志賀節の発言 (法務委員会)
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○志賀委員 死刑のことに関しましては、条項があるからというだけでは何の説得力も私はないと思っております。現に、諸外国においては執行を停止していることで、条項があっても、していることによって事実上死刑がない、あるいはそういう慣習をもとにして死刑制度をなくしていくというプロセスを踏んでいる国もあるわけでありまして、私は、条項そのこと自体は一向にその問題とは別である。むしろ一つ一つの事例で、対外的に、今お話ししたようなことで腰が引けているというようなふうに判断されてもやむを得ないような事例も出てきますよ、こういうことを私は指摘をしておるわけでございます。
さてそこで、私は、実は昨日のことなので、この質問についてはまだ申し上げてないので恐縮なんでありますが、韓国人の私の友人が私のところに連絡がございまして、李奉昌、御存じかと思いますが、リはスモモの李であります、ホウは奉る、ショウは日二つ重ねた李奉昌、この人が何か、天皇、戦前のことでありますが、昭和七年に天皇狙撃か暗殺かを試みた事件があったかと思いますが、この事件の全容を知りたいと思って、秦野章元法務大臣の御紹介のもとに法務省の資料室であるか、にお願いをして、その事件の全容を勉強したいと思って申し出たのであります。これが十分に御協力を得られなかった。何か全部で八冊あるんだそうでありますが、一冊から四冊までは見せてもらえないで、第五冊から第八冊までを見せてもらえた。
彼のいわく、彼のいわくでありますが、CIAですら二十五年もたてはそういうものは出して見せてもらえるはずなのに、昭和七年のものを今なお出して見せてもらえないというのは一体何事なんだ、しかしもう見せてくれなくてもいいですよ、私は実は外交史料館に行ったらば、同じ政府の関係なのに、そっちでは見せてもらえました、一体法務省のこの古い体質は何なんでしょう、私はいささか親日家のつもりであったけれども、こういうことではやはりおかしくならざるを得ませんというような憤りの言葉を私はぶつけられたわけでございます。
私は、果たしてCIAが二十五年であるかどうか、そんなことも存じません。それから、果たして日本人が韓国に行って、戦前のそういう不祥事等について向こうの政府の保有している史料の閲覧を求めた場合に果たして応じてもらえるのか、それほど素直なのかは、これもやってみないとわからないのでありますから、このことは一方的な話になるわけでございますけれども、少なくとも昨日私はそういう苦情というか憤りをぶつけられたことだけは事実なのであります。
私は、このことに関して言うならば、情報の公開という言葉であらわされると思うのでありますが、この情報の公開が、実はこのこと以外にも疑われるだけのものが法務省の中にはある。それは、死刑の執行についてであります。死刑の執行は極めて極めて隠密裏、密行主義で行われる。私はよくわからないのは、死刑というものは見せしめ効果がある、そしてそのことによって凶悪犯罪の再発を防ぐ効果を持つもの、こういう説明が世の中にあるわけでございますけれども、もし見せしめというものが本当に効果があるとするならば、これだけのテレビ時代なんですから、公開したっていいじゃないかという乱暴な議論もできなくはないのでありまして、いわんやこの執行したかしないかも、秘密の中にベールの中にとどめおくなどということはもってのほかである。
しかも、もってのほかであると私が言うのは、そういう密行し、秘密にしておいて、死刑制度などというものは我々一般人間のほとんど関係のないことなんだ、悪いやつはぶっ殺してしまえばいいんだというような一般通念を助長する中で、いかに法務省が、あるいは総務庁が世論調査をやっても、これはインチキな世論調査と言わざるを得ないのであります。やはり、きちっと出すものは出しておいて、無知とか未知をなくしたところで初めて世論調査というものがフェアに行われるんだ、こういうふうに私は考えるのであります。
ですから、法務省の情報公開というものに対するお考えについて、いろいろな面から御説明をいただけるかと思いますが、ひとつ御説明をあとう限りしていただけるとありがたい、このように思います。