予算委員会

1993-10-06 衆議院 全260発言

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会議録情報#0
平成五年十月六日(水曜日)
   午前九時二分開議
出席委員
  委員長 山口 鶴男君
   理事 衛藤征士郎君 理事 越智 通雄君
   理事 野中 広務君 理事 深谷 隆司君
   理事 中西 績介君 理事 野坂 浩賢君
   理事 杉山 憲夫君 理事 草川 昭三君
   理事 井出 正一君
      伊藤 公介君    江藤 隆美君
      小澤  潔君    鹿野 道彦君
      栗原 博久君    後藤田正晴君
      近藤 鉄雄君    島村 宜伸君
      高鳥  修君    武部  勤君
      東家 嘉幸君    中山 太郎君
      原田昇左右君    村田敬次郎君
      村山 達雄君    柳沢 伯夫君
      若林 正俊君    綿貫 民輔君
      伊東 秀子君    坂上 富男君
      沢藤礼次郎君    永井 哲男君
      濱田 健一君    細川 律夫君
      三野 優美君    加藤 六月君
      工藤堅太郎君    笹山 登生君
      月原 茂皓君    山本 幸三君
      石井 啓一君    河上 覃雄君
      谷口 隆義君    二見 伸明君
      荒井  聰君  五十嵐ふみひこ君
      石井 紘基君    鮫島 宗明君
      高木 義明君    中野 寛成君
      西村 眞悟君    寺前  巖君
      松本 善明君
 出席国務大臣
        内閣総理大臣  細川 護煕君
        法 務 大 臣 三ケ月 章君
        外 務 大 臣 羽田  孜君
        大 蔵 大 臣 藤井 裕久君
        文 部 大 臣 赤松 良子君
        厚 生 大 臣 大内 啓伍君
        農林水産大臣  畑 英次郎君
        通商産業大臣  熊谷  弘君
        運 輸 大 臣 伊藤  茂君
        郵 政 大 臣 神崎 武法君
        労 働 大 臣 坂口  力君
        建 設 大 臣 五十嵐広三君
        自 治 大 臣
        国家公安委員会 佐藤 観樹君
        委員長
        国 務 大 臣 武村 正義君
        (内閣官房長官)
        国 務 大 臣 石田幸四郎君
        (総務庁長官)
        国 務 大 臣
        (北海道開発庁
        長官)     上原 康助君
        (沖縄開発庁長
        官)
        (国土庁長官)
        国 務 大 臣 中西 啓介君
        (防衛庁長官)
        国 務 大 臣
        (経済企画庁長 久保田真苗君
        官)
        国 務 大 臣
        (科学技術庁長 江田 五月君
        官)
        国 務 大 臣 広中和歌子君
        (環境庁長官)
        国 務 大 臣 山花 貞夫君
 出席政府委員
        内閣官房内閣外
        政審議室長
        兼内閣総理大臣 谷野作太郎君
        官房外政審議室
        長
        内閣法制局長官 大出 峻郎君
        内閣法制局第一 津野  修君
        部長
        国際平和協力本 鈴木 勝也君
        部事務局長
        警察庁長官官房 廣瀬  權君
        長
        総務庁長官官房 池ノ内祐司君
        長
        総務庁長官官房
        審議官     上村 知昭君
        兼内閣審議官
        防衛庁長官官房 宝珠山 昇君
        長
        防衛庁防衛局長 村田 直昭君
        防衛庁教育訓練 上野 治男君
        局長
        防衛庁装備局長 中田 哲雄君
        防衛施設庁総務 草津 辰夫君
        部長
        防衛施設庁建設 森本 直孝君
        部長
        経済企画庁調整 小林  惇君
        局長
        経済企画庁物価 坂本 導聰君
        局長
        経済企画庁調査 土志田征一君
        局長
        科学技術庁原子 石田 寛人君
        力局長
        環境庁企画調整 森  仁美君
        局長
        環境庁水質保全 野中 和雄君
        局長
        国土庁長官官房 藤原 和人君
        長
        国土庁計画・調 糠谷 真平君
        整局長
        国土庁土地局長 原  隆之君
        法務大臣官房長 則定  衛君
        法務省刑事局長 濱  邦久君
