花井十伍の発言 (厚生委員会薬害エイズ問題に関する小委員会)
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○参考人(花井十伍君) きょうは、私のような者にこのような発言の機会を与えてくださって、ありがとうございます。
私たち薬害によるHIV感染者は、いわば単なる病人にすぎません。本来、病人というものは治療に専念しながら平穏に生活する、これがあるべき姿だと思います。そして、単なる病人である私のような者がこのような場においてこのように話している、この現実は極めて異常なことだと思います。
しかし、この異常なことというよりもはるかに異常な状況がこの国では行われていました。すなわち、国民の健康を守るべき厚生省は、一九八二、三年当時、非加熱血液製剤の危険性を熟知していながら何ら対策をとることなく放置したばかりでなく、ミドリ十字を初めとする被告製薬企業の利益を最優先する諸策を採用し、血友病患者及び非血友病患者の非加熱製剤使用者のHIV感染を拡大していきました。被告製薬企業は、非加熱製剤の危険性を私たち患者に隠したばかりではなく、むしろ積極的に安全キャンペーンを展開し、あまつさえ一九八五年加熱製剤の認可後も、回収どころか在庫処分に奔走していました。その結果、一九八八年までこの危険な非加熱製剤は使われ続けていました。
私も八五年の冬、十二月に初めて加熱製剤を、ドクターからもう安心だよと言われた瞬間、私は今まで非加熱を使い続けていたという事実に震えました。すなわち、この薬害感染という事実、この責任を一切認めなかった国と製薬企業を相手に私たちは裁判を闘ってきたわけです。その間、国は目と鼻の先に明らかにある資料を、その存在はないと偽って一切提出してきませんでした。そのせいで裁判は長い時間を費やし、多くの仲間たちが死んでいきました。
これらおおよそ人間の所業とは思えない異常な事態を訴えるために、裁判を闘い抜くために、恐らくは赤瀬さん、石田さんを初め家西団長や川田さんはみずからの病気を積極的に口に出して訴える、このような異常な形で闘ってこざるを得ませんでした。
もちろん、そのような形でマスコミの前に姿をあらわしていない多くの原告被害者も、それぞれの極めて激烈な厳しい環境の中でぎりぎりの闘いを強いられてきたわけです。すなわち、この薬害の全体像、だれがいかなる責任を持って何を判断したのか、すべての関係者が、官僚、製薬企業の人間がどのような責任を持ってどのような判断をしたのか、これが究明されない限りやはりこの事件の全体像というのは決して明らかになっていかないと思います。
先日、大臣を初め諸先生方の御協力もあって、裁判は和解が成立しました。厚生大臣は法的責任を認め、謝罪しました。被告企業も最終和解案の中で明確に法的責任を認め、謝罪しました。
しかし、この異常な薬害事件によりHIVに感染した、そしてHIV感染症という病名の病人になった私たちは、診療拒否、就職差別、学校内での差別等、一病者として背負うには余りにも厳しい現実に長い間直面してきました。そして、和解が成立した現在においても、この現実というのは必ずしも改善されたとは言えません。
一九八三年時点で日本に存在していた多くの血友病患者のHIV感染者の存在を、国みずからが招いた薬害の事実を隠ぺいするためになきものとして扱ってきた。そして、そのことが日本におけるHIV感染者の実態そのものを歪曲し、日本のエイズ政策そのものを大きく誤った方向に導く原因となったと考えています。
患者の存在を無視した結果、治療よりも大きく予防に傾いた見当違いのキャンペーンは、むしろ予防という観点から見ても成功したとは言えません。また、典型的な重度のカポジ肉腫の映像で恐怖をあおったり、差別的にハイリスクグループを印象づける報道を助長し、感染者に対する差別をむしろ増長させる役割を国は果たしたと思います。
国のエイズ対策、本当に必要だったエイズ対策、それは現に存在する病者である私たちに対する医療への取り組みだったはずです。しかし、その解怠は、本来、世間がたとえ差別その他さまざまな偏見を持ったとしても、論理的、冷静にこの病気を位置づけて対応できるはずの専門家たち、医療従事者、これらの人たちがきっちりオピニオンリーダーとして振る舞い、診療し、むしろ差別をその中からなくしていくという、そういう役割を担うことすら国の政策によって遮られていったんです。「正しい知識が差別をなくします」、このようなキャッチフレーズは、結果的にだれよりも正しい知識がある専門家集団によって否定されてきたわけです。
例えば、きょうお配りした一九八三年五月二十五日付の資料があると思うんですけれども、そこに、血友病患者の扱い、すなわち血友病患者の感染は容認しつつ、社会防衛論の中で彼らは、彼らを管理する指針を決める、管理してどうにかなる、感染するのは仕方ないと、はなからもう感染は容認しつつ、我々は管理すればいいと。そういった国の体質、そういうあり方、それが医療の専門家たちにも伝播し、最終的には社会の体質にも伝播していった、そう断言できると思います。
その間、多くの患者、感染者は十分な治療を受けないまま命を落としていきました。和解を機に、本当におくればせながら、治療センタープロジェクト、そして全国百八十八の拠点病院が選定されました。しかし、これは本当に遅過ぎました。既に四百人以上の仲間がこの世にいません。さらに、生存原告の平均CD4陽性細胞数も三百三十六個となっています。この現実を考えると、一刻の猶予もならない。この医療の充実、立ち上げということは、私たち感染被害者に残された最後の生きるチャンスだと了解しています。
私たちが望んできたものは、いわば普通に診察券を出して普通に診療を受け、さらには必要があれば普通に入院したい、たったそれだけでした。
しかし、この十年間、今まで言ったような国の政策により、全くそれは閉ざされてきました。余りにも遅過ぎた。しかし、今から全力を尽くして、僕ら感染被害者が生き残る道を何とか先生方の力で立ち上げに御協力をお願いしたいと思います。
それと、そもそもこのような薬害を生んだ原因の一つに国の間違った血液行政のあり方というものがあったと思います。
一九七五年以来、具申、答申等、数度にわたり国みずから国内自給を目指す血液事業の答申を出しておきながら何ら実行せず現在に至る、このような状況の中でやはりこのような薬害というのは引き起こされてきたと思います。
現在、血液製剤、輸血に関しては国内血でほぼ一〇〇%賄われております。しかし、例えばアルブミンの自給率はまだ二〇%にすぎません。こういうことも含めて、この機会に日本の医療、血液行政、それの根本的見直しというものを考えていただきたい。
これからなお医療はハイテク化、専門分化していきます。その中で、遺伝子治療、遺伝子製剤、そういったものがどんどん導入されていきます。
その中で、やはり今までのような人間の命を人間とも思わないようなそんな行政のあり方、また医療現場のあり方、こんなものが続けば、幾ら法律とか制度とかをいじったところで絶対薬害というのはなくならないと思います。人の命を人の命として大切に思うというこの当たり前なこと、この基本的なことが守られるようなそんな医療行政、薬事行政、こういうものができて初めて薬害根絶というのはできるんだなとつくづく思います。
ぜひとも先生方のお力でそういう業務行政、医療行政を推進していただきたい。私たち患者も命が続く限りそれに協力したいと思います。今までみたいに受け身の患者という立場ではなく、積極的にそれが治るんだったら幾らでも協力していく、そういう意気込みがあります。一緒につくり上げていきたいと思います。
ありがとうございます。