田中宏の発言 (法務委員会)
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○田中参考人 愛知県立大学の田中でございます。
大変読みにくいものかもしれませんけれども、簡単なメモを用意いたしましたので、それをごらんいただきながら、しばらく私の意見を申し述べたいと思います。
実は、ことしは、御存じのように対日講和条約が効力を発生して日本が再び国際社会に迎え入れられて四十周年を今月の終わりに迎えるわけで、日本が対日講和条約が発効して主権を回復したその日に公布、施行されたのがほかでもない外国人登録法であるということは、やはり想起する大変重要なことではないか。先ほどの参考人の先生方もおっしゃっていたようですが、内外人平等の原則の観点から、この法律をどういうふうに考えたらいいのかということに私はこだわりたいと思うのです。
日本では、外国人は外国人なるがゆえに国民と著しく異なった取り扱いを受けてもやむを得ないのだということがごく一般的に言われてきていると思うのですが、ただ一つだけ例外があります。それは、税金を納めることについては、日本国民か外国人かということについて全く関係がない。
私もいろいろなところで話をしたり学生に講義をしたりして、しばしば返される疑問は、「えっ、外国人も税金を払ってるのですか」という質問を私は随分受けます。これは、現在の日本の社会の状況にとって大変大きな問題をはらんでいると思うのです。実は、外国人は税金を払ってないと思っているのですね。そういう意識で外国人をどう遇するかということが政策として展開されている、その辺のところから考え始める必要があるのではないか。
実は、昨年の暮れに日本政府は、日本が加入をしている国際人権規約のB規約に基づいて第三次報告書を国連に提出いたしました。そこで、日本における外国人の地位とか権利に関する包括的な説明をした部分があるのです。そこには、日本は基本的人権の尊重とか国際協調主義を基本的な理念とする憲法に照らして、参政権等性質上日本国民のみを対象としている権利を除いて、他は基本的人権の享有は保障され、内国民待遇は確保されている。要するに、内外人平等の原則は日本では確立されている、極めて例外的に参政権等その性質上国民に限定されるものはともかくとして、こういう説明をしているのです。
これは、恐らく日本に暮らすあらゆる外国人が、日本の現状と全く違うということを実感していると思います。外国人登録法はその最たるものだということを念頭に考えていく必要があると私は思っています。
外国人登録法をどういう法律として考えるかということは、いろいろな立場があると思いますけれども、私は、日本政府が国連に提出した報告書に依拠するとすれば、これは内国民待遇が確保されているべき性質の問題であろうというように理解をしております。現行の外国人登録法は、実は日本人を対象とする住民基本台帳法あるいは戸籍法がいずれも外国人を明確に適用除外する制度になっているものですから、日本に生活をする外国人の身分事項あるいは居住関係、そういうものを明らかにするのはまさにこの外国人登録法しかないのです。ほかのものは全部適用しないようにしてありますから。したがって、外国人登録法は外国人の身分関係とか居住関係を明らかにするためにつくられたものであるというように考えるべきではないか。
地方自治法の十三条の二によりますと、市町村は、住民たる地位に関する正確な登録を常に整備しておかなければいけないということが定められています。外国人については住民基本台帳法なり戸籍法が適用されませんので、外国人登録法があることが、地方自治法が要請する住民記録を用意することになるんですね。そういう観点からこの外国人登録法というものを考えてみる必要があるだろう。
それで、実は、残念ながらこの外国人登録法というものが余りに外国人の管理に偏り過ぎた法律であるために、というのは日本人の住民登録とのバランスを欠いているために、現場では信じられないことが起きているんです。
例えば私のいる名古屋の近くに、四日市市という三重県の一番大きな人口を擁する都市がありますけれども、ここが人口二十七万人目に到達したときに、よくあることですけれども、市長がその日の手続をされた方に記念品を、時計か何かだったと思いますが、贈られたんですね。ところが、後でよく調べてみたら、この二十七万人の中には外国人はカウントされていなかった。要するに四日市の人口の中に外国人登録の人間を除いて勘定していたんですね。どうしてこういうことが起こるかというと、外国人登録というのは全く別枠になっておるものですから、別に四日市市が意地悪をしたんじゃないんですね。普通に仕事をしていると、逆に外国人がこぼれてしまう。ただ、くどいようですけれども、税金を取るときは絶対そういうことはないようですね。
