科学技術委員会
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会
会議録情報#0
平成七年二月十五日(水曜日)
午前十時五分開議
出席委員
委員長 野呂 昭彦君
理事 臼井日出男君 理事 栗本慎一郎君
理事 原田昇左右君 理事 上田 晃弘君
理事 上田 清司君 理事 笹木 竜三君
理事 今村 修君 理事 渡海紀三朗君
小野 晋也君 小渕 恵三君
塚原 俊平君 平沼 赳夫君
近江巳記夫君 斉藤 鉄夫君
鮫島 宗明君 藤村 修君
秋葉 忠利君 辻 一彦君
吉井 英勝君 大谷 忠雄君
出席国務大臣
国 務 大 臣
(科学技術庁長
官) 田中眞紀子君
出席政府委員
科学技術庁長官
官房長 石井 敏弘君
科学技術庁科学
技術政策局長 落合 俊雄君
科学技術庁科学
技術振興局長 工藤 尚武君
科学技術庁研究
開発局長 沖村 憲樹君
科学技術庁原子
力局長 岡崎 俊雄君
科学技術庁原子
力安全局長 笹谷 勇君
委員外の出席者
文部省学術国際
局研究助成課長 霜鳥 秋則君
通商産業省環境
立地局保安課長 天野 正義君
資源エネルギー
庁公益事業部原
子力発電安全企
画審査課長 藤冨 正晴君
運輸省鉄道局施
設課長 藤森 泰明君
参 考 人
地震予知連絡
会会長
測地学審議会
委員
日本大学生産
工学部研究所
教授 茂木 晴夫君
科学技術委員会
調査室長 吉村 晴光君
―――――――――――――
本日の会議に付した案件
参考人出頭要求に関する件
科学技術振興の基本施策に関する件
――――◇―――――
この発言だけを見る →午前十時五分開議
出席委員
委員長 野呂 昭彦君
理事 臼井日出男君 理事 栗本慎一郎君
理事 原田昇左右君 理事 上田 晃弘君
理事 上田 清司君 理事 笹木 竜三君
理事 今村 修君 理事 渡海紀三朗君
小野 晋也君 小渕 恵三君
塚原 俊平君 平沼 赳夫君
近江巳記夫君 斉藤 鉄夫君
鮫島 宗明君 藤村 修君
秋葉 忠利君 辻 一彦君
吉井 英勝君 大谷 忠雄君
出席国務大臣
国 務 大 臣
(科学技術庁長
官) 田中眞紀子君
出席政府委員
科学技術庁長官
官房長 石井 敏弘君
科学技術庁科学
技術政策局長 落合 俊雄君
科学技術庁科学
技術振興局長 工藤 尚武君
科学技術庁研究
開発局長 沖村 憲樹君
科学技術庁原子
力局長 岡崎 俊雄君
科学技術庁原子
力安全局長 笹谷 勇君
委員外の出席者
文部省学術国際
局研究助成課長 霜鳥 秋則君
通商産業省環境
立地局保安課長 天野 正義君
資源エネルギー
庁公益事業部原
子力発電安全企
画審査課長 藤冨 正晴君
運輸省鉄道局施
設課長 藤森 泰明君
参 考 人
地震予知連絡
会会長
測地学審議会
委員
日本大学生産
工学部研究所
教授 茂木 晴夫君
科学技術委員会
調査室長 吉村 晴光君
―――――――――――――
本日の会議に付した案件
参考人出頭要求に関する件
科学技術振興の基本施策に関する件
――――◇―――――
野
野呂昭彦#1
○野呂委員長 これより会議を開きます。
科学技術振興の基本施策に関する件について調査を進めます。
この際、参考人出頭要求に関する件についてお諮りいたします。
本件調査のため、本日、参考人として地震予知連絡会会長・測地学審議会委員・日本大学生産工学部研究所教授茂木清夫君の出席を求め、意見を聴取したいと存じますが、御異議ありませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
この発言だけを見る →科学技術振興の基本施策に関する件について調査を進めます。
この際、参考人出頭要求に関する件についてお諮りいたします。
本件調査のため、本日、参考人として地震予知連絡会会長・測地学審議会委員・日本大学生産工学部研究所教授茂木清夫君の出席を求め、意見を聴取したいと存じますが、御異議ありませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
野
原
原田昇左右#3
○原田(昇)委員 このたびの阪神大災害の被害は想像を絶するものでありました。亡くなられた方々は、まことにお気の毒な限りでございます。御冥福をお祈り申し上げ、遺族の方々へお悔やみ申し上げますとともに、罹災された方々にお見舞い申し上げたいと存じます。
この大震災を機会に、今までの政府の対応体制など見直すべきことは山積しておりまして、我々もいろいろな場で議論しておるわけでございますが、当科学技術委員会に関する重要な課題として、地震予知の問題があると思います。これについては大臣も所信表明の中で触れられておられます。そして、この地震予知に対する国民の関心が今日ほど高まったことはないと思いますし、この機会に、ぜひともこの地震予知ということについて明確に問題点を認識し、そして対策を考えていかなければならぬと思うわけであります。
そういう見地から私も御質問申し上げたいのですが、特に最近新聞等を見ておりますと、地震予知研究者は一千億円以上も予知研究に使っておる、そして、地震が起こってから言いわけばかりしているというような厳しい批判もあるわけですね。大変誤解もあろうかと思いますが、ここで、地震予知研究について、まず地震予知はできないのだという意見があります。私どもが承知しておるのは東海大地震を想定しての議論のときですね。
私は、実は東海地域の出身でございますから、この対策をやらなければいかぬということで、大規模地震対策特別措置法をつくるのに一生懸命尽力した一人でございます。そのとき、予知を前提にこの法律をつくったわけですが、我々はマグニチュード七以上について予知をしてもらいたい、こう思っておりましたら、地震学者の方々は、マグニチュード八以上の海溝性のものでなければだめだよ、そして、測定網をしっかりとやってもらわなければいかぬというような御意見で、結局そういうことになったというように記憶しております。したがって、マグニチュード八以上なら、そして、ある程度観測網がしっかりしておれば予知ができるけれども、それ以外はできないということなのか、もう地震予知なんというのは無理だということなのか。
そして、茂木先生は、たまたまこの前、これも新聞で拝見したのですが、いや、予知で黒白をはっきり言うことは難しい場合もあるよ、注意報というのを出したらどうだ、こういうことも言っておられるように伺いますが、これらについて、まず予知ができるのかできないのか、できるとすればどういうケースであるか。さらに、予知というのは、私は、いつどこでどのくらいの規模ということにならなければ予知にならないと思うのですが、その辺について茂木先生はどういうようにお考えになっておられるか、ぜひ伺わせていただきたいと思います。
この発言だけを見る →この大震災を機会に、今までの政府の対応体制など見直すべきことは山積しておりまして、我々もいろいろな場で議論しておるわけでございますが、当科学技術委員会に関する重要な課題として、地震予知の問題があると思います。これについては大臣も所信表明の中で触れられておられます。そして、この地震予知に対する国民の関心が今日ほど高まったことはないと思いますし、この機会に、ぜひともこの地震予知ということについて明確に問題点を認識し、そして対策を考えていかなければならぬと思うわけであります。
そういう見地から私も御質問申し上げたいのですが、特に最近新聞等を見ておりますと、地震予知研究者は一千億円以上も予知研究に使っておる、そして、地震が起こってから言いわけばかりしているというような厳しい批判もあるわけですね。大変誤解もあろうかと思いますが、ここで、地震予知研究について、まず地震予知はできないのだという意見があります。私どもが承知しておるのは東海大地震を想定しての議論のときですね。
私は、実は東海地域の出身でございますから、この対策をやらなければいかぬということで、大規模地震対策特別措置法をつくるのに一生懸命尽力した一人でございます。そのとき、予知を前提にこの法律をつくったわけですが、我々はマグニチュード七以上について予知をしてもらいたい、こう思っておりましたら、地震学者の方々は、マグニチュード八以上の海溝性のものでなければだめだよ、そして、測定網をしっかりとやってもらわなければいかぬというような御意見で、結局そういうことになったというように記憶しております。したがって、マグニチュード八以上なら、そして、ある程度観測網がしっかりしておれば予知ができるけれども、それ以外はできないということなのか、もう地震予知なんというのは無理だということなのか。
そして、茂木先生は、たまたまこの前、これも新聞で拝見したのですが、いや、予知で黒白をはっきり言うことは難しい場合もあるよ、注意報というのを出したらどうだ、こういうことも言っておられるように伺いますが、これらについて、まず予知ができるのかできないのか、できるとすればどういうケースであるか。さらに、予知というのは、私は、いつどこでどのくらいの規模ということにならなければ予知にならないと思うのですが、その辺について茂木先生はどういうようにお考えになっておられるか、ぜひ伺わせていただきたいと思います。
茂
茂木晴夫#4
○茂木参考人 お答えいたします。
地震予知はできるかできないかということをまず最初にお答えいたしますが、一口に地震予知はできるかできないかというのは、がんは治せるか治せないかということと同じでありまして、地震によっては前兆現象が非常にはっきりしている場合もあるのですね。浜田地震とか伊賀上野地震とかいうような地震は、これはマグニチュードその地震ですけれども、非常に顕著な前兆現象がありましたから、そういう場合は今でもできます。ただし、そういう地震の数はまだ少ないのでございます。
それで、マグニチュード八クラスが可能性が高いといいますのは、領域が広うございますので、観測点がそれほど密でなくとも前兆現象を比較的つかまえ得るということで、八は現状では予知できる可能性が高い。しかし、マグニチュード七になりますと、もっと非常に高密の観測をいたしませんと、領域が狭くなりますので前兆現象をとらえる可能性が低くなります。
それで、私ども前に試算したことがございますが、マグニチュード七だとどのぐらいの領域である、そうするとどのぐらいの密度で観測網を展開しなきゃいけないかということになりますと、これは膨大な数でございまして、ただいま私どもいただいております地震予知のための事業費ではとてもそれはカバーできないということで、一般論で言いますと、マグニチュード七クラスの地震はなかなか難しい。しかし、場合によっては、そういう運のいいケースですね、そういう場合は予知できる場合もあり得るということで、その辺は全国的に網を張って、なるべくできる場合はそういう情報を提供したい、こういうふうに思っております。
続いて注意報の問題にまいりますが、地震予知は、御存じのように地震というのは地殻の破壊現象でございますので、不確定な部分が非常にあるんですね。それから、場所によってもいろいろ違うということで、東海地震について、東海地震はマグニチュード八の地震を想定しているわけですが、東海地震は必ず予知できるかということになりますと、現在の大震法では一応予知を前提としておりますが、マグニチュード八といえども、大きいから必ず前兆現象があるというものではないんですね。
例えば、この前起こりました北海道南西沖地震、日本海中部地震、それから北海道の地震、そういった地震はほとんどマグニチュード八近いわけですが、ほとんど明瞭な前兆現象はなかった。日本海中部地震は前震がありました。それで十二日後に本震がございました。いろいろ前兆現象のあらわれ方は複雑でございまして、そういうことは私ども前から申していることですが、一律にいく問題ではない。
それで、東海地震についても、これはマグニチュード八の地震だから、もう必ず大きい前兆現象が出て、そして警戒宣言を出せる。今の警戒宣言ではシナリオができておりまして、新幹線をとめる、高速道路をとめる、あるいは郵便局、銀行もとめる、それからお医者さんまでとめるというような、もうほとんど一〇〇%地震が起こった場合のシナリオだけでございますね。
こういうことをやりますと社会がどういうことになるか。それだけの確実性はないわけでございますから。それで、それを最近民間のシンクタンクが、社会的なコストですね、これは経済的なコストだけでございますが試算しました結果によりますと、社会的コストが一日七千二百億円。これは東京首都圏とそれから関西圏、名古屋圏を全く分断いたしますので、物流が途絶えるわけでございます。そういう非常に大きな社会的コストを伴う。そうしますと、それが何日続くのか、これも非常に不確定でございます。今の予知の人でそういうことに耐え得るか。
