厚生委員会薬害エイズ問題に関する小委員会

1996-04-17 参議院 全213発言

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会議録情報#0
平成八年四月十七日(水曜日)
   午後二時開会
    ―――――――――――――
平成八年四月四日厚生委員長において本小委員を
左のとおり指名した。
                阿部 正俊君
                石井 道子君
                大島 慶久君
                清水嘉与子君
                長峯  基君
                釘宮  磐君
                田浦  直君
                水島  裕君
                朝日 俊弘君
                竹村 泰子君
                西山登紀子君
同日厚生委員長は左の者を小委員長に指名した。
                釘宮  磐君
    ―――――――――――――
   小委員の異動
 四月十七日
    辞任         補欠選任
     竹村 泰子君     上山 和人君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    小委員長        釘宮  磐君
    小委員
                阿部 正俊君
                石井 道子君
                大島 慶久君
                清水嘉与子君
                長峯  基君
                田浦  直君
                水島  裕君
                朝日 俊弘君
                上山 和人君
                西山登紀子君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        水野 国利君
   参考人
       東京HIV訴訟
       原告団副団長   高原 洋太君
       東京HIV訴訟
       原告・弁護団事
       務局次長     保田 行雄君
       大阪HIV薬害
       訴訟原告団代表  家西  悟君
       大阪HIV薬害
       訴訟原告     花井 十伍君
       大阪HIV薬害
       訴訟弁護団弁護
       士        徳永 信一君
       前帝京大学副学
       長        安部  英君
       帝京大学医学部
       第一内科助教授  松田 重三君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○参考人の出席要求に関する件
○薬害エイズ問題に関する件
    ―――――――――――――
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釘宮磐#1
○小委員長(釘宮磐君) ただいまから厚生委員会薬害エイズ問題に関する小委員会を開会いたします。
 まず、小委員の異動について御報告いたします。
 委員の異動に伴い欠員となっております小委員の補欠として、本日、上山和人君が選任されました。
    ―――――――――――――
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釘宮磐#2
○小委員長(釘宮磐君) 議事に先立ちまして、一言ごあいさつを申し上げます。
 このたび小委員長に選任されました釘宮磐でございます。
 小委員長といたしましては、小委員各位の御支援、御鞭撻を賜りまして、公正かつ円満な運営に努め、職責を全うしてまいりたいと存じます。
 何とぞよろしくお願いいたします。
    ―――――――――――――
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釘宮磐#3
○小委員長(釘宮磐君) 参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
 薬害エイズ問題に関する調査のため、本日、参考人として、東京HIV訴訟原告団副団長高原洋太君、東京HIV訴訟原告・弁護団事務局次長保田行雄君、大阪HIV薬害訴訟原告団代表家西悟君、大阪HIV薬害訴訟原告花井十伍君、大阪HIV薬害訴訟弁護団弁護士徳永信一君、前帝京大学副学長安部英君及び帝京大学医学部第一内科助教授松田重三君の出席を求め、その意見を聴取することに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
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釘宮磐#4
○小委員長(釘宮磐君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
    ―――――――――――――
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釘宮磐#5
○小委員長(釘宮磐君) 薬害エイズ問題に関する件について調査を行います。
 本日は、本調査のため、参考人として、まず東京及び大阪のHIV訴訟の原告及び弁護団の方々から御意見を承ることといたします。
 この際、小委員長から、本委員会の運営に関し、御協力をお願い申し上げます。
 本日は、参考人のプライバシー保護の観点から後ろについ立てを設置いたしておりますので、当該参考人につきましては直接の撮影は御遠慮ください。
 また、報道関係者におかれましては、音声につきましても変更して放送していただくようお願いいたします。
 この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多用中のところ、当小委員会に御出席をいただき、ありがとうございました。
 当小委員会におきましては、薬害エイズ問題に関する調査を進めておりますが、本日は特に参考人の方々から御意見を拝聴いたしたいと存じます。
 参考人の皆様には忌憚のない御意見をお述べいただきたいと思います。
 それでは、議事の進め方について申し上げます。
 まず、高原参考人及び保田参考人の順序で、お一人十五分程度の御意見をいただきたいと存じます。次に、家西参考人、花井参考人及び徳永参考人の順序で、お一人十分程度の御意見をお述べいただきたいと存じます。
 それでは、まず高原参考人にお願いいたします。
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高原洋太#6
○参考人(高原洋太君) 本日、この場で私どもに発言の機会を与えてくださいまして、ありがとうございます。また、プライバシー保護の観点で私どもに配慮していただき、まことにありがとうございます。
 私は、東京HIV訴訟の原告番号十二番、仮名ですが、高原洋太と申します。
 ところで、ことしになって菅大臣のもと、厚生省では調査プロジェクトを立ち上げ、遅まきながら薬害エイズの真相究明に乗り出しました。私もその調査に期待を寄せたのですが、残念ながら失望の連続です。
 私は、薬害エイズのことが問題になった一九八三年、八四年、八五年と東京の血友病患者の会、東京ヘモフィリア友の会の役員をしていました。
 血友病患者とエイズの関係が新聞等で報道されました一九八三年春、四月、五月以降は、私はほかの役員と一緒に正しいエイズ情報と対策を求めて東奔西走の毎日でした。もちろん、厚生省生物製剤課にもたびたび出かけました。そのとき私たちが厚生省などで現実に受けた対応と今回調査プロジェクトが得た回答との余りの格差、乖離に愕然とするばかりであります。
