西山登紀子の発言 (国民生活に関する調査会)
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○西山登紀子君 日本共産党の西山でございます、
きょうは、どうも先生いろいろなことを教えていただきましてありがとうございます。
特に私が学びました点は、憲法二十五条、一般的に生存権というふうに言われているわけですけれども、その第一項は人間的最低生活権というふうに先生が名づけていらっしゃるわけですが、同条の第二項ですね、私は従来はこれは国の責務というふうに規定がされているというふうに思っておりました。すべての生活部面について社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならないという国の責務をここに明記されていると。それは国民の側から見ると、同項は生活向上権というべきものを保障しているんだと。生活向上権という国民の側の権利の規定ということで、先生がここに述べていらっしゃるということ、改めてそういうことが明記されているんだということを学びました。
そこで、私が先生にお聞きいたしたいことは、日本の場合、非常に経済大国と言われる反面、二つの顔を持っている。特に、非常に経済大国と言われている一方で、国民が本当の豊かさを実感できない、あるいは豊かな人間らしい暮らしという点では小さな国というふうな悪評も聞くわけですけれども、この場合に国の責任を果たしているかどうかの物差しというのは一体何だろうかということで、先生のお考えをお伺いしたいわけです。
それで、私が一つ考えていますのは、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない、国が責任を果たしているかどうかということの物差しに、私はやはり国庫負担のあり方があるのではないかと思っています。
先ほど先生、国庫負担が確かに八〇年代以降は減っているというような御指摘もあったわけですけれども、臨調・行革の十年とよく言われますけれども、その中で老人福祉施設なんかに対します国庫負担は非常に激減をしているだとか、保育所を建てる場合にも国庫負担が激減をしているとかというふうなことも、個々の施設をとりましてもあるわけですけれども、この点で国庫負担のあり方というものはその国の社会保障の前進、後退をはかる上での一つの物差しにはならないかという点での御意見をお伺いしたいのと、私この十年見ておりまして、日本の社会保障が後退をする一方で前進をしているというふうになかなか思えないのですけれども、前進をしているというふうに先生が考えられるような面がありましたら教えていただきたい。