相原敬用の発言 (政治改革に関する調査特別委員会)
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○相原敬用君 ただいま御紹介をいただきました意見陳述人の相原でございます。特別委員会の各議員の皆さん方には、大変御苦労さまでございます。
このたびの公聴会に当たりまして、私は、政治資金、政治倫理にかかわる事柄を中心にして意見を述べさせていただきたいと思います。なお、問題によっては、選挙制度の部分にも関連して付言することがあるかと思いますが、あらかじめ御了解をいただいておきたいと思います。
さて、初めに総論的に、今国民が政治改革に関して何を最も期待しているのか、望んでいるのかということであります。別な角度から言えば、何に不満を持っているのか、不信を感じているのかということであります。それは、政治と金の関係を明朗にしてほしい、政治資金、政治献金など金の流れについて透明にしてほしい、政治と金の関係で、利権、つまり腐敗の根を断ってほしいということだと思うのであります。政治家に金を見せるなという極言をする人さえおるのであります。
一九八〇年代から九〇年代にかけて、リクルート、共和、佐川急便問題、そして、個人の名前を挙げて大変恐縮でございますが、金丸前議員の脱税や資金調達の仕組みや方法が明らかになるにつれまして、国民の政治と金に対する怒りと不信は頂点に達していると言っても過言ではないと思うのであります。もし、このたびの政治改革の審議において、政治資金に関する改革がなおざりにされ、選挙制度とも相まって改革が見送られることにでもなったとすれば、すべての既成政党と政治家は国民、有権者から絶縁状をたたきつけられると思うのであります。したがって、今次政治改革法案の審議によって、必ず政治資金規正法の改正を初め政治改革に関連する法案の成立を図り、政治腐敗を断つ断固たる結果を求めたいと思うのであります。
こうした国民、有権者の願いと思いを前提に、以下幾つかの点について意見を述べたいと思います。
まず第一に申し上げたいのは、政治資金の寄附、いわゆる政治献金の主体者をどこに置くのかということであります。もともと政治というものを議会制民主主義という制度で見た場合、政治の当事者は主権者である個々の有権者であります。そして、その有権者から負託を受けたそれぞれの議員であります。また、議会制民主主義のより健全な発展と充実のためには、政党政治の完熟が必要であることは定説でありますから、一方で、政党もまた政治の直接の関与者であります。
今さら言うまでもありませんが、議会制民主主義と議院内閣制をとっている我が国において、有権者は選挙時における投票行為を通じて議員あるいは政党に政治を負託し、議員と政党は、その投票の結果を受けて有権者、国民の負託にこたえなければなりません。このような中で、政治活動に必要な費用は、議員にあっては支給される歳費、調査費、秘書費等々を主に、政党にあっては政党構成員による党費、党事業収入などを中心に賄うべきが本来であります。一方、有権者個々は、みずから負託した政治についてその実現を図るため、政治の当事者として議員、政治家、政党の行う政治活動に対して、ボランティアあるいは政治活動に必要な費用について個人として寄附、献金を行ってしかるべきと考えます。すなわち、政治資金の寄附、献金の主体者は、政治の当事者としての個人とすることが本来的に妥当と考えるものであります。
しかし、現状はどうかといえば、本来的な個人からの寄附、献金は微々たるものでありまして、企業、団体も含めまして企業献金が我が物顔に大手を振ってまかり通っておるのが実態であります。しかも、政治団体数については制限がないことから、庶民感覚にとって気の遠くなるような金額の政治献金が行われております。そして、この企業献金が政治家と金の関係を不明朗にし、腐敗の大もとになっていることは明らかであり、昨今の出来事から見ても、何人も否定のできないことであります。したがって私は、政治腐敗の根を断つため、この際、企業及び団体からの寄附、献金を一切禁止し、政治資金の寄附、献金は個人からのみに限るべきと思います。文字どおり個々人からの浄財によって政治活動が行われることになるものであり、このことを断行することこそが国民、有権者の意にかなうことであります。
