小野晋也の発言 (科学技術委員会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○小野委員 この点につきましては、ぜひ皆さんの力を集めていただいて、今後のお取り組みをいただきますようにお願いを申し上げたいと存じます。
それから、私自身の一つの提言でございます。実は、これから私たちが遭遇する社会、向かっていくべき社会ということについて、私もいろいろな関心を持ちながら検討してまいりました。その中で、恐らくこうではないだろうかと思える社会というのが、私の造語でございますけれども、インフォエナジー社会ということになるのでございます。
これは何かと申しますと、もう皆さん賢明な方々でございますからおわかりいただけますとおり、インフォメーション・プラス・エナジーというのを二つくっつけて、ごろを合わせればこういう言葉になってくるんではないかというものでございますけれども、それはどういう社会をイメージしているかと申しますと、古代から人類は一日二千キロカロリーのエネルギーを使えば生活ができるということが言われてまいりました。これは端的に申しますと、人が一日に食べる食物の量プラスアルファなんですね。
ということは、食べるものさえあれば原始時代の人たちは生活ができていたんだ。それがだんだん火を使い、水の力を使い、家畜の力を使って、どんどん生活の幅を広げてくる中で、産業革命前にはどのくらいになったかというと、一日当たり二万四千キロカロリー程度のエネルギーを使っているというふうなことが研究されております。ところが、産業革命を契機といたしまして急にこのエネルギー使用量が伸びるわけでございまして、私たちの周辺を見ましても、電気を使っているとか、いろいろな動力を使っているとか、自動車を走らせているとか、こういうふうなところにそれぞれエネルギーを使ってまいりますことを通して、実は今、先進国では、一日一人当たり二十数万キロカロリーのエネルギーを使っているだろうというようなことが言われるわけでございます。
これは振り返って要約してみますと、人間が求めてきた文明の姿というのは、物理的なエネルギーの使用量がどんどん伸びるに従って、私たちは豊かになるんだという文明だったような気がしてならないわけでございます。現実に今、世界各国をずっと比較していただきまして、産油国等の特殊な例を除けば、先進国と言われる人々はたくさんのエネルギーを使っているということなんですね。後進国と言われる人たちはエネルギーの使用量が少ない。ですから、このエネルギー使用量みたいなものが一つの物差しになりながら、文明の発展度みたいなものがはかられてくるような社会を私たちは追い求めてきた。
しかしながら、先ほども少し触れましたように、私たち人類が直面する大きな課題として、人類の生存をかけた地球問題というものを今目の前にしていることを考えましたときに、この路線をいつまでも私たちは歩み続けることができないんだということが厳粛なる事実として目の前に迫ってきているわけでございます。
しかしながら、それならば後退すればいいのか。我々日本人が原始生活に戻っていこうじゃないかということを唱えてみても、これも不毛の議論でございます。やはり人類というのは、人間というのは成長する過程の中に社会を築いていかなきゃならない、そんな特質を持っているように私は思うわけでございまして、ならば、今までの物理的エネルギーの使用量を物差しにする社会から、もっと違う物差しを当てながら、この社会の成長発展を考えていかなきゃいけない社会になるんではなかろうか、これが私の問題意識でございます。
現実的な物理的なエネルギー使用量はたとえ変わらなくても、むしろこれが減少に転ずるとしても、エネルギー・プラス・インフォメーションという物差しがどんどんまだ人類社会の中で伸びていくとするならば、日本社会の中で伸びていくとするならば、我々はこれからも成長の過程を歩み続けることができるのではないかという意味で、この物差しを置きかえることを通して技術体系も変えて、そしてまた社会のあり方も変えて、人間の考え方も変えていけるんではなかろうか、こういう非常に大きなものを含んだ考え方がこのインフォエナジー社会という考え方なのでございます。
具体的なところを申しますと、物の輸送にいたしましても、かつてならば、情報がきちんと整備されていなければ、もうあちこちに物を持っていって、ようやく届けたいところに届いていく。むだなエネルギーをあちこちに使いながらようやく目的地に到着したというものが、情報がきちんと管理さえできれば、必要な最小限のエネルギーで相手のところに届けられる。そうすると、同じことをしているにもかかわらずエネルギー使用量が減る。これは情報の働きによってそういうことが可能になったわけでございます。
加えて、先ほどの心の問題、幸せの問題、生きがいの問題というようなものを考えてまいりましたときに、必ずしも私たちは物をたくさん持つことによって幸せが得られるのではなくて、その幸せを感じられる情報空間が提供されさえすれば、それである幸福感というものが得られる社会というものがこれから考えられるのではなかろうか。
だから、インフォメーションというものが単に補完をするのみならず、新しい人間の幸福を創造する可能性を持ち始めてきているということを考えましたときに、こういう考え方を当てはめることを通して、日本社会を二十一世紀に向けて転換できるんではなかろうか、また、人類社会に新しい可能性を切り開いていくことができるんではなかろうか、こういうことを今考えている次第でございます。
なかなかこれは答弁の難しい質問だと思いますけれども、どういうふうにお考えになられるのか、お伺いをさせていただきたいと思います。