 時間の制約もあり、そのすべてをここで申し上げることはできません。ここではその一つのエピソードとして、八五年加熱製剤認可後の非加熱製剤回収について、当時の松村明仁生物製剤課長の対応と安部英先生の加熱製剤治験調整の問題について述べたいと思います。
 一九八五年七月一日、危険な非加熱輸入血液製剤が加熱になりました。私はほかの役員と一緒に八月一日に、再三通っていました厚生省の生物製剤課に行きました。七月の末ごろ、オーストリア、西ドイツのワインに有害な不凍液が入っていて、厚生省は緊急通知を出して店頭や家庭内に持ち込まれた製品の回収を徹底させていました。新聞紙面に載った回収通知や報道を見聞きしていて、なぜ命に直結するのにエイズ入りの危険な製剤の回収が放置されているのか松村生物製剤課長に詰め寄りました。
 安全な加熱処理製剤が出るようになっても、厚生省はその回収命令は出しませんでした。私たちは血友病患者のエイズ感染被害を追及しましたが、松村課長は、これまでも言っていましたように、製剤にエイズの汚染はないと平然と言うのです。危ない製剤をなぜ回収しないのか、すぐに回収の広告を出しなさいと言いましたら、ワインは一般国民が飲むものだけれども凝固因子の使用者は限られているからと、血友病患者には緊急対応はしないという返事でした。血友病患者は日本国民じゃないのかと強く抗議しました。
 後で知ることになったわけですが、この時期も、次の年も、次の次の年もエイズ入りの危険な米国由来の非加熱濃縮製剤の出荷を認めていた感覚は、どうせ対象は病人なのだからという人権無視の感覚と、命を守るために最善の方策を尽くす使命感がない人たちの集まりだということでした。
 その場で被害患者の治療はどうするのかと聞けば、厚生省にその担当部局はないと言うのです。
 彼らには、私たち薬害エイズの被害者を全力を挙げて救おうなどという気持ちはこの時点でも全くなかったのです。
 それが、その後十年間、裁判で国の加害責任が指摘されて初めて重い腰を上げ始めたのです。本当に次々と被害者を見殺しにしていって、積極的な治療に全力を挙げようとしない、命を何としても守ろうとしない、早く死んでくれてうやむやになればと願っていたに違いないのです。伝染病を国の認可した製剤で血友病患者にまき散らし、配偶者や恋人の二次感染被害者をつくり、最悪の事態を国がつくっていた感覚と姿勢が松村課長や法廷で証人に立った郡司課長に象徴的にあらわれています。
 特に松村課長は、その後、保健医療局長となり、我が国のエイズ対策の責任者となるわけです。エイズ医療が全く進展するはずがないのがよくわかります。被害を拡大させた張本人が被害者の命の見張り番になっていたわけですから、命を全力を挙げて救おうとする手だてを厚生省がやるわけがないはずでした。
 松村課長は、調査プロジェクトのアンケートに、エイズと非加熱製剤との関係は原因と結果の一つの組み合わせではないかと不安を感じていたなどと答えていますが、余りにもばかにした話です。
 彼は私たちに、八五年当時でも従来の非加熱製剤がエイズウイルスに汚染されている危険性はない、だから回収命令は出さないと言い張っていたのです。
 次に、加熱処理製剤の治験調整について私が実際に聞いたことをもとにお話しいたします。
 加熱製剤については、トラベノール社員は早くに日本に出せると言っていました。米国本社の役員が厚生省に早く出せるように申し入れに来たとも言っていました。それは緊急輸入とか、剤型変更とかの形でとのことでした。しかし、その後加熱処理製剤は治験を経て供給されることになったのです。
 一九八五年七月になって第Ⅷ因子製剤の加熱処理製剤が一斉に認可されまして、加熱製剤の安全性や供給などを尋ねて製薬各社を回りました。化血研に行ったとき、化血研はもっと早く加熱処理製剤を出したかったが、開発がおくれたミドリ十字に合わせるために遅くなったのですと言われました。うわさの情報として、ヘキスト以外、トラベノールが早く、カッターがおくれ、ミドリ十字はかなりおくれているということでした。やはりうわさは真実に近かったのです。ヘキストは七〇年代後半に開発を成功していて、日本にも出したかったそうですが、この安全な薬が日本に入る壁は相当厚かったとも言っていました。血液製剤協会や厚生省の利権絡みの壁のことを言っていたのかもしれません。
 一九八五年八月十五日、当時の東京ヘモフィリア友の会の会長F氏と帝京大学の安部先生のところに行きました。初め、医学部長室に通されてそこで待っていました。応接セットのテーブルの上にカルテの山がありました。F氏はそのテーブルに行き、全国の患者のカルテだ、治験のためのカルテだと言って次々とめくって見ていました。私は何か恐くて、上にあるのをちょっと見ました。
 名古屋の患者さんのカルテでした。その場には安部先生は来ないで、女性秘書が私たちを副学長室に案内しました。
 安部先生と会ってF氏が加熱の治験を話題にしましたら、安部先生は誇らしげに、ようやく加熱が認可になった、私が責任者として治験を取りまとめたと言いました。私が、でもトラベノールはもっと早く出せると言っていましたよと問いかけると、安部先生は次第に興奮して、みんなに公平に行き渡らなければ大変でしょ、ですからこれまで出していた全社の態勢ができるまで待たせたんだ、そうしないと皆さんがお困りでしょうと言いました。でも、私は納得がいかず、先生、それよりも輸入製剤は危なかったのだから輸入禁止にしてほしかったですと口を挟むと、君は手術なんかで製剤が足らなくなって死ぬような患者が出たらその患者に対して切腹できるのかと怒り出してしまったのです。私は、じゃ先生はエイズで死んだ患者に対して切腹できるのですかと反発しましたら、だから君たちと会うのは嫌なんだと怒ってしまいました。この加熱の治験調整の話は、その後新聞記事でも見ました。
 しかし、なぜ全社が足並みがそろわなくてはいけなかったのか、エイズを早くに大変な病気と認めていた医師が、その危険性を置いて一番おくれている会社の可能時期に合わせたなんて、犯罪的です。安部先生は、今ごろテレビのインタビューなどで、私が治験を調整したことなどは何であり得ましょうかなどと白々しいうそをついています。私は、この耳で彼が治験調整を自慢気に語っていたのを聞いていました。
 私を初め患者は、安全な薬を一社でも出してくれれば、互いに融通し合い命を守る方策を立てました。トラベノールが足らなければ、もう完全な製剤としてできていたヘキストの液状加熱製剤を緊急導入もできたのです。それよりも日本製薬のような凍結乾燥クリオをもっとつくり、また日本人の血液でできた濃縮製剤ハイクリオやPPSBを使って緊急時をしのげばよかっただけです。患者に正確な情報、真実を言わず、勝手に患者の命を握りつぶそうとしたその対応は絶対に許されるものではありません。これは厚生省もそうですし、製薬会社も同じです。
 これだけ申し上げただけでも、厚生省、血友病専門医がいかに事実をうそでねじ曲げているかおわかりいただけるものと思います。当時、現実に厚生省などとの交渉、陳情を担当していた者として、これらのうその発言、回答は断じて容認できません。
 それから、八三年夏、帝京大学症例をエイズと認定しなかったこと、国内で危険な非加熱製剤を一部回収しながら厚生省がその情報を握りつぶしていたことについては、本委員会で徹底的に究明してほしいと思います。これらの出来事は、私たち血友病患者五千人の運命を決定的に変えてしまった悪魔の選択だからです。
 血友病患者の世界は連帯感が強く、患者会を通じて情報もよく伝わります。仮に、帝京大学症例についてCDCのスピラ博士の認定に従いエイズ患者であると発表してくれていたなら、私たち成人患者は間違いなく自己防衛策をとれたのです。
 未成年患者やその家族に対して、危険な米国由来の製剤を使わないよう説得して回れたのです。死んでいった仲間たちのためにも、本委員会における真相究明を大いに期待しております。
 次は、恒久対策について、特に責任に基づく医療の保障を述べさせていただきたいと思います。
