厚生委員会薬害エイズ問題に関する小委員会
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会
会議録情報#0
平成八年六月三日(月曜日)
午後一時一分開会
―――――――――――――
小委員の異動
五月十七日
辞任 常田 享詳君
五月三十一日
補欠選任 田浦 直君
―――――――――――――
出席者は左のとおり。
小委員長 釘宮 磐君
小委員
阿部 正俊君
石井 道子君
大島 慶久君
清水嘉与子君
長峯 基君
田浦 直君
水島 裕君
朝日 俊弘君
竹村 泰子君
西山登紀子君
事務局側
常任委員会専門
員 水野 国利君
参考人
自治医科大学長 高久 史麿君
国立療養所中部
病院・長寿医療
研究センター院
長 井形 昭弘君
弁 護 士 光石 忠敬君
東京都立駒込病
院感染症科医長 根岸 昌功君
東京大学医学部
感染制御学教授 木村 哲君
東京大学医科学
研究所助教授 岡 慎一君
―――――――――――――
本日の会議に付した案件
○参考人の出席要求に関する件
○薬害エイズ問題に関する件
―――――――――――――
この発言だけを見る →午後一時一分開会
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小委員の異動
五月十七日
辞任 常田 享詳君
五月三十一日
補欠選任 田浦 直君
―――――――――――――
出席者は左のとおり。
小委員長 釘宮 磐君
小委員
阿部 正俊君
石井 道子君
大島 慶久君
清水嘉与子君
長峯 基君
田浦 直君
水島 裕君
朝日 俊弘君
竹村 泰子君
西山登紀子君
事務局側
常任委員会専門
員 水野 国利君
参考人
自治医科大学長 高久 史麿君
国立療養所中部
病院・長寿医療
研究センター院
長 井形 昭弘君
弁 護 士 光石 忠敬君
東京都立駒込病
院感染症科医長 根岸 昌功君
東京大学医学部
感染制御学教授 木村 哲君
東京大学医科学
研究所助教授 岡 慎一君
―――――――――――――
本日の会議に付した案件
○参考人の出席要求に関する件
○薬害エイズ問題に関する件
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釘
釘宮磐#1
○小委員長(釘宮磐君) ただいまから厚生委員会薬害エイズ問題に関する小委員会を開会いたします。
まず、小委員の異動について御報告いたします。
委員の異動に伴い欠員となりました小委員の補欠として、去る五月三十一日、田浦直君が選任されました。
―――――――――――――
この発言だけを見る →まず、小委員の異動について御報告いたします。
委員の異動に伴い欠員となりました小委員の補欠として、去る五月三十一日、田浦直君が選任されました。
―――――――――――――
釘
釘宮磐#2
○小委員長(釘宮磐君) 参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
薬害エイズ問題に関する調査のため、本日、参考人として、自治医科大学長高久史麿君、国立療養所中部病院・長寿医療研究センター院長井形昭弘君、弁護士光石忠敬君、東京都立駒込病院感染症科医長根岸昌功君、東京大学医学部感染制御学教授木村哲君及び東京大学医科学研究所助教授岡慎一君の出席を求め、その意見を聴取することに御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
この発言だけを見る →薬害エイズ問題に関する調査のため、本日、参考人として、自治医科大学長高久史麿君、国立療養所中部病院・長寿医療研究センター院長井形昭弘君、弁護士光石忠敬君、東京都立駒込病院感染症科医長根岸昌功君、東京大学医学部感染制御学教授木村哲君及び東京大学医科学研究所助教授岡慎一君の出席を求め、その意見を聴取することに御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
釘
釘
釘宮磐#4
○小委員長(釘宮磐君) 薬害エイズ問題に関する件について調査を行います。
本日は、本件について参考人の方々から御意見を求めることといたしております。
まず、自治医科大学長の高久史麿君、国立療養所中部病院・長寿医療研究センター院長の井形昭弘君及び弁護士の光石忠敬君の三名に御出席をいただいております。
この際、参考人の方々に一言ごあいさつ申し上げます。
本日は、御多用のところ、当小委員会に御出席をいただき、まことにありがとうございました。
本日は、薬害の再発防止につきまして参考人の皆様から忌憚のない御意見をお伺いし、今後の調査の参考にいたしたいと存じますので、よろしくお願いいたします。
議事の進め方でございますが、まず、高久参考人、井形参考人及び光石参考人の順序で、お一人十分程度の御意見をお述べいただき、その後、各小委員の質疑にお答え願いたいと存じます。
なお、参考人の御発言は御着席のままで結構でございます。
それでは、高久参考人に御意見をお述べいただきたいと存じます。高久参考人。
この発言だけを見る →本日は、本件について参考人の方々から御意見を求めることといたしております。
まず、自治医科大学長の高久史麿君、国立療養所中部病院・長寿医療研究センター院長の井形昭弘君及び弁護士の光石忠敬君の三名に御出席をいただいております。
この際、参考人の方々に一言ごあいさつ申し上げます。
本日は、御多用のところ、当小委員会に御出席をいただき、まことにありがとうございました。
本日は、薬害の再発防止につきまして参考人の皆様から忌憚のない御意見をお伺いし、今後の調査の参考にいたしたいと存じますので、よろしくお願いいたします。
議事の進め方でございますが、まず、高久参考人、井形参考人及び光石参考人の順序で、お一人十分程度の御意見をお述べいただき、その後、各小委員の質疑にお答え願いたいと存じます。
なお、参考人の御発言は御着席のままで結構でございます。
それでは、高久参考人に御意見をお述べいただきたいと存じます。高久参考人。
高
高久史麿#5
○参考人(高久史麿君) 高久でございます。この場で薬害の再発防止について意見を述べよというお申し出でありますので、責任を持ってお答えしたいと思います。
最初に、これは皆さん御存じのことでありますけれども、薬というものは副作用を持っているということを前提にしてその開発、臨床治験、承認、市販後の調査を行うべきであるということであります。
そのためには、まず薬を開発する製薬企業の社内体制の整備というのが私は非常に重要ではないかと考えております。
その一つとして、専門家の活用ということが言われております。欧米諸国に比べますと、日本の製薬企業でメディカルドクター、MDが、医師が働いている比率というのは非常に少ない。これは、ドクターになりますとどうしても臨床の最前線で患者さんを診たいという希望の方が多いものですから、ある程度はやむを得ないと思うんですけれども、本来ならばもう少し医学の専門家が製薬企業の中で働いて、薬の開発に積極的に関与すべきじゃないかというふうに私は考えております。
さらに、もう一つの問題として、薬の臨床治験の内容をよくするためには製薬企業の役割は極めて重要でありますけれども、日本は欧米に、特にアメリカに比べますと治験の内容に対する製薬企業の発言権が弱いという印象を持っております。
これは、恐らく市販された後の販売のことなどを考えているんだと思いますけれども、アメリカでは企業が治験の進行に対してかなり大きな権限を持っておりまして、後で申し上げますGCPなどを実施しない医療機関に対しては製薬企業の方がむしろ断るというようなことが行われていますけれども、日本ではそのような権限は製薬企業は持っていない。私どもは、ある程度責任がある以上、製薬企業が治験に対してもう少し権限を持ってもいいんではないかというように考えております。
それから、これもよく言われていることでありますけれども、新しい薬剤の治験の実施に当たりましては、製薬企業、治験の依頼者と医療機関とそれから実際に治験を行う医師が、医薬品の臨床試験の実施に関する基準、これはGCPと言われておりまして、治験のデータの信頼性とそれから治験における患者さんの人権の保護ということをうたった基準でありますけれども、これについて十分にそれを守ることが非常に重要であると思っております。
それから、次に申し上げたいことは、治験が行われて、その後厚生省で審査を受けて承認を受けるわけでありますけれども、我が国の審査承認機構の一層の充実を図る必要があるというふうに考えております。例えば、今度薬事法の改正で改められたと思いますけれども、従来は、例えば企業が治験届を出しますと、三十日たちますと自動的に治験を開始することができると。今回、アメリカとほぼ同じように、我が国でも届け出の出た治験の計画に対して審査をして、場合によっては改正あるいは改定とか、あるいは治験そのものを停止させることができるようになりましたけれども、従来その機能が余り働いていなかったということが一つの問題点であると思います。
それから、各治験に関係する、これは業務局の審査課で行われるわけでありますけれども、それに該当する例えばアメリカのFDAの審査部門の担当者は、その審査に当たると同時に、専門家としての治験の内容の相談に当たっているわけでありますが、我が国ではそのような機構は全くございませんで、治験の依頼をする製薬企業とそれから治験の計画を立てて実施する治験の担当医師、それにすべてが任せられておりまして、最後に中央薬事審議会の調査部会で行われた治験の採否を決定するということになってきております。
このことに対しましては外資系の企業ではかなり不満がありまして、アメリカのFDAではかなりその審査の方で治験の内容に関する相談とか指導が行われているのに、日本ではそれが全く行われずに、最後になって可否が決まる。可の場合はいいんですけれども、否の場合には非常に膨大なお金を使ってそれがすべてだめになるということに対しての不満がありました。
今回の薬事法の改定で一応相談に応じるということになっているようでありますけれども、しかしながら、このような審査とか相談に応ずる担当の人の数を比較してみますと、例えばFDAでは千三百八十四人、ドイツでは五百人、イギリス二百四十四人、フランスでは百五十人という数になっていますけれども、それに当たる我が国の審査課はわずか三十八人と極めて少ないということになっております。この点なども非常に問題ではないかと思っています。
私個人の考えでは、業務局での審査に当たる人たちの人数をさらに強化する必要があるのではないか、特に医学とか薬学の専門家の数をふやすべきではないかというふうに考えております。それで、これは全くの素人の意見でありますけれども、外からの意見でありますけれども、そのような強化というのは厚生省の中の人事の配置ということだけでは恐らく不十分であって、むしろ私は各省庁間の人員の枠を一度全部外して、お役人全体の数の再配分ということをできればやっていただければありがたい。というのは、これは言うまでもないことでありますけれども、人口の高齢化とか、あるいは医療費の問題でありますとか、今回の薬害の問題などを考えますと、我が国の将来の厚生省の役割というのは今後ますます増大するんじゃないかと考えておりますけれども、そういう意味でも強化をする必要があるんではないかというふうに考えています。
そのほか、治験中、それから治験が終了した後の市販の際に起こった副作用を厚生省が速やかに入手して、かつそれを各医療機関の医師、薬剤師に直ちに伝達するシステムを構築する必要があると思います。また、副作用情報のデータベースもぜひつくる必要があると考えています。
さらに、治験を行う医師に治験の実施に関する基準、先ほど申し上げましたGCPでありますけれども、そういう基準に関しての研修などを行うとともに、治験を行う医療機関を限定して、その機関での体制の整備、それから人材の養成、治験事務局の整備、医薬品情報管理室の整備などを、これはお金がかかると思いますけれども、治験が正しく行われるためにはそういう整備がぜひ必要ではないかと考えております。