それから、これは地元の恥をさらすようですが、私のいる名古屋市は、住民票のオンライン化をいたしました。したがって、十六区どこに住んでいる人でもどこの区役所ででも住民票がとれるようになりました。住宅地に住んでいる人が、都心のビジネス街の近くの区役所で簡単に住民票がとれます。このために名古屋市は九億円の予算を使って制度を導入しました。ところが、このサービスが受けられるのは日本人住民だけなんですね。外国人は従前どおりの居住区でしか住民票に該当する外国人登録済み証明書を得ることができない。これは私は、先ほど申し上げた地方自治法に戻れば、地方自治法の十条には、住民は、公共団体の役務の提供をひとしく受ける権利を有するとうたわれているんですね。ところが、この住民の中に、外国人は外されたことになってしまう。それで「負担を分任する義務を負う。」と、税金の方のことはちゃんと平等だと書いてある。こういう視点からこの問題を考えることがやはり大事だろう。
少し内容に入っていきます。
従来指紋のことをいろいろ言われてきましたけれども、指紋については、日本では犯罪捜査以外で指紋押捺の義務を課すことは好ましくないということを、にれも大変皮肉ですが、外国人登録法ができる直前に、当時の地方自治庁は行政課長名で自治体に対して見解を明らかにしています。これは当時、一部の自治体で日本人に対しても指紋押捺の義務を課そうという形で条例制定の動きがあったときに、政府見解が明らかにされたわけです。したがって、外国人だけから指紋をとるというのは、日本では、人権上好ましくないという一般的な認識の例外として承認され、今日まで存続されてきた制度である、私は内外人平等にこだわりたいものですから。
今度確かに指紋については一歩前進だという意見がありますけれども、よく調べてみると、実は、指紋が今後とられなくなる人は、毎年指紋をとられる人の中の大体六、七%、新しい外国人がだんだんふえできますので、このパーセンテージはさらに下がっていきます。恐らくゼロに無限大に近づいていく。ということは、指紋制度はほとんど変わらないということなんですね。ところが、とられなくなった人が、永住者等が六十万人もいるということなので、ごく一部の例外の人がとられるというように世間では理解されているようですが、これは明らかに事実誤認ですね。しかも、既に例えば在日朝鮮人を初めとする人たちの指紋は政府はちゃんと確保しているわけですから、署名に切りかえても、法案を見るとそれを返還するということもないわけですから、もうとっているわけですから、何の痛痒もないわけですね。
さらに今度、新しい人はどんどんとっていくわけですから、指紋制度はほとんど変わらない。在日朝鮮人の特別永住等の人たちの子孫、十六歳に達する人というのは、出生統計から見て毎年一万人前後ですね。この人たちが、極めて例外的な者として、指紋ではなくて署名で済むということにすぎないんですね。さほど大騒ぎをして外国人の指紋押捺がなくなると言うのは、私はおかしいというように思っています。
それから、諸外国で指紋をとっている国が随分あるということは日本でも話題になってきましたけれども、意外と単純なことで忘れられていることは、実はアメリカ以外は、ほとんどの国はすべて外国人指紋をとっている国では自国民からも指紋をとっているんですね。そこではもう指紋の問題が議論の余地はないわけです。アメリカが唯一自国民からとらずに外国人だけからとっている。ところが、そのアメリカは、国籍法が御存じのように出生地主義ですから、外国人の二世というのはありません。アメリカで生まれた子供はすべて、両親とも外国人であろうともアメリカ市民になるわけです。そうすると、外国人だけから指紋をとって、その外国人は子々孫々にわたって指紋をとるというのは、世界広しといえどもどうも我が日本だけだというこの点は、やはり念頭に置いた方がいいと思いますね。
実はアメリカは確かにとっているのです。アメリカでは実は永住資格を与えた、いわゆるグリーンカードを持っている人だけは指紋押捺義務を課されているようです。ところが、在外邦人、今外国で仕事をする日本人は随分ふえていますけれども、その中の約四割は今アメリカにいます」この人たちは永住者ではありませんので、在外勤務者、この人たちは指紋をとられていないはずです。したがって、このままいくといろいろな意味で、貿易摩擦、経済摩擦ありますけれども、よほど考えないと、非常に日本が特異な国だということを世界に明らかにすることになると思うのですね、これだけ法律改正をしても執拗に指紋にこだわっている国であると。
指紋問題の解決というのは、非常に簡単なんですね。日本人も全部とればいいんですよ。どうして日本人の指紋をとらないのですか。そうすれば、指紋問題はなくなります。
それから、常時携帯の問題についても理屈は全く同じことですね。諸外国では、自国民が身分証明書を持っている国は大変多いはずです。ところが、日本はその点では大変特異な国で、自国民は身分証明書はありません。もちろん常時携帯なんぞはないわけですね。外国人だけにそれを持たせるというところに日本の際立った特徴があるのです。そういう点で、外国人登録証の問題は、外国人は別だという思想を貫くか、同じ人間ではないかという思想でやるかという、そこに尽きるわけですね。