        外務省総合外交 柳井 俊二君
        政策局長
        外務省北米局長 佐藤 行雄君
        外務省欧亜局長 野村 一成君
        外務省経済局長 小倉 和夫君
        外務省条約局長 丹波  實君
        大蔵大臣官房総 田波 耕治君
        務審議官
        大蔵省主計局長 篠沢 恭助君
        大蔵省主税局長 小川  是君
        大蔵省理財局長 石坂 匡身君
        大蔵省銀行局長 寺村 信行君
        国税庁次長   三浦 正顯君
        文部大臣官房長 吉田  茂君
        文部省学術国際 佐藤 禎一君
        局長
        厚生大臣官房総 佐々木典夫君
        務審議官
        厚生省社会・援 土井  豊君
        護局長
        厚生省年金局長 山口 剛彦君
        農林水産大臣官 上野 博史君
        房長
        農林水産省構造 入澤  肇君
        改善局長
        食糧庁長官   鶴岡 俊彦君
        通商産業省通商 坂本 吉弘君
        政策局長
        通商産業省産業 内藤 正久君
        政策局長
        資源エネルギー 堤  富男君
        庁長官
        運輸大臣官房長 黒野 匡彦君
        運輸省鉄道局長 秦野  裕君
        運輸省港湾局長 坂井 順行君
        運輸省航空局長 土坂 泰敏君
        郵政省郵務局長 新井 忠之君
        労働大臣官房長 征矢 紀臣君
        労働省職業安定 七瀬 時雄君
        局長
        建設大臣官房長 伴   襄君
        建設省建設経済 小野 邦久君
        局長
        建設省都市局長 黒川  弘君
        建設省河川局長 豊田 高司君
        建設省道路局長 藤川 寛之君
        建設省住宅局長 三井 康壽君
        自治大臣官房長 遠藤 安彦君
        自治省財政局長 湯浅 利夫君
        自治省税務局長 滝   実君
 委員外の出席者
        予算委員会調査 堀口 一郎君
        室長
    —————————————
委員の異動
十月六日
 辞任         補欠選任
  志賀  節君     栗原 博久君
  関谷 勝嗣君     原田昇左右君
  松永  光君     武部  勤君
  坂上 富男君     沢藤礼次郎君
  鉢呂 吉雄君     永井 哲男君
  中野 寛成君     西村 眞悟君
  佐々木陸海君     寺前  巖君
同日
 辞任         補欠選任
  栗原 博久君     志賀  節君
  武部  勤君     松永  光君
  原田昇左右君     関谷 勝嗣君
  沢藤礼次郎君     坂上 富男君
  永井 哲男君     濱田 健一君
  西村 眞悟君     中野 寛成君
  寺前  巖君     不破 哲三君
同日
 辞任         補欠選任
  濱田 健一君     鉢呂 吉雄君
    —————————————
本日の会議に付した案件
 予算の実施状況に関する件
     ————◇—————
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山口鶴男#1
○山口委員長 これより会議を開きます。
 予算の実施状況に関する件について調査を進めます。
 この際、武村官房長官から発言を求められておりますので、これを許します。内閣官房長官武村正義君。
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武村正義#2
○武村国務大臣 委員会において、津島委員及び深谷委員から自衛隊違憲発言について政府の統一見解を求める旨の要求がありましたので、これについての政府統一見解を述べさせていただきます。
    自衛隊違憲発言についての政府統一見解
 一 憲法第九十九条が「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」旨を定めているのは、日本国憲法が最高法規であることにかんがみ、公務員は、憲法の規定を遵守するとともに、その実施の確保に努力しなければならないという趣旨を定めたものであります。
 二 国務大臣が一政治家としての立場においてあるいは政党の一員としての立場において、御指摘のような見解を述べることが憲法第九十九条の憲法尊重擁護義務に反するとは言えないと考えます。
 なお、そうした立場において見解を述べる場合には、特に明確に一政治家または政党の一員としての見解を求められた場合はともかく、国務大臣としての発言ではないかとの誤解を生じさせることのないよう慎重に対処すべきものと考えます。
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山口鶴男#3
