高沢寅男の発言 (外務委員会)

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○高沢委員 子供という言葉は法律用語でないというふうな、一時そういうあれがありましたが、我々は、国民の祝日の法律の中にこどもの日というのがちゃんとあるのだから、子供というのはちゃんと法律用語だよというふうに言ってきました。
 そこで、こどもの日の関係について若干お尋ねしたいと思いますが、昭和二十三年の七月に国民の祝日に関する法律が制定された。その中に五月五日はこどもの日、こういうふうに入っているわけでありますが、このとき、当時の参議院の文化委員会、今は文教委員会と言っていますが、そこで三島通陽という参議院議員の方が、このこどもの日を設定することの非常な画期的な意義ということの意見を述べておられる。その言葉をざっと読みますと、「「こどもの日」と申しますと、とかくただ、今までの日本の行事にありました子供の日というようなものを連想するのでありますが、私共の着想といたしましては、そういった単なる家庭的なものという以上に、もっと社会運動として、子供の人格を認めて、子供のために、子供を本位にした、子供を祝う日にしたいということであります」、そういうことを三島通陽さんという方は述べているわけです。これはさっき大臣も認められた、子供というものを保護の対象になるという見方から独立した権利の主体であるというところに大きな価値転換、こう言いましたが、この三島通陽さんの発言に既にそういう価値転換の考え方がはっきりあらわれていた、私はこんなふうに思いますね。
 それからもう一つ、国民の祝日法の審議に参加した、当時は社会党の人であったわけですが、受田新吉さんという衆議院議員、この人も衆議院の審議に参加されたが、後「日本の新しい祝日」という本を自分で出しておられる。その本の中にこういうふうなことを言っておられます。「五月五日の季節的意義は端午の節句の意味ではなく、天地生成の春の息吹きが大地に芽ぐみ、やがて五月は若葉青葉の新緑に万物生気みなぎり、自然の生命の輝やかしい躍進を示す季節であり、それは実に生成はつらつとして心身に生気満ちあふれ、すくすくと伸びるこどもの生命に通ようものである。この季節をもつて心身ともに健全に成育するこどもを祝う大きい意義がここにあるのである。」これは要するに、五月五日をこどもの日に決めたその経過の中で、子供というものはそういう存在なのだということをこの受田新吉さんも自分の著書の中で述べている。これは一番最初にお聞きした子供というものに対する我々の認識を根本的に変えるそういうあらわれであったわけです。
 こういうふうな立場からこどもの日が制定された。そのこどもの日を、今度は政府は公式にそれを呼ぶのに、日本語はこどもの日ですが、英語でこどもの日というものを政府はどういうふうな呼び方をされるのか、これをお聞きしたいと思います。(発言する者あり)

発言情報

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発言者: 高沢寅男

speaker_id: 6418

日付: 1993-05-11

院: 衆議院

会議名: 外務委員会