私の個人的な考えでは、今回の薬害エイズがなぜ起こったか、それはいろんな理由がたくさんあると思いますけれども、その一つには、現在の薬剤の治験審査・承認体制そのものにやはり原因となる欠陥があるのではないかというように考えておりまして、どういう欠陥があるかということを検討して、そういう欠陥が見出されたならば速やかに改めることが今後の薬害の再発の防止に最も重要であると考えております。
ちょうど時間になりましたので、これで終わらせていただきます。
どうもありがとうございました。
この発言だけを見る →最初に、これは皆さん御存じのことでありますけれども、薬というものは副作用を持っているということを前提にしてその開発、臨床治験、承認、市販後の調査を行うべきであるということであります。
そのためには、まず薬を開発する製薬企業の社内体制の整備というのが私は非常に重要ではないかと考えております。
その一つとして、専門家の活用ということが言われております。欧米諸国に比べますと、日本の製薬企業でメディカルドクター、MDが、医師が働いている比率というのは非常に少ない。これは、ドクターになりますとどうしても臨床の最前線で患者さんを診たいという希望の方が多いものですから、ある程度はやむを得ないと思うんですけれども、本来ならばもう少し医学の専門家が製薬企業の中で働いて、薬の開発に積極的に関与すべきじゃないかというふうに私は考えております。
さらに、もう一つの問題として、薬の臨床治験の内容をよくするためには製薬企業の役割は極めて重要でありますけれども、日本は欧米に、特にアメリカに比べますと治験の内容に対する製薬企業の発言権が弱いという印象を持っております。
これは、恐らく市販された後の販売のことなどを考えているんだと思いますけれども、アメリカでは企業が治験の進行に対してかなり大きな権限を持っておりまして、後で申し上げますGCPなどを実施しない医療機関に対しては製薬企業の方がむしろ断るというようなことが行われていますけれども、日本ではそのような権限は製薬企業は持っていない。私どもは、ある程度責任がある以上、製薬企業が治験に対してもう少し権限を持ってもいいんではないかというように考えております。
それから、これもよく言われていることでありますけれども、新しい薬剤の治験の実施に当たりましては、製薬企業、治験の依頼者と医療機関とそれから実際に治験を行う医師が、医薬品の臨床試験の実施に関する基準、これはGCPと言われておりまして、治験のデータの信頼性とそれから治験における患者さんの人権の保護ということをうたった基準でありますけれども、これについて十分にそれを守ることが非常に重要であると思っております。
それから、次に申し上げたいことは、治験が行われて、その後厚生省で審査を受けて承認を受けるわけでありますけれども、我が国の審査承認機構の一層の充実を図る必要があるというふうに考えております。例えば、今度薬事法の改正で改められたと思いますけれども、従来は、例えば企業が治験届を出しますと、三十日たちますと自動的に治験を開始することができると。今回、アメリカとほぼ同じように、我が国でも届け出の出た治験の計画に対して審査をして、場合によっては改正あるいは改定とか、あるいは治験そのものを停止させることができるようになりましたけれども、従来その機能が余り働いていなかったということが一つの問題点であると思います。
それから、各治験に関係する、これは業務局の審査課で行われるわけでありますけれども、それに該当する例えばアメリカのFDAの審査部門の担当者は、その審査に当たると同時に、専門家としての治験の内容の相談に当たっているわけでありますが、我が国ではそのような機構は全くございませんで、治験の依頼をする製薬企業とそれから治験の計画を立てて実施する治験の担当医師、それにすべてが任せられておりまして、最後に中央薬事審議会の調査部会で行われた治験の採否を決定するということになってきております。
このことに対しましては外資系の企業ではかなり不満がありまして、アメリカのFDAではかなりその審査の方で治験の内容に関する相談とか指導が行われているのに、日本ではそれが全く行われずに、最後になって可否が決まる。可の場合はいいんですけれども、否の場合には非常に膨大なお金を使ってそれがすべてだめになるということに対しての不満がありました。
今回の薬事法の改定で一応相談に応じるということになっているようでありますけれども、しかしながら、このような審査とか相談に応ずる担当の人の数を比較してみますと、例えばFDAでは千三百八十四人、ドイツでは五百人、イギリス二百四十四人、フランスでは百五十人という数になっていますけれども、それに当たる我が国の審査課はわずか三十八人と極めて少ないということになっております。この点なども非常に問題ではないかと思っています。
私個人の考えでは、業務局での審査に当たる人たちの人数をさらに強化する必要があるのではないか、特に医学とか薬学の専門家の数をふやすべきではないかというふうに考えております。それで、これは全くの素人の意見でありますけれども、外からの意見でありますけれども、そのような強化というのは厚生省の中の人事の配置ということだけでは恐らく不十分であって、むしろ私は各省庁間の人員の枠を一度全部外して、お役人全体の数の再配分ということをできればやっていただければありがたい。というのは、これは言うまでもないことでありますけれども、人口の高齢化とか、あるいは医療費の問題でありますとか、今回の薬害の問題などを考えますと、我が国の将来の厚生省の役割というのは今後ますます増大するんじゃないかと考えておりますけれども、そういう意味でも強化をする必要があるんではないかというふうに考えています。
そのほか、治験中、それから治験が終了した後の市販の際に起こった副作用を厚生省が速やかに入手して、かつそれを各医療機関の医師、薬剤師に直ちに伝達するシステムを構築する必要があると思います。また、副作用情報のデータベースもぜひつくる必要があると考えています。
さらに、治験を行う医師に治験の実施に関する基準、先ほど申し上げましたGCPでありますけれども、そういう基準に関しての研修などを行うとともに、治験を行う医療機関を限定して、その機関での体制の整備、それから人材の養成、治験事務局の整備、医薬品情報管理室の整備などを、これはお金がかかると思いますけれども、治験が正しく行われるためにはそういう整備がぜひ必要ではないかと考えております。
私の個人的な考えでは、今回の薬害エイズがなぜ起こったか、それはいろんな理由がたくさんあると思いますけれども、その一つには、現在の薬剤の治験審査・承認体制そのものにやはり原因となる欠陥があるのではないかというように考えておりまして、どういう欠陥があるかということを検討して、そういう欠陥が見出されたならば速やかに改めることが今後の薬害の再発の防止に最も重要であると考えております。
ちょうど時間になりましたので、これで終わらせていただきます。
どうもありがとうございました。
釘
井
井形昭弘#7
○参考人(井形昭弘君) 井形でございます。
私は、現在、国立中部病院・長寿医療研究センターの院長を務めておりますが、参考人として御指名をいただきまして、現在大きな社会問題になっている薬害エイズの問題につき、私の経験から若干の意見を申し上げたいと思います。
この問題は、先生方が御議論になっておられるように、結果的に多くの犠牲者を出したわけでありまして、二度と繰り返してはならないということは言うまでもなく、私どもを含めて大いに反省を要するところでありましょうが、今回の場合は明らかに対策の誤りがあったということは私たちも痛感しておるところであります。当時の知見の中でいかに的確な判断ができたか、どうすべきであったか、お薬はメリットとデメリットがあるわけで、その時々によって情報の正確度も変わっておるわけでありますが、それを的確に判断し対策をとる態度が、あるいはそれを保証するシステムが絶対必要であるということを痛切に感じています。
私は、実はスモンという薬害、これも二度と繰り返さないという厚生大臣のお約束で和解が成立したいきさつがございますが、に関係しておりました。
昭和二十九年ごろから約一万名の犠牲者が出て、結局昭和四十五年にキノホルムという整腸剤が原因であることが決定する前に、薬事審議会は疑わしきは罰するという法則で、当時は石館守三という会長さんだったんですが、この方のすぐれた英断によって即座に中止が決定しまして、その後の発症を見事に食いとめた経緯があります。これは当時の新聞にもかなり高く評価されたことは先生方の御記憶にあるとおりであろうかと思いますが、これに当たりまして、私どももキノホルムが原因だということは論文でも発表いたしましたし、それを受けて、もう亡くなられました新潟大学の椿教授は、直接に厚生省に対して危険であるから即刻販売を停止すべきであるという提言をされたわけであります。
これを受けまして、厚生省は直ちに中央薬事審議会に諮問されて、いろいろ調査は行われたわけでありますけれども、まだそのころはビールス説も生きており、結論が決定しない。大体クロという空気ではありましたけれども、正式結論が出ないうちに薬事審議会では販売停止を決定して、それを通告されたわけであります。これで多くの方が救われた。
こういう出来事を見ますと、スモンの問題と比べますと、新聞にも論評されたとおり、厚生省の中でも責任を十分感じ、しかも薬事審議会が、厚生省の諮問だけを受けるという受け身でなくて、積極的にこの問題に対処されたということは、言うならばやればできるというシステムで、今回のエイズの問題と比較しますと非常に際立ったコントラストが見られるように思います。この種の英断は今回のエイズの問題では見られなかったことは非常に残念だと思っております。
もう一つ私が経験しておりますのは、昭和四十六年に東京大学から鹿児島大学へ赴任いたしまして、そこで従来見たことのない新しい脊髄疾患を発見したわけであります。結局、紆余曲折を経ましてHTLVI、当時はエイズのことをHTLVⅢと呼んでおりましたが、レトロビールスによって起こるということを発見いたしまして、これが世界の奇病、熱帯痙性麻痺と同じ疾患であるということがわかりまして、世界のトピックになったわけであります。
我々がこの患者さんをたくさん診ておりますうちに、どうも手術の経歴の人がいやに多い、四〇%にも達するということを感じまして、調べてみますとやはり輸血が原因であると。そうすると、ビールス説で、ビールスによって起こる。これは、本来は成人丁細胞白血病という血液のがんを起こすビールスであったわけでありますが、学者もびっくりしたわけです。がんを起こすビールスが、障害部位も経過も全く違う神経疾患を起こすということでびっくりしたわけです。
こちらの成人丁細胞白血病の方はビールスによって起こりますけれども、潜伐期が非常に長いので、禁止したことによってどういうメリットが出たかということについてはまだはっきりはわかりませんが、脊髄疾患の方は輸血を受けましてから平均して二・七年に発病するということがわかっておりました。そこでこのことをランセットに発表いたしまして、なおかつ厚生省にお届けし、そして厚生省に的確な情報をお伝えしたわけであります。
当時は生物製剤課長が高橋透先生、京都大学を出られた先生でありますが、この方がその情報を聞かれて、即座に決断されて、その日のうちに、これは間接的に聞いたことですけれども、厚生次官までの了解を取りつけて輸血、献血のすべてにHTLVIの検査を実施するということを決定された。結果としては、昭和六十二年以降の輸血によるHAMの発病がゼロになった。非常に際立ったあれを経験しております。
もちろん絶対数が少ないですから、今日のエイズほどの大きな問題ではありませんけれども、こういう経験を見ますと、私どもから見れば、とにかく正確な情報が保証され、そして責任感ある人が立場に立てばいろんなことが先手先手と予防ができると。
ただ、すべてそれを善意に頼っているだけでは今回のような事件が起こるわけでありますから、したがって私どもは、こういう経験から言いますと、厚生省やあるいは学者の中から出た貴重な提言というものをそのまま受けとめて、しかも的確な判断ができるシステムが絶対不可欠で、今回の場合は研究班の性格も責任も不明確のまま過ぎましたし、現在もまだ責任の所在は私どもには余りはっきり見えてきておりませんが、そういう意味ではこのシステムの確立を強くお願い申し上げたいと思います。
