廣谷円三の発言 (厚生委員会)
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○廣谷円三君 先ほどの開陳でも申し上げましたように、せっかくの本日の開陳について、うちの会員の代表である理事あるいは役員の総意のまとまった意見として聴取はしてまいりませんでしたが、ふだんから役員会、その他行事等で会員と接する機会が多うございます。その場合の話というものは、やはり年金をもらうこと。
いろいろと問題はあって、我々が一番感じているのは、いろいろな条件が備わってみんなが長生きをするようになった。俗に高齢化と言われるわけですが、かつての人生五十年から八十年になって、もちろん国においてもこういった年金制度、恩給から始まりまして今の制度になって、先ほども何十年になりましたというようなことを申し上げましたが、これは人間として非常に幸せな先取りをしていると私は思います。五十年から八十年になった場合に、三十年の長生きという幸せをつかみ得た。これに対して金の手当てというものは、我々在職中にこういった手当てというもの、掛金というものはそう掛けないで、しかも年金を終身いただくという、それぞれ感じられないいいことが、みんなが享受できる長生きの世代になったわけです。そういう意味合いでは、年金は若い世代と年寄りの支え合い、あるいはそういう意味合いのことを言われているわけですが、そういった手当てもしない状態で終身金をもらえるということは、本当に幸せを先取りしていることだと私は思っております。
そういうことを今度は、先ほど私は、国庫負担のあり方については別に切り離して、まず五年に一回の我々のベースアップを先に考えてください、あるいは早期に成立をお願いしますということを申し上げましたが、これらはいつも会員の話し合いに出てくる問題でございます。
しかしながら、今、年寄りが一番金を持っているということをよく言われます。もちろん、現役時代に備蓄した金もあれば財産から生まれる貯蓄もあるだろうし、あるいは最たるものは年金の収入でございますけれども、やはり年寄り特有の計画的な金の使い方によって今までためてきた。それを今出す時期になって、孫どもに出すというふうなことで、気前よく出せば金持ちだと言われるかもしれませんが、生涯にわたって生きていくためにはやはり計画性のある金の使い方をしていかなければいけない。それと、万が一亡くなった場合にはこれを一緒に持ち帰るわけにはいきませんので、我々の後を担ってくれる若い人に残す分も考えながらやっていかなければいけないのじゃないか。
こういうふうなことで、ふだんから我々会員同士では、五年に一回のベースアップを含めた年金の改定、いろいろ国の事情もございまして国会においては現在は継続審議ということになってきたわけですが、この辺はメリットいっぱいでよろしくお願いを申し上げたい、こう思っております。