これに対して、企業も立派な社会的存在であるし、企業にも政治活動の自由が保障されるべきであるとして、企業献金を存続する意見があります。私は、企業の社会的存在や企業、法人の政治活動について否定をいたしません。しかし、献金の伴わない陳情、要請などのロビー活動、企業、法人の政治理念や政策などについて国民、有権者に向けての宣伝、啓蒙活動など、政治献金の伴わない政治活動は幾らでもその方法があるのであります。それを、あえて企業、団体の政治献金の存続に固執するというならば、率直に言って、そこに利権や特別な関係のにおいを感ずるのは、果たして私だけなのでありましょうか。決断を促す次第であります。
第二に、政治資金の寄附、献金の主体者は個人であるとしても、その寄附の対象者、その寄附の方法の問題について、幾つか意見を述べたいと思います。
まず、寄附を行う対象として、政治家個人をその対象から外すことであります。政治家個人への寄附、献金は、今までも公私混同の温床となっておりました。場合によっては、政治家個人の蓄財に利用されるおそれが十分にあり、現在もそうした事例で司直の調査を受けていることがあります。したがって、政治家個人への寄附は禁止すべきものとし、また政治家、議員と一心同体の秘書による政治資金規正法違反については、議員本人の監督責任を明確にし、公民権停止の連座制の対象にすべきものと考えます。国民は、それは秘書の行ったことという弁明を二度と聞きたくないのが本心であります。
また、政治家が指定する資金調達団体への寄附、献金は、結果として政治家個人への献金に転化をいたします。ましてや、企業献金が存続される中での指定資金調達団体への寄附、献金は、現在の利権絡みの腐敗の種をそのまま残すこととなり、とるべき方策ではないと考えます。
次に、個人の寄附の方法についてであります。これについては、直接的な方法と間接的な方法の二つがあると思います。直接的な方法は、文字どおり個々人が政党や政治資金団体、あるいは政治活動を行う政党以外の者に直接寄附する方法であります。間接的方法については、政党交付金という形での方法であります。
企業、団体の寄附、献金を禁止し、個人の寄附、献金のみによるものとすると、現状では総体として、政治資金の寄附、献金は減ることになるでありましょう。政治活動資金が減ることは、政治活動が弱まることに連動いたします。寄附、献金が減少する中で政治活動を強めるとすれば、裏献金などというよからぬことを考え、腐敗の新しい種も生まれる可能性があります。したがって、正常な政治活動を行うために必要な政治資金の確保策として、政党に対する公的助成金の交付、つまり政党交付金制度を創設することが肝要であります。個人からの直接的寄附と政党交付金を車の両輪として、政治活動資金の確保と腐敗防止を図らなければならないと考えます。
公的助成金の交付は、当然のごとく国の財政からの支出を必要といたします。国の財政は租税を中心として成り立っていますから、国民は納税という形で、間接的に政治資金の寄附を行うこととなるのであります。政治活動資金を税金から支出することについて、さまざまな意見があろうかと思います。しかし、有権者が投票行為を通じて負託したはずの政治が、現状の政治資金規制のざる法状態の中で政治腐敗が進行し、深化し、我が国の議会制民主主義が危機状況になっていることを考えるとき、抜本的な腐敗防止策がとられるならば、政治浄化という意味で、国の財政を通しての間接的寄附は受忍でき得る事柄だと考えます。いやむしろ、耐え忍んででも、企業献金や資金調達のための政治団体の野放し状態をなくし、政治腐敗の根を断つことが有権者の責務とさえ考えるものであります。
さらに、政治の活性化という意味で、政党と政治家にとっては、直接的な個人献金、間接的な政党交付金という方法で有権者個々からの寄附をいただいたことにこたえるためには、政治姿勢として、有権者ひいては国民全体に基盤を置いた、しっかりした政治と政治活動を実行しなければなりません。なぜならば、もし有権者や国民に背を向けた政治と政治活動を行ったとすれば、支持を失い、個人献金も減り、政党交付金の交付割合も減ずることとなり、政党、政治家の存立そのものが危うくなるからであります。議会制民主主義のより健全な発展にとって、政党政治の完熟は不可欠であります。したがって、我が国の民主政治の充実を図る意味からも、政党交付金制度の制定を図るべきと考えます。