○山口委員長 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。深谷隆司君。
 深谷君、どうします。すぐしますか。それとも後回しにしますか。どうしますか。私が統一見解を求めたことはしばしばありますが、統一見解が出た後、私は直ちに質問をいたしました。これが例だと思います。
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深谷隆司#4
○深谷委員 ただいま統一見解いただきましたが、今ここの場所でいただいたのであって、私は、検討する時間もないから休憩を求めます。
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山口鶴男#5
○山口委員長 私もいつもそのとき見たのを、そのときもらってすぐ質問しましたがね。それでは後回しというなら後回しでやります。後回しですね。(深谷委員「委員長に休憩を求めているんだ、おれは。今この場所で出されただけじゃないか。検討の余地がないじゃないか。質問の余地がないじゃないか」と呼ぶ)
 それでは、深谷君の質疑は後回しにいたしまして、野中君の質問に入ります。(深谷委員「委員長、委員長に休憩を要求しているんだ」と呼ぶ)次に、野中広務君。——深谷君。
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深谷隆司#6
○深谷委員 私は、ただいま委員長に申し上げたように、この場所で統一見解出されて、検討の余地がありませんから、私の質問は保留させていただきたいと思います。
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山口鶴男#7
○山口委員長 次に、野中広務君。
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野中広務#8
○野中委員 私の質問に先立って、本日、新聞において、来るべきエリツィン大統領が訪日する際における日ロの協定の原案なるものが発表されております。これにつきまして、この日ロ共同声明の原案なるものは本物なのかどうか、これをまずお伺いをいたします。
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羽田孜#9
○羽田国務大臣 お答えを申し上げます。
 本日の朝刊にですか、そういったものが掲載されておりますけれども、いずれにいたしましても、共同宣言といいますか、こういったものを発表いたしますのは、両首脳間、ここで話し合った上でこれが正式につくられるものでございまして、これがそういうものであるとかなんとかということについてもコメントすることはお許しをいただきたいと思います。
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野中広務#10
○野中委員 そうすると、アメリカにおける準備段階等の協議を含めて、こういう下敷きのものが協議をされてきたということでありますか。アメリカにおいて外務省当局及びロシア政府当局のそれぞれ担当者間において、こういう原案なるものが協議をされてきたということでありますか。
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羽田孜#11
○羽田国務大臣 この問題につきましては、今も申し上げましたように、来るエリツィンの訪日時、このときに日ロ首脳の中で話し合われ、そして発表されるということでございまして、こういったものについて、いろいろなそれは作業はありますよ、しかし、こういったものがそのとおりどうのこうのというものでないということ、そしてこれは首脳間で話し合った中でつくられるものであるということ、そういうことでありますから、今私どもからコメントするものではありません。
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野中広務#12
○野中委員 コメントするものでないと言いながら、これは既に原案として出ているんでしょう。この中には五六年宣言も何も織り込まれておらないわけですよ。だから、こういうものが結果的に事実として出たら、外務大臣は、コメントするべき立場でないという予算委員会での発言をどうされるのですか。
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羽田孜#13
○羽田国務大臣 昨日からこの委員会でも御議論ございましたように、過ぎ去った日の多くの問題があります。そして、私どもは従来からこのことをソビエト時代に、あるいはロシアになってからもそのことを申してきたところでございまして、そういった問題を率直に話し合う、そういう中で、例えば共同宣言を発するということになれば、そこで合意した文書というものが発表されるということになるわけでございまして、今ここで私どもがどうこうするということを申し上げられるものではないということを再三申し上げているわけであります。
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野中広務#14
○野中委員 それでは、次に移りたいと思います。