 薬害エイズの被害者を国挙げて全力で救おうというかけ声はこれまで一度も厚生省から出ませんでしたし、態度もありませんでした。これまでの裁判などを通じて薬害エイズを何とかしてもみ消そうとする逃げの姿勢では当然あり得なかったことです。一九八五年に松村生物製剤課長に聞きました。そして、厚生省に対応する部局がないということで、本当かと疑って感染症対策課に行き、熊谷課長や森尾課長補佐などに伺いました。これは生物製剤課の問題だと言われ、交渉に来た患者、家族は怒りに燃えました。恐ろしい感染症を製剤でうつされ、その疫病を治療するところはどこかと聞けば厚生省にはないと言われたのです。予防キャンペーンはすさまじい予算を投入し、エイズの差別の象徴的存在になる予防法を施行し、薬害被害を訴えづらくしたのです。
 この十年以上の命を見捨てた厚生省の姿勢は、十年前から二千人の薬害被害者の存在を確認しておきながら、厚生省が直接指導管轄できる国立病院で被害者の命を守る最大限の、最善の努力をしてこなかったことに尽きます。最先端医療と先駆的医療の実際的効果を発揮して日本のエイズ治療の指針を導き出した東大医科研の医療は、熱意ある医療スタッフと患者のエイズ治療に対してあきらめることをしない治療努力と姿勢がつくり上げてきました。それは、カウンセリングでごまかすあきらめの治療とは決して違います。しかし、文部省の管轄など、エイズ医療に関心のない教授が選考されたり、命がけで患者の望んだエイズ診療部を臨床研究のため立ち上げても、野心のある所長と院長で実質的に診療ができるスタッフを追い出すなど、被害者救済の立場の届かぬところで私たちは苦しみました。一般診療のエイズ医療は大切ですが、国の加害行為で被害を受けた者に最大量善の医療を提供し、命を保障することがその加害責任を果たす根源です。
 このたび、七年に及ぶ薬害エイズの裁判が被告国らの加害責任を明らかにした裁判所所見を伴う和解が成立して、裁判所は被害救済の恒久対策として医療に対する被告の責務を指摘しています。
 私たちは、被害者の命を守る最後の機会として、国挙げて被害者の命を最大量善の総力を結集して守り抜く誓いと、その具体的実効性としてエイズ治療・研究開発センターを独立の組織と力を持ったものとして、かつ最新の医療開発などのエイズの臨床研究の最前線として行い、また地域の拠点病院などをネットして的確な診断とその診療方針を判断、決定できるリアルタイムの情報ハイウエーを整備して、地域の医療格差の解消と命の保障に努め、またエイズの治療ができる医師や医療スタッフを育て、かつ派遣するなどの実際的効果をねらったものとしてその設置を強力に求めてきました。
 これを放送局に例えるならば、番組をつくるキー局とその受け皿となる地方局のような関係です。エイズ治療、医療の面でも、最先端の治療を研究、実践するキー局と、それを全国展開するための地方局とが必要なのです。この責任ある医療の保障こそが、雪の降る二月の三日間の命がけの座り込みをかけての責任の明確化を基盤とした第一の要求でした。
 もう薬害被害者の命を守る最後の機会はことししかありません。ことしにこのセンターを立ち上げて診療を始め、具体的に治療を開始して地域との連携を早急につくることを国が強力に指導力を発揮して行われなければ救われません。その象徴としてのこのセンターを始動し、実際に臨床研究に当たるスタッフをそろえて私たちに提示していただきたい。また、それは拠点病院の充実とその中核となるミニセンター的地域核病院の設置も当然その即応すべき問題です。
 和解に当たり、厚生省は治療・研究開発センターの設置と拠点病院の充実を確約しました。しかし、これが現実に具体化するかどうかは不明です。私たちに二度とうそをつくような厚生行政を見せないでください。過去の真相を明らかにして責任の所在を明かし、その厳しい反省の上に立って最善の行政を行うことを誓ってほしいのです。
 責任ある医療の根幹は責任ある行政の実行です。国会から行政の正すべき点などをさらに積極的に指摘いただき、私たち国民が安心して医療を受けられる環境をぜひつくり上げていただきたいと思います。そのためには、さらなる薬害エイズの真相究明が薬害根絶の礎になるに違いないと確信しています。
 御清聴ありがとうございました。
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釘宮磐#7
○小委員長(釘宮磐君) ありがとうございました。
 速記をとめてください。
   〔速記中止〕
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釘宮磐#8
○小委員長(釘宮磐君) 速記を起こしてください。
 次に、保田参考人にお願いいたします。
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保田行雄#9
○参考人(保田行雄君) 本日、このような形で発言の機会を与えていただきまして、ありがたく思っております。
 去る三月二十九日、HIV薬害訴訟は和解解決しました。国会の議員の皆様にも和解解決へ向けて多大な御支援をいただき、この場をかりてお礼を申し上げます。
 この三月二十九日の和解の際、原告団と厚生大臣及び製薬企業との間で確認書が取り交わされました。その確認書の中で、「厚生大臣は、」「再び本件のような医薬品による悲惨な被害を発生させるに至ったことを深く反省し、その原因についての真相の究明に一層努める」という一項が入りました。これは極めて異例のことであります。
 では、なぜこのような解決に際してなおも真相の究明が必要とされるのか、それが被害者によって求められ、これが明記されたのか、その理由です。
 まず第一に、なぜに日本の血友病患者の四割、二千人に及ぶ被害者が生み出されたのかという問題です。裁判所の所見によればエイズという死の病、この被害が何ゆえ発生したのか。この原因の徹底した解明なしに、二度とこのような悲惨な薬害を繰り返さないための制度の改革は到底できないからであります。
 また、二千人に及ぶ被害者のうち、既に四百人を超える人たちがエイズを発症し命を絶たれています。そして、今も五日に一人の割合で新たにエイズを発症し、また発症者の中から死亡者が出ているのです。このようないわば虐殺とも言える凄惨な被害を生み出した責任者が究明されず責任が問われないということであれば、この国に正義はないと言っても過言ではありません。原告被害者は正義を求めているのであります。
 第三に、真に揺るぎのない恒久対策を実現するためには、真相究明は不可欠であります。
 さきの確認書の作成作業の中で、厚生省は将来にわたる恒久対策、つまり被害者に最高水準の医療を保障する、医療・生活支援をする、その責任を負うことに対して極めて執拗に抵抗を示しました。これは、口では責任を認め謝罪したとしても、まだまだその加害責任に対する痛切な自覚が足りなかったものです。原告被害者は、将来にわたり厚生省が恒久対策の実行を怠ることがないよう、その真相の究明を求めているのであります。
 そして、この間の厚生省の動きを見れば、厚生省にみずから原因の解明を求めることは愚かなことであることが明らかになっています。ここは、国権の最高機関であり、国政調査権を有する国会が真相究明の役割を果たすことが求められています。
 この点で、この後予定されています安部英元エイズ研究班班長や郡司篤晃元生物製剤課長らに対する調べが参考人にとどまるということに被害者たちは強い不満を持っています。任意の供述を求めるだけでは真実を語らないことは、厚生省の調査プロジェクトに対する彼らの回答で明らかであります。また、二千人に及ぶエイズ感染被害、このことにかかわった人物が参考人にとどまることに対して強い不満を覚えます。原告被害者たちが望む証人喚問をぜひ実現していただきたいと思います。この場で強く要求しておきます。
 では、何をどういう方法で解明すべきでしょうか。
 私は八年前、エイズ予防法案の審議の際、当時社会労働委員会に参考人として呼ばれて薬害エイズの解明を訴えました。厚生省は、その後今日まで資料を隠し続け、うその答弁に終始してきたのであります。そして、三月二十九日の和解成立を待つかのように新たな資料を公にしました。それは、いわゆる訴訟対策ファイルと言われるものです。また、この事件で重要な役割を果たしたと思われる藤崎生物製剤課長補佐のファイルを含む二十数冊であります。今、TBSの事実隠しが問題となっていますが、和解成立前に厚生省の責任にかかわる資料の存在を知りながら隠すこのような厚生省のやり方は、その悪質さにおいて比べようがありません。
