石川要三の発言 (予算委員会)
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○石川委員 今の答弁では甚だ私はちょっと不満足でございますが、時間がないので私は先に進みます。と申しますのは、もう少し内容をひとつ知りたかったわけです。なぜカンボジアに派遣したかということの理由をもう少し克明に知りたかったのです。
それはそれとして、今お話しのように、その中にもかなりの犠牲者が出てきておることは、お話しのとおりでございます。そういうことを考えますと、いわゆるこのPKO活動というものは必ずしも安全、全く安全なんということはあり得ないと私は思うのですね。ところが、先日来の質問を聞いており、答弁を聞いておりましても、もう総理は安全なところへ出したんだから、安全なところへ出したからと、そればっかりだ。(宮澤内閣総理大臣「そんなことは言ってないです」と呼ぶ)まあちょっと聞いてください。そういう質問が多い。そういう質問が多い。それで、それに対しては私は、その質問というものも、安全、安全という何かまことに、全く危険のないようなところに出向いていくような感覚で、政府が、極端に言えば、うそを言ったんじゃないかというような露骨な言葉を使っている。私はこれは間違いだと思うのです。やはり今の説明を聞いておっても、相当これはリスクがあるわけなんだ。ましてをや、いわゆるPKO活動、平和維持活動をするような、その必要性のあるところは当然これは、遊園地へ行くようなそんなわけじゃないんです。だから、非常にリスクがあってしかるべきなんだ。
でありますからこそ、もっとその点を国民にぴしっと私はやはり説明する必要があるのじゃないか。私はつくづくこの質疑応答を聞いて感じたわけだ。その点、誤解ないようにひとつお願いしたい。
それで、特にその中で、例えば血を流すとか流さないとか、汗は流すけれども血を流さない、これも不的確な、不確実な、不正確な私は言葉ではないかと思うのですね。血を流すということがすべて戦争につながるというんなら、血を流しちゃいけないことは憲法は明示しております。しかし、血を流すということは必ずしも戦争ばかりじゃない。平和のためにも場合によればとうとい血を流さなければならないこともあるんだということも、これは歴史の事実なのでありますから、そういう観点に立って、いたずらにエモーショナルに、情緒的に、血を流せばすぐ危険、戦争、こういう発想が私は間違いである、このように思っておりますので、総理並びに関係の方々の説明も、そういう点を明確に国民に明示をして訴えていかなければいけない。その上に、さらに平和を求め、さらにそのカンボジアの人民の幸せのために我々は人的な貢献をするんだということであるならば、私は国民もかなり理解が深まるのじゃなかろうかな、こういうふうに思うわけでございますが、その言葉の不正確といいますかそういう点が非常に私どもにはあると思うのです。
これは、どなたがいいとか悪いとかの責任じゃないと思うのですね。例えば、丸腰で行けば平和、武器を携えれば軍国主義というような、そういういまだに発想もあるということは、これは根本的な間違いである、こういうことを私は痛切に感じますので、その点、最高責任者である総理の明快なひとつ御見解を賜りたい、かように思います。