もちろん、当時はスモンの後には薬剤の副作用防止基金もできましたし、それなりのいろいろ対策が講じられました。製薬会社の中にも、利益を上げるよりもむしろミスをしないということが会社の発展につながるという倫理観というか、そういうものが非常に強くなった時期があったと思いますが、これもやはりシステムでもっと保証しておくべきであったということを感じております。
厚生省は国民から預託された健康を守る責務とあれがありますから、そういう意味ではこれを保証する責務を担い、そして権限を付与したシステム、私はちょっと細かいことがよくわかりませんけれども、石館会長の英断から見れば、現在の中央薬事審議会にそういう権限と、それから諮問を受けるだけでなくて積極的にこの問題を何とかすべきだという提言権といいますか、もちろんいろいろあり得ることはあり得るんですけれども、そういうものを何かシステムとして保証しておけばこういう問題は起こらなかったんではないかというようなことを強く感じております。
それで、特に情報の収集ということについては、今コンピューターが発達しておりますから、副作用に関する情報は比較的早く、以前よりもずっと早く我々の耳に達します。ですけれども、やはり日本のシステムは、先ほど高久参考人が言われましたように、アメリカのFDAに比べますと非常に見劣りがする段階です。したがって、現在でもとにかく我々は副作用の情報を知る責務があるんですけれども、これを受けまして、非常に容易にいつでも必要な副作用情報を我々が入手できるというシステムが必要だと思いますが、ぜひシステムを入手していただきたいというふうに思います。
それから、私が申し上げたいことは、私自身の経験から申し上げて、もしかスモンのときの英断とそれを保証するシステムがあれば今回の薬害は少なくとも何分かは防止されたということを思いますし、またそれをやっておくべきだったということを強く感じておる次第であります。
終わります。
この発言だけを見る →私は、現在、国立中部病院・長寿医療研究センターの院長を務めておりますが、参考人として御指名をいただきまして、現在大きな社会問題になっている薬害エイズの問題につき、私の経験から若干の意見を申し上げたいと思います。
この問題は、先生方が御議論になっておられるように、結果的に多くの犠牲者を出したわけでありまして、二度と繰り返してはならないということは言うまでもなく、私どもを含めて大いに反省を要するところでありましょうが、今回の場合は明らかに対策の誤りがあったということは私たちも痛感しておるところであります。当時の知見の中でいかに的確な判断ができたか、どうすべきであったか、お薬はメリットとデメリットがあるわけで、その時々によって情報の正確度も変わっておるわけでありますが、それを的確に判断し対策をとる態度が、あるいはそれを保証するシステムが絶対必要であるということを痛切に感じています。
私は、実はスモンという薬害、これも二度と繰り返さないという厚生大臣のお約束で和解が成立したいきさつがございますが、に関係しておりました。
昭和二十九年ごろから約一万名の犠牲者が出て、結局昭和四十五年にキノホルムという整腸剤が原因であることが決定する前に、薬事審議会は疑わしきは罰するという法則で、当時は石館守三という会長さんだったんですが、この方のすぐれた英断によって即座に中止が決定しまして、その後の発症を見事に食いとめた経緯があります。これは当時の新聞にもかなり高く評価されたことは先生方の御記憶にあるとおりであろうかと思いますが、これに当たりまして、私どももキノホルムが原因だということは論文でも発表いたしましたし、それを受けて、もう亡くなられました新潟大学の椿教授は、直接に厚生省に対して危険であるから即刻販売を停止すべきであるという提言をされたわけであります。
これを受けまして、厚生省は直ちに中央薬事審議会に諮問されて、いろいろ調査は行われたわけでありますけれども、まだそのころはビールス説も生きており、結論が決定しない。大体クロという空気ではありましたけれども、正式結論が出ないうちに薬事審議会では販売停止を決定して、それを通告されたわけであります。これで多くの方が救われた。
こういう出来事を見ますと、スモンの問題と比べますと、新聞にも論評されたとおり、厚生省の中でも責任を十分感じ、しかも薬事審議会が、厚生省の諮問だけを受けるという受け身でなくて、積極的にこの問題に対処されたということは、言うならばやればできるというシステムで、今回のエイズの問題と比較しますと非常に際立ったコントラストが見られるように思います。この種の英断は今回のエイズの問題では見られなかったことは非常に残念だと思っております。
もう一つ私が経験しておりますのは、昭和四十六年に東京大学から鹿児島大学へ赴任いたしまして、そこで従来見たことのない新しい脊髄疾患を発見したわけであります。結局、紆余曲折を経ましてHTLVI、当時はエイズのことをHTLVⅢと呼んでおりましたが、レトロビールスによって起こるということを発見いたしまして、これが世界の奇病、熱帯痙性麻痺と同じ疾患であるということがわかりまして、世界のトピックになったわけであります。
我々がこの患者さんをたくさん診ておりますうちに、どうも手術の経歴の人がいやに多い、四〇%にも達するということを感じまして、調べてみますとやはり輸血が原因であると。そうすると、ビールス説で、ビールスによって起こる。これは、本来は成人丁細胞白血病という血液のがんを起こすビールスであったわけでありますが、学者もびっくりしたわけです。がんを起こすビールスが、障害部位も経過も全く違う神経疾患を起こすということでびっくりしたわけです。
こちらの成人丁細胞白血病の方はビールスによって起こりますけれども、潜伐期が非常に長いので、禁止したことによってどういうメリットが出たかということについてはまだはっきりはわかりませんが、脊髄疾患の方は輸血を受けましてから平均して二・七年に発病するということがわかっておりました。そこでこのことをランセットに発表いたしまして、なおかつ厚生省にお届けし、そして厚生省に的確な情報をお伝えしたわけであります。
当時は生物製剤課長が高橋透先生、京都大学を出られた先生でありますが、この方がその情報を聞かれて、即座に決断されて、その日のうちに、これは間接的に聞いたことですけれども、厚生次官までの了解を取りつけて輸血、献血のすべてにHTLVIの検査を実施するということを決定された。結果としては、昭和六十二年以降の輸血によるHAMの発病がゼロになった。非常に際立ったあれを経験しております。
もちろん絶対数が少ないですから、今日のエイズほどの大きな問題ではありませんけれども、こういう経験を見ますと、私どもから見れば、とにかく正確な情報が保証され、そして責任感ある人が立場に立てばいろんなことが先手先手と予防ができると。
ただ、すべてそれを善意に頼っているだけでは今回のような事件が起こるわけでありますから、したがって私どもは、こういう経験から言いますと、厚生省やあるいは学者の中から出た貴重な提言というものをそのまま受けとめて、しかも的確な判断ができるシステムが絶対不可欠で、今回の場合は研究班の性格も責任も不明確のまま過ぎましたし、現在もまだ責任の所在は私どもには余りはっきり見えてきておりませんが、そういう意味ではこのシステムの確立を強くお願い申し上げたいと思います。
もちろん、当時はスモンの後には薬剤の副作用防止基金もできましたし、それなりのいろいろ対策が講じられました。製薬会社の中にも、利益を上げるよりもむしろミスをしないということが会社の発展につながるという倫理観というか、そういうものが非常に強くなった時期があったと思いますが、これもやはりシステムでもっと保証しておくべきであったということを感じております。
厚生省は国民から預託された健康を守る責務とあれがありますから、そういう意味ではこれを保証する責務を担い、そして権限を付与したシステム、私はちょっと細かいことがよくわかりませんけれども、石館会長の英断から見れば、現在の中央薬事審議会にそういう権限と、それから諮問を受けるだけでなくて積極的にこの問題を何とかすべきだという提言権といいますか、もちろんいろいろあり得ることはあり得るんですけれども、そういうものを何かシステムとして保証しておけばこういう問題は起こらなかったんではないかというようなことを強く感じております。
それで、特に情報の収集ということについては、今コンピューターが発達しておりますから、副作用に関する情報は比較的早く、以前よりもずっと早く我々の耳に達します。ですけれども、やはり日本のシステムは、先ほど高久参考人が言われましたように、アメリカのFDAに比べますと非常に見劣りがする段階です。したがって、現在でもとにかく我々は副作用の情報を知る責務があるんですけれども、これを受けまして、非常に容易にいつでも必要な副作用情報を我々が入手できるというシステムが必要だと思いますが、ぜひシステムを入手していただきたいというふうに思います。
それから、私が申し上げたいことは、私自身の経験から申し上げて、もしかスモンのときの英断とそれを保証するシステムがあれば今回の薬害は少なくとも何分かは防止されたということを思いますし、またそれをやっておくべきだったということを強く感じておる次第であります。
終わります。
釘
光
光石忠敬#9
○参考人(光石忠敬君) 光石忠敬と申します。発言の機会を与えていただいて、感謝いたします。
もっとも、証人喚問じゃないということでちょっとほっとしておりますが、お手やわらかにお願いします。
次から次にこの日本で薬害が発生してきました。サリドマイド、スモン、クロロキン、薬害エイズ、ソリブジン等々。そのたびに再発防止が議論された。パッチワークのように継ぎはぎ継ぎはぎしながらしのいできたわけですけれども、どうやらこの日本のシステムは既に耐用年数が尽きて、そして無残な姿をさらしているのではないか。何か根本的な欠陥がこのシステムにあるのではないか。私はその問いを法律に関係する仕事をしている者の一人として皆さんの前でみずからに問い、そして考え方の筋道を示すことができればありがたいというふうに思っております。
薬害エイズ問題で、私はその被害の悲惨さ、不条理さに打ちのめされます。のみならず、かかわっていた医・薬・官・業の専門家たちの心が少しも患者の方に向かわなかった。患者の生命、健康、自己決定、そういうものに無関心であったように見えるその心のありようにも暗い衝撃を受けます。
多くの患者の方々が味わってこられた、そして現在も味わっておられる苦しみや痛み、それは私の想像を絶するものがあろうかと思いますけれども、それでも何か込み上げてくるものを抑えることができません。もし、私や私の家族が血友病患者で非加熱血液製剤のためにHIVに感染していたらと、そう考えるととても人ごととして、同情するような気持ち、そういう気持ちにはなれないんです。恐らくこれはここにおられる皆様方を初め、多くの方々が共有している感情ではないか、そういうふうに思います。
今回の薬害エイズ問題は、肝心なポイントについてその真相や責任の所在がいまだ明らかになっておりません。徹底的な真相の究明や責任の所在の明確化なしに再発防止はあり得ない、それは言うまでもないことです。
特に、関係者が意図的に資料を隠した疑いのある今回の事案では、行政の意思形成過程の情報を含めてすべての情報を提出させて、そしてやぶの中に持ち込んでうやむやにしようとする動きに対しては、食い違う陳述ごとに偽証罪の制裁を伴う対質というのがありますが、対質などを活用して真実に肉薄する方法、そういうものが検討されるべきではないか。そのためには、行政から独立して独自の権限を行使できる機関が、今回の薬害エイズ問題のみならず、将来の問題についても調査、検討し得るよう、恒常的に設置されなければならないのではないか。
