設置いたしまして、そこで日本のことについて講義をしております。
 余談になりますが、日本のことについて余りよく知られていないのです。日本が軍国主義の国とか全体主義の国というような誤った見方をしている人もたくさんあります。私、大変残念に思いまして、毎年、年に何カ月か講義に行っておるのでございますが、そういう生活環境の中で見聞きしたところから申しますと、向こうの人たちは、日本に対する熱と申しましょうかあこがれと申しましょうか、大変熱心です。政府も、外国に出稼ぎに行けという政策をはっきり掲げております。現実に向こうの人たちは、日本に行って稼ぐことに大変な熱意を持っております。そこで考えてみますと、そういう人たちは間々旅券を偽造、変造する、できれば日本人のでございますが、そして、日本に来た場合にどのような仕事にでもありつけるような外国人登録証明書を偽造する、多分そのようなこともあり得るかなということを向こうで生活しておりまして痛感することがございました。
 そこで、私は、指紋押捺という制度はない方がいいと思っております。ただ、さあ、今なくしてしまえるのかなということになりますと、行政当局の御説明のように、まだなくしてはしまえないのだ、そういうお話を聞きますと、やはりまだ無理かなという印象を持っております。
 それから、あとはまた御質問がございましたら御説明するといたしまして、次の問題は、外国人登録証の携帯義務の問題についてでございます。主な問題だけについて申し上げたいと思います。
 私は、外国人登録証の常時携帯義務の強制は、その強制の仕方によっては人権侵害のおそれがあるものだと思ってまいりました。つまり、何の必要もないのに例えば警察官が携帯の有無を尋ねる。よく前から例に出されてきましたのが、おふる屋さんに行っている途中で警察官に外国人登録証持っているかと聞かれて、ズボンをかえてきたので家に置いてある、おふる屋さんに行くときになくしたりしてはいけないから、そんなふうな説明をしても許されないで同行させられる場合があるんだというようなことが間々言われましたけれども、もしそういうふうなことがあり得るといたしますというと、これは人権の問題といたしましても、具体的には例えば憲法二十二条に居住、移転の自由が保障されておりますが、移転、これは今日では広く移動つまり旅行なんかも含めて解釈されておりますが、それを非常に制限することになるであろう。だから、この携帯義務の強制の仕方がどうであるのか、人権の上からして大変問題であると考えてまいりました。
 この点につきましては、前のときにも衆議院及び参議院の各法務委員会において附帯決議がされていて、外国人に対して配慮してほしいというようなことでございました。そのことが現実には生きているとみえまして、何でもお聞きしたところでは、非常に多かったときに比べれば、今では検挙件数は百分の一になっているということでございますので、今、私極端な例を挙げましたが、多分そのような例はもうほとんどなくなっているということだと思います。
 それと、刑罰の問題でありますが、私は以前から、このようなケースについて拘禁刑で処罰をするのは当を得ていないということを申してまいりました。罰金刑によって間接的に所持を強制する、せいぜいそこまでであるということを申しておりました。ところが、これはもう先年に改正になってしまいましたので、私が求めていたところはもう既に実現されてしまっているということであります。
 あと、刑罰ではなくて過料にしたらどうか、というのが対案の趣旨でございますが、その点につきまして、それも理想的なように見えるのですが、ただ本質的に考えますと、外国人というのは、日本人に極めて近い生活をしておりましても、外国に対して忠誠義務を持つ存在という点は変わりません。その点から考えますと、日本国民が住民登録を怠った場合あるいは何か証明書を所持しなければいけないときにそれを持たなかったのと全く同じに考えていいのか、その点は疑問でありまして、その点、今日の国際化社会においても、外国人であり続ける限り、これが一定の刑罰によって強制されてもやむを得ないのではないかという考えを持っております。
 さて、時間でございますので結びでございますが、私はこれまで論文の中で現行制度をいろいろと批判してまいりました。ところが、今も申しましたように、実は、私は大変進歩的なつもりでおりましたが、前の改正、今回の改正におきましてそれがもう全部実現されてしまうことになってまいりました。したがいまして、私は、今回の政府案で結構だという立場になるわけでございます。対案、最初に理想的と申しましたけれども、今申しましたように、本質論と申しましょうか根本的な理論の問題として考えてみますと、今の刑罰問題とか指紋制度そのものの根本のところからいたしますと、私自身が保守的になったことになるのかもわかりませんけれども、ちょっと踏み切れないところがございます。ただ、この委員会におきまして十分御審議の上、その点もう心配ないんだという結論になりましたら、一歩進んで対案の方向でお考えいただければというような考えを持っております。
 失礼いたしました。(拍手)

発言情報

speech_id: 112305206X00519920407_002

発言者: 萩野芳夫

speaker_id: 12797

日付: 1992-04-07

院: 衆議院

会議名: 法務委員会