堀勝洋の発言 (国民生活に関する調査会)

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○参考人(堀勝洋君) 御指摘のように、養護老人ホーム、特別養護老人ホームはこれは地方公共団体の長による職権、行政処分によって入所をする、軽費老人ホームについてはこれは契約によって入所する、しかも軽費老人ホームは個室であるのに対して養護老人ホームとか特養については個室は極めて少ない、そういう状況にございます。
 基本的には、養護老人ホームというのは、戦後社会保障というのが貧困の救済、予防ということで、貧困者に対して公的責任でもって全部面倒を見ますよ、全部面倒を見るというのは、サービスの提供も公的にやります、それから費用負担も全部公的にやる、こういう考え、救貧対策という形でできたわけですね。それがずっと四十年、五十年も引き継がれてきた。救貧対策ですから、行政庁がこれはもうそういう困っている人を助けてあげる、そういう形だと思うんですね。
 ところが、戦後四十年、五十年を経て豊かな社会になってきて、高齢者も非常に豊かになってきている。そういった中でこういう上からの決定によって要するにサービスを提供するというようなことが果たして現在の国民の感情、考え方に合うのかどうか。それはかねがね疑問を持っておりまして、実は昭和六十二年に、七、八年前に「福祉改革の戦略的課題」という本を出しまして、その中でも、特に保育所について、もう措置入所から契約入所にしたらどうかということを詳細に論じたものを書いております。たまたまことし保育問題検討会で、契約入所をするか措置入所にするか、そういう両論併記の報告が出ましたけれども、私としては、先ほども言いましたように、やはり利用者の選択とかあるいは自己決定、あるいはサービスの内容、そういったものについて比較しながら選べるというシステムの方がいいんではないかというふうに思っております。
 反対する人が論ずるのは、措置をやめると公的責任、国家責任がなくなるのではないかと。今のシステムは地方団体の長が責任を持って措置するという形ですから、確かに措置をやめて契約にすれば公的責任の考えは弱まるわけですが、しかしこれは全くなくなるわけじゃないんですね。要するに、契約にしても必要な人には補助をする、それからそういうサービスをできるだけふやしていく、あるいはサービスの質を確保する、そういった点について公的責任というのは残るので、措置をやめたからといってすべて公的責任がなくなるというわけではないので、そういった利用者の選択、自己決定を尊重しながら公的な関与を強めていくという方法はあるのではないかというふうに私は思っております。
 そういう意味からいって、特に介護問題については、今後、介護保険とのかかわりがありますけれども、介護保険にするとこれは現在の医療保険と同じようにサービスの提供者を選択する、そことの契約によってサービスを受けるという形になろうと思いますので、それも一つの突破口になり得るんではないかというふうに私は思っております。
 以上です。

発言情報

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発言者: 堀勝洋

speaker_id: 20343

日付: 1994-11-18

院: 参議院

会議名: 国民生活に関する調査会