専門学会が倫理判断を停止して自浄努力を果たしているとは言えない日本の医学界、科学界の現状にかんがみますと、科学的非行、サイエンティフィック・スコンタクトがもしあれば、それにふさわしい制裁を科する権限もこの機関に与えなければならないのではないかと、そんなことを考えています。
審議会や研究班などの権限と責任のあいまいさ、これが今回の問題で大きくクローズアップされました。それらをめぐって行政と学界とが互いに役割や権限や責任を押しつけ合って争っているように見えます。
私は、新しい医薬品を初めとして、新しい医療技術の有効性・安全性の評価は、本来国が責任を持って行うべき仕事で、そのための省庁横断的な本格的な国の評価機関が必要だと考えております。しかし、必ずしもそう考えない人たちでも、今の日本の医薬品審査承認システムは余りにも不十分だというふうに考えておるのではないでしょうか。審議会や調査会などに依存していて、いざというときに責任の所在がわからなくなる。どうしたらいいんでしょうか。
私は、審議会、研究班などが持っている情報は国民の情報である、そう考えて、国民の知る権利に基づいて審議や資料を徹底的に公開するということだと思います。
今、新しい民事訴訟法案が衆議院で審議されておりますが、私は文書提出義務規定に重大な関心を寄せている者の一人ですが、官公庁文書の取り扱いについて今回の薬害エイズ問題から何も学ばないような、そういう逆行と思われるような考え方が見られるのは不可解と言うほかありません。
今回の薬害エイズ問題は、来るべき情報公開法の審議に対して貴重な判断材料を与えてくれていると思います。殊に適用除外情報、こういうことは適用しなくてよろしいという適用除外情報に関して少なくとも次の二つを学ぶことができるのではないか。
第一は、企業情報のうち適用除外とするものから、人の生命または身体の安全、健康の保持に影響を及ぼすおそれがある情報は除くべきということです。人の生命、身体、健康の保護に優越する企業利益というものは考え得ないから、このような情報は企業の不利益になっても公開すべきだからです。
第二は、行政情報のうち適用除外とするものに意思形成過程情報を一律に含めるべきではない、少なくとも事実資料、コメントに関する資料ではないんですが、少なくとも事実資料に関する部分は公開されるべきだというふうに思います。
情報を持つ者は常に持たぬ者を支配する、それゆえ、みずからの支配者であらんとする人民は知識の力によってみずからを武装しなければならないというのはアメリカ憲法起草者の一人のジェームズ・マディソンの言葉ですけれども、医療の現場で弱い立場に置かれる患者にとって、これらの情報が公開されることは、インフォームド・コンセントないしインフォームド・チョイスがその本来の役割を全うするために必要にして不可欠な土台だというふうに考えます。
そういう意味で、私は、薬害エイズの被害者は、患者の選択権、そしてその前提となる知る権利を奪われてきたのではないかと思います。従来どおりの治療を続けることによって血友病の止血効果は保たれるにしても、HIV感染の危険性、可能性があるかどうかを知ることができたのではないか。行政情報が意思形成過程を含めて透明であれば、そして政策決定において肝心の当事者である患者の代表が加わっていれば、エイズの危険性を専門家とともに知ることができたのではないか。HIV感染の危険性を知っていれば、従来どおりの治療を続けるかそれ以外の治療法に切りかえるかの患者としての選択権を行使できたはずではないかというふうに考えるんです。
こういう国民の知る権利に基づく情報公開法や患者の権利を守る法律が本来あるべきなのに、日本には存在しないということが患者の苦しみを増大させてきたことではなかったかというふうに思うのであります。
また、ちなみに薬事法というのは、医薬品という物をつくったり売ったりする行為や事業をコントロールして保護する、要するに薬事行政の基本となる法律です。
日本の行政は、財貨やサービスを製造したり提供したりする者をコントロールする、そして保護するということには熱心です。しかし、財貨やサービスの消費者を保護することに目が行き届かない。これは何も厚生省に限ったことではありません。厚生行政に医療サービスの受給者たる患者を保護する法律上の根拠がないといえばないのであります。個々の国民がこうむる具体的な損害の防止、救済を制度の直接的な目的とするものではないというのが薬事法の性格についての国側の主張ですけれども、もしそうなら、なおのこと情報公開法や患者の権利保護法をつくることは焦眉の急だと言わなければなりません。
また、私は、薬害エイズの被害者は、HIV感染の危険のある治療法に不必要に長くさらされ続けたのではないか、そういうふうに思います。海外で製造された加熱血液製剤の治験が、日本の製薬企業から多額の寄附を受けたとされる学界の権威者の裁量で調整され、おくらせられて、その結果、加熱血液製剤の日本への輸入承認がおくれ、HIVに感染する患者を増大させたのではないかという疑いがあるからです。
医師には、伝統的な医師としての使命、すなわち一人一人の患者の健康を守るということと、研究者としての使命、すなわち人々の健康を守るということとがあります。そして、研究者の立場と伝統的な医師の立場の両方を兼ねて、医師は治験を初めとする臨床医学研究を行っています。
しかし、製薬企業の委託に基づく治験を患者を被験者として行う以上、製薬企業から研究者としての医師や医療機関に支払われる金銭その他の経済的利益の妥当性についても、ほかの事項とともに独立かつ公正な審査機関が審査する制度を確立しないと、被験者の権利は守られません。
研究者として振る舞う医師とて人間ですから、まして多額の経済的利益が関係してくると、真理を決して曲げないという保証はなく、ここは科学を社会が制御するという観点からの評価が必要だと思います。適正な臨床医学研究は必要不可欠ですから、基本的には被験者保護法、被験者の権利を保護する法律によってコントロールするのが合理的だと思います。もちろん、この問題は一業務局とか一健康政策局とか一厚生省とかという枠を越えておりまして、文部省、科学技術庁などにもまたがる全国家的な仕事が既に必要になっているというふうに考えます。
そういうわけで、私の結論は、独立した独自の権限を有する機関による徹底的な真相の究明と責任の所在の明確化を実践していくこと、そして国民の知る権利にしっかりと裏打ちされた情報公開法、そして患者、被験者の権利保護法、これらを創造することが日本のシステムをよみがえらせるための呼び水の役目を果たすのではないかというふうに思います。
御清聴ありがとうございました。
この発言だけを見る →もっとも、証人喚問じゃないということでちょっとほっとしておりますが、お手やわらかにお願いします。
次から次にこの日本で薬害が発生してきました。サリドマイド、スモン、クロロキン、薬害エイズ、ソリブジン等々。そのたびに再発防止が議論された。パッチワークのように継ぎはぎ継ぎはぎしながらしのいできたわけですけれども、どうやらこの日本のシステムは既に耐用年数が尽きて、そして無残な姿をさらしているのではないか。何か根本的な欠陥がこのシステムにあるのではないか。私はその問いを法律に関係する仕事をしている者の一人として皆さんの前でみずからに問い、そして考え方の筋道を示すことができればありがたいというふうに思っております。
薬害エイズ問題で、私はその被害の悲惨さ、不条理さに打ちのめされます。のみならず、かかわっていた医・薬・官・業の専門家たちの心が少しも患者の方に向かわなかった。患者の生命、健康、自己決定、そういうものに無関心であったように見えるその心のありようにも暗い衝撃を受けます。
多くの患者の方々が味わってこられた、そして現在も味わっておられる苦しみや痛み、それは私の想像を絶するものがあろうかと思いますけれども、それでも何か込み上げてくるものを抑えることができません。もし、私や私の家族が血友病患者で非加熱血液製剤のためにHIVに感染していたらと、そう考えるととても人ごととして、同情するような気持ち、そういう気持ちにはなれないんです。恐らくこれはここにおられる皆様方を初め、多くの方々が共有している感情ではないか、そういうふうに思います。
今回の薬害エイズ問題は、肝心なポイントについてその真相や責任の所在がいまだ明らかになっておりません。徹底的な真相の究明や責任の所在の明確化なしに再発防止はあり得ない、それは言うまでもないことです。
特に、関係者が意図的に資料を隠した疑いのある今回の事案では、行政の意思形成過程の情報を含めてすべての情報を提出させて、そしてやぶの中に持ち込んでうやむやにしようとする動きに対しては、食い違う陳述ごとに偽証罪の制裁を伴う対質というのがありますが、対質などを活用して真実に肉薄する方法、そういうものが検討されるべきではないか。そのためには、行政から独立して独自の権限を行使できる機関が、今回の薬害エイズ問題のみならず、将来の問題についても調査、検討し得るよう、恒常的に設置されなければならないのではないか。
専門学会が倫理判断を停止して自浄努力を果たしているとは言えない日本の医学界、科学界の現状にかんがみますと、科学的非行、サイエンティフィック・スコンタクトがもしあれば、それにふさわしい制裁を科する権限もこの機関に与えなければならないのではないかと、そんなことを考えています。
審議会や研究班などの権限と責任のあいまいさ、これが今回の問題で大きくクローズアップされました。それらをめぐって行政と学界とが互いに役割や権限や責任を押しつけ合って争っているように見えます。
私は、新しい医薬品を初めとして、新しい医療技術の有効性・安全性の評価は、本来国が責任を持って行うべき仕事で、そのための省庁横断的な本格的な国の評価機関が必要だと考えております。しかし、必ずしもそう考えない人たちでも、今の日本の医薬品審査承認システムは余りにも不十分だというふうに考えておるのではないでしょうか。審議会や調査会などに依存していて、いざというときに責任の所在がわからなくなる。どうしたらいいんでしょうか。
私は、審議会、研究班などが持っている情報は国民の情報である、そう考えて、国民の知る権利に基づいて審議や資料を徹底的に公開するということだと思います。
今、新しい民事訴訟法案が衆議院で審議されておりますが、私は文書提出義務規定に重大な関心を寄せている者の一人ですが、官公庁文書の取り扱いについて今回の薬害エイズ問題から何も学ばないような、そういう逆行と思われるような考え方が見られるのは不可解と言うほかありません。
今回の薬害エイズ問題は、来るべき情報公開法の審議に対して貴重な判断材料を与えてくれていると思います。殊に適用除外情報、こういうことは適用しなくてよろしいという適用除外情報に関して少なくとも次の二つを学ぶことができるのではないか。
第一は、企業情報のうち適用除外とするものから、人の生命または身体の安全、健康の保持に影響を及ぼすおそれがある情報は除くべきということです。人の生命、身体、健康の保護に優越する企業利益というものは考え得ないから、このような情報は企業の不利益になっても公開すべきだからです。
第二は、行政情報のうち適用除外とするものに意思形成過程情報を一律に含めるべきではない、少なくとも事実資料、コメントに関する資料ではないんですが、少なくとも事実資料に関する部分は公開されるべきだというふうに思います。
情報を持つ者は常に持たぬ者を支配する、それゆえ、みずからの支配者であらんとする人民は知識の力によってみずからを武装しなければならないというのはアメリカ憲法起草者の一人のジェームズ・マディソンの言葉ですけれども、医療の現場で弱い立場に置かれる患者にとって、これらの情報が公開されることは、インフォームド・コンセントないしインフォームド・チョイスがその本来の役割を全うするために必要にして不可欠な土台だというふうに考えます。
そういう意味で、私は、薬害エイズの被害者は、患者の選択権、そしてその前提となる知る権利を奪われてきたのではないかと思います。従来どおりの治療を続けることによって血友病の止血効果は保たれるにしても、HIV感染の危険性、可能性があるかどうかを知ることができたのではないか。行政情報が意思形成過程を含めて透明であれば、そして政策決定において肝心の当事者である患者の代表が加わっていれば、エイズの危険性を専門家とともに知ることができたのではないか。HIV感染の危険性を知っていれば、従来どおりの治療を続けるかそれ以外の治療法に切りかえるかの患者としての選択権を行使できたはずではないかというふうに考えるんです。
