白川勝彦の発言 (政治改革に関する調査特別委員会)
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○白川委員 ただいま山花大臣が、今日的な意味での、すなわち選挙制度を中心とする改革という言葉を政治改革と呼ぶようになった、言葉のすりかえ的なことがあったということをあらかじめお認めくださいましたので、かなりこの結論を導き出すためにいろいろと詰めていかなきゃならぬのかなと思ったんですが、簡単になりましたので助かりました。文字どおりそうなんでございます。
今回、政治改革政権と、何も世間は呼んでおりませんが、連立与党の皆様は、皆様方の政権の性格を政治改革を実現するための連合、連立政権なんだということを主張しているわけでございます。しかし、後でもこの問題は詳しく触れますけれども、やはり今までの日本の政治の常識では考えられない大変身を遂げた政党もあるわけでございまして、その一番の代表格と言われているのが社会党であるわけでございますが、ある面では社会党の存在理由、存在価値すらなくなるような連立てあったんではないかというようなことさえ言われているけれども、それを合理化する言葉が政治改革内閣、政治改革を実現するための内閣をつくるためなんだから御理解を賜りたい、こういうことをおっしゃっているわけなんで、もう少し国民からも理解いただくために、もうちょっと、くどいようですが詰めていきたいと思うんです。
ちなみに、山花大臣が直前まで委員長をやっておりました社会党の、ほかの文書はどうか知りませんが、とりあえず運動方針というようなものが一応党の基本的な文書だと思いますので、丹念に調べましたところ、今おっしゃいましたように、社会党は平成元年、一九八九年当時は、政治改革というのは、今日的な意味で言われている選挙制度の改革を中心とする改革とは使っていないわけでございまして、文脈を見るとそうでないことが明確でございまして、基本方針の一部でございます表題、見出し的なところなんで、しかしこれを読めば大体わかると思いますので読むと、「政治改革のため、リクルート疑獄を徹底究明し、汚職と腐敗のない清潔な政治を確立しよう」、こういうような文脈で使われております。
この小見出してございますが、「従って党は、本大会後、直ちに各界に呼びかけ、中央・地方に「金権腐敗追放・政治改革国民連合」を結成し、汚職の根を断つための国民的な運動を展開します。同時に、議院証言法の改正、オンブズマン制度の導入、証券取引委員会の設置、民主主義の軽視・不平等の象徴であるところの一票の格差の是正をはかります。事件の全的解明のもと、汚職の再発を防止するさまざまな立法的措置を講じ、カネのかからない清潔な政治を確立するためには、自民一党支配体制に終止符を打つ以外にありません。
こんな文脈で使われておりますから、一票の格差の是正というようなことがありますが、しかしこれは選挙制度というよりも、どの選挙制度でもあることでございまして、選挙制度を中選挙区制から例えば今日のように変えるというような、余り意味合いを持った言葉としては使われていないと思うわけでございます。
私も、十八のころからでございますから、かれこれ三十年近くずっと政治に関心を持ち、あるいは政治以外は余りしたことがないというような人間でございますので、多少は年期がある人間の一人だ、こう思っていたのですが、もちろん私も誤りがあるかもわかりませんが、私自身が政治改革という、政治の改革とか政治を改革しようとかという言葉じゃなくて、政治改革という、何も昔からあっても不思議ではない日本語に実は接しましたのが、そんなに古いことじゃないんでございます。それまでいろいろな政治的なものを読んでまいりましたけれども、政治改革という言葉に接したときに、私は非常に奇異でございました。
そんなので非常に印象があるのですが、それはいつ使われたかというと、昭和五十五年の衆参ダブル選挙の後、和の政治ということを掲げて政権を樹立しようとした鈴木善幸さんに対して、自民党の場合どの派が協力するとかしないとかという話があるわけでございますが、それまで鈴木善幸先生が属していた当時の大平派と福田派というのは非常に対立関係にあった派閥であったわけでございますが、福田赳夫氏が、大平派である鈴木善幸氏を総理大臣にすることに異存がない、こう言ったときに、しかしそれまで角福戦争とか、私が初当選をしたときには四十日抗争、それから解散の引き金になった福田赳夫氏と大平正芳氏の本会議における決選投票とか、あるいは党内の一部の反対というか欠席によりまして不信任案が通る、そういう生々しい角福戦争、俗に言われる角福戦争、大福戦争というようなものが言われた直後であっただけに、幾つかの条件というか、こういうことならば協力するよということが示された中で、政治改革の断行という言葉が文書にして出されまして、私はそのことを初めて聞いた言葉であるから鮮烈に覚えているのであります。
そして、この政治改革の断行という言葉が従来は何を意味するかは、私たちみんな知っておりました。それは、あれだけ激しい対決をしてきた福田派と当時の田中派、大平派との関係を知っているものでございますから、何を指していることかということはすぐわかったわけでございますが、それ以前はどういう言葉で福田氏は田中型政治に対して批判していたかというと、強烈な言い方なんですよね、金権が支配する政治体質の打破と政治倫理の確立、こういう言い方でみずからが戦う。委員長も当時田中派でございました。羽田副総理も田中派でございました。私は大平派に属しておりましたが、我々のすなわち政治行動は、金権が支配する政治体質だ、それと戦うんだということで打破と政治倫理の確立、これをやれということで和の政治を標榜する鈴木内閣に協力するというのでは、まさに文字どおり和の政治とイメージが一致しませんので、この辺をまろやかにオブラートに包んだ。しかし言わんとすることはこういうことだということで文脈的に使われたのが政治改革という言葉だったと、私はまだ駆け出しの代議士でございましたが、承知をいたしているわけでございます。
