安原治の発言 (予算委員会)

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○安原参考人 株式会社富士住建の安原でございます。
 このたび、私、経営者としての見通しの甘さゆえに世間をお騒がせし、かつ御迷惑をおかけしましたことを国民の皆さんに深くおわび申し上げる次第でございます。また、住専役職の皆さん、母体行役職者の皆さん、取引関係金融機関の皆さん、そして金融当局の皆さんに多大な御迷惑をおかけし、お騒がせしましたことを深くおわび申し上げます。
 当社は、昭和四十五年に、より多くの人々に持ち家ををモットーに創業いたしました。当社は、住宅の仲介事業で実績を伸ばし、その後、分譲住宅、注文住宅建設、マンション建設、またオフィスビルやマンションの賃貸、都市再開発事業、住宅のメンテナンスと、関西では大阪市、大阪南部を中心にして、奈良、和歌山、神戸、ほかに岡山、広島等で不動産総合ディベロッパーとして事業展開をしてまいりました。
 現在のグループ会社は十八社です。従業員は、ピーク時千百二十名、現在は七百六十名です。また、当グループの下請業者として約三百強の下請業者に仕事をしてもらっています。平成七年度は、当グループで、仲介、販売を含めまして住宅約二千七百戸を販売しました。売上高は約八百五十億です。当グループの二十六年間の営業成績は、住宅販売件数で約七万五千戸近くになったと思います。
 住専各社との住宅提携ローンは、概算で累計三万件近くになると思います。住専各社との取引は、昭和五十年ごろから住宅ローンを取り扱うことから始まりました。住宅用の土地取得資金は、当初第二地銀や信用金庫、信用組合からの借り入れだけでしたが、昭和五十六年ごろには当グループも信用が徐々につきまして、都銀、地銀、そして住専からも住宅用土地取得資金の借り入れができるようになりました。昭和六十二年後半から平成二年後半のピーク時に至るまで、各金融機関との取引が飛躍的に増加しました。
 当グループは、住宅販売を主流に伸びてきましたが、昭和六十年後半からは地価の暴騰、そして平成三年の初めからは急激な地価の暴落に直面しました。企業経営者としては、いかなる事態が発生しようとも、結果責任を重大に受けとめ、この責任を逃れるつもりは毛頭ありません。
 私の立場としては僭越とは思いますが、地価の暴騰と暴落の要因の一つとして、三つの政策の運用の整合性に問題があったのではないかと今では思っています。その一つは国土利用計画法の監視区域制度であり、二つは税制の問題です。三つ目はもろもろの規制の問題です。この三つに十分対処できず、多くの借入金を抱え現在に至っていることに関しましては、経営者の責任を痛感し、深く反省しております。
 しかしながら、当グループは、返済について懸命の努力を現在も続けております。当グループの、平成三年一月から平成七年十二月までの五年間、住専への金利、元金の支払いは、金利で約三百五十億、元本約一千億返済しました。
 当グループは、今まで以上に今後も誠心誠意頑張り、借入金をできる限り少なくするよう、私の一生涯をかけて一生懸命努力してまいる所存でございます。
 本委員会の委員長並びに各委員の皆さん、さらには国会関係者の皆さんに貴重な時間をとらせましたことを、まことに申しわけなく思います。今後ともよろしく御指導をお願いします。

発言情報

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発言者: 安原治

speaker_id: 32746

日付: 1996-02-16

院: 衆議院

会議名: 予算委員会