こういう国民の知る権利に基づく情報公開法や患者の権利を守る法律が本来あるべきなのに、日本には存在しないということが患者の苦しみを増大させてきたことではなかったかというふうに思うのであります。
また、ちなみに薬事法というのは、医薬品という物をつくったり売ったりする行為や事業をコントロールして保護する、要するに薬事行政の基本となる法律です。
日本の行政は、財貨やサービスを製造したり提供したりする者をコントロールする、そして保護するということには熱心です。しかし、財貨やサービスの消費者を保護することに目が行き届かない。これは何も厚生省に限ったことではありません。厚生行政に医療サービスの受給者たる患者を保護する法律上の根拠がないといえばないのであります。個々の国民がこうむる具体的な損害の防止、救済を制度の直接的な目的とするものではないというのが薬事法の性格についての国側の主張ですけれども、もしそうなら、なおのこと情報公開法や患者の権利保護法をつくることは焦眉の急だと言わなければなりません。
また、私は、薬害エイズの被害者は、HIV感染の危険のある治療法に不必要に長くさらされ続けたのではないか、そういうふうに思います。海外で製造された加熱血液製剤の治験が、日本の製薬企業から多額の寄附を受けたとされる学界の権威者の裁量で調整され、おくらせられて、その結果、加熱血液製剤の日本への輸入承認がおくれ、HIVに感染する患者を増大させたのではないかという疑いがあるからです。
医師には、伝統的な医師としての使命、すなわち一人一人の患者の健康を守るということと、研究者としての使命、すなわち人々の健康を守るということとがあります。そして、研究者の立場と伝統的な医師の立場の両方を兼ねて、医師は治験を初めとする臨床医学研究を行っています。
しかし、製薬企業の委託に基づく治験を患者を被験者として行う以上、製薬企業から研究者としての医師や医療機関に支払われる金銭その他の経済的利益の妥当性についても、ほかの事項とともに独立かつ公正な審査機関が審査する制度を確立しないと、被験者の権利は守られません。
研究者として振る舞う医師とて人間ですから、まして多額の経済的利益が関係してくると、真理を決して曲げないという保証はなく、ここは科学を社会が制御するという観点からの評価が必要だと思います。適正な臨床医学研究は必要不可欠ですから、基本的には被験者保護法、被験者の権利を保護する法律によってコントロールするのが合理的だと思います。もちろん、この問題は一業務局とか一健康政策局とか一厚生省とかという枠を越えておりまして、文部省、科学技術庁などにもまたがる全国家的な仕事が既に必要になっているというふうに考えます。
そういうわけで、私の結論は、独立した独自の権限を有する機関による徹底的な真相の究明と責任の所在の明確化を実践していくこと、そして国民の知る権利にしっかりと裏打ちされた情報公開法、そして患者、被験者の権利保護法、これらを創造することが日本のシステムをよみがえらせるための呼び水の役目を果たすのではないかというふうに思います。
御清聴ありがとうございました。
釘
阿
阿部正俊#11
○阿部正俊君 三十分少してございますけれども、私の方から参考人の方々に薬害の再発防止というふうな観点から、原因究明というふうなこともさることながら、特にこれから先の形、体制、システムをどういうふうにつくっていったらいいのかというところを積極的に論議されてほしいというふうに思いますので、参考人の方々に幾つかの点で御意見をお伺いしたいと、こんなふうに思います。特に高久参考人、井形参考人、お二人にお話をお伺いすることになると思いますけれども、よろしくお願いします。
私の認識といいましょうか、先ほど高久参考人からは体制の問題について触れられました。それから井形参考人からはいわばシステムの問題について触れられました。そのとおりだと思います。
この辺につきまして、具体的というとなかなか難しいのですけれども、もう少し観点を幾つかに絞りながら、より具体的な提案に迫るような意味でお話をお伺いしてみたいと、こんなふうに思います。
最初に、具体的な話に入る前に、既に触れられましたけれども、今回の薬害エイズ問題をめぐるさまざまな問題なりその後の展開を考えますと、私が一番ひっかかりますのは、いわゆる研究班という形で問題が論議され、かつその舞台ですべて完結するような形で判断が行われた、それの判断を前提にして幾つかの政策決定がなされた、こんなふうなことなんだろうと思うんです。
そもそも研究班というのは何なのかということが、まあ日本的といえば日本的かもしれませんけれども、極めてあやふやな形でございますし、形としても生物製剤課長の一諮問機関といいましょうか、招集した研究班ということになりますと、意思決定システムの重要な部分を形づくるものがそういういわばあやふやな研究班という形で行われたということにつきまして、あるいはそうせざるを得なかったということにつきまして、私どもとしても反省しなきゃいけませんし、その辺からの吟味をすることによってこれからの展望を切り開いていくことにするべきじゃないのかなと、こんなふうに思うわけです。
最初に、そうしたふうな研究班で行ったということにつきまして、井形参考人と高久参考人から一言ずつ、感想的なことで結構ですが、御意見をちょうだいできればと思います。
この発言だけを見る →私の認識といいましょうか、先ほど高久参考人からは体制の問題について触れられました。それから井形参考人からはいわばシステムの問題について触れられました。そのとおりだと思います。
この辺につきまして、具体的というとなかなか難しいのですけれども、もう少し観点を幾つかに絞りながら、より具体的な提案に迫るような意味でお話をお伺いしてみたいと、こんなふうに思います。
最初に、具体的な話に入る前に、既に触れられましたけれども、今回の薬害エイズ問題をめぐるさまざまな問題なりその後の展開を考えますと、私が一番ひっかかりますのは、いわゆる研究班という形で問題が論議され、かつその舞台ですべて完結するような形で判断が行われた、それの判断を前提にして幾つかの政策決定がなされた、こんなふうなことなんだろうと思うんです。
そもそも研究班というのは何なのかということが、まあ日本的といえば日本的かもしれませんけれども、極めてあやふやな形でございますし、形としても生物製剤課長の一諮問機関といいましょうか、招集した研究班ということになりますと、意思決定システムの重要な部分を形づくるものがそういういわばあやふやな研究班という形で行われたということにつきまして、あるいはそうせざるを得なかったということにつきまして、私どもとしても反省しなきゃいけませんし、その辺からの吟味をすることによってこれからの展望を切り開いていくことにするべきじゃないのかなと、こんなふうに思うわけです。
最初に、そうしたふうな研究班で行ったということにつきまして、井形参考人と高久参考人から一言ずつ、感想的なことで結構ですが、御意見をちょうだいできればと思います。
高
高久史麿#12
○参考人(高久史麿君) 意見を申し上げさせていただきます。
今、阿部先生の方から、今回のような極めて重要な問題の決定が、課長がつくられた研究班の答申といいますか、そういう形でなされたというのは非常に問題ではないかとおっしゃいました。私も、まさにそのとおりでありまして、なぜ研究班と呼んで委員会と呼ばなかったか、そこのところがよくわからないのであります。
委員会とか研究班というのは、私の理解では最終的な決定権を持っていないのではないか、むしろ行政に対してアドバイスをするという機能を私は持っているのではないかというふうに考えておりました。そういう考えで今までも委員会などに参加していたわけでありますけれども、しかし今回は、非加熱製剤の中止とかあるいは加熱製剤の緊急輸入というような極めて重要な問題の決定をこういう研究班でやったということも今回の非常に不幸な事件の一つの大きな原因ではないかというふうに考えております。
この発言だけを見る →今、阿部先生の方から、今回のような極めて重要な問題の決定が、課長がつくられた研究班の答申といいますか、そういう形でなされたというのは非常に問題ではないかとおっしゃいました。私も、まさにそのとおりでありまして、なぜ研究班と呼んで委員会と呼ばなかったか、そこのところがよくわからないのであります。
委員会とか研究班というのは、私の理解では最終的な決定権を持っていないのではないか、むしろ行政に対してアドバイスをするという機能を私は持っているのではないかというふうに考えておりました。そういう考えで今までも委員会などに参加していたわけでありますけれども、しかし今回は、非加熱製剤の中止とかあるいは加熱製剤の緊急輸入というような極めて重要な問題の決定をこういう研究班でやったということも今回の非常に不幸な事件の一つの大きな原因ではないかというふうに考えております。
井
井形昭弘#13
○参考人(井形昭弘君) ただいまの御質問でありますが、結論から言うと、研究班によって政策を決定したということについては残念ながらまずいということをはっきり申し上げたいと思います。
というのは、この研究班という流れが、もとは実はスモンあたりにあるんですね。スモンは、研究班を組織したときに全国の専門家を集めて、そして一つの病気としては異例の研究費をつけて原因究明に三年間で成功した。それから研究班というのはそういうことをするものを言うと。もちろん、文部省とかそういうところには別に研究班がありますけれども。でありますから、そういう意味ではもっと責任と権限をはっきりさせておくべきだったということを思います。
それからもう一つは、私の口から言うのはおかしいんですけれども、日本の医学界というのは、どうも私の感じでは社会性が少ない。こういう問題についてもっと学会で積極的に発言し、先ほど光石先生が言われたようなことについても我々の意見を述べたりすることがあってもいいと思うんですけれども、どうもアカデミックなものは社会的なものにそぐわないという空気が長くあります。本来ならば、こういうことをどうするかということをそれぞれ専門の学会にかけて、そして学会の正式の答申を求めればそれが最もベストなあれであるし、またそれについての学者としての責任が十分持ち得るんであろうと、理論的にはですね。それはできませんから、ですからその研究班の人選が厚生省によって恣意的になされるということもまた問題であったと思います。
したがって、私は、研究班をつくるにしましても、もっと責任と権限を明確に示して、なおかつ研究班の成果についてもっと高い立場の学会全体あるいは中央薬事審議会、そういうところからのチェック機構を備えておくべきだったというふうに思います。
この発言だけを見る →というのは、この研究班という流れが、もとは実はスモンあたりにあるんですね。スモンは、研究班を組織したときに全国の専門家を集めて、そして一つの病気としては異例の研究費をつけて原因究明に三年間で成功した。それから研究班というのはそういうことをするものを言うと。もちろん、文部省とかそういうところには別に研究班がありますけれども。でありますから、そういう意味ではもっと責任と権限をはっきりさせておくべきだったということを思います。
それからもう一つは、私の口から言うのはおかしいんですけれども、日本の医学界というのは、どうも私の感じでは社会性が少ない。こういう問題についてもっと学会で積極的に発言し、先ほど光石先生が言われたようなことについても我々の意見を述べたりすることがあってもいいと思うんですけれども、どうもアカデミックなものは社会的なものにそぐわないという空気が長くあります。本来ならば、こういうことをどうするかということをそれぞれ専門の学会にかけて、そして学会の正式の答申を求めればそれが最もベストなあれであるし、またそれについての学者としての責任が十分持ち得るんであろうと、理論的にはですね。それはできませんから、ですからその研究班の人選が厚生省によって恣意的になされるということもまた問題であったと思います。