 東京地方裁判所の薬害エイズ裁判の中で、私たちは研究班資料など薬害エイズにかかわる資料の開示を求め、裁判所もその開示を促してきました。
 厚生省は存在が確認できないとして提出を拒んできました。しかし事実は、訴訟対策を練る部署のロッカーに三十冊ものファイルがあったのです。
 この七年間に及ぶうそをつき続けてきた責任はどうなるのでしょうか。今になってもまた繰り返される資料隠匿が徹底的に解明され、その責任が明らかにされない限り、この事実解明は進みません。
 また、今まで厚生省が公開してきた資料を見ても、一見して情報操作の疑いが濃いものです。エイズの危険性にかかわる一九八一年から一九八三年にかけての公衆衛生局保健情報課の資料はほとんどありません。また、日本のエイズ第一号認定や非加熱製剤の回収と関連してくる一九八四年九月に設置されたエイズ調査検討委員会に関する資料は一切出されておりません。真相の究明のためには、これらの資料の公開が不可欠であります。
 これができるのは国会をおいてはほかにありません。
 次に、ぜひ解明をしていただきたい点です。
 いわゆる郡司ファイルにあった七月四日付の「取り扱い注意」と書かれた「AIDSに関する血液製剤の取り扱いについて」と題する書面についてです。
 私はこれを見て大変驚きました。そこには、当時私も含めて血友病の患者たちがエイズの緊急対策として考えたすべての点が盛り込まれています。米国原料を用いたものについては取り扱わないように業者に対し行政指導をすると事実上の輸入血液製剤の輸入中止が考えられ、加熱製剤の早期導入と国内原料による製剤の供給確保で対応しようとしています。これらの対策がとられていれば血友病患者の運命は変わっていたことは明らかです。
 この点に関連して、二つの事実が何ゆえ隠されたのか徹底的に究明される必要があります。
 まず、一九八三年六月から八月にかけてのトラベノールの回収報告書が何ゆえに隠されたのかということであります。当時、アメリカの製剤回収でさえも新聞の一面を飾る事実でした。厚生大臣、通産大臣が例外輸出許可をし、公の手続を経て行われたにもかかわらず、なぜこれが隠されたのか。
 だれが知り、だれが隠していたのかはっきりさせる必要があります。
 そして、血友病のエイズ第一号患者がCDCのスピラ博士によって認定されながらも、そこには郡司氏や安部氏ら多数の関係者が参加していながらなぜに隠されてきたのか。
 また、一九八四年から八五年にかけての不可解な事実の解明は不可欠であります。八四年九月、既にエイズウイルスは固定され、検査法も確立しています。九月には帝京大学の血友病患者の多数がエイズに感染していること、その後鳥取大の栗村教授により日本の血友病患者がエイズ感染していることがわかっています。
 厚生省にこれらの事実が報告されながらなぜに隠されたのか。そして、今日では既に明らかになっていますが、エイズ発症者ではない、単に感染者であるホモセクシュアルの男性がエイズ第一号患者としてなぜに認定をされ大々的に宣伝をされたのか。これらは、厚生省が加熱製剤認可後も非加熱製剤の回収指示を出さず、ミドリ十字が一万本に及ぶ非加熱製剤を新たに出荷していたのか、これらの事実と密接に関連するものであるというふうに確信をしています。そして、これらはフランスで刑事事件になったと同様に厚生省の犯罪にかかわる重要な事実であります。
 薬害エイズでは、最初から最後まで血友病患者の一人でもエイズに罹患させてはならないと、そういう立場から施策がなされたということはありません。そこには、長年にわたり輸入売血を容認してきた厚生省の血液行政の誤り、ミドリ十字と厚生省の癒着など、構造的なものを含んでいます。
 そして、一九八四年の九月以降に見られるように、危険であることを承知の上で、いや殊さらうその安全宣伝をしてまで使わせ続けてきた極めて悪質な犯罪性を持った事件であります。
 これらにメスを入れられるかどうか、その点に関しては国会の力量がまさに試されていると思います。国会が被害者、原告たちが求めるその真相究明の痛切な思いにこたえられて、真に関係者を証人尋問されて徹底的に真相究明されることを期待しまして私の陳述を終わります。
 御清聴ありがとうございました。
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釘宮磐#10
○小委員長(釘宮磐君) ありがとうございました。
 次に、家西参考人にお願いいたします。
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家西悟#11
○参考人(家西悟君) 三月二十九日に和解成立する運びになりました。皆様の御尽力、また御配慮に心より感謝申し上げます。本当にありがとうございました。
 それで、私の方としまして、今この和解が成立して思うことは、決してこれで終わったわけではないということです。これは私、マスコミにも記者会見で申し上げたとおりで、今第一歩が始まったと、真相究明は徹底してやっていただきたいということと、それと私たちはこれだけの重荷を背負わされたわけです。そのことに対しての、今後生きていくためにやはり真相を明らかにして、なぜ自分たちがこれだけの被害をこうむらなきゃならなかったのかというのをやはり知りたい。知らないと、やっぱりこのまま死んでいくわけにはいかないという思いがひしひしとしています。そうでないと、自分たちはこの被害をこうむるために生まれてきたのかと思います。
 そして、今は亡き、私の前任になります大阪HIV訴訟の原告代表をしていました石田吉明氏と一九八三年八月に国会、また厚生省に対しまして安全な血液製剤をという要望書を持ってまいりました。そのときになぜ私たちの声を聞き入れていただけなかったのかという思いがずっとしています。厚生省に持っていったときにも、担当局が違う、これは私どもではありませんというようなことも言われました。そして、それを持っていくのは別の場所だと。場所を教えてくださいと言っても当時の担当者には教えてもらえませんでした。
 それはあなたたちが勉強して持っていくものであって、私が言うべき問題じゃないということで突っぱねられました。もしこのときに郡司課長のもとへ私たちの声が届いていたならば大勢は変わったのではないかという思いはずっとしていました。
 ですけれども、今回資料で出てきたものを見ますと、そうではないと。八三年に患者に対して指導するとか指針を決めていたということを読みました。こういうことをやっていたのかという思いがしています。そして、一九八三年の血友病の全国友の会拡大理事会の場において、きょう参考人として呼ばれています安部英氏によって、三千人に一人だという話を私は直接聞いています。たった三千人に一人の問題だ、だから心配する必要はないんだということを明確に安部氏は言っています。私はそのときに、本当にそうなのか。でも三千人に一人でもあったらそれはよくないんじゃないか、やはり一人でもあってはならないというふうになぜ考えていただけなかったのかというふうな思いがずっとしています。
 そして、今、厚生省は責任を認めて我々に対して謝罪したわけですけれども、恒久対策というものは余りにも不明確、不十分です。やはり、我々は生きるための方策として、先ほど東京原告団の方から言っていました治療センターの確立は確実にやっていただきたいということと、そして治療を受けられる環境をつくっていただきたい。それは生活支援も含めてそういう場をつくっていただきたいと思います。
 私たちはやはりこの被害を持ってこれからも生きていきたいし、当然自分の人生を歩みたいわけです。八三年の段階でしっかりと情報を公開してやっていただいたら、私はこの場でこういうふうな発言をする必要もなかったわけです。そして、エイズによって私たちの多くの仲間が死んでいく必要もなかったわけです。それが悔やまれて仕方がありません。
