青木薪次の発言 (予算委員会)
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○青木国務大臣 お答えいたしたいと思います。
ただいま御質問をいただきました件につきまして、私は昭和十七年に国鉄に就職をいたしました。戦後の大動乱期を経て、何とかひとつ勉強を取り戻したいという気持ちがございまして、いろいろと同僚とともに検討いたしておりましたところ、昭和二十一年秋に東海科学専門学校が夜間部を新設するということを知りました。そこで、同僚とともに志願して夜間部に入学をいたしました。
これは、私が戦後、組合活動に際して、翌年の二十二年の夏にその中心として動かなきゃならぬというようなことになっておりましたので、その間、二十一年の秋から二十二年の夏に至るこの間をこの夜間部に通学をいたしました。
今回の報道によって、これが文部省の正式な認可の過程を経たものでないということを知ったわけであります。
私は、このことについては、まことに、五十年になんなんとする期間でありましたし、意にかけることもなくて、そのまま勉強したということが私の脳裏を去来いたしておったわけでありますが、その後、この間の新聞等の報道するところによって、これは正式な、許可されたものではないということを聞いたわけであります。
当時は終戦後の、まさに硝煙たなびくような時期でありまして、大混乱期であったわけでありますが、ちょうど市内から八キロも離れたところでありますので、車もないし、トラックを運転してもらって、同僚とともに荷台に便乗いたしまして、そしてこの間をずっと通い続けだということが、私どもが苦労して勤労学生として勉強したということが、今でも実はみんなの話りぐさになったり、誇りに実は思っている次第でございます。
ところが、今回の報道に伴って、私は二十一年前に当選をいたしましたので、昭和四十九年から今日まで、大衆との接点において、選挙公報を、選挙管理委員会を煩わしていただきました。そのときに、過去四回の選挙の中で二回は学歴のことが書いてありません。あとの最近の二回につきましては「東海科学専門学校にまなぶ」ということは書いてあったわけでございまして、そういう点については、これはそういうことを確認いたしましたけれども、参議院等で発行する議員の要覧等におきましては、東海科学専門学校中退というようなことが書いてありましたので、よくよく記憶をたどってまいりますると、卒業することなく途中でやめたということが中退であるというようなふうにひとつ考えておったということでございまして、そういうことで私は、うかつといえばうかつであって、これはまことに申しわけないということを実は考えておるところでございます。
したがって、そういうことから今後の問題としては、やはりその点についての訂正とかそういったことを考えなきゃいけない問題だ。ただ、一生懸命勉強したということ、このことを重く見て今日までやってきたということでございます。
以上であります。