したがって、私は、研究班をつくるにしましても、もっと責任と権限を明確に示して、なおかつ研究班の成果についてもっと高い立場の学会全体あるいは中央薬事審議会、そういうところからのチェック機構を備えておくべきだったというふうに思います。
阿
阿部正俊#14
○阿部正俊君 もう少し具体的に入り込んでみたいと思うわけでございますが、先ほどから高久参考人からも、ヨーロッパなんかと比べていわゆる審査体制についてのお話があったわけでございますけれども、日本の形をどうつくっていくのか、意見としてはさまざまあると思います。
お二人からも少しずつ話が出てまいっておりますけれども、いわば薬の問題につきましては我が国では、専門家の集団といいましょうか、機構として中央薬事審議会があるわけでございます。この辺を全く度外視して全く新しいシステムというのも言うべくしてどうかなという気がしますし、かなり思い切って中央薬事審議会のそこをベースにしてそれの機能というものを強化していくといいましょうか、というふうな中から新しいシステムを構築していくというのが実際的な方向なんじゃないかなと、こんなふうに思いますので、この辺につきましてお伺いしたいと思います。
先ほどからお話としても出てまいっておりますけれども、薬というのはプラス面、ベネフィットと、あとマイナス面、リスクが常につきまとう中で何がしかの判断をして、科学としての判断、それから社会的な面も含めた判断、それを行った上での政策決定、こういうふうになっていくんだと思うのでございます。それで、少し問題があるから先送りだということが許されない面もいわば医療というものの特性なのかな、それに大きな支えになる医薬品の持つべき役目ではないか、こう思いますので、言ってみれば常識的な判断というだけではなくて、かなり精密な判断というのが要求されるのが一般的だろうと思うんです。
そういうふうな目から見ますと、現在の中央薬事審議会は実質的にかなり専門的な判断を行う機関である。にもかかわらず、一面では、法律上はというふうに見ますと、いわば単なる審議機関、諮問機関といいましょうか、「厚生大臣の諮問に応じ、」「調査審議させるため、厚生省に中央薬事審議会を置く。」ということしか、いわば法律的な体系ではそれしかないわけです。言ってみれば、先ほど研究班につきまして非常に不十分だというふうなお話がございましたけれども、ある意味では研究班とそう違わない法体系になっていることは事実なんですね。この辺は幾らなんでもどうだろうかなと、こんなふうな気がするわけです。
いわば公式な機関ではあるけれども、法律的な権限といいましょうか、機能というふうなものが定式化されたものとしては、薬事審議会も研究会と五十歩百歩と言っちゃ失礼ですけれども、そう大きな違いが、明確に違うということを言い切れない面があるわけですね。
それで、この点につきまして高久参考人にお伺いしたいんですが、高久先生は実質的な意味で薬事審議会にも役目をお願いしているようなこともございますので、御意見をお伺いしたいわけですけれども、この辺は改めて私も法律を見ましてどきっとしたといいましょうか、というふうに思うわけですけれども、この辺からまず先生のお考えを、これでいいんだろうかというようなことをまず最初にお伺いしたいと思います。
この発言だけを見る →お二人からも少しずつ話が出てまいっておりますけれども、いわば薬の問題につきましては我が国では、専門家の集団といいましょうか、機構として中央薬事審議会があるわけでございます。この辺を全く度外視して全く新しいシステムというのも言うべくしてどうかなという気がしますし、かなり思い切って中央薬事審議会のそこをベースにしてそれの機能というものを強化していくといいましょうか、というふうな中から新しいシステムを構築していくというのが実際的な方向なんじゃないかなと、こんなふうに思いますので、この辺につきましてお伺いしたいと思います。
先ほどからお話としても出てまいっておりますけれども、薬というのはプラス面、ベネフィットと、あとマイナス面、リスクが常につきまとう中で何がしかの判断をして、科学としての判断、それから社会的な面も含めた判断、それを行った上での政策決定、こういうふうになっていくんだと思うのでございます。それで、少し問題があるから先送りだということが許されない面もいわば医療というものの特性なのかな、それに大きな支えになる医薬品の持つべき役目ではないか、こう思いますので、言ってみれば常識的な判断というだけではなくて、かなり精密な判断というのが要求されるのが一般的だろうと思うんです。
そういうふうな目から見ますと、現在の中央薬事審議会は実質的にかなり専門的な判断を行う機関である。にもかかわらず、一面では、法律上はというふうに見ますと、いわば単なる審議機関、諮問機関といいましょうか、「厚生大臣の諮問に応じ、」「調査審議させるため、厚生省に中央薬事審議会を置く。」ということしか、いわば法律的な体系ではそれしかないわけです。言ってみれば、先ほど研究班につきまして非常に不十分だというふうなお話がございましたけれども、ある意味では研究班とそう違わない法体系になっていることは事実なんですね。この辺は幾らなんでもどうだろうかなと、こんなふうな気がするわけです。
いわば公式な機関ではあるけれども、法律的な権限といいましょうか、機能というふうなものが定式化されたものとしては、薬事審議会も研究会と五十歩百歩と言っちゃ失礼ですけれども、そう大きな違いが、明確に違うということを言い切れない面があるわけですね。
それで、この点につきまして高久参考人にお伺いしたいんですが、高久先生は実質的な意味で薬事審議会にも役目をお願いしているようなこともございますので、御意見をお伺いしたいわけですけれども、この辺は改めて私も法律を見ましてどきっとしたといいましょうか、というふうに思うわけですけれども、この辺からまず先生のお考えを、これでいいんだろうかというようなことをまず最初にお伺いしたいと思います。
高
高久史麿#15
○参考人(高久史麿君) お答えいたします。
確かに、薬の認可をするかしないかという極めて重要な問題について審議会は答申をするという形になっていると思います。ですけれども、実質的には審議会で決まったことがほとんど通っているのではないかと思います。もちろん例外はあると思います。そういう意味では審議会はかなりの権限を持っているはずですけれども、表向きは持っていないという形です。それは、必ずしも中央薬事審議会だけじゃなくて、お役所の審議会は全部そうなのではないかと思っています。ただ、薬の場合には、その決定が今回の場合のように非常に大きな社会的な影響を与えるということで中央薬事審議会はほかの審議会とは違っている点があると思いますが、実質的には同じであると思います。
したがいまして、阿部議員が今おっしゃったように、もしも中央薬事審議会に責任を持たせるならば、当然権限というのも与えなければならないというふうに思います。
ただ、これはもちろん御存じであるから言う必要はないかもしれませんけれども、恐らくほとんどすべての審議会の委員というのは別に職業を持っていて、ある意味ではボランティアとして参加をしている。そういうボランティアのグループにそれだけの権限と責任を与えられるのかという、そういう問題はやはりあるのではないかというのもまた私の考えであります。
以上であります。
この発言だけを見る →確かに、薬の認可をするかしないかという極めて重要な問題について審議会は答申をするという形になっていると思います。ですけれども、実質的には審議会で決まったことがほとんど通っているのではないかと思います。もちろん例外はあると思います。そういう意味では審議会はかなりの権限を持っているはずですけれども、表向きは持っていないという形です。それは、必ずしも中央薬事審議会だけじゃなくて、お役所の審議会は全部そうなのではないかと思っています。ただ、薬の場合には、その決定が今回の場合のように非常に大きな社会的な影響を与えるということで中央薬事審議会はほかの審議会とは違っている点があると思いますが、実質的には同じであると思います。
したがいまして、阿部議員が今おっしゃったように、もしも中央薬事審議会に責任を持たせるならば、当然権限というのも与えなければならないというふうに思います。
ただ、これはもちろん御存じであるから言う必要はないかもしれませんけれども、恐らくほとんどすべての審議会の委員というのは別に職業を持っていて、ある意味ではボランティアとして参加をしている。そういうボランティアのグループにそれだけの権限と責任を与えられるのかという、そういう問題はやはりあるのではないかというのもまた私の考えであります。
以上であります。
阿
阿部正俊#16
○阿部正俊君 審議会一般、日本の場合の審議会の行政とのかかわり方というのは、プラス面もあれば、ある意味ではマイナス面も引きずっている面が否定できないと思うんです。ただ、薬事審議会は、今の薬事審議会がどうということもさることながら、改めまして薬というものに対する何がしかの科学的・専門的な判断をしていくということからしますと、どうも一般の審議会とは全然違った機能なんじゃないか。
一般の審議会は、高久先生なんかも御参加いただいたりしていますさまざまな医療保険関係の審議会だとか福祉関係の審議会だとかというのは、どっちかといいますと大多数の意見をどう集約するかというのが一つの機能かなというふうに思いますけれども、ここは違うんだろうと思うんですね。
そういう面も薬事審議会にはある面ではあるのだと思いますけれども、実質的に期待されている役目というのは違うところにあるのではないか。
かなり緊張関係の中でのある種の科学的な判断というものがやはり一番重要なものになると思いますので、そういう意味からすると、それを審議会と言うかどうかというふうな問題はあるのかもしれませんけれども、そういう機能を明確に区切って、その判断のある程度のシステム化といいましょうか、私はできると思うんです、法律的に。
ただ調査審議させますよというだけじゃなくて、どういう形の、ある程度フォームをつくらなきゃいかぬと思うんです。ある特定、例えば厚生大臣が明示をして、こうこうこういうことについての御判断というものを依頼すると。それをある一定の期間内にやるとか、あるいはそのための意見交換というものを、どこまで公式化するかはともかくとして、ある程度ルール化して幾つかの意見を並べて、最終的にどう判断したのかということを確定していくという作業があれば、私はある程度できるんじゃないかなと思うんです。
そんなふうなことにつきまして、改めて高久先生にもう一度、専門判断機関としての審議会の活用というのは可能なのかどうなのかみたいなあたりのことにつきましてちょっと御意見をお伺いしたいと思います。
この発言だけを見る →一般の審議会は、高久先生なんかも御参加いただいたりしていますさまざまな医療保険関係の審議会だとか福祉関係の審議会だとかというのは、どっちかといいますと大多数の意見をどう集約するかというのが一つの機能かなというふうに思いますけれども、ここは違うんだろうと思うんですね。
そういう面も薬事審議会にはある面ではあるのだと思いますけれども、実質的に期待されている役目というのは違うところにあるのではないか。
かなり緊張関係の中でのある種の科学的な判断というものがやはり一番重要なものになると思いますので、そういう意味からすると、それを審議会と言うかどうかというふうな問題はあるのかもしれませんけれども、そういう機能を明確に区切って、その判断のある程度のシステム化といいましょうか、私はできると思うんです、法律的に。
ただ調査審議させますよというだけじゃなくて、どういう形の、ある程度フォームをつくらなきゃいかぬと思うんです。ある特定、例えば厚生大臣が明示をして、こうこうこういうことについての御判断というものを依頼すると。それをある一定の期間内にやるとか、あるいはそのための意見交換というものを、どこまで公式化するかはともかくとして、ある程度ルール化して幾つかの意見を並べて、最終的にどう判断したのかということを確定していくという作業があれば、私はある程度できるんじゃないかなと思うんです。