このころから、しかし我が党内では、政治改革という言葉がこういう人たちの中からたびたび発せられるようになりました。そして、政界の重鎮にあるというか、重要な地位にある人たちが、政治改革というような言葉を公的な席で使うようになったのは、実は竹下内閣のころからであります。
余りこんなことは歴史がないので、これがすべてだと思いませんが、一九八八年十一月二十六日のこれは毎日新聞でございますが、当時の竹下首相が、政治改革を検討せよというような形で、当時の自民党の選挙制度調査会の後藤田氏と会談した際に、政治改革というような言葉を使われたとありますが、ここに新聞がございますけれども、政治改革と大きくありますが、わざわざかぎ括弧がつけてあります。というのは、多分当時必ずしもこなれていた言葉ではないので、新聞としては政治改革という言葉を使ったんだろうと思います。
そして、政治改革という言葉がもっともっと一般的になっていったのは、特にまたある面では一つの熟語というようになっていったのは、竹下内閣がリクルート事件で退陣をし、その後継ということで、非常に党内はもちろん党外からも強い声で推された伊東正義氏を本部長に据えた自由民主党政治改革推進本部というものが設置されたころから、政治改革という言葉はたびたび新聞にも登場するようになり、かなり日本人が口にする言葉になり、政治家は特に口にするようになった、こう思うわけでございますが、私は伊東正義先生に個人的に私淑し、またいろんな意味で御教示をいただいた関係で、当時の政治改革推進本部の会合にはほとんど出席をさせていただきました。その雰囲気を今思い出しますと、やはりあの猛烈な批判を受けたリクルート事件ということがそもそも発端でございました。
そんな関係で、やはり政治腐敗というものをどうやったら根絶することができるんだろうか。そして、何といっても政治腐敗というのが我が党に横行していることは厳然たる事実である、そのためには党改革をしなければならないんじゃないだろうか。そして、いろんな手だてもあるけれども、要するに政治倫理の確立ということをしていかなきゃならない。そういう手だてはあるんだろうか、そのためにどういう党風をつくれば政治倫理に厳しい政治家ができるんだろうか、こんなことが中心的な議論であったような気がいたします。それを最終的にまとめた文書があるわけでございますが、その政治改革の一種の綱領的なものの中では、しかしこういう諸問題が起きる原因に選挙制度もあるかもしれないと、さらっと最後に一くだり書いているぐらいでございまして、大半は党改革あるいは政治改革ということにしているわけでございます。
こんなようなことでお話をしたいわけでございますが、まさに今山花大臣がおっしゃったとおり、政治改革という言葉が現在のように選挙制度を中心とする改革を意味するようになったのは、大体平成二年の総選挙後、小沢一郎氏が幹事長に就任し、党内の政治改革本部というようなものが活発に動き出すようになってからではないかなと思います。その文脈の中で、当然党内で選挙制度の改革案が決定され、海部内閣のときに小選挙区比例代表並立制という案で提案されたことは御案内のとおりでございます。
そんなことは経過として申し上げたいのですが、そういう政治改革という言葉に、私はこれは注意した方がいいぞ、すりかえがあるぞというふうに実は感じたものの最大の、単純なことですが、単純な中に本質があるわけでございますので、実は昨年の夏、金丸代議士が佐川急便から五億円の献金事件が発覚された際、これは自民党の政治改革を熱心に推進する人たち、言うならばマスコミからは政治改革の旗手と言われている人でございましたが、金丸先生は言うならば中選挙区制の犠牲者なんだというような趣旨の発言を聞いたときに、待てよと、この政治改革論議というのはちょっとまやかしがあるぞと、私は実は感じたわけでございます。
そこで、具体的に私はお伺いしたいと思うわけでございます。
政治倫理、もともと日本語の普通の意味で政治倫理というのは、選挙制度を改革するというのではなくて、もっと広い意味で、もっとありていに言えば、いい政治をやってくださいよというような言葉だと思うんでございますが、こういう政治改革ということが普通の意味としてある中で、政治倫理というのを抜きに政治改革など言ったって、私はまさに空虚な議論だろうと思うわけでございます。
その政治倫理の確立という問題に関して言うと、こればかりは理論や制度では私はないと思うんです。現実に生起した具体的な事例を機に倫理規範を明らかにし、問題を起こした政治家に政治責任を明らかにさせるという、政治家、国民のそういう文字どおり努力、時によっては戦いというものを抜きに、私は政治倫理などというものは確立され会ものではないと思うわけでございます。制度に幾ら欠陥があったとしても、やはり法や規範を犯す者には厳しいペナルティーを科すという、まず政治倫理の確立というのはもともとそういうものなんだ。よかろうが悪かろうがやはりそこに、悪かろうというのはどうかと思いますが、不完全であろうとも一つ守らなきゃならぬ規範がある、法律があるというものを犯した人は、それはやはりその人が悪いんだという、これが原点にない政治倫理の確立ということはあり得ない、こう私は思うわけでございます。
自民党の中でももちろん政治倫理の確立のために努力をしてまいった者はいっぱいいるわけでございますが、とりわけ野党の皆様方は、自党はもちろんのことながら、自民党に対してですね、そういう自民党ではけしからぬよ、特に権力にある自民党はそうだよということで、政治倫理の追求という問題が、どの国会でも事件が起きたときに取り上げられなかったことはなかったわけでございますが、全部とは言いませんが、第一党でございます社会党の前委員長である山花大臣と、第二番目ということになりますと、どうなんでしょうか、これは新生党はふさわしくないと思いますので、公明党の委員長でございます石田総務庁長官にお伺いしたいと思います。