 なぜ薬害が起こるのか。スモン、サリドマイドと経験してきて二度と薬害を起こしませんという約束をしながらなぜこういうふうになるのかというところについては、非常に私は憤りと悔しさがあります。そういうことをどうか酌んでいただいて、真相究明という部分については徹底してやっていただきたいと思います。
 そして、一九八三年からずっときて一九八八年ですか、エイズ予防法のときにも私たちは大きく反対しました。そして、私たちに救済をしてほしいという要請をしてまいりました。その結果、今現在支給されています友愛財団からの給付というものができました。そのかわりエイズ予防法というものも通りました。このエイズ予防法に対しても、私は決して予防する目的ではなかったというふうに思います。それはあくまでも患者の口封じにしょせんすぎなかったというふうに思っています。
 なぜこういうことを言うかというと、我々はエイズ予防法を担当されていた厚生省の高級官僚の方々が、このエイズ予防法可決成立後に祝賀会というか、そういう慰労会を兼ねた席上で発言されたという内容を少し聞いています。その発言というのは、人間のごみの問題は終わった、次は本当のごみの問題に取り組むんだという当時の担当者の発言があったと、その席上。我々はごみなのか、人間扱いはされなかったのかという思いがひしひしとしています。その結果、私たちは裁判はするんだ、しないということはしないんだ、必ずやるんだという思いを当時しました。
 そして、当時の厚生省の血液事業対策室長ですか、の方は、あなたたち裁判できないでしょうということも言われました。プライバシーの問題からあなたたち裁判できないんでしょう、だからこういう救済でいいじゃないかみたいな、そういう話もされました。これは交渉の中で、実際私の前でそういう発言をされました。私たちは決して人間として扱われなかったんだなというふうに、当時悔しい、余りにも悔しいという思いがしています。
 そして、製薬企業もそうです。在庫を処理するという、今回資料の中にも出ています、在庫の数というものを処理するためにやったと。これは私たちは言っていました、在庫整理するためにやったんだろうと。在庫の売り上げと今後裁判でかかる費用とを計算したときにどっちが安くつくんだということで、彼らはそういう試算をした上でやったんじゃないのかと。その結果、裁判される方がはるかに安くつくという試算をしたんだろうというようなことを私たちは推測していましたけれども、今回の厚生省の資料にやはり在庫処理の資料がある程度出ています、在庫との兼ね合いが。
 やはり、そういうふうに我々は人ではなくて物、金もうけの道具程度にしか考えられなかった。また、厚生省としてはあくまでも我々を人間として扱わずに、そういう企業の営利目的のために使う物であって、たかが五千人という程度に考えたんじゃないかという思いがひしひしとしています。
 やはり、こういうような体質であれば、薬害の再発防止というものはただのうたい文句、お題目程度に終わってしまう。これではよくないと思います。やはり、実効性ある、具体的に二度と薬害を繰り返さないための厚生省なりの体質改善、また企業のそういう改善を法的に、またこういう国会で真相を究明する中で改善していただきたいと思います。
 そして、最後に申し上げますけれども、私たちは決して自分の命が終わったとは思ってはおりません。まだまだやることはあります。こういうことだけにかかわり合いたくないんです。私自身はそう思っています。やはり、治療に専念して、自分の人生というものをもう一度しっかりと歩んでいきたい。
 そのためにも生活支援を含めて恒久対策はしっかりやっていただきたいし、今支給されている五万円でどうやって生活するんだという意見も出ています、健康管理手当というものを。介護費用で十五万、これも発症基準というものがあってかなり厳しいです、はっきり言って。やはり、アメリカの新CDC基準であるCD4二百を切れば発病とみなして、そういうものの支給というものをぜひともやっていただきたい。そうでないと私たちは死んでも死に切れないし、何のために生まれてきたんだと。結局は企業、厚生省のそういう道具に使われていったのかという思いがどうしても抜けません。どうかその辺を御理解いただいて、その辺も含めて御検討いただければ幸いです。
 ありがとうございました。
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釘宮磐#12
○小委員長(釘宮磐君) ありがとうございました。
 次に、花井参考人にお願いいたします。
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花井十伍#13
○参考人(花井十伍君) きょうは、私のような者にこのような発言の機会を与えてくださって、ありがとうございます。
 私たち薬害によるHIV感染者は、いわば単なる病人にすぎません。本来、病人というものは治療に専念しながら平穏に生活する、これがあるべき姿だと思います。そして、単なる病人である私のような者がこのような場においてこのように話している、この現実は極めて異常なことだと思います。
 しかし、この異常なことというよりもはるかに異常な状況がこの国では行われていました。すなわち、国民の健康を守るべき厚生省は、一九八二、三年当時、非加熱血液製剤の危険性を熟知していながら何ら対策をとることなく放置したばかりでなく、ミドリ十字を初めとする被告製薬企業の利益を最優先する諸策を採用し、血友病患者及び非血友病患者の非加熱製剤使用者のHIV感染を拡大していきました。被告製薬企業は、非加熱製剤の危険性を私たち患者に隠したばかりではなく、むしろ積極的に安全キャンペーンを展開し、あまつさえ一九八五年加熱製剤の認可後も、回収どころか在庫処分に奔走していました。その結果、一九八八年までこの危険な非加熱製剤は使われ続けていました。
 私も八五年の冬、十二月に初めて加熱製剤を、ドクターからもう安心だよと言われた瞬間、私は今まで非加熱を使い続けていたという事実に震えました。すなわち、この薬害感染という事実、この責任を一切認めなかった国と製薬企業を相手に私たちは裁判を闘ってきたわけです。その間、国は目と鼻の先に明らかにある資料を、その存在はないと偽って一切提出してきませんでした。そのせいで裁判は長い時間を費やし、多くの仲間たちが死んでいきました。
 これらおおよそ人間の所業とは思えない異常な事態を訴えるために、裁判を闘い抜くために、恐らくは赤瀬さん、石田さんを初め家西団長や川田さんはみずからの病気を積極的に口に出して訴える、このような異常な形で闘ってこざるを得ませんでした。
 もちろん、そのような形でマスコミの前に姿をあらわしていない多くの原告被害者も、それぞれの極めて激烈な厳しい環境の中でぎりぎりの闘いを強いられてきたわけです。すなわち、この薬害の全体像、だれがいかなる責任を持って何を判断したのか、すべての関係者が、官僚、製薬企業の人間がどのような責任を持ってどのような判断をしたのか、これが究明されない限りやはりこの事件の全体像というのは決して明らかになっていかないと思います。
 先日、大臣を初め諸先生方の御協力もあって、裁判は和解が成立しました。厚生大臣は法的責任を認め、謝罪しました。被告企業も最終和解案の中で明確に法的責任を認め、謝罪しました。
 しかし、この異常な薬害事件によりHIVに感染した、そしてHIV感染症という病名の病人になった私たちは、診療拒否、就職差別、学校内での差別等、一病者として背負うには余りにも厳しい現実に長い間直面してきました。そして、和解が成立した現在においても、この現実というのは必ずしも改善されたとは言えません。
 一九八三年時点で日本に存在していた多くの血友病患者のHIV感染者の存在を、国みずからが招いた薬害の事実を隠ぺいするためになきものとして扱ってきた。そして、そのことが日本におけるHIV感染者の実態そのものを歪曲し、日本のエイズ政策そのものを大きく誤った方向に導く原因となったと考えています。