なお、政党交付金の交付対象となる政党の基準については、憲法で定める結社の自由のかかわりから、ミニ政党の取り扱いについては慎重にしなければなりません。今、国会で審議されている法案のうち、国会議員三人以上か、国会議員を有する得票率一%以上得た政党とする社会、公明案が、現状ではベターと考えます。
さらに付言させていただきますならば、直接個人献金と政党交付金制度は、選挙制度とのかかわりで申し上げると、民意の反映が図られることと政党選挙の徹底が図られることと密接な関係があります。そうした意味で、選挙制度に当たっては比例代表制の導入が極めて重要であり、その実現を求めたいと思います。
第三に、情報公開に触れて意見を申し述べます。
この世の中で最もわからないこと、それは政治資金の出入りという笑えない小話があります。これが国民の率直な気持ちであります。現在は、政治家、政治団体とも、百万円未満のものは公開の義務なし、しかも献金受け入れの政治団体の数は制限なし、だから百万円未満に小分けをして公開しない、入りがわからなければ出るのもわからない。これがリクルート、共和、佐川急便事件など腐敗の土壌にもなっており、国民の不信を募らせております。とにかく有権者、国民は、政治資金の流れをガラス張りにしてほしいというのが一致した考えであり願いであります。したがって、この出入りの公開基準は単純化し、基準額も思い切って引き下げることによって、だれでもなるほどと納得のできるものにすることが肝要であります。
社会、公明案によりますと、入りの公開基準は一律一万円を超えるもの、出の方は一件三万円を超えるものとしております。このぐらい単純化し、基準額を引き下げるならば、情報公開として納得ができると思います。一万円というのは余りにも低いではないかという意見もあるやに聞いております。しかし、政治資金の寄附と情報公開の先進国の一つと言われるアメリカでは、贈答品も含めて百ドル以上と仄聞をしております。今の為替相場から考えて、一万円というのは国際的にむちゃな数字ではないと思うのであります。また仮に、一万円では一々面倒だ、煩雑だという意見があるとすれば、それはもってのほかの話であります。寄附という浄財を受け取るわけでありますから、どんなに面倒でも、どんなに煩雑でもそれを受忍して、政治資金の流れをガラス張りにすることこそ政治腐敗根絶の第一歩であり、政治改革のスタートであると考えます。
最後に、政治倫理の確立にかかわって意見を述べます。
現在、一九八五年に、国会において政治倫理綱領と行為規範について議決をしております。しかし、現実は全くこの議決が生かされておりません。贈収賄容疑で起訴され裁判中でも恬として恥じることなく、道義的責任はどこ吹く風、議席にしがみついている議員、暴力団関与が指摘され、多くの自治体から辞職意見決議が出されても、強弁を繰り返して、これまた道義的責任を果たさない議員、こうした議員が存在し、国会自体が自浄作用・能力を果たさないまま今後も推移するとするならば、国民、有権者の政治不信はますます募るばかりであります。
国権の最高機関たる国会に籍を置く政治家の皆さんは、李下に冠を正さずとのことわざにもあるとおり、疑惑には最も敏感でなければなりません。もし一たん疑惑に包まれたならば、みずからその道義的責任を果たすことこそ、政治を負託された者としての倫理観でなければなりません。しかし、前述したように、現状はそうした政治倫理の確立がされておりません。とするならば、この際、政治倫理にかかわって法制度の中で行動規範を明示し、もって政治腐敗の根絶と政治倫理の確立を図るべきと考えます。政治倫理法の制定を求めるものでございます。
以上、政治資金規制、政治倫理に関連じて幾つかの意見を述べました。重ねて強調いたしますが、このたびの政治改革の審議が論議のための論議に終始し、結果として政治改革が実行されないということがあってはならないと思います。どんなに困難性があっても、ハードルが高くても、それを克服をいたしまして、各政党、各議員の皆さんには必ず選挙制度、政治資金、政治倫理にわたる一括した政治改革を断行するよう強く訴えまして、私の発言を終わらせていただきます。
御清聴ありがとうございました。(拍手)