それで、地震予知というのは大体経験によっておりますが、今の駿河湾から御前崎にかけての地域で起こった東海地震というのは、これまで起こった例がないんですね。いつも駿河湾から紀伊半島までで起こっておりますが、まず一つそういう地震であるということ。ですから、言ってみれば前例がないわけでございます。
それで、隣で起こりました一九四四年の東南海地震、それから一九四六年の南海道地震、これが我々大いに参考になる地震でございますが、そのときは一応かなりはっきりした前兆と思われる現象がありましたので、それをもとに我々判定をしようと思っているわけですが、ただ、これも同じ場所でございませんので、かなり不確定がある。
そういうことで、私が注意報ともいうべきものを出したらというのは、つまり地震予知というのは、白か黒か、一かゼロか、そういう一刀両断でできるものではない。天気予報でもそうですね、何%とやっているわけでございますので。もっと気になるような変化、いつもと違う異常な、これはおかしいというような変化が起こった場合は、そういうことではなくて注意報というべきものを出して、そして皆さんに注意を呼びかける。それから、これは全く個人的な意見ですが、例えば新幹線ならば速度を減速するとか、高速道路もそうするとか、それから郵便局、銀行等は閉めなくともいいんではないか。それで、なるべく社会的コストを少なくして、そのかわり頻繁に出せる。そうしないと見逃し、空振り、これを避け得ないということで提案しているわけでございます。
この発言だけを見る →地震予知はできるかできないかということをまず最初にお答えいたしますが、一口に地震予知はできるかできないかというのは、がんは治せるか治せないかということと同じでありまして、地震によっては前兆現象が非常にはっきりしている場合もあるのですね。浜田地震とか伊賀上野地震とかいうような地震は、これはマグニチュードその地震ですけれども、非常に顕著な前兆現象がありましたから、そういう場合は今でもできます。ただし、そういう地震の数はまだ少ないのでございます。
それで、マグニチュード八クラスが可能性が高いといいますのは、領域が広うございますので、観測点がそれほど密でなくとも前兆現象を比較的つかまえ得るということで、八は現状では予知できる可能性が高い。しかし、マグニチュード七になりますと、もっと非常に高密の観測をいたしませんと、領域が狭くなりますので前兆現象をとらえる可能性が低くなります。
それで、私ども前に試算したことがございますが、マグニチュード七だとどのぐらいの領域である、そうするとどのぐらいの密度で観測網を展開しなきゃいけないかということになりますと、これは膨大な数でございまして、ただいま私どもいただいております地震予知のための事業費ではとてもそれはカバーできないということで、一般論で言いますと、マグニチュード七クラスの地震はなかなか難しい。しかし、場合によっては、そういう運のいいケースですね、そういう場合は予知できる場合もあり得るということで、その辺は全国的に網を張って、なるべくできる場合はそういう情報を提供したい、こういうふうに思っております。
続いて注意報の問題にまいりますが、地震予知は、御存じのように地震というのは地殻の破壊現象でございますので、不確定な部分が非常にあるんですね。それから、場所によってもいろいろ違うということで、東海地震について、東海地震はマグニチュード八の地震を想定しているわけですが、東海地震は必ず予知できるかということになりますと、現在の大震法では一応予知を前提としておりますが、マグニチュード八といえども、大きいから必ず前兆現象があるというものではないんですね。
例えば、この前起こりました北海道南西沖地震、日本海中部地震、それから北海道の地震、そういった地震はほとんどマグニチュード八近いわけですが、ほとんど明瞭な前兆現象はなかった。日本海中部地震は前震がありました。それで十二日後に本震がございました。いろいろ前兆現象のあらわれ方は複雑でございまして、そういうことは私ども前から申していることですが、一律にいく問題ではない。
それで、東海地震についても、これはマグニチュード八の地震だから、もう必ず大きい前兆現象が出て、そして警戒宣言を出せる。今の警戒宣言ではシナリオができておりまして、新幹線をとめる、高速道路をとめる、あるいは郵便局、銀行もとめる、それからお医者さんまでとめるというような、もうほとんど一〇〇%地震が起こった場合のシナリオだけでございますね。
こういうことをやりますと社会がどういうことになるか。それだけの確実性はないわけでございますから。それで、それを最近民間のシンクタンクが、社会的なコストですね、これは経済的なコストだけでございますが試算しました結果によりますと、社会的コストが一日七千二百億円。これは東京首都圏とそれから関西圏、名古屋圏を全く分断いたしますので、物流が途絶えるわけでございます。そういう非常に大きな社会的コストを伴う。そうしますと、それが何日続くのか、これも非常に不確定でございます。今の予知の人でそういうことに耐え得るか。
それで、地震予知というのは大体経験によっておりますが、今の駿河湾から御前崎にかけての地域で起こった東海地震というのは、これまで起こった例がないんですね。いつも駿河湾から紀伊半島までで起こっておりますが、まず一つそういう地震であるということ。ですから、言ってみれば前例がないわけでございます。
それで、隣で起こりました一九四四年の東南海地震、それから一九四六年の南海道地震、これが我々大いに参考になる地震でございますが、そのときは一応かなりはっきりした前兆と思われる現象がありましたので、それをもとに我々判定をしようと思っているわけですが、ただ、これも同じ場所でございませんので、かなり不確定がある。
そういうことで、私が注意報ともいうべきものを出したらというのは、つまり地震予知というのは、白か黒か、一かゼロか、そういう一刀両断でできるものではない。天気予報でもそうですね、何%とやっているわけでございますので。もっと気になるような変化、いつもと違う異常な、これはおかしいというような変化が起こった場合は、そういうことではなくて注意報というべきものを出して、そして皆さんに注意を呼びかける。それから、これは全く個人的な意見ですが、例えば新幹線ならば速度を減速するとか、高速道路もそうするとか、それから郵便局、銀行等は閉めなくともいいんではないか。それで、なるべく社会的コストを少なくして、そのかわり頻繁に出せる。そうしないと見逃し、空振り、これを避け得ないということで提案しているわけでございます。
原
原田昇左右#5
○原田(昇)委員 はい、わかりました。
大変貴重な御意見だったと思いますが、今の注意報の問題ですね。黒か白かじゃなくてグレーゾーン、そして社会的コストを少なくするという、これはどうですか、長官。
この発言だけを見る →大変貴重な御意見だったと思いますが、今の注意報の問題ですね。黒か白かじゃなくてグレーゾーン、そして社会的コストを少なくするという、これはどうですか、長官。
田
田中眞紀子#6
○田中国務大臣 基本的な私の認識を申し上げたいと思いますのですが、今、茂木先生も御専門で、いい御意見をおっしゃってくださいまして、私も先日、茂木先生以下ほかの三人の先生もいらっしゃいまして、各省庁も来て予知の対策の勉強会をやりましたけれども、この予知ということについてですが、余り期待し過ぎちゃいけないと思うのですね。
と申しますのは、つまり、社会的コストにまで、果たして地震予知の専門の先生方がそこまで気を払われる必要があるのかどうか。私どもが本当に知りたいのは、私の理解では、この間の勉強会でも、正確にいつどの規模でということは難しいんだということがわかったことでして、ただ、過去の文献とか地震の経緯を振り返ってみて、ここの地域は極めて起こりやすいということはある程度御判断できるということを伺ったように思っているのです。
そうであれば、予知というのは、そういう知識をそういうものについて社会的に還元する。それに対して、これは予算委員会等でも何度も申し上げておりますけれども、日本はもう地震国ですから、これは逃れようがない宿命なわけですから、それに対してどのような防災とか避難訓練をするかというための予知であるべきで、社会的コストまで計算していただいたり、パニックが起こったら困るとか、そこまで言ってしまうと予知の情報がなかなか流れてこないということがあるのではないか。私はそのことを今回の地震で個人的に非常に学んだことなのです。ですから、どの辺のことまでを予知学者の方に期待するかということも、今回のことを契機として整理をしていく必要があるのではないかと思います。
この発言だけを見る →と申しますのは、つまり、社会的コストにまで、果たして地震予知の専門の先生方がそこまで気を払われる必要があるのかどうか。私どもが本当に知りたいのは、私の理解では、この間の勉強会でも、正確にいつどの規模でということは難しいんだということがわかったことでして、ただ、過去の文献とか地震の経緯を振り返ってみて、ここの地域は極めて起こりやすいということはある程度御判断できるということを伺ったように思っているのです。
そうであれば、予知というのは、そういう知識をそういうものについて社会的に還元する。それに対して、これは予算委員会等でも何度も申し上げておりますけれども、日本はもう地震国ですから、これは逃れようがない宿命なわけですから、それに対してどのような防災とか避難訓練をするかというための予知であるべきで、社会的コストまで計算していただいたり、パニックが起こったら困るとか、そこまで言ってしまうと予知の情報がなかなか流れてこないということがあるのではないか。私はそのことを今回の地震で個人的に非常に学んだことなのです。ですから、どの辺のことまでを予知学者の方に期待するかということも、今回のことを契機として整理をしていく必要があるのではないかと思います。
原
原田昇左右#7
○原田(昇)委員 長官のおっしゃるのもごもっともだと思うのですね。しかし、今、茂木先生から伺ったのは予知を前提にした大規模地震対策の方の議論でして、そっちの方からいえば、いつということについて判定会を催して、そして、危ないときは内閣総理大臣から警戒宣言が発せられる。そういうときは新幹線も交通も遮断されるのだ、こういうことの話です。これは今の法律がそうなっているのですから。
それに対して、警戒宣言でなくて注意報ぐらいを出したらどうだろうか、ちょっと危ないなというときに。しかし、本当に地震があれば、ぱっと警戒宣言を出してもらわなければなりませんがね。多少空振りでも、それはやった方が、大変な災害と引きかえなのですから、そこの判断はやはり政治の判断だと思いますが、予知学者の良心的な立場からいえば、そういう御意見だったと私は理解するのです。それについてひとつ、これは現行法でもうできている、現行法の運用の問題ですから、ぜひ御検討おきいただきたい。大変貴重な御意見だと思う。
それから、今長官のおっしゃった、もう社会的な面では、いつということをそんなに問題にしなくてもいいじゃないか、活断層がとにかく町の真ん中を走っておるのだ、それでほっておいていいわけがない。大体いつどのくらいの規模だということまで言わなくても、起こった場合に大災害が起こるということがはっきりしておれば、そこを一つの地域として防災をあらかじめやっておく、いろいろ訓練をやったり、いろいろな対策を考えておくという必要があろうという御意見は、全く私も同感なのです。
そこで、先生どうでしょうか。茂木先生にお伺いしますが、活断層地域等で、どこがより可能性が高い、そして、起こった場合大変な災害が起こるよというところを特定することはできますか。
この発言だけを見る →それに対して、警戒宣言でなくて注意報ぐらいを出したらどうだろうか、ちょっと危ないなというときに。しかし、本当に地震があれば、ぱっと警戒宣言を出してもらわなければなりませんがね。多少空振りでも、それはやった方が、大変な災害と引きかえなのですから、そこの判断はやはり政治の判断だと思いますが、予知学者の良心的な立場からいえば、そういう御意見だったと私は理解するのです。それについてひとつ、これは現行法でもうできている、現行法の運用の問題ですから、ぜひ御検討おきいただきたい。大変貴重な御意見だと思う。
それから、今長官のおっしゃった、もう社会的な面では、いつということをそんなに問題にしなくてもいいじゃないか、活断層がとにかく町の真ん中を走っておるのだ、それでほっておいていいわけがない。大体いつどのくらいの規模だということまで言わなくても、起こった場合に大災害が起こるということがはっきりしておれば、そこを一つの地域として防災をあらかじめやっておく、いろいろ訓練をやったり、いろいろな対策を考えておくという必要があろうという御意見は、全く私も同感なのです。