 中国政府は、五日、一年ぶりに地下核実験を行ったということを発表しております。我が国は世界唯一の被爆国であります。改めて総理のこれに対する見解を伺いたいと存じます。
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細川護煕#15
○細川内閣総理大臣 そのような報道がなされておりまして、まことに遺憾なことだと思っております。世界的に核軍縮を進めていかなければならない、そういう機運が盛り上がってきておりますときに、このようなことが行われるということが今後ないように、我が国としても、我が政府としても遺憾の意を既に表明をしたところでございます。
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野中広務#16
○野中委員 そうすると、中国政府に対して何らかの申し入れをされるということでありますか。
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羽田孜#17
○羽田国務大臣 今総理の方からお答え申し上げましたこの考え方を先方の方に伝えてまいりたいと思います。
 なお、私どもも、中国の皆様方に対してそれぞれ前内閣の時代にも、また私になりましてからも、どうも核実験があるらしいというような情報もあったものでございますから、これは困りますということで強く実は申し入れしておったところでありまして、その結果こういうことがなされたということでありますから、私どもの方といたしましても、強く抗議を申し入れていきたいというふうに思っております。
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野中広務#18
○野中委員 細川新政権が自民党にかわる政権として発足いたしたわけでございますから、温かく見守ってやれ、一生懸命努力しているじゃないか、こういう中から、自民党はいたずらにあげつらうことなく、そういう意地悪な態度や質問をするな、こういう意見を聞くわけでありますけれども、そもそも土井議長が選出をされました際のあの本会議場の状況などから考えてみますと、現在の連立与党の一部が野党の際に行ってこられた本会議場の態度から見ますと、全く、マスコミは殊さら自民党を悪役に仕立て上げるような、そういう舞台づくりでスタートしてきたと思うのであります。
 今日、政治の舞台がそのまま茶の間に入り、そしてメディアを通じて政治が残念ながらドラマ化して国民に報道をされておる昨今でありますから、可憐な少女のようにひたむきに努力をしておられる細川さんに対して、年寄りの私どもが寄ってたかって意地悪な質問をするように受け取られるかもわかりませんけれども、外交、防衛あるいはエネルギー等の基本政策はもちろんでありますけれども、牛歩戦術をやってみたり、あるいはやめもしないのに議員辞職を提出してみたりしたそういう政党が、政治改革の看板のもとに、まあ一夜にして政権を取ってかわると、ころっと態度が変わるというような状況でございますので、私どもとしても、国家の運命に関する問題でございますからやや厳しい質問になろうと考えますが、あらかじめよろしくお願いをしておきたいと存じます。
 さて、総理、連日しつこいようでありますけれども、総理の侵略戦争発言について、私は戦中戦後を生きてきた一人の人間として、怒りを込めて質問をしたいと思うのであります。
 戦争は確かに悪であります。人間が人間を殺し合うことは、どんな理由をつけても正当化することができません。
 私はこの間、若い人と話をしておりまして、実は愕然としました。戦争の話をしておったら、若い世代の人は、あの五十年前の戦争を考えるのじゃなしに、湾岸戦争を考えているのです。そして万博の話をしておったら、あの大阪・千里で開かれた昭和四十五年の万国博覧会を語るのじゃなしに、数年前大阪で開かれた花と緑の博覧会を語るわけであります。そこに私どもにはもう大変な段差があるということを知って、愕然としました。
 そういう歴史的な段差、これは逆に言うと、歴史の重みを感ずるわけでございますし、歴史の検証を怠ってはならないというそういう気持ちを私はひたむきに感じたのであります。
 すなわち、私もあと一カ月か二カ月戦争が続いておったら、恐らくこの場所に立っておることはなかったと思います。そう思いますと、一国の総理であるあなたの発言というのはまことに重大な意味を持っておるのでありまして、総理は橋本龍太郎委員の侵略戦争の質問に対しまして、一つは、どこで線を引くか、あるいはお互いよく胸に手を当ててみればわかると思う、あるいは今の政治家がみずからの言葉で言うべきである、以上のような答弁を聞いたのでありますが、一人の政治家の発言なら、それも一つの考えでありましょう。先ほど、何か自衛隊の違憲問題について、一人の政治家という表現があったように思うのでございますけれども、私は、一人の人間が生きていく上で、その父や祖父やあるいは兄弟縁者等がどんな生き方をしていこうと、その人には関係のないことであります。しかし、あなたは日本国の総理であります。そして、あなたの発言が国家の運命を左右するわけであります。それだけに、総理の場合は私は別だと思うのであります。
