橋本龍太郎の発言 (世界貿易機関設立協定等に関する特別委員会)
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○橋本国務大臣 非常に大きな視点からの御質問でありますので、正確なお答えができるかどうか自信がありません。しかし、私自身、こうして振り返ってみまして、アメリカに対する考え方というものは随分大きくこの三十年の間に動いてきたような気がいたします。
ちょうど私が社会人になりました昭和三十五年というのは、繊維問題が深刻になりまして、初めての経済摩擦としての日米綿製品問題というものが深刻化した年でありました。そして、私はその綿紡績の会社に入りまして、いきなりその渦中にほうり込まれたわけです。しかし、その当時、我々の先輩方には、敗戦、独立というプロセスの中で、アメリカは日本に対して保護者的な立場を必ずとってくれる、そして最終的には日本に理解を示してくれる、そういう期待感は非常に強かったように思います。また、私は、当時のアメリカにはそれだけの余力があったような気がいたします。
しかし、その関係は次第次第に変質をしてきている。我が国の経済力が強まるにつれ、保護者的な色彩というものは減じてきた。そして、対等な競争相手としての位置づけが、日米関係というものを重要視しながらもアメリカの中にふえていった。日本でも当然ふえてきたわけでありますが、その速度に、私は、相当なギャップがあったような気がします。そして、今アメリカにとりまして日米関係というものは、当然のことながら重要な一つのファクターでありますけれども、経済的な側面においては、むしろ競争相手としての位置づけの方が大きくなったのではなかろうか。そして、さまざまな協力関係の中で、経済的な不均衡ということに今アメリカ側の関心は傾き過ぎているのではなかろうか、そのような思いが率直に私にはいたします。
日本側がようやくその保護者的な感じに甘える構造を捨てたのは、それほど前のことではないように思います。そして今、逆に、期待される役割を果たすということに日本自身がその方向を向けながら、世界経済の中で、なおかつそれに対応し切れていない状況というものが率直にあります。そうしたものを解消する努力というものをどう考えていけばよいのかというのが課題でありましょう。
そうなりますと、やはりいろいろな意味で、状況認識を正確にした上で、正しい処方せんを双方が採用することは欠くことができません。その場合に、やはり我が国の経常収支の黒字というものの意味のある縮小というものに努力する姿というものは、まず何よりも優先するのではなかろうかと思います。そして、それはやはりISバランスを踏まえたマクロ的な対応というものは基本として必要でありましょう。また、現実に起きておりますそれぞれの問題につきましては、冷静な摩擦処理の観点からの新たな紛争解決のメカニズムというものを何とか模索しなければならないと思います。
そして私は、今後におきましても、こうした摩擦というものは新たに発生する分野はあると思います。それだけに、WTOでありますとかあるいはOECDあるいはAPECなどの国際的な枠組みの中でどれだけのことができるか、これもひとつ考えていく必要がありますし、日米両国間における新たな紛争処理メカニズムというものを模索する努力も必要であると思います。
しかし、こうしたことを踏まえた上で、なおかつ私は、日米関係というものは、我が国にとりまして他国に対する関係を超える大きなウエートを持つものでありますし、今後もあり続けると思います。また、そうあってほしいと願っております。それは経済的な問題だけではなく、地球環境問題あるいはエイズに象徴されるような、こうした大きなテーマに対する取り組みについて我々は協力しなければならないことをまだまだたくさん持っておりますし、これからも出てくるでありましょう。
そして、アジア・太平洋地域というものを考えますとき、日本にとりましてアメリカというものは何よりもやはり大切な友人関係を保ち続けるべき相手であり、全世界的に見てもその視点は変わらない。基本は、私は、日米関係というものは他より抜きん出た重みを持つもの、そのように考えております。