そこで、先生どうでしょうか。茂木先生にお伺いしますが、活断層地域等で、どこがより可能性が高い、そして、起こった場合大変な災害が起こるよというところを特定することはできますか。
茂
茂木晴夫#8
○茂木参考人 私どもの考えからいたしますと、時間を考えないで、ここは活断層があるから危ないから注意した方がいいというのでは不十分で、どの程度切迫しているかということ抜きでそういう対策というのは、私としては余り賛成できない。
といいますのは、海溝沿いの巨大地震は百年に一回必ず起こるのですね。それで千人以上の死者がたびたび繰り返し起こっておるわけでございますが、内陸の活断層があるというところは、一番活動的なところでも千年に一回、それからもっとあれなところは一万年という。いつ起こるかわからない、しかし活断層はある、そういうところは注意しましょうというのは、ちょっとバランスを失している。やはり時間を考えないといけない。
アメリカで活断層というのはございます。しかし、アメリカの活断層というのはサンアンドレアス断層といいまして、アメリカではカリフォルニアでございます。主たる地震がほとんどこれに沿って起こるのですが、その活断層は、ちょうど日本のそういう海溝沿いの巨大地震、百年に一回ですね、それと同じ活動度なんです。だから極めて危険なんです。日本の活断層とはわけが違うのです。その場合は非常に適当だと思います。
ところが、日本は、むしろ地震を起こす主力はそういう海溝沿いの巨大地震でありまして、それの影響として内陸で地震が起こる、活断層も起こっているということでございますので、やはりウエートは、そういう海溝沿いの巨大地震、そして時間、そういう間隔ですね、それを考慮した上ででないと、活断層偏重ではバランスを失する。
それから、アメリカの例で申しますと、そのアメリカでさえここ四十年で一番大きい地震が起こったのが、実は活断層として余り注目されていなかったところで、マグニチュード七・五というここ四十年で一番大きい地震がその断層の外で起こっているのですね。ですから、もちろん活断層は注目すべきですが、それに余り偏らない方がいいと私は思って、日本の地震予知計画というのは面的に進めるべきであるというふうに思っております。
この発言だけを見る →といいますのは、海溝沿いの巨大地震は百年に一回必ず起こるのですね。それで千人以上の死者がたびたび繰り返し起こっておるわけでございますが、内陸の活断層があるというところは、一番活動的なところでも千年に一回、それからもっとあれなところは一万年という。いつ起こるかわからない、しかし活断層はある、そういうところは注意しましょうというのは、ちょっとバランスを失している。やはり時間を考えないといけない。
アメリカで活断層というのはございます。しかし、アメリカの活断層というのはサンアンドレアス断層といいまして、アメリカではカリフォルニアでございます。主たる地震がほとんどこれに沿って起こるのですが、その活断層は、ちょうど日本のそういう海溝沿いの巨大地震、百年に一回ですね、それと同じ活動度なんです。だから極めて危険なんです。日本の活断層とはわけが違うのです。その場合は非常に適当だと思います。
ところが、日本は、むしろ地震を起こす主力はそういう海溝沿いの巨大地震でありまして、それの影響として内陸で地震が起こる、活断層も起こっているということでございますので、やはりウエートは、そういう海溝沿いの巨大地震、そして時間、そういう間隔ですね、それを考慮した上ででないと、活断層偏重ではバランスを失する。
それから、アメリカの例で申しますと、そのアメリカでさえここ四十年で一番大きい地震が起こったのが、実は活断層として余り注目されていなかったところで、マグニチュード七・五というここ四十年で一番大きい地震がその断層の外で起こっているのですね。ですから、もちろん活断層は注目すべきですが、それに余り偏らない方がいいと私は思って、日本の地震予知計画というのは面的に進めるべきであるというふうに思っております。
原
原田昇左右#9
○原田(昇)委員 今お話しのとおり、活断層というのは、いつ起こるかというのについて、千年、一万年というインターバルがあって、なかなか特定しにくいのですね。一万年先のことを一生懸命やっておく必要は何もないのですが、その辺をもう少しウエートをつけることはできないでしょうか。
というのは、都市の直下に活断層が走っているような都市が全国に幾つかあるのですね。そういう方々にとっては、私は何もしないでいいというわけにはいかないと思うのです。それをひとつぜひ何か、いや、こちらの方がインターバルはもうあと少ししかないよとか、ポテンシャルの測定というのですか、そういうものを考えていただくわけにはいかないでしょうか。
この発言だけを見る →というのは、都市の直下に活断層が走っているような都市が全国に幾つかあるのですね。そういう方々にとっては、私は何もしないでいいというわけにはいかないと思うのです。それをひとつぜひ何か、いや、こちらの方がインターバルはもうあと少ししかないよとか、ポテンシャルの測定というのですか、そういうものを考えていただくわけにはいかないでしょうか。
茂
茂木晴夫#10
○茂木参考人 まことにごもっともで、たくさん活断層は網の目のごとく日本列島にはあるわけでございますので、やはりそれのウエート、それでどの程度切迫しているかというようなのは、例えばトレンチといいまして、掘りまして過去どのくらい動いたかということからおおよそ見当をつけられますので、そういう切迫度、そういうことは都市の直下などではぜひこれから推進すべきであろうと思います。
ただ、ウエートはそれが最優先とは限らなくて、海溝沿いの例えは南海道地震なんかはあと五十年で必ず起こると言っていいわけでございますので、その辺バランスをとりながら進めていくのがいいのだろうと思います。
この発言だけを見る →ただ、ウエートはそれが最優先とは限らなくて、海溝沿いの例えは南海道地震なんかはあと五十年で必ず起こると言っていいわけでございますので、その辺バランスをとりながら進めていくのがいいのだろうと思います。
原
原田昇左右#11
○原田(昇)委員 予知の体制についてちょっとお伺いしたいのですが、大変わかりにくいのですね。文部省に測地学審議会があり、科学技術庁は長官が本部長で地震予知推進本部というのがあり、それで国土地理院に予知連絡会があって、このどこが一体本当に責任を持って情報を集め、あるいは予算を配分しているのか、大事なところに予算をつけてやっておるのかということが我々としては大変わかりにくいのです。
例えば、今度の阪神地域の大地震についても、そもそも特定観測地域として何か予知連絡会では指定しておったその端っこにあるということであります。
では、その特定観測地域で何をやっていたのか。特別に何か余計予算をつけて観測をやったのかというと、地震が終わってから大学とか方々から来て地震計を設置した。余震を見るために来たのでしょうが、終わってからの話なんですね。余りどうも特別に観測網を整備したという跡が見られない。私は大変遺憾だと思う。
やるのなら、国民にわかりやすい形でしっかりした体制のもとにやり、しかも、その結果が少なくともみんなが共有してわかるような仕組みをつくって、そして評価をするという体制にしなければ、本当にこれでは予知体制というのは、予知ということまでいかないにしても、先ほど茂木先生のお話のトレンチで少し調べたらどうかというお話もありますし、少し体系的にきちっとやられることを考えていただかなければいかぬのじゃないかと思いますが、いかがでしょうか。
この発言だけを見る →例えば、今度の阪神地域の大地震についても、そもそも特定観測地域として何か予知連絡会では指定しておったその端っこにあるということであります。
では、その特定観測地域で何をやっていたのか。特別に何か余計予算をつけて観測をやったのかというと、地震が終わってから大学とか方々から来て地震計を設置した。余震を見るために来たのでしょうが、終わってからの話なんですね。余りどうも特別に観測網を整備したという跡が見られない。私は大変遺憾だと思う。
やるのなら、国民にわかりやすい形でしっかりした体制のもとにやり、しかも、その結果が少なくともみんなが共有してわかるような仕組みをつくって、そして評価をするという体制にしなければ、本当にこれでは予知体制というのは、予知ということまでいかないにしても、先ほど茂木先生のお話のトレンチで少し調べたらどうかというお話もありますし、少し体系的にきちっとやられることを考えていただかなければいかぬのじゃないかと思いますが、いかがでしょうか。
田
田中眞紀子#12
○田中国務大臣 私も原田先生に全く同感でございます。
今回の震災で、それぞれ研究は各省庁、気象庁でありますとか国土地理院、科技庁、それぞれ担当は別に研究はしているかもしれませんけれども、こういうことが起こったときに機能していなかったのではないかという気持ちは否めません。ですから今、三月末からはインターネットで情報交換をして、気象庁に一括して集めるという計画もございますけれども、それだけで果たして十分かどうかわかりません。
それから、特定観測強化地域につきましても、それがそこだけ観測していればいい問題ではないと思います。日本じゅう全体が断層の上に、活断層の上に成り立っているわけですから、そういうことも全体的な観測をして一カ所でもって判断をしていく、そして、それを知らしめていくというようなシステムづくりは急務だろうというふうに思っております。
この発言だけを見る →今回の震災で、それぞれ研究は各省庁、気象庁でありますとか国土地理院、科技庁、それぞれ担当は別に研究はしているかもしれませんけれども、こういうことが起こったときに機能していなかったのではないかという気持ちは否めません。ですから今、三月末からはインターネットで情報交換をして、気象庁に一括して集めるという計画もございますけれども、それだけで果たして十分かどうかわかりません。
それから、特定観測強化地域につきましても、それがそこだけ観測していればいい問題ではないと思います。日本じゅう全体が断層の上に、活断層の上に成り立っているわけですから、そういうことも全体的な観測をして一カ所でもって判断をしていく、そして、それを知らしめていくというようなシステムづくりは急務だろうというふうに思っております。
原
原田昇左右#13
○原田(昇)委員 もう長官のおっしゃるとおりで、我々も大いにバックアップさせていただきたいと思います。
それから、観測網の整備計画というのを、少なくとも科学技術庁が推進本部であるのなら、しっかりしたものをあれして、そして予算もそこからつける。そして、結果の利用は予知連絡会なりどこかでやっていただくとか、ちゃんとしたものは要ると思うのですね。そして、そこが責任を持ってその観測の不足を、足らざるところを整備していく。そして予算措置も、これは今度生活枠のようなものがありましたね。公共事業の生活枠、あれをああいうことでひとつ大量にきちっと十分な観測網のための予算の裏づけをしていただくということが私は大事ではないかと思います。答弁は要りません。まあともかく時間がございませんので、要望しておきます。
そして、さらに一つだけ申し上げたいのですが、これは茂木先生にお伺いしたいのですが、地震波とか地電流というのが、最近ギリシャはその方で国際会議をやるというように伺っております。何かそれだと、前ぶれがあったとかいろいろ新聞なんかで拝見するのですけれども、この方をもう少し調査に活用できないかな。これはやってもむだなのか、やる価値があるのか、やるとすればどうすればいいのか、その辺について最後に伺いまして、私の質問を終わりたいと思います。
この発言だけを見る →それから、観測網の整備計画というのを、少なくとも科学技術庁が推進本部であるのなら、しっかりしたものをあれして、そして予算もそこからつける。そして、結果の利用は予知連絡会なりどこかでやっていただくとか、ちゃんとしたものは要ると思うのですね。そして、そこが責任を持ってその観測の不足を、足らざるところを整備していく。そして予算措置も、これは今度生活枠のようなものがありましたね。公共事業の生活枠、あれをああいうことでひとつ大量にきちっと十分な観測網のための予算の裏づけをしていただくということが私は大事ではないかと思います。答弁は要りません。まあともかく時間がございませんので、要望しておきます。
そして、さらに一つだけ申し上げたいのですが、これは茂木先生にお伺いしたいのですが、地震波とか地電流というのが、最近ギリシャはその方で国際会議をやるというように伺っております。何かそれだと、前ぶれがあったとかいろいろ新聞なんかで拝見するのですけれども、この方をもう少し調査に活用できないかな。これはやってもむだなのか、やる価値があるのか、やるとすればどうすればいいのか、その辺について最後に伺いまして、私の質問を終わりたいと思います。