 今さら極東裁判を問い、あるいは私は、その他今まで論議をされた側面を聞こうとは思いません。ただ、歴史は多面体であります。したがいまして、あらゆる角度からの検証が必要であり、しかも、先ほども私は若い人との話を例として引きましたように、五十年、六十年前のあの異常な事態の、異常な時代における異常な出来事を、今日半世紀もたった後において、平和な今日、その困難な時代に生きた人間が少なくなっていき、そして、戦争を知らない世代が非常に大多数になったとき、あなたの発言は、その若い人たち、戦争を知らない世代にはさわやかに、かっこよく聞こえるかもわかりません。
 そして、世界の、またそれぞれいらだちを持っておった人たち、あるいは日本の今日の繁栄に少なからず多くの問題やまたいらだちを持っておった人にはかっこよくさわやかに聞けるかもわかりませんけれども、先ほど申し上げたように、もう一カ月か二カ月戦争が延びておったら死んでいっただろう、すなわち、我々は戦争で死ぬために生まれてきた世代であります。私は、総理に「きけわだつみのこえ」をもう一度読み直してほしいと思うのであります。
 そして、多くの将来優秀なあの青年たちが一銭五厘のはがきで戦地に引っ張られていきました。そして、その人たちは自分が侵略戦争にかかわっているなど考えもしなかったのであります。この人たちを送り出した父母や兄弟や、そして妻や子供たちは悲壮な思いで送り出していったのであります。そして、彼らは、祖国のためにあるいは大東亜共栄圏のために自分は働くんだ、死ぬんだ、そういうひたむきな心であの戦いに散華していったのであります。
 私は、そう思いますときに、先日来総理は再々、特定できない多くの国の多くの人々に御迷惑をかけたという表現を使われました。しかし、それと同時に、一体日本ではだれが総理の言う侵略戦争のこの道を歩む手だてをしたのか、だれがこの道を歩ませたのか。そして、今申し上げましたように、一銭五厘のはがきであたら有為な若人たちが外地に行き、何百万人の人が外地で辛苦をなめ、三百万人の多くの人たちが戦死をしていきました。国内においても、恐るべきあの原子爆弾が広島、長崎に落ち、そして空襲で生命財産を失った人たちは何百万、何千万に匹敵すると思うし、その傷跡は今も残っておるのでございます。この人たちの犠牲は一体何だったんですか。私はそこへ思いを至らせ、戦争への恐ろしい道を歩ませた歴史の検証をしていただきたいと思うのであります。
 そうした場合、甚だ失礼でありますけれども、あなたの祖父近衛文麿氏のほか、限定された日本の軍部を中心とする指導者たちの行為によって、二・二六事件以後、一九三七年六月、軍部を抑えることの最後の切り札として、あなたの祖父近衛文麿氏は第一次近衛内閣を組織をされたのであります。そしてその翌月、七月七日、北京郊外における盧溝橋の一発は、ついに悲惨な戦争へと発展をしていったのであります。
 この経過を考えますときに、私は、もう一度あなたに歴史の検証をしていただきたい。そして、国家総動員体制は第一次近衛内閣のもとで行われ、一九四〇年、第二次近衛内閣のもとでは、九月には仏領インドシナに進駐をし、そして十月にはすべての政党を解体して、今の連合政権じゃありませんけれども、大政翼賛会が発足して、近衛文麿氏は総裁に就任をされたのであります。さらに四一年、第三次近衛内閣が発足し、三カ月後に東條内閣が発足をして、十二月八日、御承知のように太平洋戦争へとその道を歩み、破綻の道を歩んだのであります。
 侵略戦争であったと言われるならば、息子を失った父母は今ほとんど亡くなっていきました。今、父の顔を知らない戦争遺児や戦災で家族を失った孤児たちも五十歳を数える年齢になってまいりました。あるいは、柱とも頼む夫を失った未亡人も八十歳前後となってまいりした。どうぞ、あなたはこの人たちにみずから謝罪をされるべきであります。
 まず、総理に、その私の申し上げた歴史観について、この人たちに謝罪をされるべきであるということについてお伺いをしたいと思います。
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細川護煕#19
○細川内閣総理大臣 これも再々申し上げておりますように、我が国の今日の平和と繁栄というものが先輩世代のたっとい犠牲の上に築かれたものである、そのことを常に心に、肝に銘じておかなければならないということを繰り返し申し上げてきているところでございます。
 そういう意味で、その方々に対する、先輩世代の方々に対する私の思いは、今、野中委員がおっしゃったのと同じように格別のものがあるというふうに、私自身そう思っているところでございます。
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野中広務#20
○野中委員 つい先般の日曜日に、私の一年上の友人が、自分の動かない足をつえに託して引きずりながら私の家を訪ねてきました。
 そして、満州におったときに、日本へ連れて帰ってやろう、こう言われて、一週間歩き続けて着いたところがシベリアであった。それから五年間凍土の中で我々は大変な労役を強いられた。おかげで私は生きて帰ることができて、今動かない体であるけれども、こうして命を保っておる。けれども、目をあけてみたら隣ではたばたばたばたと死んでいく多くの人があって、凍りついた土地を掘り返して、いけるのも大変な苦労だった。何とか記録を残して遺族に伝えたい、こう思って書いた記録も、舞鶴に五年後上陸したときにすべてGHQに取り上げられてしまった。