そんなふうなことにつきまして、改めて高久先生にもう一度、専門判断機関としての審議会の活用というのは可能なのかどうなのかみたいなあたりのことにつきましてちょっと御意見をお伺いしたいと思います。
高
高久史麿#17
○参考人(高久史麿君) お答え申し上げます。
今、阿部議員がおっしゃったとおりでありまして、特に薬の場合には非常に特殊であるというふうに考えております。私は、先ほど冒頭の意見で審査課を強化する必要があると申しましたけれども、しかしながら、薬の範囲も非常に広いし、これをすべて専門家で賄うということはほとんど不可能でありますから、審査会、審議会という形でいろんな分野の専門の人に集まってもらってその意見を聞くということはどうしても不可欠であると考えております。
ただ、その場合に、先ほどから申し上げましたように、委員個人の善意だけというんではなくて、やはりそれについてはある程度の身分の保障とか処遇というのが必要ではないか、そういう形で少なくとも薬に関しては専門家を動員して行うということが現実的な方法ではないかというふうに考えております。
以上であります。
この発言だけを見る →今、阿部議員がおっしゃったとおりでありまして、特に薬の場合には非常に特殊であるというふうに考えております。私は、先ほど冒頭の意見で審査課を強化する必要があると申しましたけれども、しかしながら、薬の範囲も非常に広いし、これをすべて専門家で賄うということはほとんど不可能でありますから、審査会、審議会という形でいろんな分野の専門の人に集まってもらってその意見を聞くということはどうしても不可欠であると考えております。
ただ、その場合に、先ほどから申し上げましたように、委員個人の善意だけというんではなくて、やはりそれについてはある程度の身分の保障とか処遇というのが必要ではないか、そういう形で少なくとも薬に関しては専門家を動員して行うということが現実的な方法ではないかというふうに考えております。
以上であります。
阿
阿部正俊#18
○阿部正俊君 後ほどまとめてと思ったんですけれども、先生からお話が出ましたので触れますが、いわゆる委員の処遇といいましょうか、専門家をお願いするときに何がしかの義務も課すような形にならざるを得ないと思うんです。例えば企業なら企業なんかとの関係をどう切るのかとか、あるいは一定期間に限って何がしかの公務員的な機能を果たす者としての守秘義務を課しますとかいうことも出てくると思いますので、それにあわせて、いわば地位の独立性のようなものを担保するための何がしかの経済的な保障ということも当然のことに私は行うべきものであろうというふうに思います。
お聞きしますと、今の薬事審議会といいますのは他の審議会と全く同じで、いわば若干の交通費的な謝礼にも当たらぬようなものでかなり難しいお仕事を依頼しているような形になっておると思うんです。これにつきましても、高久先生ももう余りそういう処遇のことについて声高にはおっしゃりたくないということなのかもしれませんので、そういったふうなことも十分考えた上でのお話ではないかなというふうにお聞きしておきたいと思います。
それで、あわせまして、先ほどからも話が出ていますけれども、日本の薬事審議会の成り立ちといいますのは、お薬の製造承認をいわば事後的、受け身になってチェックするという機能がどうしても中心になっているのだと思うんです。
それは、行政のスタイルにもよりますけれども、いわゆる許認可行政というものを、行政行為を担保するための専門家集団の意見集団、こんなふうな構成なので、どうしても受け身になるんですけれども、今回のエイズ薬害問題も含めまして、あるいは先ほど井形先生から、スモンのときの非常に英断、機動的な判断というものがあったと思うんですが、これもいわばたまたまそのときの方々がそうだったということなのかなと思いますので、システムとしてはどうしても受け身の機能というのが薬事審議会だろうと思うんです。これじゃやっぱりこれから先不十分ではないか、もう少し機動的に動き得る機能も持ってもらわなきゃいかぬ。
今回は、新聞等で拝見しますと、いわゆる狂牛病の問題につきまして薬事審議会も特別部会をつくって取り組み出したというような話も聞いていますけれども、私は大変意味のあることだと思うし、そうした機動性というのをこれから大いに発揮していただかなきゃいかぬけれども、ただそれはたまたまやろうかということの善意じゃなくて、システムとしてもそういう機能と機能を持つんだよということをある程度法律的にも位置づけをはっきりさせるべきなんじゃないのかなと、こんなふうに思いますけれども、この辺につきまして高久参考人どうでしょうか。
例えば、回収命令云々のような場合に遭遇したときに、臨機応変的にむしろ積極的な意見表明といいましょうか、あるいは厚生大臣に対して何がしかの勧告をするとかいうふうなこともあり得るというふうなことを期待できるような形に持っていければなと思いますけれども、いかがでございましょうか。
この発言だけを見る →お聞きしますと、今の薬事審議会といいますのは他の審議会と全く同じで、いわば若干の交通費的な謝礼にも当たらぬようなものでかなり難しいお仕事を依頼しているような形になっておると思うんです。これにつきましても、高久先生ももう余りそういう処遇のことについて声高にはおっしゃりたくないということなのかもしれませんので、そういったふうなことも十分考えた上でのお話ではないかなというふうにお聞きしておきたいと思います。
それで、あわせまして、先ほどからも話が出ていますけれども、日本の薬事審議会の成り立ちといいますのは、お薬の製造承認をいわば事後的、受け身になってチェックするという機能がどうしても中心になっているのだと思うんです。
それは、行政のスタイルにもよりますけれども、いわゆる許認可行政というものを、行政行為を担保するための専門家集団の意見集団、こんなふうな構成なので、どうしても受け身になるんですけれども、今回のエイズ薬害問題も含めまして、あるいは先ほど井形先生から、スモンのときの非常に英断、機動的な判断というものがあったと思うんですが、これもいわばたまたまそのときの方々がそうだったということなのかなと思いますので、システムとしてはどうしても受け身の機能というのが薬事審議会だろうと思うんです。これじゃやっぱりこれから先不十分ではないか、もう少し機動的に動き得る機能も持ってもらわなきゃいかぬ。
今回は、新聞等で拝見しますと、いわゆる狂牛病の問題につきまして薬事審議会も特別部会をつくって取り組み出したというような話も聞いていますけれども、私は大変意味のあることだと思うし、そうした機動性というのをこれから大いに発揮していただかなきゃいかぬけれども、ただそれはたまたまやろうかということの善意じゃなくて、システムとしてもそういう機能と機能を持つんだよということをある程度法律的にも位置づけをはっきりさせるべきなんじゃないのかなと、こんなふうに思いますけれども、この辺につきまして高久参考人どうでしょうか。
例えば、回収命令云々のような場合に遭遇したときに、臨機応変的にむしろ積極的な意見表明といいましょうか、あるいは厚生大臣に対して何がしかの勧告をするとかいうふうなこともあり得るというふうなことを期待できるような形に持っていければなと思いますけれども、いかがでございましょうか。
高
高久史麿#19
○参考人(高久史麿君) お答え申し上げます。
今、阿部議員のおっしゃったとおりでありまして、こういう問題は、エイズの問題だけではありませんで、先ほどもお話しになりました狂牛病の問題でありますとか、あるいは幸い日本には来ませんでしたけれどもエボラの問題とか、そういういろいろな緊急の問題というのが常に起こってくる可能性があると思います。そのときに即時に対応できるような柔軟な体制というのをぜひ私は厚生省の中につくっておく必要があるのではないかと。
そういう意味で、今おっしゃったように中央薬事審議会の中にアドホック的な委員会を随時つくることができるようなシステムがあって、その委員会が先ほどから話題にありますようにある程度の権限を持つということがぜひ将来にとっては必要なことではないかというふうに考えております。
この発言だけを見る →今、阿部議員のおっしゃったとおりでありまして、こういう問題は、エイズの問題だけではありませんで、先ほどもお話しになりました狂牛病の問題でありますとか、あるいは幸い日本には来ませんでしたけれどもエボラの問題とか、そういういろいろな緊急の問題というのが常に起こってくる可能性があると思います。そのときに即時に対応できるような柔軟な体制というのをぜひ私は厚生省の中につくっておく必要があるのではないかと。
そういう意味で、今おっしゃったように中央薬事審議会の中にアドホック的な委員会を随時つくることができるようなシステムがあって、その委員会が先ほどから話題にありますようにある程度の権限を持つということがぜひ将来にとっては必要なことではないかというふうに考えております。
阿
阿部正俊#20
○阿部正俊君 次に、いわゆる今回のエイズ問題なんかについても議論されていますけれども、記録を隠したとか隠さないというふうな議論がどうしても表に出ますけれども、そもそも考えてみますと、こうした重要な政策決定が行われた場面であったにもかかわらず、議論に出てくる記録的なものは何か個人の備忘録のようなものが基礎になって論議がされている。非常に不確かで、ある意味での偏見的な要素が議論として出かねないようなあやふやな記録と言ってもいいのではないかなという気がするわけですけれども、これ自体を一つ私は残念に思います。
もう少し審議会等できちっとした専門家集団をもし仮に位置づけてやるとするならば、あわせて論議のシステムということにつきましても、当然のことですけれども公式の記録をつくり、過程を明らかにでき、すぐオープンにするかどうかはともかくとして、少なくとも事後的にきちっとトレースできる道筋をつけておくことは常識なんじゃないのかなと改めて思うんですけれども、その辺、今回のエイズ薬害問題についてのシステムとしての大変な反省点の一つなのではないかなと、こんなふうに私は思います。
同時に、先ほど光石参考人からもお話が出ましたけれども、いわゆる公開ということとの関連ですけれども、私は、一般論として行政決定システムをできるだけオープンにしましょうよというのはわからないではありませんけれども、同時に、政策決定のシステムがある程度公式にシステム化していなければ公開というのもなかなか容易じゃないというのも現実ではないか。
公開というのは、たどった経過を公式に残し、それをオープンにすることによってある意味での状況の確定というものを進めていくということにもつながるわけでございますので、私は、情報の公開というのは、意思決定なり政策決定なり、あるいは審議機関であるならば議事運営のシステム化というものと裏腹のものではないかなと、こんなふうな気がするわけです。
そうした、一つは意思決定をもう少し事後的にトレースできる仕掛けにするということ、それを前提にした上での公開ということをきちっと考えていくというふうな二点につきまして、井形参考人と高久参考人から御意見をちょうだいしたいと思いますけれども、いかがでございましょうか。
この発言だけを見る →もう少し審議会等できちっとした専門家集団をもし仮に位置づけてやるとするならば、あわせて論議のシステムということにつきましても、当然のことですけれども公式の記録をつくり、過程を明らかにでき、すぐオープンにするかどうかはともかくとして、少なくとも事後的にきちっとトレースできる道筋をつけておくことは常識なんじゃないのかなと改めて思うんですけれども、その辺、今回のエイズ薬害問題についてのシステムとしての大変な反省点の一つなのではないかなと、こんなふうに私は思います。
同時に、先ほど光石参考人からもお話が出ましたけれども、いわゆる公開ということとの関連ですけれども、私は、一般論として行政決定システムをできるだけオープンにしましょうよというのはわからないではありませんけれども、同時に、政策決定のシステムがある程度公式にシステム化していなければ公開というのもなかなか容易じゃないというのも現実ではないか。
