永井哲男の発言 (規制緩和に関する特別委員会)

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○永井(哲)委員 これも中間報告を読んで感じたところでありますが、やはり現状認識というものを素直にやっていただきたいという感も深くしたところであります。
 今も言われましたが、再販がそれとどのような関係にあるのかというふうにおっしゃいましたが、再販制度というものがあって現実というものがあるわけでありまして、現状、どうなのかということを素直に見れば、再販制度というものがどのような機能を果たしているのかということが現実に示されている、そういうふうに私は考えます。
 再販制度をなくして、ではこれがどういうふうになるのかということは、むしろ変更を主張する立場の方で、再販制度をなくすとこういうふうな形が生まれますよということを積極的にむしろ主張し、それを明確にしていく、いわば主張責任といいますか、そういったものがあるのではないかと思います。
 今の回答の中で、経済的な自由と表現の自由ということで先生独特の考えをお述べになりましたが、それは現在の憲法学界の通説とはやや異なった立場にあるのではないかというふうに私は感じておりますが、それも一つの見解であるというふうに思いますので、そのこと自体について異論を差し挟むということは差し控えたいと思います。
 いずれにしろ、今現在この再販制度というものがどういうものなのか、どういう機能を果たしているのかということをやはりしっかりと見ていただきたいと思います。今の時代、表現というものを保障するだけでは、これは国民に広く知れるところにはならないわけでありまして、それが伝達手段を通して国民に受け取られる、それによって初めていろいろな意味での民主主義的な機能というものを果たすわけであります。
 したがって、今は、表現の自由というよりは、むしろ受け取る側からの知る権利というような側でいろいろなものをとらえていこうというような動きになってきているのではないか。そういう中で、例えば宅配制度というものは、これはどういうものなのか、知る権利、そういうものにとっていいのか悪いのか、そういうこともやはり考えていただきたいと思うのであります。
 そこで、大きな違いというのは、多様性というもの、いろいろなものがあるということをどう考えるのか、これに深く関係していると思います。
 先生の考え、これは「ジュリスト」の三月中旬号でありましたか、そこで見ると、先生のこのような言及の部分があります。「地方のほうへ行くと、ブロック紙なり県紙のほうが強いのです。むしろ、全国紙が全国津々浦々販売されなければならないと考えること自体がおかしいので、」云々というふうに続いておりまして、「コストが高くなって、高い購読料を払っても読みたい人は読めばいいので、地域のブロック紙なり県紙が伸びることのほうが、むしろ望ましいのではないかと思います。」その後に、紙面が明らかにいろいろ違うというようなことに対して、「共同通信社配信の重要な記事は、ほとんど載っています。」このような言及もあるわけであります。
 これを見ますと、手近なところから一紙読めば知る権利として十分に満たされているのではないか、そのような前提に立った考えのように見受けられますが、しかし、事実というのは、主観にとって切り取られて初めて意味を持つものでありま
して、一通信社の報道だけで十分にそういった報道の機能が全うされているかどうか、これは非常に問題があるところだと私は思います。だからこそ、多様性というものがあるということそれ自体に価値を認める、そういうものが必要ではないか、そういうふうに思っております。
 そういう中で、今果たしている再販の機能というのが、全国紙、全国津々浦々同じ価格で読めるという、そういう機会を設定しているということに役立っていることは確かでありまして、そういう機能を素直に認めて、そういった多様性というもの、そしてもう一方で自由競争というものを促進した場合、これがどのように改善されるのか、こういったものをよりはっきりさせる、むしろこの再販を廃止したらどうなるのかということをしっかりと具体的にシミュレーションして、こうだということをむしろそちらの方で、変更を主張する方が言わなければならないとも思うのでありますが、どのようにお考えでしょうか。

発言情報

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発言者: 永井哲男

speaker_id: 23057

日付: 1996-06-05

院: 衆議院

会議名: 規制緩和に関する特別委員会