 患者の存在を無視した結果、治療よりも大きく予防に傾いた見当違いのキャンペーンは、むしろ予防という観点から見ても成功したとは言えません。また、典型的な重度のカポジ肉腫の映像で恐怖をあおったり、差別的にハイリスクグループを印象づける報道を助長し、感染者に対する差別をむしろ増長させる役割を国は果たしたと思います。
 国のエイズ対策、本当に必要だったエイズ対策、それは現に存在する病者である私たちに対する医療への取り組みだったはずです。しかし、その解怠は、本来、世間がたとえ差別その他さまざまな偏見を持ったとしても、論理的、冷静にこの病気を位置づけて対応できるはずの専門家たち、医療従事者、これらの人たちがきっちりオピニオンリーダーとして振る舞い、診療し、むしろ差別をその中からなくしていくという、そういう役割を担うことすら国の政策によって遮られていったんです。「正しい知識が差別をなくします」、このようなキャッチフレーズは、結果的にだれよりも正しい知識がある専門家集団によって否定されてきたわけです。
 例えば、きょうお配りした一九八三年五月二十五日付の資料があると思うんですけれども、そこに、血友病患者の扱い、すなわち血友病患者の感染は容認しつつ、社会防衛論の中で彼らは、彼らを管理する指針を決める、管理してどうにかなる、感染するのは仕方ないと、はなからもう感染は容認しつつ、我々は管理すればいいと。そういった国の体質、そういうあり方、それが医療の専門家たちにも伝播し、最終的には社会の体質にも伝播していった、そう断言できると思います。
 その間、多くの患者、感染者は十分な治療を受けないまま命を落としていきました。和解を機に、本当におくればせながら、治療センタープロジェクト、そして全国百八十八の拠点病院が選定されました。しかし、これは本当に遅過ぎました。既に四百人以上の仲間がこの世にいません。さらに、生存原告の平均CD4陽性細胞数も三百三十六個となっています。この現実を考えると、一刻の猶予もならない。この医療の充実、立ち上げということは、私たち感染被害者に残された最後の生きるチャンスだと了解しています。
 私たちが望んできたものは、いわば普通に診察券を出して普通に診療を受け、さらには必要があれば普通に入院したい、たったそれだけでした。
 しかし、この十年間、今まで言ったような国の政策により、全くそれは閉ざされてきました。余りにも遅過ぎた。しかし、今から全力を尽くして、僕ら感染被害者が生き残る道を何とか先生方の力で立ち上げに御協力をお願いしたいと思います。
 それと、そもそもこのような薬害を生んだ原因の一つに国の間違った血液行政のあり方というものがあったと思います。
 一九七五年以来、具申、答申等、数度にわたり国みずから国内自給を目指す血液事業の答申を出しておきながら何ら実行せず現在に至る、このような状況の中でやはりこのような薬害というのは引き起こされてきたと思います。
 現在、血液製剤、輸血に関しては国内血でほぼ一〇〇%賄われております。しかし、例えばアルブミンの自給率はまだ二〇%にすぎません。こういうことも含めて、この機会に日本の医療、血液行政、それの根本的見直しというものを考えていただきたい。
 これからなお医療はハイテク化、専門分化していきます。その中で、遺伝子治療、遺伝子製剤、そういったものがどんどん導入されていきます。
 その中で、やはり今までのような人間の命を人間とも思わないようなそんな行政のあり方、また医療現場のあり方、こんなものが続けば、幾ら法律とか制度とかをいじったところで絶対薬害というのはなくならないと思います。人の命を人の命として大切に思うというこの当たり前なこと、この基本的なことが守られるようなそんな医療行政、薬事行政、こういうものができて初めて薬害根絶というのはできるんだなとつくづく思います。
 ぜひとも先生方のお力でそういう業務行政、医療行政を推進していただきたい。私たち患者も命が続く限りそれに協力したいと思います。今までみたいに受け身の患者という立場ではなく、積極的にそれが治るんだったら幾らでも協力していく、そういう意気込みがあります。一緒につくり上げていきたいと思います。
 ありがとうございます。
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釘宮磐#14
○小委員長(釘宮磐君) ありがとうございました。
 次に、徳永参考人にお願いいたします。
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徳永信一#15
○参考人(徳永信一君) 私は、七年間薬害HIV訴訟を闘ってきた弁護士の一人として意見を述べさせていただきます。
 七年前、やむにやまれぬ気持ちで裁判に踏み切った経緯については先ほど家西代表の方から話があったと思います。
 裁判が始まった後、しかしながら厚生省の応訴態度というのは非常にひどいものでした。エイズというのは、当時対岸の火事であった、またエイズ研究班や血液製剤小委員会といった専門委員会を設けて検討した、そして最善を尽くしたんだと言うばかりであって、何ら真相を明らかにしようという姿勢を見せませんでした。我々弁護団の手元には、悲しいかな、ほとんど証拠らしい証拠がないというのが当時の実情でした。
 厚生省に対して、当時の専門委員会のあり方等について、また意思決定のプロセス等について、また厚住省が把握していた危険情報等について資料を明らかにしなさい、またはそのことについて事実関係を明確にしなさいと釈明を求めても、これに全く応じようとしませんでした。もちろんのこと、資料についてはそれがないというふうな対応を貫きました。
 私たちはやむを得ず、真実を求めてアメリカやヨーロッパといった外国に証拠、資料、情報を探しに行きました。そして、そこで情報公開に基づいて公開された公文書や製薬会社の内部資料、またアメリカのCDCの専門家の政府委員等に取材する等をし、また証人として日本に招請する等をし、真実を少しずつ明らかにし、結審にまで持ち込み、そして和解勧告にこぎつけたのでした。訴訟資料の、証拠書類のほとんどは外国の文献です。
 それと翻訳です。日本で起こった薬害の責任を問う裁判だということを考えれば、これは明らかに異様です。
 本年の二月、厚生省のロッカーの中から今までないと厚生省が言い続けてきた資料、議事録、そういったものが出てきたときには怒りよりも悲しさ、ないしはせつなさといったそういう感情を持ちました。ある種のそれは無力感だったように思います。ばかにされたのは患者、弁護士だけでなく、三権の一つであるはずの司法そのものが愚弄されたのです。七年間にわたる奔走は一体何だったのか。私たちにとって厚生省はアメリカやヨーロッパよりも遠い存在でした。
 当時の情報につきましては、なぜ感染の危機が迫っていたとき、それが明らかになりつつあったときにその危険情報が開示されなかったのか、私たちにはそれはわかりません。また、裁判で国が何をやってきたかということが問われているそのさなかであっても、そういった意思決定のプロセスに関する情報が開示されなかったということはなぜなのかわかりません。その求めている情報の内容はまさに薬品の危険に関すること、またはそれに対して政府がとった対応の政策決定についてのことです。なぜそれらのことが隠されたのか、いまだに納得できません。
 厚生省は、とりわけエイズ研究班、血液製剤小委員会、そういった専門委員会の結論があったんだということをその免責の口実にしています。他方、エイズ研究班、血液製剤小委員会の側は、自分たちは学問的研究を行うそういう委員会であるということをもってみずからの責任を逃れようとしています。
 そして、そこでいつ、何が、どういう資料に基づいていかなる議論がなされたかということについて、長い間隠されて明らかにされてきませんでした。専門家が専門知識と、そして専門家としての責任で検討したのであればどうしてそれが明らかにされなかったのか、いまだもって納得できません。
 厚生省では現在も私的、公的なものを含めて多数の専門委員会が開かれ、それぞれが政策決定に関与しています。そして、その多くは国民の健康や生命に直接、間接に関与するものです。