茂
茂木晴夫#14
○茂木参考人 新聞等でギリシャでは地震予知に成功したという記事が報じられておりますが、地震、私どもはあらゆる方法、使えるものは何でも使うという考えです。ですから、地電位でも電波でも地下水、そういった地震観測、地殻変動だけじゃなくて、実際そういう電気、地電位とか地磁気、そういったグループもございますのでやっておりますが、確かに力の入れようが必ずしも十分ではなかったと思いますので、もっとそういう方面を強化したいと思うのです。
それで、ギリシャの話でございますが、成功したと申しますが、実は精度が、一つギリシャでは電気のノイズが非常に少ないのですね。ところが日本は、特に都市部では電気のノイズが物すごく大きくて、とてもあのままでは日本では適用できません。
それから、予知に成功したと言っておりますが、場所にして百キロぐらい違っても成功したと言っているのですね。それから、マグニチュードにして〇・七ということは、エネルギーにすると十何倍違う、そういうようなこと。それから、期間にしても二十日ぐらい、そういう非常に大ざっぱな話でございまして、日本のようなこういう経済活動の盛んな国でそういった大ざっぱな予報は、恐らくとてもできない。だから、直ちにギリシャの方法が使えるということはないのですが、そういう方面での研究は僕は大いに賛成でございます。
この発言だけを見る →それで、ギリシャの話でございますが、成功したと申しますが、実は精度が、一つギリシャでは電気のノイズが非常に少ないのですね。ところが日本は、特に都市部では電気のノイズが物すごく大きくて、とてもあのままでは日本では適用できません。
それから、予知に成功したと言っておりますが、場所にして百キロぐらい違っても成功したと言っているのですね。それから、マグニチュードにして〇・七ということは、エネルギーにすると十何倍違う、そういうようなこと。それから、期間にしても二十日ぐらい、そういう非常に大ざっぱな話でございまして、日本のようなこういう経済活動の盛んな国でそういった大ざっぱな予報は、恐らくとてもできない。だから、直ちにギリシャの方法が使えるということはないのですが、そういう方面での研究は僕は大いに賛成でございます。
原
野
小
小野晋也#17
○小野委員 まず、質問に先立ちまして、先日、一月十七日の阪神・淡路の大震災に際しましては、田中長官初め科学技術庁の皆さん方が早急に対応を進めていただきまして、地震の各種研究への取り組みの指示、ないしはまた、今後の取り組みについて万全を期せられた対応をしていただきましたことに心から敬意を表したいと思います。
また、田中長官におかれましては、早速に国民が非常に不安を持っておりました浜岡原発の方への視察もいただきまして、国民に原発の安全性を印象づけていただいたことに心から感謝を申し上げたいと存じます。
今先ほどの原田委員の御質問にございましたとおり、日本列島全体が活断層と言われるような国でございます。地震の予知の問題、また不幸にして地震が起こった場合の災害を極力小さくする技術開発の問題等、科学技術庁を初めといたしまして、技術開発の舞台に求められる問題は随分多いだろうと思います。今後のそれぞれの部署におきます御活躍を心からお願いを申し上げたいと存じます。
さて、きょうは時間が少し短くなってしまったのですけれども、二十一世紀という時代を展望する中におきます科学技術のあり方ということについて、私見を交えながら御質問をさせていただきたいと考えている次第でございます。
実のところ、私自身も子供時代、二十一世紀という時代を夢見ることが多々ございました。科学技術の力によって生活が豊かになり、そして、この社会がバラ色に輝いた未来という印象でとらえていたものでございます。
しかしながら、もうあと六年というところまでやってまいりましたことしになりまして、では、その私たちが子供時代に夢見た二十一世紀の姿が展望できるかといいますと、残念ながら、現状で見る限り、国際社会には多くの問題が山積もいたしておりますし、人類の未来を展望いたしますと、科学技術の発展と裏腹に、人類の活動が活発化したことに伴って、地球環境問題を初めといたしまして、多くの地球問題と言われるような深刻な課題が投げかけられているところでございます。
こういう中で、私たちの国日本がこれからどうなっていくのだろう、そして人類の未来は二十一世紀の時代においてどういう姿忙なってくるのだろう、こういうような根源的な問いが私たちに次々と突きつけられているところでございます。
私は、未来社会を展望するとき、胸の中にこんな言葉が去来するのでございます。著名な民俗学者でございます柳田國男先生、皆さんも御存じかと存じますけれども、この方の言葉でございます。「美しい村など初めからあったわけではなくて、そこに住む人が美しく住もうと努めて初めて美しい村になるのである。」至って単純明快な言葉でございます。現在を生きる私たちが、今何を思い、そして何を考え、何を夢見ていくかということによって、私たちの未来はつくられていくものでございます。何者かによって未来社会というものが与えられるのではなくて、今現在を生きる私たち自身が未来というものをつくっていくのだということを再確認させられる言葉だと私は考えているわけでございます。
巨大な国際社会の中にあって、ややもすれば忘れられがちな言葉でございますが、この視点に立ち返りましたときに、過去の歴史を振り返りつつ、私たちは科学技術というものの持っている意味をここに再確認をする必要があると考える次第でございます。
過去の人類の歩みは、まさに科学技術に伴って発展してきた歩みであったと私は考えております。単に、ある技術が開発されて、その技術によって人類が今までできなかった新しいことができるようになったというのみならず、その技術というものは大きく大きく社会全体にさまざまな影響を及ぼしてまいりました。その技術を生かせる社会をつくろうと努力していけば、法律を含め、社会のさまざまな仕組みがつくり変えられてまいったのでございます。そしてまた、人間はいかに生きるべきかという思想まで含めて、科学技術の進歩とともに人類は移り変わってまいったのでございます。
このあたりのことを考えてまいりましたとき。に、今大きな時代の転換点と言われる意味をもう一度考えてまいりますと、私は、実は技術自身の転換点でもあるのだろうという気がしてならないのでございます。
田中長官は、今回の方針発表の中におきましても、みずからのことを未来担当大臣と言っておられました。そして、平成六年度の科学技術白書を拝見しておりますと、「科学技術による新しい価値の創造」ということを掲げられて、独創的な技術に基づく新産業の創成の必要性ということを幾たびも幾たびもこの一冊の白書の中に述べておられるのでございます。私は、このような姿勢というものを非常に高く評価いたしますと同時に、これからまさに科学技術庁というこの官庁が、この大きな難局に立ち向かっているところに遭遇しているのだということを心新たに取り組みを進めていただきたいと念ずるのでございます。
すなわち、科学技術そのものが、今までの流れの延長線上にその未来の姿があるのではなくて、それと同時に、科学技術をつかさどってこられました科学技術庁の仕事自身も、これまでの延長線上をただ駆け続けていけば、それで事足りるのではないということを再確認する中に、これからの二十一世紀の日本社会、ひいては人類社会を切り開いていく非常に重要な役割を担う省庁としての自負を持っていただいてこれからの取り組みを進めていただきたい、こう思っている次第でございます。
細かいことをもう少し申し上げようと思ったのですが、時間の都合がありますので、これを前段の話とさせていただきまして、質問に移らしていただきたいと思います。
まず第一点目でございますけれども、田中長官は御就任早々に、科学技術のあり方について、単に高級な、ハイレベルな科学技術だけではなくて、もっと国民の生活面を重視した科学技術という問題に光を当てて、その部分の取り組みを進めていかなくてはならないということをおっしゃっておられました。私自身もこの点非常に同感の部分がございまして、昨年は若者の科学技術離れという問題が随分あちこちで語られた一年であったわけでございますけれども、その若者が科学技術を縁遠いものと感じさせている原因というのも、実は、自分たちの身近な部分にその技術が感じられなくなっているというような要素もあっただろうと考えている次第でございます。
このあたりをいろいろと考えてまいりましたときに、科学技術は、戦後ここまでの間においては、先導的な役割をひたすら果たしながら日本の先端部をつくってきた。この役割は非常に高く評価するものではございますけれども、それと同時に、もう一方の、田中長官がおっしゃっておられるような国民にわかりやすい、国民の生活レベルにおりた技術の存在というものももう一度確認しなくちゃならないんではなかろうか、こんなことを思った次第でございます。
例えば、医療の現場で例え話を申し上げますと、象牙の塔というふうなことが言われた時代がございました。高級な医療技術を研究開発する、そういう研究者の集まった場が白亜の殿堂としての象牙の塔と言われる研究所であったと思いますけれども、それだけで国民の病気が克服できるかというと、そうではなくて、やはりはだしになって国民の中に入り込んで、病人がいればその病人のところにみずから足を運び、その病状を問いただし、そして適当な薬を与え、注射をする、相談に乗っていく、こういうような医者が一方におられて、そして初めて高級な医療技術開発というものが生きてくるのだという教えがあったと思うのでございます。これをはだしの医者と呼んだ国もありました。
ですから、科学技術庁に私自身この時代転換の中で一つ御要望を申し上げたいと思いますのは、このはだしの姿勢を持った科学技術庁という部分をどうこれからつくっていかれるかということだろうと思います。
現実に、いろいろと聞いておりますと、宇宙少年団というような財団法人を設けられて子供の科学啓蒙に取り組んでおられたり、発明教室を各地に持たれて、そこで子供の発明意欲を喚起されたりしておられるということでございますけれども、こういう活動も含めまして、今後このはだしの科学技術庁というものを志向していかれるというような姿勢について、長官はどういうふうにお考えになっておられるのか、お伺いをさせていただきたいと思います。
この発言だけを見る →また、田中長官におかれましては、早速に国民が非常に不安を持っておりました浜岡原発の方への視察もいただきまして、国民に原発の安全性を印象づけていただいたことに心から感謝を申し上げたいと存じます。
今先ほどの原田委員の御質問にございましたとおり、日本列島全体が活断層と言われるような国でございます。地震の予知の問題、また不幸にして地震が起こった場合の災害を極力小さくする技術開発の問題等、科学技術庁を初めといたしまして、技術開発の舞台に求められる問題は随分多いだろうと思います。今後のそれぞれの部署におきます御活躍を心からお願いを申し上げたいと存じます。
さて、きょうは時間が少し短くなってしまったのですけれども、二十一世紀という時代を展望する中におきます科学技術のあり方ということについて、私見を交えながら御質問をさせていただきたいと考えている次第でございます。
実のところ、私自身も子供時代、二十一世紀という時代を夢見ることが多々ございました。科学技術の力によって生活が豊かになり、そして、この社会がバラ色に輝いた未来という印象でとらえていたものでございます。
しかしながら、もうあと六年というところまでやってまいりましたことしになりまして、では、その私たちが子供時代に夢見た二十一世紀の姿が展望できるかといいますと、残念ながら、現状で見る限り、国際社会には多くの問題が山積もいたしておりますし、人類の未来を展望いたしますと、科学技術の発展と裏腹に、人類の活動が活発化したことに伴って、地球環境問題を初めといたしまして、多くの地球問題と言われるような深刻な課題が投げかけられているところでございます。
こういう中で、私たちの国日本がこれからどうなっていくのだろう、そして人類の未来は二十一世紀の時代においてどういう姿忙なってくるのだろう、こういうような根源的な問いが私たちに次々と突きつけられているところでございます。
私は、未来社会を展望するとき、胸の中にこんな言葉が去来するのでございます。著名な民俗学者でございます柳田國男先生、皆さんも御存じかと存じますけれども、この方の言葉でございます。「美しい村など初めからあったわけではなくて、そこに住む人が美しく住もうと努めて初めて美しい村になるのである。」至って単純明快な言葉でございます。現在を生きる私たちが、今何を思い、そして何を考え、何を夢見ていくかということによって、私たちの未来はつくられていくものでございます。何者かによって未来社会というものが与えられるのではなくて、今現在を生きる私たち自身が未来というものをつくっていくのだということを再確認させられる言葉だと私は考えているわけでございます。
