野中広務の発言 (予算委員会)

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○野中委員 つい先般の日曜日に、私の一年上の友人が、自分の動かない足をつえに託して引きずりながら私の家を訪ねてきました。
 そして、満州におったときに、日本へ連れて帰ってやろう、こう言われて、一週間歩き続けて着いたところがシベリアであった。それから五年間凍土の中で我々は大変な労役を強いられた。おかげで私は生きて帰ることができて、今動かない体であるけれども、こうして命を保っておる。けれども、目をあけてみたら隣ではたばたばたばたと死んでいく多くの人があって、凍りついた土地を掘り返して、いけるのも大変な苦労だった。何とか記録を残して遺族に伝えたい、こう思って書いた記録も、舞鶴に五年後上陸したときにすべてGHQに取り上げられてしまった。
 私は何のために戦争に駆り出されて自分の青春をこんな体にしてしまったんだ、いや、私以上にそのままむなしく死んでいった連中はどうなったんだ、そう思ったときに、細川総理の侵略戦争という一言で片づけられたら、我々、ゆえなくして、日ソ不可侵条約を破棄して一方的に攻めてきたソ連、そこへ我々は拘留をされた日々を思うと、むしろ侵略戦争であったと言われるなら、我々がむなしく過ごしたソ連における五年間の補償をしてもらいたい、ぜひ国会の場で我々の気持ちを言っておってくれ、こう言った友人もございました。
 私はその気持ちを伝えるとともに、総理、重ねて、歴史は多面性であります。責任ある者、歴史を学び、民衆の心の痛みを知って、国家を預かる者の責任と恐ろしさをどうぞ知ってください。これ以上この質問を続けたいと思いません。
 次に私は、政治家の政治責任あるいは閣僚としての発言、政治倫理についてお伺いをいたしたいと存じます。
 最初に山花大臣にお伺いをいたしたいと存じます。あなたは先般韓国を訪問されました。国務大臣として訪韓をされたのですか、社会党委員長として訪韓をされたのですか、どちらですか、お伺いします。

発言情報

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発言者: 野中広務

speaker_id: 16313

日付: 1993-10-06

院: 衆議院

会議名: 予算委員会