 しかし、だれが、一体どういう基準で、何を、どういう責任に基づいて、どういう議論をしているのか全くわからない状況です。厚生省に問い合わせましたところ、昨年、一体どれだけの数の諮問委員会、専門委員会が開かれたのかということについて尋ねましたけれども、厚生省はこれを把握していませんでした。現在のところ、厚生省があらかじめ出した結論、あらかじめ出したいと思っている結論についてお墨つきを与えて、その責任をあいまいにするブラックボックスとしての役割をそういった専門委員会が果たしているというふうに言わざるを得ません。
 政策決定にかかわる専門委員会のあり方、役割、そして責任、これらを明確にし、少なくとも事後的に情報公開を義務づける、そういうことによって国民の民主的な監視といったものが絶対必要だというふうに思います。
 本件では、これから参考人として証言されることになっている安部英氏がこの政策決定に大きくかかわっています。彼の行動は矛盾に満ちており、数々のなぞを秘めています。問題は、かかる人物によって政策決定がゆがめられたというのであれば、そのことを許したシステム自体が問われなければなりません。
 情報公開、専門家委員会のあり方と、そしてそれをめぐる責任の問題といったことを語りましたが、最後に、厚生省の現状の体質の問題について触れておきたいと思います。
 この裁判をめぐる報道の中で一番驚いたことは、一九八五年に加熱製剤が承認された後、その販売が開始された後もミドリ十字が非加熱製剤の出荷を継続していたということでした。厚生省が回収命令を出さずに企業の自主回収にゆだねるという政策をとったことがその原因でした。そのため、非加熱製剤はその後二年十カ月余りも市場で使われ、被害を拡大し、そして血友病患者ではない肝臓疾患の患者さん、そして新生児出血症の患者さん等にも被害が拡大していきました。
 これはなぜこういうことが起こったのか。今回明らかになった資料の中に、一九八三年十月にスクリーニングが未了の製剤についてどうするかということについて検討した報告があります。そこでは、スクリーニングが未了であってもそれが大量にある、そしてその金額は三十数億円に上るということを分析した後で、そのまま使用を継続するという結論がなされています。人命よりも企業の利益が優先されたとしか思えません。
 こうした方針がとられた背景には、厚生省が、国民の安全といった課題と同時に、企業の育成、企業の保護という目的も有しているという事実があると思います。国民の安全を守る役目を持つ者が同時に企業の保護という役割を持つとき、一たん薬害の問題が、そしてその危機が起こったときに両者の調整という見地で問題が解決されてきた、このことは本件の薬害を通じて一番明らかになった問題だと思います。厚生省の中に国民の安全を守るという立場の確立を求めます。
 現在、薬事法の改正ということも準備されているというふうに聞きますけれども、本件薬害がスモンの薬害を教訓にして改正された薬事法のもとで行われたということを決して忘れないでください。法律の改正だけではなく、それを運用する厚生省の体質といったものについて十分な検討が加えられなければ薬害の再発は防止できないと思います。
 情報公開、専門家委員会のあり方、厚生省のあり方、体質といったものについてるる述べてまいりました。関係者の個人責任については現在進行している刑事司法の場でその追及が進められていきます。しかしながら、薬害を生んだ構造そのものにメスを入れ、そして新たな制度改革を実現していくのは国会の場しかないと思います。薬害エイズ真相究明、そしてそれに基づく薬害再発の防止、そのことについての参議院に期待するところは大であります。
 よろしくお願いします。
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釘宮磐#16
○小委員長(釘宮磐君) ありがとうございました。
 以上で参考人からの意見の聴取は終わりました。
 参考人の方々に一言御礼を申し上げます。
 本日は、貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。
 本日は、質疑を行う機会がございませんでしたが、小委員会といたしましては、お述べいただきました御意見を参考としながら、今後の調査を進めてまいりたいと存じます。小委員会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。
 参考人の方々は御退席くださって結構でございます。
 速記をとめてください。
   〔速記中止〕
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釘宮磐#17
○小委員長(釘宮磐君) 速記を起こしてください。
    ―――――――――――――
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釘宮磐#18
○小委員長(釘宮磐君) それでは次に、参考人として、前帝京大学副学長の安部英君から御意見を承ることといたします。
 この際、参考人に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多用中のところ、当小委員会に御出席をいただき、ありがとうございました。
 当小委員会におきましては、薬害エイズ問題に関する調査を進めておりますが、本日は特に参考人から御意見を拝聴いたしたいと存じますので、よろしくお願いをいたします。
 この際、小委員各位に申し上げます。
 本日は、申し合わせの時間内で参考人に対し質疑を行うのでありますから、よろしく御協力をお願いいたします。
 また、参考人におかれましては、委員の質疑時間が限られておりますので、答弁は簡潔、明瞭にお願いいたします。
 それでは、参考人に対する質疑に入ります。
 まず、小委員長の私から参考人に対し質問をいたします。
 参議院の厚生委員会に薬害エイズ問題に関する小委員会が設置されましたのは、薬害エイズ事件の真相を究明することにより、薬害の再発を防止する観点から薬事行政のあり方等について調査検討するためであります。薬害の根絶を図ることは厚生行政の重要な課題であるとの認識のもとに、国会に当時の関係者を参考人としてお招きし、徹底的に真相を究明しようというものであります。
 さて、薬害エイズ事件には解明されなくてはならない多くの疑問があります。
 まず第一に、エイズウイルスに汚染されたおそれのある非加熱製剤をなぜ厚生省は使用を禁止しなかったのか。第二に、安全な加熱製剤への移行が急がれていたにもかかわらず、加熱製剤の臨床試験、いわゆる治験の開始がおくれたのはなぜか、またその治験に長期間を要することになったのはなぜか。第三に、加熱製剤の承認後も危険な非加熱製剤が回収されなかったのはなぜか。大別すると、以上三点であります。
 中でも、厚生省に「AIDSの実態把握に関する研究班」が設置された八三年当時、非加熱製剤は血友病患者の治療に用いられており、帝京大学では血友病の患者さんがエイズで亡くなられております。いわゆる帝京大症例と呼ばれる事例でありますが、当時この血友病患者さんがエイズと認定されていれば、その後の血友病患者への被害の拡大は防げたはずであります。
 そこで、研究班の班長で帝京大学症例の主治医でもある安部参考人にお伺いをいたしたいと思います。
 まず第一点でありますが、いわゆる帝京大症例について一九八三年当時エイズ研究班で議論が交わされ、結局この研究班では認定が見送られました。しかし、この研究班で検討された血友病患者の症例は一九八五年になってエイズ患者と認定されています。
 参考人は今でも、御自身のこの症例が研究班で討議された当時、エイズであったと考えていますか。また、どうしてこの症例がエイズ認定を見送られたのですか。その点についてお答えをいただきたいと思います。
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安部英#19