巨大な国際社会の中にあって、ややもすれば忘れられがちな言葉でございますが、この視点に立ち返りましたときに、過去の歴史を振り返りつつ、私たちは科学技術というものの持っている意味をここに再確認をする必要があると考える次第でございます。
過去の人類の歩みは、まさに科学技術に伴って発展してきた歩みであったと私は考えております。単に、ある技術が開発されて、その技術によって人類が今までできなかった新しいことができるようになったというのみならず、その技術というものは大きく大きく社会全体にさまざまな影響を及ぼしてまいりました。その技術を生かせる社会をつくろうと努力していけば、法律を含め、社会のさまざまな仕組みがつくり変えられてまいったのでございます。そしてまた、人間はいかに生きるべきかという思想まで含めて、科学技術の進歩とともに人類は移り変わってまいったのでございます。
このあたりのことを考えてまいりましたとき。に、今大きな時代の転換点と言われる意味をもう一度考えてまいりますと、私は、実は技術自身の転換点でもあるのだろうという気がしてならないのでございます。
田中長官は、今回の方針発表の中におきましても、みずからのことを未来担当大臣と言っておられました。そして、平成六年度の科学技術白書を拝見しておりますと、「科学技術による新しい価値の創造」ということを掲げられて、独創的な技術に基づく新産業の創成の必要性ということを幾たびも幾たびもこの一冊の白書の中に述べておられるのでございます。私は、このような姿勢というものを非常に高く評価いたしますと同時に、これからまさに科学技術庁というこの官庁が、この大きな難局に立ち向かっているところに遭遇しているのだということを心新たに取り組みを進めていただきたいと念ずるのでございます。
すなわち、科学技術そのものが、今までの流れの延長線上にその未来の姿があるのではなくて、それと同時に、科学技術をつかさどってこられました科学技術庁の仕事自身も、これまでの延長線上をただ駆け続けていけば、それで事足りるのではないということを再確認する中に、これからの二十一世紀の日本社会、ひいては人類社会を切り開いていく非常に重要な役割を担う省庁としての自負を持っていただいてこれからの取り組みを進めていただきたい、こう思っている次第でございます。
細かいことをもう少し申し上げようと思ったのですが、時間の都合がありますので、これを前段の話とさせていただきまして、質問に移らしていただきたいと思います。
まず第一点目でございますけれども、田中長官は御就任早々に、科学技術のあり方について、単に高級な、ハイレベルな科学技術だけではなくて、もっと国民の生活面を重視した科学技術という問題に光を当てて、その部分の取り組みを進めていかなくてはならないということをおっしゃっておられました。私自身もこの点非常に同感の部分がございまして、昨年は若者の科学技術離れという問題が随分あちこちで語られた一年であったわけでございますけれども、その若者が科学技術を縁遠いものと感じさせている原因というのも、実は、自分たちの身近な部分にその技術が感じられなくなっているというような要素もあっただろうと考えている次第でございます。
このあたりをいろいろと考えてまいりましたときに、科学技術は、戦後ここまでの間においては、先導的な役割をひたすら果たしながら日本の先端部をつくってきた。この役割は非常に高く評価するものではございますけれども、それと同時に、もう一方の、田中長官がおっしゃっておられるような国民にわかりやすい、国民の生活レベルにおりた技術の存在というものももう一度確認しなくちゃならないんではなかろうか、こんなことを思った次第でございます。
例えば、医療の現場で例え話を申し上げますと、象牙の塔というふうなことが言われた時代がございました。高級な医療技術を研究開発する、そういう研究者の集まった場が白亜の殿堂としての象牙の塔と言われる研究所であったと思いますけれども、それだけで国民の病気が克服できるかというと、そうではなくて、やはりはだしになって国民の中に入り込んで、病人がいればその病人のところにみずから足を運び、その病状を問いただし、そして適当な薬を与え、注射をする、相談に乗っていく、こういうような医者が一方におられて、そして初めて高級な医療技術開発というものが生きてくるのだという教えがあったと思うのでございます。これをはだしの医者と呼んだ国もありました。
ですから、科学技術庁に私自身この時代転換の中で一つ御要望を申し上げたいと思いますのは、このはだしの姿勢を持った科学技術庁という部分をどうこれからつくっていかれるかということだろうと思います。
現実に、いろいろと聞いておりますと、宇宙少年団というような財団法人を設けられて子供の科学啓蒙に取り組んでおられたり、発明教室を各地に持たれて、そこで子供の発明意欲を喚起されたりしておられるということでございますけれども、こういう活動も含めまして、今後このはだしの科学技術庁というものを志向していかれるというような姿勢について、長官はどういうふうにお考えになっておられるのか、お伺いをさせていただきたいと思います。
田
田中眞紀子#18
○田中国務大臣 小野先生が大きなお体で大きなお声で熱情あふるる演説をしてくださったので、圧倒される思いでございますけれども、まさしく科学技術は象牙の塔にこもったものではなくて、人間の未来とか夢とか、それから温かさとか、無機的なものではなくて、生きている人間というものが携わっていくものである。そして、もちろん将来に対する投資でもありますけれども、自分たちの生活やらすべての環境、幸せに結びつくものであってほしいという思いを専門語をたくさん駆使しておっしゃったんだろうというふうに理解いたしまして、すばらしい御発言であったというふうに思います。
今、はだしの科学技術ということをおっしゃいましたけれども、私が今回言っていますことも、確かに科学技術は非常に振興しておりますけれども、現実に医療の面ですとか環境、医療と申しましても例えば身障者の器具の改善でございますとか、そういうこともあります。単にエイズとかがんとかいうことはもちろんございますけれども、それ以外のもっともっと身近なものもあると思います。
合しょっちゅう言われておりますけれども、環境、防災、それからいろいろな新エネの問題、和しょっちゅう申し上げていることですけれども、農業でのバイオの問題とか肥料とかあるいは土壌の改良とか、そういうふうな私ども実際に生活に役立っていって、どんな方でも恩恵をじかに感じることができる、そして、そのことに感謝ができて、より専門的な分野で開拓なさっている方にも協力したり感謝できるような科学、それが今おっしゃったはだしの科学でしょうか、というふうなものだろうというふうに思っております。
新しい産業の創出というふうなことも次にお聞きになるのかと思いますけれども、こういうふうなことも考えますと、環境関連の産業でありますとかあるいは高度情報化の問題とか、そういうふうな面でも具体的にまた企業化していくというふうなことも、またより身近なビジネスの面で還元されるのではないかというふうに思っております。
この発言だけを見る →今、はだしの科学技術ということをおっしゃいましたけれども、私が今回言っていますことも、確かに科学技術は非常に振興しておりますけれども、現実に医療の面ですとか環境、医療と申しましても例えば身障者の器具の改善でございますとか、そういうこともあります。単にエイズとかがんとかいうことはもちろんございますけれども、それ以外のもっともっと身近なものもあると思います。
合しょっちゅう言われておりますけれども、環境、防災、それからいろいろな新エネの問題、和しょっちゅう申し上げていることですけれども、農業でのバイオの問題とか肥料とかあるいは土壌の改良とか、そういうふうな私ども実際に生活に役立っていって、どんな方でも恩恵をじかに感じることができる、そして、そのことに感謝ができて、より専門的な分野で開拓なさっている方にも協力したり感謝できるような科学、それが今おっしゃったはだしの科学でしょうか、というふうなものだろうというふうに思っております。
新しい産業の創出というふうなことも次にお聞きになるのかと思いますけれども、こういうふうなことも考えますと、環境関連の産業でありますとかあるいは高度情報化の問題とか、そういうふうな面でも具体的にまた企業化していくというふうなことも、またより身近なビジネスの面で還元されるのではないかというふうに思っております。
小
小野晋也#19
○小野委員 長官の方から幸せとか温かさだとか、人間ということにつながる技術のあり方を模索していかなくてはならないと言われたのは、私も全く同感なんです。
技術の歴史をまた振り返ってみました場合に、昔の技術というと、人間が歩くとわずか時速四キロメートルでしか歩けないけれども、自動車が発明されたら六十キロメーターで走れるとか、飛行機が発明されたら時速八百キロメーター、九百キロメーターで飛べるとか、だから足の機能を拡充する。また、手の面で申しますならば、小さな部分を扱おうとしたらマジックハンドみたいなものを使いながら扱わなければやれないとか、人間の手ではやれないことを機械ならばやれるとかいうようなことで、かつての一番古い時代の技術というのは、人間の体の機能を拡張する技術だったような気がいたします。
それがここしばらく、制御技術だとか情報技術だとが入ってきますと、これは何かというと、実は頭の技術になってきたと思うのですね。
ところが、これから先の技術体系のあり方ということを考えていくと、やはり長官が言われた人の幸せというものをどう技術の中に織り込むのか、人が生きがいという問題を感じられるような技術というのはどういうものなんだろうというような、ある意味ではこれまでの技術が取り扱えなかった心の問題というものを、この技術体系の中にいかに盛り込んでいけるかということが問われる時代になってきているだろうと思っております。ですから、先ほど言われましたような視点から、またこれは恐らく世界じゅうで模索している段階だと思いますけれども、科学技術庁の姿勢の中においても、ぜひ追求をしていっていただきたいなと思っている次第でございます。
引き続きまして、もう先ほど長官の答弁の中にもございましたけれども、この科学技術白書を拝見させていただいておりまして非常に数多く出てくる言葉というのは、実は「新たな産業」という言葉なんです。恐らく十数カ所この白書の中に出てきていると思うのですね。ですから、今、時代が閉塞的な状況の中に入ってきて、特に、経済社会の中においても新しいブレークスルーを行うような技術がなかなか生まれてこない中で、世界経済も成長の道をどこへ求めていいかよくわからなくなってきているというような状況の中で、科学技術が先導役を務めながら新しい時代を切り開いていこうじゃないか、こういう非常に力強い気概がこの白書の中にこもっていると思います。
例えば、こういうふうに紹介されているのです。
先進諸国では、成長著しいアジア諸国をはじめとした開発途上国の追い上げ等を踏まえ、経済成長、競争力確保、雇用創出が共通の大きな政策課題となっている。このような状況のなかで、我が国を初めとした先進諸国には、基礎研完の成果をも踏まえた技術革新を進め、独創的な新しい技術に基づく新産業の創成を継続的に行っていくことが求められるが、そもそも、新たな産業を創出し、雇用を確保していくためには、企業家精神の発揮とともに、基礎研究から応用開発にわたる、幅広く、総合的な厚みのある、持続的な科学技術力が必要とされる。
これがまさにこれからの科学技術庁が目指しておられる方向だろうと私は思います。
これを読みながら一点気になった点を申し上げるとするならば、新しい、新しいという言葉を随所に込めながら、実はその新しさが、何が新しいのかということについて具体的な絵が描かれていない部分がこの白書の中にあるということでございます。これは、恐らく皆さん方の英知を傾けて、いろいろと議論をされた上でもまだ不明確なものが残られるために、それを表現されておられないと思うわけでございますけれども、イメージだけで結構でございますから、どのような産業分野を想定されながらこれを描かれてこられたのか、そしてまた、そのイメージに基づいて、今後科学技術研究の内容の方にいかなるフィードバックをかけながらその方向づけを行っていこうとしておられるのか、この点についてのお尋ねをさせていただきたいと存じます。
