志賀節の発言 (法務委員会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○志賀委員 私は、今の世界の状況を見ておりますと、大変大きな基軸になるものは人権ではないかという考え方をしている一人でございます。そうしますと、この人権については、旧ソ連のような、アメリカあたりの人権派から大変疑惑ないし非難の目で見られるところとは違って、西欧十二カ国はやはり人権を尊重する国々でございますから、人権を軸にして容易に憲法のようなものは共通項を多く持ちやすいのではなかろうか。もとより宗教的、民族的、歴史的、文化的、いろいろな背景の相違から、一概に何もかにも一緒というわけにいかない点があるかもしれません。しかし、それ以上に多くの点で共通項を持ち得るのではないかというのが私などの考え方でございます。
今まで日本人がしばしば犯してきた過ちだと思いますのは、国民相互間あるいは民族相互間を見る上において、その共通性よりも差異の方に目を向けやすかった。違いに目を向けておりますと、ちょうど私ども、戦時中に鬼畜米英などと言いまして、アメリカ人、イギリス人は人類の範囲の外にある動物である、こういう発想になっていく。これは、とりもなおさず人種主義に基づいたナチズムもまさにそうであったし、さればこそ、あの人道に反する人間の大量殺りくなどということを平気でやり得たのは、そこにあったのではないかと思うのであります。
私は、そういう観点に立つならば、やはり人間はお互い共通項が多いんだ、共通の点がかくも多いのだということの方に目を向けるべきであって、それが世の中を平和に導く一つの大きな基盤ではないだろうか。もとよりお互い人間である以上、同じ日本人同士でも相違があり、性格にも大きな違いがあるわけでございますから、これは私もわかる。しかし、それよりも大事なものは、共通項というものにより目を向ける姿勢が大事なのではないかと考えるのでございます。さすれば、私どもは、この世界の法律を考える上においても、その差よりは、例えば人権というようなことに力点を置いて、あるいはこれを軸として共通項の法律をつくり上げていく、あるいは認め合っていく、これが大事ではなかろうかと考えるのであります。
そこで、私はさらに踏み込んで承っておきたいと思いますことは、憲法はさておくとして、その他の六法、あるいは五法というべきでしょうか、刑法とか民法などにおいては、EUのようなところではお互いに認め合うようなものが、それぞれの条文、条項に出てきているのかどうか、こういう点はいかがなものであるかを教えていただければと存ずる次第であります。