森暢子の発言 (文教委員会)
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○森暢子君 業者テストが行き着くところまで行き着いたんではないかと思います。もう本当に偏差値で、点数だけで人間をはかってきたこの何十年間の間に、子供たちがその中でどういう思いをしてどういう現象があったか、それが本当に行き着くところまで行き着いたというふうな感じがいたします。子供たちの叫び声が聞こえるようなのでありますが、私も学校現場におりまして、このテストなるものにも遭遇してまいりました。各県の状況が新聞紙上で報告されておりましたが、偏差値をそのまま学校に示すところと、それからそれを基準にして子供たちの進路指導に使っている学校とか、岡山県の場合は偏差値はほとんど見ておりませんでしたけれども、そういうふうな進学のための一つの目安として使っていたという長い歴史があるわけです。
その中で、学校の先生方はやはりできるだけ子供たちを希望の高校に入れてやりたい、担任とすればそれが思いであります。そして、中学浪人なんてかわいそうな事態にはさせたくない、そういう思いがあります。また、保護者もできるだけ自分の子供をいい学校に、そして希望の学校に入れてやりたい、浪人はさせたくない、こういう思いがあります。子供たちもできるだけ行きたいんですけれども、テストの点だけで自分がはかられている。こういうことから、学校の教師に対する不信感、それから学校の中で五教科のみができる子供がいい人間だというふうな評価の中で、本当に自分はつまらない人間だ、そしてその中の疎外感、孤独感、こういう中からいろいろな行動に出るというふうな事態の中で今まで進んできたと思うわけです。
それで、問題点がどこにあるかということなんですが、私も今申しましたように、やはり人間とか子供の能力というものを偏差値だけではかる、はかってきた今の現実であります。そういうことに問題があるのではないかと思います。人間の能力とか価値というものはどういうところで本当にはかればいいのか。大臣は個性を生かす教育ということをおっしゃいましたが、じゃ個性を生かす教育の中で偏差値だけではかられてきた今の教育現場、そういうことについてどのようにお考えになられますか。