この発言だけを見る →技術の歴史をまた振り返ってみました場合に、昔の技術というと、人間が歩くとわずか時速四キロメートルでしか歩けないけれども、自動車が発明されたら六十キロメーターで走れるとか、飛行機が発明されたら時速八百キロメーター、九百キロメーターで飛べるとか、だから足の機能を拡充する。また、手の面で申しますならば、小さな部分を扱おうとしたらマジックハンドみたいなものを使いながら扱わなければやれないとか、人間の手ではやれないことを機械ならばやれるとかいうようなことで、かつての一番古い時代の技術というのは、人間の体の機能を拡張する技術だったような気がいたします。
それがここしばらく、制御技術だとか情報技術だとが入ってきますと、これは何かというと、実は頭の技術になってきたと思うのですね。
ところが、これから先の技術体系のあり方ということを考えていくと、やはり長官が言われた人の幸せというものをどう技術の中に織り込むのか、人が生きがいという問題を感じられるような技術というのはどういうものなんだろうというような、ある意味ではこれまでの技術が取り扱えなかった心の問題というものを、この技術体系の中にいかに盛り込んでいけるかということが問われる時代になってきているだろうと思っております。ですから、先ほど言われましたような視点から、またこれは恐らく世界じゅうで模索している段階だと思いますけれども、科学技術庁の姿勢の中においても、ぜひ追求をしていっていただきたいなと思っている次第でございます。
引き続きまして、もう先ほど長官の答弁の中にもございましたけれども、この科学技術白書を拝見させていただいておりまして非常に数多く出てくる言葉というのは、実は「新たな産業」という言葉なんです。恐らく十数カ所この白書の中に出てきていると思うのですね。ですから、今、時代が閉塞的な状況の中に入ってきて、特に、経済社会の中においても新しいブレークスルーを行うような技術がなかなか生まれてこない中で、世界経済も成長の道をどこへ求めていいかよくわからなくなってきているというような状況の中で、科学技術が先導役を務めながら新しい時代を切り開いていこうじゃないか、こういう非常に力強い気概がこの白書の中にこもっていると思います。
例えば、こういうふうに紹介されているのです。
先進諸国では、成長著しいアジア諸国をはじめとした開発途上国の追い上げ等を踏まえ、経済成長、競争力確保、雇用創出が共通の大きな政策課題となっている。このような状況のなかで、我が国を初めとした先進諸国には、基礎研完の成果をも踏まえた技術革新を進め、独創的な新しい技術に基づく新産業の創成を継続的に行っていくことが求められるが、そもそも、新たな産業を創出し、雇用を確保していくためには、企業家精神の発揮とともに、基礎研究から応用開発にわたる、幅広く、総合的な厚みのある、持続的な科学技術力が必要とされる。
これがまさにこれからの科学技術庁が目指しておられる方向だろうと私は思います。
これを読みながら一点気になった点を申し上げるとするならば、新しい、新しいという言葉を随所に込めながら、実はその新しさが、何が新しいのかということについて具体的な絵が描かれていない部分がこの白書の中にあるということでございます。これは、恐らく皆さん方の英知を傾けて、いろいろと議論をされた上でもまだ不明確なものが残られるために、それを表現されておられないと思うわけでございますけれども、イメージだけで結構でございますから、どのような産業分野を想定されながらこれを描かれてこられたのか、そしてまた、そのイメージに基づいて、今後科学技術研究の内容の方にいかなるフィードバックをかけながらその方向づけを行っていこうとしておられるのか、この点についてのお尋ねをさせていただきたいと存じます。
田
田中眞紀子#20
○田中国務大臣 確かに「新たな」という言葉があちこちたくさん出てきておりますけれども、今先生が既に御指摘なさいましたように、やはり新しい面で開拓していかなければいけないという意欲は非常に前に出てきているのですが、なかなか現実的に十二分にまだ検討が詰め切っていない。意欲だけがこの白書の中に盛り込まれているという段階かというふうに素直に認めざるを得ません。
が、具体的な例で申し上げますならば、先ほども触れましたけれども、例えば放射線利用でありましたら環境関連の産業でありますとか、あるいはソフトなんかの高度な情報化社会を目指していくというふうなことは具体的に今後の課題でございますけれども、できるだけ早急にそういうテーマ別に挙げまして、そして、それが先ほど先生もおっしゃったような経済的な効果を生むようなブレークスルーになるようなもの、そういうものも勘案しながら具体的に今後早目に詰めていきたいというふうに思いますし、具体的な例がございましたら、ぜひまた御指導いただきたいと思います。よろしくお願いいたします。
この発言だけを見る →が、具体的な例で申し上げますならば、先ほども触れましたけれども、例えば放射線利用でありましたら環境関連の産業でありますとか、あるいはソフトなんかの高度な情報化社会を目指していくというふうなことは具体的に今後の課題でございますけれども、できるだけ早急にそういうテーマ別に挙げまして、そして、それが先ほど先生もおっしゃったような経済的な効果を生むようなブレークスルーになるようなもの、そういうものも勘案しながら具体的に今後早目に詰めていきたいというふうに思いますし、具体的な例がございましたら、ぜひまた御指導いただきたいと思います。よろしくお願いいたします。
小
小野晋也#21
○小野委員 この点につきましては、ぜひ皆さんの力を集めていただいて、今後のお取り組みをいただきますようにお願いを申し上げたいと存じます。
それから、私自身の一つの提言でございます。実は、これから私たちが遭遇する社会、向かっていくべき社会ということについて、私もいろいろな関心を持ちながら検討してまいりました。その中で、恐らくこうではないだろうかと思える社会というのが、私の造語でございますけれども、インフォエナジー社会ということになるのでございます。
これは何かと申しますと、もう皆さん賢明な方々でございますからおわかりいただけますとおり、インフォメーション・プラス・エナジーというのを二つくっつけて、ごろを合わせればこういう言葉になってくるんではないかというものでございますけれども、それはどういう社会をイメージしているかと申しますと、古代から人類は一日二千キロカロリーのエネルギーを使えば生活ができるということが言われてまいりました。これは端的に申しますと、人が一日に食べる食物の量プラスアルファなんですね。
ということは、食べるものさえあれば原始時代の人たちは生活ができていたんだ。それがだんだん火を使い、水の力を使い、家畜の力を使って、どんどん生活の幅を広げてくる中で、産業革命前にはどのくらいになったかというと、一日当たり二万四千キロカロリー程度のエネルギーを使っているというふうなことが研究されております。ところが、産業革命を契機といたしまして急にこのエネルギー使用量が伸びるわけでございまして、私たちの周辺を見ましても、電気を使っているとか、いろいろな動力を使っているとか、自動車を走らせているとか、こういうふうなところにそれぞれエネルギーを使ってまいりますことを通して、実は今、先進国では、一日一人当たり二十数万キロカロリーのエネルギーを使っているだろうというようなことが言われるわけでございます。
これは振り返って要約してみますと、人間が求めてきた文明の姿というのは、物理的なエネルギーの使用量がどんどん伸びるに従って、私たちは豊かになるんだという文明だったような気がしてならないわけでございます。現実に今、世界各国をずっと比較していただきまして、産油国等の特殊な例を除けば、先進国と言われる人々はたくさんのエネルギーを使っているということなんですね。後進国と言われる人たちはエネルギーの使用量が少ない。ですから、このエネルギー使用量みたいなものが一つの物差しになりながら、文明の発展度みたいなものがはかられてくるような社会を私たちは追い求めてきた。
しかしながら、先ほども少し触れましたように、私たち人類が直面する大きな課題として、人類の生存をかけた地球問題というものを今目の前にしていることを考えましたときに、この路線をいつまでも私たちは歩み続けることができないんだということが厳粛なる事実として目の前に迫ってきているわけでございます。
しかしながら、それならば後退すればいいのか。我々日本人が原始生活に戻っていこうじゃないかということを唱えてみても、これも不毛の議論でございます。やはり人類というのは、人間というのは成長する過程の中に社会を築いていかなきゃならない、そんな特質を持っているように私は思うわけでございまして、ならば、今までの物理的エネルギーの使用量を物差しにする社会から、もっと違う物差しを当てながら、この社会の成長発展を考えていかなきゃいけない社会になるんではなかろうか、これが私の問題意識でございます。
現実的な物理的なエネルギー使用量はたとえ変わらなくても、むしろこれが減少に転ずるとしても、エネルギー・プラス・インフォメーションという物差しがどんどんまだ人類社会の中で伸びていくとするならば、日本社会の中で伸びていくとするならば、我々はこれからも成長の過程を歩み続けることができるのではないかという意味で、この物差しを置きかえることを通して技術体系も変えて、そしてまた社会のあり方も変えて、人間の考え方も変えていけるんではなかろうか、こういう非常に大きなものを含んだ考え方がこのインフォエナジー社会という考え方なのでございます。
具体的なところを申しますと、物の輸送にいたしましても、かつてならば、情報がきちんと整備されていなければ、もうあちこちに物を持っていって、ようやく届けたいところに届いていく。むだなエネルギーをあちこちに使いながらようやく目的地に到着したというものが、情報がきちんと管理さえできれば、必要な最小限のエネルギーで相手のところに届けられる。そうすると、同じことをしているにもかかわらずエネルギー使用量が減る。これは情報の働きによってそういうことが可能になったわけでございます。
加えて、先ほどの心の問題、幸せの問題、生きがいの問題というようなものを考えてまいりましたときに、必ずしも私たちは物をたくさん持つことによって幸せが得られるのではなくて、その幸せを感じられる情報空間が提供されさえすれば、それである幸福感というものが得られる社会というものがこれから考えられるのではなかろうか。
だから、インフォメーションというものが単に補完をするのみならず、新しい人間の幸福を創造する可能性を持ち始めてきているということを考えましたときに、こういう考え方を当てはめることを通して、日本社会を二十一世紀に向けて転換できるんではなかろうか、また、人類社会に新しい可能性を切り開いていくことができるんではなかろうか、こういうことを今考えている次第でございます。
なかなかこれは答弁の難しい質問だと思いますけれども、どういうふうにお考えになられるのか、お伺いをさせていただきたいと思います。
この発言だけを見る →それから、私自身の一つの提言でございます。実は、これから私たちが遭遇する社会、向かっていくべき社会ということについて、私もいろいろな関心を持ちながら検討してまいりました。その中で、恐らくこうではないだろうかと思える社会というのが、私の造語でございますけれども、インフォエナジー社会ということになるのでございます。
これは何かと申しますと、もう皆さん賢明な方々でございますからおわかりいただけますとおり、インフォメーション・プラス・エナジーというのを二つくっつけて、ごろを合わせればこういう言葉になってくるんではないかというものでございますけれども、それはどういう社会をイメージしているかと申しますと、古代から人類は一日二千キロカロリーのエネルギーを使えば生活ができるということが言われてまいりました。これは端的に申しますと、人が一日に食べる食物の量プラスアルファなんですね。
ということは、食べるものさえあれば原始時代の人たちは生活ができていたんだ。それがだんだん火を使い、水の力を使い、家畜の力を使って、どんどん生活の幅を広げてくる中で、産業革命前にはどのくらいになったかというと、一日当たり二万四千キロカロリー程度のエネルギーを使っているというふうなことが研究されております。ところが、産業革命を契機といたしまして急にこのエネルギー使用量が伸びるわけでございまして、私たちの周辺を見ましても、電気を使っているとか、いろいろな動力を使っているとか、自動車を走らせているとか、こういうふうなところにそれぞれエネルギーを使ってまいりますことを通して、実は今、先進国では、一日一人当たり二十数万キロカロリーのエネルギーを使っているだろうというようなことが言われるわけでございます。
