阿部正俊の発言 (厚生委員会薬害エイズ問題に関する小委員会)
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○阿部正俊君 次に、いわゆる今回のエイズ問題なんかについても議論されていますけれども、記録を隠したとか隠さないというふうな議論がどうしても表に出ますけれども、そもそも考えてみますと、こうした重要な政策決定が行われた場面であったにもかかわらず、議論に出てくる記録的なものは何か個人の備忘録のようなものが基礎になって論議がされている。非常に不確かで、ある意味での偏見的な要素が議論として出かねないようなあやふやな記録と言ってもいいのではないかなという気がするわけですけれども、これ自体を一つ私は残念に思います。
もう少し審議会等できちっとした専門家集団をもし仮に位置づけてやるとするならば、あわせて論議のシステムということにつきましても、当然のことですけれども公式の記録をつくり、過程を明らかにでき、すぐオープンにするかどうかはともかくとして、少なくとも事後的にきちっとトレースできる道筋をつけておくことは常識なんじゃないのかなと改めて思うんですけれども、その辺、今回のエイズ薬害問題についてのシステムとしての大変な反省点の一つなのではないかなと、こんなふうに私は思います。
同時に、先ほど光石参考人からもお話が出ましたけれども、いわゆる公開ということとの関連ですけれども、私は、一般論として行政決定システムをできるだけオープンにしましょうよというのはわからないではありませんけれども、同時に、政策決定のシステムがある程度公式にシステム化していなければ公開というのもなかなか容易じゃないというのも現実ではないか。
公開というのは、たどった経過を公式に残し、それをオープンにすることによってある意味での状況の確定というものを進めていくということにもつながるわけでございますので、私は、情報の公開というのは、意思決定なり政策決定なり、あるいは審議機関であるならば議事運営のシステム化というものと裏腹のものではないかなと、こんなふうな気がするわけです。
そうした、一つは意思決定をもう少し事後的にトレースできる仕掛けにするということ、それを前提にした上での公開ということをきちっと考えていくというふうな二点につきまして、井形参考人と高久参考人から御意見をちょうだいしたいと思いますけれども、いかがでございましょうか。