重罰規定の問題についても一言申し上げますけれども、先ほど萩野先生もおっしゃられましたが、例えば、住居の移転の届け出義務、義務というのは大体内外人平等なんです。これは実によくできている。先ほどの税金に象徴されるように。十四日以内に届け出をしなさい、これは平等です。ところが、これを怠った者は、日本人の場合は五千円以下の過料、外国人の場合には懲役一年以下または罰金二十万円以下というこの法律を支える思想は何か。日本人は法律をよく守る、しかし外国人は当てにならないから重く罰しておかないと同じ義務が履行されないという思想に立たない限り、こういう法律は許されないはずなんです。
しかも、外国人登録法にさまざまな罰則規定がありますけれども、実は今のように非常に重罰規定をつくったのには別の意味で一つ原因があったと思うのです。それはなぜかというと、外国人登録法というのは、外国人を管理することを専ら中心に運用してきた法律です。ところが、途中から内外人平等の国際的な潮流を日本も受け入れざるを得なくなりましたので、八〇年代に入って、例えば児童手当も外国人に出す、国民年金の加入も認める、住宅金融公庫のお金も外国人に貸しましょうというように、大分変わってきたんです。変わってきたことによってどういうことが起こったかというと、外国人登録の手続を怠れば、例えば児童手当がもらえなくなるわけですね。さまざまな行政サービスが受けられなくなるわけです。ということは、外国人の手続をしておけば、それに伴うメリットが今ではかなり生じてきているのです。それ自体が法律を守らせる機能を持ってきているんですね、昔と違って。にもかかわらず、罰則がそのまま維持されているというのは大変奇妙なことなんですね。昔は、とにかく罰則でぎゅうぎゅうやるしかないわけです。ところが、今は、外国人登録の手続を仮に怠れば、例えば転居をきちっとしていなければもらえるものがもらえなくなりますが、昔はもらえるものが全くないわけですから、その点では法律の自動執行力、何と言ったらいいのか知りませんけれども、そういうものが明らかに変わってきているんですね。ですから、従来の罰則は大幅に見直しをしなければいけない。これは僕はいつ出てくるかと思うのですけれども、絶対出てこないんですね。実は、法務省は、裁判所では外国人登録というのはほかに外国人の権利のためにいろいろ大事な役割を果たしているということを最近は言うようになっているんですね。したがって、それは自動的に守られるようになるはず、そういう側面が随分ふえてきているわけです。それが、四十年前にできたときの罰則がそのまま維持されている、これをどう見直すかということを申し上げておきたいと思います。
時間があれですから最後に、外国人の労働者がふえてきていることが、どうもほとんど指紋はそのまま残すことになった原因ではないかと伝えられています。外国人労働者がだんだんふえてきているのは、貧しい国があって日本が豊かだから押しかけてきているという議論が盛んですけれども、実はこれは事の一面にすぎない。日本における今の若年人口の減少は、すさまじいものがあるわけですね。ロボットを開発すればいいと言われますけれども、ロボットは社会保険を払ってくれませんから、どうするんですか、年金を。そういう日本社会そのものが大きく人口構成が変わってきて、もう外国人がいなければ成り立たないような日本の社会を、いいも悪いもない、私たちがつくってしまったわけです。
私は学生に説明するときに、平均出生児数が今は一・五三ですけれども、私は一九三七年生まれですけれども、そのときはその数字が四・三なんですね。それが今一・五三まで落ちているわけです。したがって、外国人がいなければやっていけなくなっているわけです。私のいる愛知県は、自動車産業トヨタの拠点がありますけれども、ここの関連企業は今、日系人なしにはもうやっていけないんですよ。したがって、大量のブラジル人が生活をしています。三河地区では、外国人登録のトップは朝鮮人ではなくて今やブラジル人になっているわけですから、外国人を余り敵視することと決別をしてほしいと思います。今度の外登法改正案が報道されたときに、インターナショナル・ヘラルド・トリビューンという外国の新聞が「日本静かなアパルトヘイトの国」という表題で日本を紹介した。日本は正しく紹介されていないという面はありますけれども、事外国人に関することは、正しく紹介されると極めて特異な国として国際社会で映っている。その観点から、法制をどう見直すかということを私はぜひ期待したいと思います。
片や日本政府は、自衛隊を海外に派遣する、みずからを守る軍隊といえども国際社会で必要とあらば世界のために貢献をしようということを一方で言っているわけですから、それほど国際的な視野に立って国際社会における地位を云々するのであれば、日本の国内に住む外国人を著しく日本国民と異なった形で扱うという制度を維持しながら国際貢献を口にすることは余りにも醜いと、あえて私は申し上げておきたいと思います。
以上です。(拍手)