これは振り返って要約してみますと、人間が求めてきた文明の姿というのは、物理的なエネルギーの使用量がどんどん伸びるに従って、私たちは豊かになるんだという文明だったような気がしてならないわけでございます。現実に今、世界各国をずっと比較していただきまして、産油国等の特殊な例を除けば、先進国と言われる人々はたくさんのエネルギーを使っているということなんですね。後進国と言われる人たちはエネルギーの使用量が少ない。ですから、このエネルギー使用量みたいなものが一つの物差しになりながら、文明の発展度みたいなものがはかられてくるような社会を私たちは追い求めてきた。
しかしながら、先ほども少し触れましたように、私たち人類が直面する大きな課題として、人類の生存をかけた地球問題というものを今目の前にしていることを考えましたときに、この路線をいつまでも私たちは歩み続けることができないんだということが厳粛なる事実として目の前に迫ってきているわけでございます。
しかしながら、それならば後退すればいいのか。我々日本人が原始生活に戻っていこうじゃないかということを唱えてみても、これも不毛の議論でございます。やはり人類というのは、人間というのは成長する過程の中に社会を築いていかなきゃならない、そんな特質を持っているように私は思うわけでございまして、ならば、今までの物理的エネルギーの使用量を物差しにする社会から、もっと違う物差しを当てながら、この社会の成長発展を考えていかなきゃいけない社会になるんではなかろうか、これが私の問題意識でございます。
現実的な物理的なエネルギー使用量はたとえ変わらなくても、むしろこれが減少に転ずるとしても、エネルギー・プラス・インフォメーションという物差しがどんどんまだ人類社会の中で伸びていくとするならば、日本社会の中で伸びていくとするならば、我々はこれからも成長の過程を歩み続けることができるのではないかという意味で、この物差しを置きかえることを通して技術体系も変えて、そしてまた社会のあり方も変えて、人間の考え方も変えていけるんではなかろうか、こういう非常に大きなものを含んだ考え方がこのインフォエナジー社会という考え方なのでございます。
具体的なところを申しますと、物の輸送にいたしましても、かつてならば、情報がきちんと整備されていなければ、もうあちこちに物を持っていって、ようやく届けたいところに届いていく。むだなエネルギーをあちこちに使いながらようやく目的地に到着したというものが、情報がきちんと管理さえできれば、必要な最小限のエネルギーで相手のところに届けられる。そうすると、同じことをしているにもかかわらずエネルギー使用量が減る。これは情報の働きによってそういうことが可能になったわけでございます。
加えて、先ほどの心の問題、幸せの問題、生きがいの問題というようなものを考えてまいりましたときに、必ずしも私たちは物をたくさん持つことによって幸せが得られるのではなくて、その幸せを感じられる情報空間が提供されさえすれば、それである幸福感というものが得られる社会というものがこれから考えられるのではなかろうか。
だから、インフォメーションというものが単に補完をするのみならず、新しい人間の幸福を創造する可能性を持ち始めてきているということを考えましたときに、こういう考え方を当てはめることを通して、日本社会を二十一世紀に向けて転換できるんではなかろうか、また、人類社会に新しい可能性を切り開いていくことができるんではなかろうか、こういうことを今考えている次第でございます。
なかなかこれは答弁の難しい質問だと思いますけれども、どういうふうにお考えになられるのか、お伺いをさせていただきたいと思います。
田
田中眞紀子#22
○田中国務大臣 要は、価値観の転換ということをおっしゃったと思います。
私の率直な個人的な思いですが、高度経済成長の時期は、みんな西欧に追いつけ追い越せで、一生懸命品物を求めて、目に見えるものを求めてきました。そして、原子力政策等を考えますときもいつも思うんですけれども、じゃ一体どこまでエネルギーがあればいいのか。要するに、人間はどこで満足して、どこで達成感を持つのかというようなことがやはり問われているんではないかなと思うことがございます。
ですから、今おっしゃったインフォエナジーですか、インフォメーション・エナジー・ソサエティーというのは大変含蓄のある言葉だなと思って伺っておりましたけれども、やはり目に見えないもの、それから、前の世代から私たちが受け継ぎ、それをまた次の世代へと申し送りをしていく立場にある人間として、謙虚に、どの辺で達成感を持ち、何をもって幸せとするか、豊かさとは何かということを先生が問うていらっしゃるような気持ちがいたしましたので、科学技術の振興はもちろん重要でございますけれども、極端に走るのではなくて、そうした視点も加えながら今後一生懸命やっていきたいというふうに思いました。
よいアドバイスをありがとうございました。
この発言だけを見る →私の率直な個人的な思いですが、高度経済成長の時期は、みんな西欧に追いつけ追い越せで、一生懸命品物を求めて、目に見えるものを求めてきました。そして、原子力政策等を考えますときもいつも思うんですけれども、じゃ一体どこまでエネルギーがあればいいのか。要するに、人間はどこで満足して、どこで達成感を持つのかというようなことがやはり問われているんではないかなと思うことがございます。
ですから、今おっしゃったインフォエナジーですか、インフォメーション・エナジー・ソサエティーというのは大変含蓄のある言葉だなと思って伺っておりましたけれども、やはり目に見えないもの、それから、前の世代から私たちが受け継ぎ、それをまた次の世代へと申し送りをしていく立場にある人間として、謙虚に、どの辺で達成感を持ち、何をもって幸せとするか、豊かさとは何かということを先生が問うていらっしゃるような気持ちがいたしましたので、科学技術の振興はもちろん重要でございますけれども、極端に走るのではなくて、そうした視点も加えながら今後一生懸命やっていきたいというふうに思いました。
よいアドバイスをありがとうございました。
小
小野晋也#23
○小野委員 この議論は、まだ随分いろんな検討をしていかなきゃならない議論であろうと思いますけれども、科学技術庁で単なる機械的な技術、また電気の流れを追いかけるような技術ということのみならず、先ほど来長官が言ってこられましたような心を含んだ技術のあり方というようなものに取り組む中に、何らかの、私自身も研究を続けていきたいと思いますが、検討をいただきながら、ともに論じ合っていければと思っている次第でございます。
いよいよ時間がもう残りなくなりましたので、最後のことになりますけれども、実は昨年六月、私、この科学技術委員会に出席をさせていただきまして、一つ提言をさせていただいたものがございます。
それは何かと申しますと、若者の科学技術離れ問題に関連いたしまして、科学技術庁を初めといたしまして、文部省ですとか通産省ですとかいろんな分野で取り組みが進められているけれども、どうもインパクトが子供たちの目から見ると薄いような気持ちがしてならなかったわけでございます。
それを見るにつけまして、かつてアメリカにおいては、ケネディ大統領が一九六〇年代に人類を月に送るというふうに高らかに宣言をして、それを一九六九年の夏、アポロ十一号で達成いたしました。そのプロセスにおけるアメリカにおける科学技術フィーバーというのは大変なものであったということをお伺いするにつけましても、何かシンボル的な取り組みがなければならないんではなかろうかということを考えまして提唱いたしましたのが、その当時は名前をつけてなかったんですけれども、皆さんのお手元に配付させていただきましたこのロボリンピックということでございます。
これも造語でございますけれども、ロボットオリンピックということでございまして、一八九六年、クーベルタン男爵がアテネの地において第一回のオリンピックを始めて、当時ヨーロッパがさまざまな民族紛争等に揺れている中で、古代ギリシャにおいては、オリンポスの神殿の前で競技を行っているときにはその争いをやめて、平和にスポーツで競い合ったという伝説に基づいて、民族融和の祭典をやろうというのがオリンピックであったということでございます。
この流儀に倣えば、今の国際社会も決して平穏な国際社会ではございません。そして、二十一世紀の我々に求められるものは何かということを考えてまいりますと、技術と人間というものがどう融和し合いながら生きていけるのかという時代になってくることを考えますと、まさにこのオリンピックが当初持っていた思いと同じような考え方で、人間、技術が一体になって競い合う場をつくってみたらどうだろうというのがこのロボリンピックの発想でございます。
現実に日本社会の中においても、高専の生徒におきますロボットコンテスト、これはNHKで放映されていますから皆さんも御承知だろうと思います。ほかにも、昨年の暮れにロボットの相撲大会というのも拝見させていただいたりもしたんですが、いろいろな形で技術者の皆さん方を集めながら、取り組みが進められてきております。そのときの子供たちの顔を見ていると、喜びにあふれ、その戦いに集中し、観客みんなが興奮の渦の中に巻き込まれながらその争いを見ているわけです。
この姿を見まして、やはりこういう晴れ舞台を技術を志向する子供たちにぜひ与えてやりたい。与える以上は、これは日本の国だけの問題ではなくて、世界じゅうが同じような時代の中に生きているわけでございますから、世界じゅうの人にこの興奮を与えてあげたいというふうに考えまして、ロボットのオリンピックを行ったらどうだろうということを提唱させていただいた次第でございます。
細かいことはこの中に書いていますから、委員の皆さん、また理事者の皆さん、ごらんいただきたいと思うわけでございますけれども、この点につきましてのお考えをお聞かせをいただければ幸いでございます。
この発言だけを見る →いよいよ時間がもう残りなくなりましたので、最後のことになりますけれども、実は昨年六月、私、この科学技術委員会に出席をさせていただきまして、一つ提言をさせていただいたものがございます。
それは何かと申しますと、若者の科学技術離れ問題に関連いたしまして、科学技術庁を初めといたしまして、文部省ですとか通産省ですとかいろんな分野で取り組みが進められているけれども、どうもインパクトが子供たちの目から見ると薄いような気持ちがしてならなかったわけでございます。
それを見るにつけまして、かつてアメリカにおいては、ケネディ大統領が一九六〇年代に人類を月に送るというふうに高らかに宣言をして、それを一九六九年の夏、アポロ十一号で達成いたしました。そのプロセスにおけるアメリカにおける科学技術フィーバーというのは大変なものであったということをお伺いするにつけましても、何かシンボル的な取り組みがなければならないんではなかろうかということを考えまして提唱いたしましたのが、その当時は名前をつけてなかったんですけれども、皆さんのお手元に配付させていただきましたこのロボリンピックということでございます。
これも造語でございますけれども、ロボットオリンピックということでございまして、一八九六年、クーベルタン男爵がアテネの地において第一回のオリンピックを始めて、当時ヨーロッパがさまざまな民族紛争等に揺れている中で、古代ギリシャにおいては、オリンポスの神殿の前で競技を行っているときにはその争いをやめて、平和にスポーツで競い合ったという伝説に基づいて、民族融和の祭典をやろうというのがオリンピックであったということでございます。
この流儀に倣えば、今の国際社会も決して平穏な国際社会ではございません。そして、二十一世紀の我々に求められるものは何かということを考えてまいりますと、技術と人間というものがどう融和し合いながら生きていけるのかという時代になってくることを考えますと、まさにこのオリンピックが当初持っていた思いと同じような考え方で、人間、技術が一体になって競い合う場をつくってみたらどうだろうというのがこのロボリンピックの発想でございます。
現実に日本社会の中においても、高専の生徒におきますロボットコンテスト、これはNHKで放映されていますから皆さんも御承知だろうと思います。ほかにも、昨年の暮れにロボットの相撲大会というのも拝見させていただいたりもしたんですが、いろいろな形で技術者の皆さん方を集めながら、取り組みが進められてきております。そのときの子供たちの顔を見ていると、喜びにあふれ、その戦いに集中し、観客みんなが興奮の渦の中に巻き込まれながらその争いを見ているわけです。
この姿を見まして、やはりこういう晴れ舞台を技術を志向する子供たちにぜひ与えてやりたい。与える以上は、これは日本の国だけの問題ではなくて、世界じゅうが同じような時代の中に生きているわけでございますから、世界じゅうの人にこの興奮を与えてあげたいというふうに考えまして、ロボットのオリンピックを行ったらどうだろうということを提唱させていただいた次第でございます。