 私は何のために戦争に駆り出されて自分の青春をこんな体にしてしまったんだ、いや、私以上にそのままむなしく死んでいった連中はどうなったんだ、そう思ったときに、細川総理の侵略戦争という一言で片づけられたら、我々、ゆえなくして、日ソ不可侵条約を破棄して一方的に攻めてきたソ連、そこへ我々は拘留をされた日々を思うと、むしろ侵略戦争であったと言われるなら、我々がむなしく過ごしたソ連における五年間の補償をしてもらいたい、ぜひ国会の場で我々の気持ちを言っておってくれ、こう言った友人もございました。
 私はその気持ちを伝えるとともに、総理、重ねて、歴史は多面性であります。責任ある者、歴史を学び、民衆の心の痛みを知って、国家を預かる者の責任と恐ろしさをどうぞ知ってください。これ以上この質問を続けたいと思いません。
 次に私は、政治家の政治責任あるいは閣僚としての発言、政治倫理についてお伺いをいたしたいと存じます。
 最初に山花大臣にお伺いをいたしたいと存じます。あなたは先般韓国を訪問されました。国務大臣として訪韓をされたのですか、社会党委員長として訪韓をされたのですか、どちらですか、お伺いします。
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山花貞夫#21
○山花国務大臣 先月の四日、五日、六日、韓国民自党、党の御招待をいただいて、当時私は、日本社会党の委員長として訪韓をいたしました。
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野中広務#22
○野中委員 社会党の委員長として訪韓をされたなら、なぜ、今日までの社会党のとってきた韓国政策を率直に謝罪することなく、およそ宮澤前政権の際に一応両国政府間で大筋合意の方向を見た従軍慰安婦問題等を取り上げ、誠意ある補償のため両国国民が納得できる措置を講ずべきである、また、戦前の植民地支配をわびたり、日本の過去の謝罪に終始して、社会党自身の、一九六五年締結された日韓基本条約に反対してきた態度を説明し、謝罪をされなかったんでありますか、お伺いします。
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山花貞夫#23
○山花国務大臣 私は、当時日本社会党の委員長として訪韓し、何よりもまず初めに、私たち社会党の韓国の政策について率直に、今日における我々の考え方というものをお話をいたしました。そして、そのことを金泳三大統領を初め韓国の与野党の皆さんに御理解をいただきながら、また皆さんの御意見も伺いたい、こういう気持ちで訪韓をしたところでございます。
 日本社会党の保韓国に対する政策につきましては、日韓基本条約が締結した。当時と今日では変わっております。変わったということについては、我々の側が変わっただけではなく、今日の韓国の政権にある皆さんも、当時、私たちと内容は違っても同じような立場であった方もいらっしゃいます。韓国においても、そういう皆さんが今政権の場にあるということなどをも含めて、率直な意見交換を行いました。
 新しい国際情勢の変化の中、すなわち、共和国も大韓民国もともども国連に同時加盟をした、韓国との間には中国ともロシアとも国交が今進展している、こうした世界情勢の変化の中で、我々も、共和国だけではなく韓国ともこれからの未来志向の関係というものを築いていかなければならない、こういう観点で、私の訪韓はそうしたスタートにしたい、こうした気持ちで伺ったところでございまして、その意味におきまして、我々の考えているところを率直にお話しし、理解をしていただいたつもりでございます。
 金泳三大統領も、私の今御質問に関する資格につきまして、日本社会党の委員長として訪韓したこと自体に大きな意味がある、こういうように冒頭お話をされた後、率直な意見交換をした次第でございます。
 また、今御指摘のありました政府との政策につきましても、私も、前宮澤政権が誕生した後、最初の訪問国としてアジアの中、韓国を選択されたことに対して、当時評価をした、大変結構なことだというそうした見解を持っておりましたが、その宮澤総理が訪韓をした当時、御指摘の従軍慰安婦問題につきましても、韓国側からしかるべき措置を要請されたことについては御記憶のとおりです。
 そして、前政権におきましても、この問題について、それぞれ官房長官を中心として大変な御努力をされてきたことにつきましてもいろいろな機会に伺ったところでございまして、前政権のそうした御努力を十分受けとめながら、また、これからの細川政権における政策ということについても十分配慮し、矛盾のない資格、そうした考え方を持って一連の行動をしてきたことについて御報告を申し上げる次第でございます。
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野中広務#24
○野中委員 社会党の委員長として訪韓をして、帰国したら辞任をする。そして、現地では、従軍慰安婦問題等リップサービスを受けた韓国側にとりましたら、あなたは社会党委員長として初めて訪韓することに自分の意義を感じられたのであって、そして、リップサービスを受けて——この従軍慰安婦問題というのは、先ほど申し上げましたように、宮澤政権の間にもう方向がつけられておった。
