奥田幹生の発言 (文教委員会)
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○奥田国務大臣 最近ちょっと数字が落ちたという報道がございましたけれども、先生おっしゃるとおり、昭和五十八年の中曽根内閣当時、二十一世紀までには十万人の受け入れという方針をお決めになって、今五万四千をちょっと切ったところまでずっとふえてきておる。中曽根内閣で決めていただいたときには一万二百人ほどでございましたから、年次計画よりも相当上回って進んできておったということは先生も御承知だろうと思うのです。ただ、期限が切れてもまだ帰らない不法滞在ということについては、私もうっかり、勉強不足で存じ上げませんでした。
ただもう一点、本当に日本で学んだ方が喜んでくれているのかというお尋ねについてでありますけれども、今から八年前、JICAが世話をされておる、とにかく技術を身につけてもらおうということで横浜の郊外に、ちょっと固有名詞は忘れましたけれども、そういう留学生、青少年を受け入れる教育機関がございまして、そこの三十周年に私、当時通産政務次官として、祝辞を述べに出席したことがございます。そうしましたら、かなりいい年の方が、二十年、二十五年前の卒業の方が大勢集まってこられまして、そして大変な感謝の言葉を述べてくださっていたことを非常に私は印象に今なお強く持っておるわけでございますけれども、日本はそれなりの貢献、役割をこの面でも果たしてきたという感じを私は強く持っております。