細かいことはこの中に書いていますから、委員の皆さん、また理事者の皆さん、ごらんいただきたいと思うわけでございますけれども、この点につきましてのお考えをお聞かせをいただければ幸いでございます。
田
田中眞紀子#24
○田中国務大臣 できるだけ早く実現をさせていただきたいというのが私の結論でございます。もう何の異存もございません。
機械と人間が共存をしていって、それによってまた、若者の科学技術離れなんという言葉はもう既に使い古されていると私は思っておりますけれども、本当に子供の興味を引き出して、それがまた科学の進歩につながっていく、また人類の幸せにフィードバックされてくる。ソーラーカーのカーレースもありますし、ロボットのお相撲もおもしろいと思いますし、実現をさせていただきたいと思います。ありがとうございました。
この発言だけを見る →機械と人間が共存をしていって、それによってまた、若者の科学技術離れなんという言葉はもう既に使い古されていると私は思っておりますけれども、本当に子供の興味を引き出して、それがまた科学の進歩につながっていく、また人類の幸せにフィードバックされてくる。ソーラーカーのカーレースもありますし、ロボットのお相撲もおもしろいと思いますし、実現をさせていただきたいと思います。ありがとうございました。
小
小野晋也#25
○小野委員 どうもありがとうございました。
なお、一点だけお断りさせていただきたいのは、昨年六月、当委員会で質問いたしましたときに、オリンピック発祥の年を一九〇〇年と申しましたのが、実は一八九六年でございました。私の思い違いの発言をいたしましたので、この点だけここで修正させていただきたいと思います。
田中長官を初めといたしまして、人類の未来、日本の未来は皆さんの双肩にかかっているわけでございますから、ぜひとも御立派なお仕事をしていただきますようによろしくお願い申し上げまして、質問を終えさせていただきたいと思います。
この発言だけを見る →なお、一点だけお断りさせていただきたいのは、昨年六月、当委員会で質問いたしましたときに、オリンピック発祥の年を一九〇〇年と申しましたのが、実は一八九六年でございました。私の思い違いの発言をいたしましたので、この点だけここで修正させていただきたいと思います。
田中長官を初めといたしまして、人類の未来、日本の未来は皆さんの双肩にかかっているわけでございますから、ぜひとも御立派なお仕事をしていただきますようによろしくお願い申し上げまして、質問を終えさせていただきたいと思います。
野
上
上田晃弘#27
○上田(晃)委員 新進党の上田晃弘でございます。時間にも限りがございますので、何点か端的にお伺いさせていただきたいと思いますので、明快な御答弁をよろしくお願い申し上げます。
まず、地震予知関連でございますが、総論といたしまして、大臣にまずお伺いをさせていただきたいと思います。
阪神大震災がございまして以来、先ほど原田先生の方からも御指摘がございましたとおり、地震予知というものに対しまして国民各層の期待が大変高まっておるのは事実だと思います。しかしながら、一部マスコミ等の報道を見ておりますと、特定の学者さん、また特定の研究手法を集められまして、だれだれさんの予測は当たったとか、この手法の方がすばらしかったとか、このような一部報道もございます。これはやはりマスコミも含めて、国民の皆様が地震予知というものに対してちょっとミスリードされているのではないのかな、このような危惧も感ずる点がございます。
そこで、今回の問題を奇貨といたしまして、地震予知というのは、もう長官も御存じのとおり、正しく言えば地震予知研究という段階であろうと思います。大変手厳しい学者さんは、こんなふうに申しております。予算獲得の技術として研究という文言を取り去って、事業費としてスタートした、研究段階なのに実用段階を装うのはもうやめた方がよいのではないのか、このような辛口の御意見を出されておられる専門の学者さんもおられます。
したがいまして、ここでやはり地震予知研究の現状、そしてまた今後の可能性というものを正直につまびらかに国民の皆様に提示をされ、その上で、場合によりましたら、地震予知というよりは地震防災研究の方にもう軸足を移すべきときなのかもしれない、こんなようなことも含めまして国民的議論をしなくてはいけない時期なのかな、このように思う次第でございます。
したがいまして、先ほど長官も、地震予知については余り過大な期待はできないというような御発言もございました。したがって、まとめてお尋ねしますが、地震予知研究というよりは、むしろリアルタイム地震防災システムとでも申しましょうか、このような研究の方に軸を移すべきなのかどうなのか、このような点も含めまして、地震予知推進本部長といたしましての大臣の御所見をお伺いいたしたい、このように思います。
この発言だけを見る →まず、地震予知関連でございますが、総論といたしまして、大臣にまずお伺いをさせていただきたいと思います。
阪神大震災がございまして以来、先ほど原田先生の方からも御指摘がございましたとおり、地震予知というものに対しまして国民各層の期待が大変高まっておるのは事実だと思います。しかしながら、一部マスコミ等の報道を見ておりますと、特定の学者さん、また特定の研究手法を集められまして、だれだれさんの予測は当たったとか、この手法の方がすばらしかったとか、このような一部報道もございます。これはやはりマスコミも含めて、国民の皆様が地震予知というものに対してちょっとミスリードされているのではないのかな、このような危惧も感ずる点がございます。
そこで、今回の問題を奇貨といたしまして、地震予知というのは、もう長官も御存じのとおり、正しく言えば地震予知研究という段階であろうと思います。大変手厳しい学者さんは、こんなふうに申しております。予算獲得の技術として研究という文言を取り去って、事業費としてスタートした、研究段階なのに実用段階を装うのはもうやめた方がよいのではないのか、このような辛口の御意見を出されておられる専門の学者さんもおられます。
したがいまして、ここでやはり地震予知研究の現状、そしてまた今後の可能性というものを正直につまびらかに国民の皆様に提示をされ、その上で、場合によりましたら、地震予知というよりは地震防災研究の方にもう軸足を移すべきときなのかもしれない、こんなようなことも含めまして国民的議論をしなくてはいけない時期なのかな、このように思う次第でございます。
したがいまして、先ほど長官も、地震予知については余り過大な期待はできないというような御発言もございました。したがって、まとめてお尋ねしますが、地震予知研究というよりは、むしろリアルタイム地震防災システムとでも申しましょうか、このような研究の方に軸を移すべきなのかどうなのか、このような点も含めまして、地震予知推進本部長といたしましての大臣の御所見をお伺いいたしたい、このように思います。
田
田中眞紀子#28
○田中国務大臣 私ども、地震予知というものに対しまして、今回の阪神・淡路大震災が起こる前と後では随分認識が変わったのではないかというふうに思います。
今回のことが起こってから、予知研究とは何ぞやというふうなことが随分出てきましたし、先ほどの茂木先生の御意見もお聞きになったと思いますので復唱はいたしませんけれども、要するに、各省庁が分かれていろいろ専門別にやっていて、気象庁で一括してつないで、今後もインターネットでつないでいく云々と言っておりますけれども、結局は、予知というものは、いろいろの専門家の話を聞いてもなかなか難しいということだと思いますね。
ですから、観測強化地域というものを設置しても、それはいろいろシステマチックにやったのですけれども、現実に、隔靴掻痒であるというのが一般の人たちの感じだろうと思うのです。ですからこそこれだけ質問が衆参両院の委員会でも出ているわけでございますし、本日、上田先生のお問いかけもそこにあると思います。
私も、まさしくそれをないがしろにはできませんし、予知は予知でもって研究はしていただくことは、それはいいかもしれませんが、それをみんなが口をあけて待っているのではなくて、むしろ防災とか避難訓練でありますとか、それから、その地域がある程度わかっているのであれば、それがたとえ千年スパンであったにいたしましても、耐震構造物をつくるとか避難道を優先的につくるとか、そういう現実的な対応をするように、私、とにかく今回のことを奇貨として、むしろ展開を変えていくべきではないか、認識を変えていくことが自分たちを結果的に守ることであろうというふうに考えております。
この発言だけを見る →今回のことが起こってから、予知研究とは何ぞやというふうなことが随分出てきましたし、先ほどの茂木先生の御意見もお聞きになったと思いますので復唱はいたしませんけれども、要するに、各省庁が分かれていろいろ専門別にやっていて、気象庁で一括してつないで、今後もインターネットでつないでいく云々と言っておりますけれども、結局は、予知というものは、いろいろの専門家の話を聞いてもなかなか難しいということだと思いますね。
ですから、観測強化地域というものを設置しても、それはいろいろシステマチックにやったのですけれども、現実に、隔靴掻痒であるというのが一般の人たちの感じだろうと思うのです。ですからこそこれだけ質問が衆参両院の委員会でも出ているわけでございますし、本日、上田先生のお問いかけもそこにあると思います。
私も、まさしくそれをないがしろにはできませんし、予知は予知でもって研究はしていただくことは、それはいいかもしれませんが、それをみんなが口をあけて待っているのではなくて、むしろ防災とか避難訓練でありますとか、それから、その地域がある程度わかっているのであれば、それがたとえ千年スパンであったにいたしましても、耐震構造物をつくるとか避難道を優先的につくるとか、そういう現実的な対応をするように、私、とにかく今回のことを奇貨として、むしろ展開を変えていくべきではないか、認識を変えていくことが自分たちを結果的に守ることであろうというふうに考えております。
上
上田晃弘#29
○上田(晃)委員 それでは次に、具体的な点を何点がお尋ねさせていただきますので、よろしくお願いいたします。
今長官も御答弁いただきましたとおり、予知の研究は予知の研究としてこれは粛然と進めると同時に、防災関連のシステム開発、これもしっかりやっていかなくてはいけない、このような御答弁だったと思います。一応、今日まで十年来、地震予知については進めてきたわけでございますので、引き続き予知研究を強化していくという視点に立ちまして、何点かちょっとお尋ねさせていただきたいのです。
かなり細かいことになって恐縮ですが、いわゆる衛星を利用いたしましたGPSシステムによります地殻の観測ですね、また、さまざまな観測されたデータを解析し、その情報をよりスピーディーに交換するためのコンピューターシステムの開発、こういうふうな部分の整備計画は今後どうなっていくのか、これが一点でございます。
それから、先ほども原田先生も御質問されておりましたが、観測強化地域、また特定観測地域、この辺の問題について、今回を奇貨として、指定を拡大をされていくおつもりがあるのかないのか。また、観測強化地域、特定観測地域として指定されても、現在のところ法的根拠がないので、特段、別に観測を強化するという担保がないというこういう問題がございますね。したがいまして、今後の具体的な観測網の強化計画等ございましたらお示しいただきたい、このように思うところでございます。
この発言だけを見る →今長官も御答弁いただきましたとおり、予知の研究は予知の研究としてこれは粛然と進めると同時に、防災関連のシステム開発、これもしっかりやっていかなくてはいけない、このような御答弁だったと思います。一応、今日まで十年来、地震予知については進めてきたわけでございますので、引き続き予知研究を強化していくという視点に立ちまして、何点かちょっとお尋ねさせていただきたいのです。
かなり細かいことになって恐縮ですが、いわゆる衛星を利用いたしましたGPSシステムによります地殻の観測ですね、また、さまざまな観測されたデータを解析し、その情報をよりスピーディーに交換するためのコンピューターシステムの開発、こういうふうな部分の整備計画は今後どうなっていくのか、これが一点でございます。
それから、先ほども原田先生も御質問されておりましたが、観測強化地域、また特定観測地域、この辺の問題について、今回を奇貨として、指定を拡大をされていくおつもりがあるのかないのか。また、観測強化地域、特定観測地域として指定されても、現在のところ法的根拠がないので、特段、別に観測を強化するという担保がないというこういう問題がございますね。したがいまして、今後の具体的な観測網の強化計画等ございましたらお示しいただきたい、このように思うところでございます。