 私は、従軍慰安婦問題というのは、そんなに、先方が言われるように、個人の補償だけで事をいやすものではないと思っております。この人たちが置かれた状況は、それはさまざまな背景があったと思いますけれども、どんなにしてもこの人たちの青春は再び取り戻すことができないのであります。いかにしてこの人たちの心の傷をいやしていくかというのが日本の態度でなければならないと思っているのです。それをまた蒸し返したあなたは、帰ってくるなり委員長を辞任をされました。韓国にとったら、大変横っ面を張られたような感じであったのではなかろうかということを私どもに言う韓国の人もあります。
 また一方、社会党は一貫して北朝鮮との友好をとってこられました。現在、IAEAの査察等を
めぐって一時中断をしておるとはいえ、日朝間の政府間交渉も積み重ねてきたところでございます。社会党委員長が一貫して北朝鮮との連携、そして友好をとってきながら、韓国を訪問し、そしてああいう発言をされ、帰ってきたら直ちにおやめになる。そういうことを考えますと、北朝鮮との関係においても決して私はいい結果につながらないのでなかろうかと思うのでございます。
 そのことについて見解をお伺いをいたしたいと思いますが、大変細かい話ですけれども、党首各位が、今は社会党を除いて全員いらっしゃるわけでございますから、今後のためにも、ひとつ官房長官にお伺いをしておきたいと思います。
 委員長として訪韓をされたら、随行を含めての旅費の負担は一体どこがしたんでありますか。今後政府は、党首が、閣僚である党首が外遊等の場合は、旅費の負担を全部政府で負担するんですか、お伺いをしておきたいと思います。
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山花貞夫#25
○山花国務大臣 今回は、党の国会議員及び党の職員、党の職員としても広報関係がありますから、社会新報という我が党の機関紙の記者、カメラマン等が同行をいたしました。団員と随員がございました。団員と随員につきましては、社会党本部でその経費につきそれぞれを徴収した上で精算をしているところでございます。
 なお、自治省から秘書官が一人同行をいたしました。これは何かの連絡役等々のこともありまして、この一人につきましては、同行した者について自治省の負担、役所の負担となっていると考えております。
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武村正義#26
○武村国務大臣 今、山花大臣からお答えがございましたとおりでございます。
 今後とも、党あるいは個人の立場で渡航する場合は、これは従来の自民党も同じであったかと思いますが、これは原則個人負担ということになろうかと思います。ただ、秘書官が随行するとかSP、これは常識的に御判断をいただきたいと思います。
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野中広務#27
○野中委員 今、官房長官からお答えをいただきましたけれども、私は、限りなく党首と閣僚の二面性を持った人たちがこれから外遊をされるわけであります。山花前委員長のように、自分は閣僚とし、秘書官もその要員とし、SPもまた随行して、それは公費で見、あとは党職員として党の旅費で見た、こういう公私混同したことが限りなく行われていくとするならば、一体、この内閣は非常に国民に対して責任が持てないんじゃないかということになるわけでございまして、むしろ明確な私はけじめをつけられるべきであると思います。
 改めて官房長官にお伺いをします。常識では判断できません。
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武村正義#28
○武村国務大臣 これは、野中委員、いかがでございましょうか。過去、自民党の閣僚、総理等々いろいろなケースがあったと思うんでありますが、三日前、私は遷宮で伊勢神宮へ参りました。たまたま、私は私的秘書とSPを連れてまいりましたが、二十年前は、当時の官房長官は政府秘書官を連れていっておられたというのをたまたま向こうで確認をしまして……(「二十年前」と呼ぶ者あり)ええ、二十年に一回ですから。恐らく、総理・総裁が一月四日に伊勢神社に参拝をされるときでも、それは総理秘書官が入ったりすることもあるわけで、要するに閣僚の場合は、やはり党の立場で外国へ行きましても、あるいは国内に行きましても、絶えず閣僚としての連絡が必要になってまいりますから、秘書官が最低一人は同行するのはやむを得ないのではないかというふうに思います。
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野中広務#29
○野中委員 いずれにいたしましても、公私混同のないように要望をしておきたいと存じます。
 熊谷通産大臣にお伺いをいたします。
 あなたは、山花訪韓の直前に訪韓をされました。訪韓の内容はどういうことでありましたか。
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