○参考人(安部英君) 委員長先生にお答えを申し上げさせていただきます前にお許しをいただきとうございます。
 私は、今お尋ねをいただきました患者さんを含めまして、長い間自分自身が治療をいたしてまいりました。例えば、あの症例などは三十年、家族的なつき合いもいたしてまいったわけでございます。そういう方に対して、私が行いました治療によりまして患者さんに感染を起こさせている、起きてしまったのでございます。私は本当に残念でたまりません。
 また、この感染をもとにして多くの患者さんがエイズを発症されておりまして、中にはお亡くなりになりました方さえもおられます。これは医者としてはまことに断腸の思いでございます。今、もしお許しがございましたならば、この場で私、この患者さん方に心からお見舞いを申し上げたい。それから、御本人様及び御家族の皆様に心からお悔やみを申し上げたいと思う次第でございます。
 ありがとうございました。
 さて、委員長先生の御質問でございますが、私の帝京大学症例が認められなかったのでということについて、今どのように思っておるかということでございますが、私はその当時エイズであると、エイズではないだろうかと非常に心配いたしておりました。現在の時点におきましてはそのHIVの感染を証明することができますので、今はエイズであると言っていいわけでございますが、その当時はHIVそのものがわかっていなかったものでございますから、私は心配はいたしておりましたけれども、これを科学的な認識をするという方法がなかったのでございます。そこは心配をして、それではないかということは十分に考えましたけれども、この裏づけはございませんでした。
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釘宮磐#20
○小委員長(釘宮磐君) それでは、引き続きお尋ねをいたします。
 スピラ認定についてお伺いをいたしたいと思います。
 一九八三年の八月、アメリカのCDCのエイズ診断の専門家であるトーマス・スピラ博士が来日いたしました。そのとき、安部先生の帝京大学の症例について診断を頼んでいますね。そのとき、スピラ博士は当症例についてエイズであると認定しました。それにもかかわらず、このスピラ認定は認められませんでした。どうして認められなかったのか。また、このとき認定を認めるとだれか困った人がいたのですか。それはだれですか。
 その点についてお伺いをしたいと思います。
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安部英#21
○参考人(安部英君) 認定が行われなかったというのは、日本式の診断基準と米国のCDCが決めておられます診断基準とに少し違いがございました。それが二つの国の間のエイズであるという認定の差が出た理由であると私は思います。
 それはそれぞれに理由がございますので、私としては、自分の考えとしては残念でございましたけれども、私は、先ほど委員長先生のお話しありましたように班長でございましたから、班長というのは班員の全体の意向を言わなきゃなりませんでしたので、これをそのままのんで了解いたしました。
 それから、だれか困った人がいるかという御質問でございましたが、私はそういう人はちょっと思いつきません。
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釘宮磐#22
○小委員長(釘宮磐君) それでは、続きましてギャロ氏の抗体検査についてお伺いしたいと思います。
 参考人は、八四年八月に帝京大学の血友病患者の血液をアメリカのウイルス学者ギャロ氏に送って抗体検査を依頼し、同年九月に四十八検体中二十三検体が抗体陽性であるとの結論を得ました。
 その件について、参考人は厚生省に報告をしたと述べておられますが、いつごろだれに報告をなさいましたか。また、この報告書の写しは今回発見されたファイルの中にもありますが、報告を受けた厚生省はなぜこれを無視したのでしょうか、お尋ねをいたしたいと思います。また、サーベイランス委員会はこのことを知っていたのですか。
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安部英#23
○参考人(安部英君) 私は年をとりましたので記憶が非常に悪くなりましたから、ちょっとその点は割り引きをしていただきたいと思うのでございますけれども、実は、とにかくどこかでこれは当然報告すべきであると思いまして、ちょうどそのときには先ほどお名前が出ました郡司課長さんに電話をいたしたように思います。
 けれども、ちょうどそのときは課長さんがおいでにならなかったんじゃなかったかと思うんでございますが、どなた様かがお出になって、私の要領を、内容をお話はいたしましたけれども、それではその書類をお送りしなさいというふうにお答えがあったのではないかと思います。
 私は、そういうことはあってもなくても、その書類、私の手紙が、向こうから来ました手紙がございますものですから、それをお届けいたしたのでございます。
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釘宮磐#24
○小委員長(釘宮磐君) 最後に、帝京大学の症例がエイズであるとエイズ研究班でそのとき認定されていたならば、その後血友病患者対策に変化があったというふうに思われますか。
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安部英#25
○参考人(安部英君) 委員長、それはちょっと私は何とも申し上げられません。
 けれども、私は自分の患者さんを、まさにこの非常な状況においでになることを、毎日毎日診療しておるわけでございますから、そしてこういう方が次から出てこられる可能性もあると思っておりましたから、これを何とかいい方法はないかと非常に悩みました。そして、多少心に思うこともあったのでございますけれども、しかし私の立場は研究をする人としての意見を求められているものと自分は理解しておりましたから、結局行政的なことは私には何にも言う権限もない、それは慎むべきであるとさえも自分ではちょっと思ったこともございまして、委員長先生のお尋ねにちょっとお答えができません。
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釘宮磐#26
○小委員長(釘宮磐君) 小委員長からの質問は以上でございます。
 それでは、参考人に対し質疑のある方は順次御発言願います。
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長峯基#27
○長峯基君 自民党の長峯基でございます。
 きょうは、わざわざ参考人として御足労いただきまして、ありがとうございます。
 いろいろ先生の過去の御業績、論文等拝見させていただきました。ただ、今は先生に対するいろいろな御批判とかあるようでございますので、名誉のためにもぜひ真実をお述べいただきたい、最初にお願いを申し上げておきます。
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安部英#28
○参考人(安部英君) はい、わかりました。
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長峯基#29
○長峯基君 今、小委員長の方から質問がございましたので重複を避けまして、ただ関連をまず最初に御質問申し上げたいと思います。
 ギャロ博士から四十八人中の二十三人が陽性であると、こういう結果をお知りになって、先生が血友病の専門家として、あるいは良識ある医師として、なぜこの結果を厚生省にちゃんと報告をし、あるいは治療方針を変更する、そういう方法をおとりにならなかったかが一点。それから、もう一点は患者さんにいわゆる告知ですね、当時はどのような御判断かわかりませんが、患者さんにお伝えになったのかどうか、二点についてお伺いいたします。
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