公開というのは、たどった経過を公式に残し、それをオープンにすることによってある意味での状況の確定というものを進めていくということにもつながるわけでございますので、私は、情報の公開というのは、意思決定なり政策決定なり、あるいは審議機関であるならば議事運営のシステム化というものと裏腹のものではないかなと、こんなふうな気がするわけです。
そうした、一つは意思決定をもう少し事後的にトレースできる仕掛けにするということ、それを前提にした上での公開ということをきちっと考えていくというふうな二点につきまして、井形参考人と高久参考人から御意見をちょうだいしたいと思いますけれども、いかがでございましょうか。
井
井形昭弘#21
○参考人(井形昭弘君) 先ほどちょっと時間が足らなくて、申し上げたいと思っていて忘れましたけれども、意思決定の過程をきちっと記録にとどめていくということは、もちろん学問の世界ですから、刻々判断するもとのデータが時にひっくり返ることもありますし、それから薬剤の場合にはメリットとデメリットとの総合的評価であれするわけですから、例えば、今お話に出た狂牛病の評価もイギリスとヨーロッパ共同体とは全く違う評価になっておるので、そのときのベストの判断でもしか誤ったらその人が責任を負うということにならざるを得ないと思います。
情報の公開という点は、光石先生からお話があるまでもなく、どういう情報をもとにどういうディスカッションを経てどういう政策に反映する決定をしたかということははっきりと明示する必要があると。そうしませんと、それこそメモだけではとても対応できるものではありませんし、それがまた時代の流れでありますし、政府も情報公開を進めるということの方針を決めておりますので、時代は必ずそうなっていきます。
ただ、全くそれを全部公開するかどうかについては、それはその状況状況によって変わってくると思います。別に隠すという意味ではなくて、また学会のオリジナリティーに触れたり、それから不正確なデータを正確なようにあれしたり、これは後でまた決定して発言の内容を補強する必要があろうかと思いますし、私は脳死臨調の委員でもありましたけれども、脳死臨調も、審議内容は全部公開いたしましたけれども、審議そのものは公開はしませんでした。皮肉なもので、そのためにかえって各社が競争してくれて大きな関心を上げていただいたという経験を持っております。
この発言だけを見る →情報の公開という点は、光石先生からお話があるまでもなく、どういう情報をもとにどういうディスカッションを経てどういう政策に反映する決定をしたかということははっきりと明示する必要があると。そうしませんと、それこそメモだけではとても対応できるものではありませんし、それがまた時代の流れでありますし、政府も情報公開を進めるということの方針を決めておりますので、時代は必ずそうなっていきます。
ただ、全くそれを全部公開するかどうかについては、それはその状況状況によって変わってくると思います。別に隠すという意味ではなくて、また学会のオリジナリティーに触れたり、それから不正確なデータを正確なようにあれしたり、これは後でまた決定して発言の内容を補強する必要があろうかと思いますし、私は脳死臨調の委員でもありましたけれども、脳死臨調も、審議内容は全部公開いたしましたけれども、審議そのものは公開はしませんでした。皮肉なもので、そのためにかえって各社が競争してくれて大きな関心を上げていただいたという経験を持っております。
高
高久史麿#22
○参考人(高久史麿君) お答えします。
私も基本的には公開すべきであるというふうに考えております。
これは審議内容もそうでありますけれども、今回のエイズの問題などを考えてみますと、その審議をしたときの科学的な知識がどれだけであったかということも極めて重要なことであると思いますので、後でいろんなことを言うのは簡単ですけれども、その当時の情報というのがどれだけあったかということも含めて記録はきっちりとっておかないといけないんではないか、それがまた薬害などの再発防止に極めて重要であるというふうに思っております。
恐らく十数年前にはほとんどそういう審議というものの内容が公開されなかったと思うんですけれども、私が関係しています遺伝子治療の場合にはもう完全公開で、だれでも入って聞けるという形になっておりまして、それでもほとんど審議に差し支えはないということでありますから、原則公開ということに私は賛成であって、むしろ公開をしないのは例外的な場合、例えば個人のプライバシーとかあるいは特定の権利の問題などが起こったときだけにすべきではないかというふうに考えております。
この発言だけを見る →私も基本的には公開すべきであるというふうに考えております。
これは審議内容もそうでありますけれども、今回のエイズの問題などを考えてみますと、その審議をしたときの科学的な知識がどれだけであったかということも極めて重要なことであると思いますので、後でいろんなことを言うのは簡単ですけれども、その当時の情報というのがどれだけあったかということも含めて記録はきっちりとっておかないといけないんではないか、それがまた薬害などの再発防止に極めて重要であるというふうに思っております。
恐らく十数年前にはほとんどそういう審議というものの内容が公開されなかったと思うんですけれども、私が関係しています遺伝子治療の場合にはもう完全公開で、だれでも入って聞けるという形になっておりまして、それでもほとんど審議に差し支えはないということでありますから、原則公開ということに私は賛成であって、むしろ公開をしないのは例外的な場合、例えば個人のプライバシーとかあるいは特定の権利の問題などが起こったときだけにすべきではないかというふうに考えております。
阿
阿部正俊#23
○阿部正俊君 次に話を進めますが、今まではどちらかといいますと専門家、いわば日本の薬に関係することの判断に際しまして、一番の権威の方々にどう御参加いただくかということを中心に話しましたけれども、あわせまして、この方々がすべてのことを全部やるというのも実際上できませんし、大変もったいない話でもありますので、一面、それを支えるタスクフォースというふうな形も、かなり今までと違ってしっかりした体制をつくる必要があるんじゃないかなと、こんなふうに思います。この辺についてお聞きしたいと思います。
先ほど冒頭の御意見の中にも出てまいりましたけれども、いわゆる医薬品の審査に当たる人員の外国との比較がございました。高久先生だったでしょうか、話されましたけれども、いわば一けたも二けたも違うような話で、大変驚くべきことなのではありますけれども、やはりこれはそのままほっておくわけにはいかぬだろうというふうな気がします。
これを、一般の行政事務から独立をして、日常的にかなり数の多い医薬品の事前審査のような話とか、あるいはそれの治験のいわばそのままの資料をどんと審議会の皆さんにお渡しするのじゃ審議もできませんので、それをある程度分解して、分析をした上でこの辺はどうかというようなある程度形をつくって、合理的あるいは効率的な形で一つの意思決定というものに持っていく作業員というのは非常に重要な役目をするし、あとは、先ほど高久先生もおっしゃられたように企業とのコンタクトなんかもある程度むしろさせた方がいいと、余り明確に分離しないようにですね。一緒にいい医薬品をつくりましょうということに参加しているというふうな機能も医薬品企業も持つわけですから、そんなふうなことでももう少ししっかりしたスタッフが必要なんだろうなと、こんなふうに思います。
この辺についてもう一度お話をお聞きすると同時に、私は、かといって日本の特性として、いわゆる行政改革だとか公務員の増加を抑制するとかいうことを今言われているさなかでもありますので、例えば業務局の審査課の職員をあと百人ふやすとかいうのはなかなか言うべくしてうまくいかない面もあるだろうというような気がします。
その辺、具体的に考えますと、例えば今医薬品基金と通称されていますけれども、非常に長ったらしい名前ですけれども、医薬品基金あたりを全面的にいわば改組いたしまして、恒常的にそういう機能を持った、いわば事実上の審査、あるいは審議会の事務局的な機能を持った専門スタッフの常駐する機構として活用していくというふうなことも考えていいのではないかなと、こんなふうに思うわけです。
タスクフォースの体制整備と、例えばそのときの医薬品基金の活用とそれの改組というようなことで対応できないだろうかということについて、両先生から簡単に御意見をちょうだいしたいと思います。
この発言だけを見る →先ほど冒頭の御意見の中にも出てまいりましたけれども、いわゆる医薬品の審査に当たる人員の外国との比較がございました。高久先生だったでしょうか、話されましたけれども、いわば一けたも二けたも違うような話で、大変驚くべきことなのではありますけれども、やはりこれはそのままほっておくわけにはいかぬだろうというふうな気がします。
これを、一般の行政事務から独立をして、日常的にかなり数の多い医薬品の事前審査のような話とか、あるいはそれの治験のいわばそのままの資料をどんと審議会の皆さんにお渡しするのじゃ審議もできませんので、それをある程度分解して、分析をした上でこの辺はどうかというようなある程度形をつくって、合理的あるいは効率的な形で一つの意思決定というものに持っていく作業員というのは非常に重要な役目をするし、あとは、先ほど高久先生もおっしゃられたように企業とのコンタクトなんかもある程度むしろさせた方がいいと、余り明確に分離しないようにですね。一緒にいい医薬品をつくりましょうということに参加しているというふうな機能も医薬品企業も持つわけですから、そんなふうなことでももう少ししっかりしたスタッフが必要なんだろうなと、こんなふうに思います。
この辺についてもう一度お話をお聞きすると同時に、私は、かといって日本の特性として、いわゆる行政改革だとか公務員の増加を抑制するとかいうことを今言われているさなかでもありますので、例えば業務局の審査課の職員をあと百人ふやすとかいうのはなかなか言うべくしてうまくいかない面もあるだろうというような気がします。
その辺、具体的に考えますと、例えば今医薬品基金と通称されていますけれども、非常に長ったらしい名前ですけれども、医薬品基金あたりを全面的にいわば改組いたしまして、恒常的にそういう機能を持った、いわば事実上の審査、あるいは審議会の事務局的な機能を持った専門スタッフの常駐する機構として活用していくというふうなことも考えていいのではないかなと、こんなふうに思うわけです。
タスクフォースの体制整備と、例えばそのときの医薬品基金の活用とそれの改組というようなことで対応できないだろうかということについて、両先生から簡単に御意見をちょうだいしたいと思います。
高
高久史麿#24
○参考人(高久史麿君) 私、最初の意見の陳述のときに、審査課を強化する必要があるんではないかと。おっしゃるようになかなか公務員の数をふやすということは容易なことではありませんので、私の考えとしては、お役所全体のリストラというか再配分ということをやっていただくのが本当は一番いいんじゃないかと思うんですけれども、これはなかなか言うのは易しくて実際には非常に困難ではないかと。そういたしますと、阿部議員のおっしゃったように第三者機関というものを利用せざるを得ないんではないかというふうに考えております。
これはまた同時に、仮に審査課を強化したときに、審査とそれから先ほど私が申し上げた開発に対する助言というところを同じところでするということにもやはり少し問題が、アメリカではしていますのでうまくやっているとは思うんですけれども、問題がないわけではないと思います。そういう意味では、むしろ最終的な審査は厚生省で行うにしましても、それに必要な書類の整備でありますとかあるいはメーカーさんに対する助言とか、そういうものを行う第三者機関をつくる方が日本の現状を考えると現実的ではないかと思います。
それから、お役所はどうしても二年か三年の単位で人がどんどんかわりますので、第三者機関ですと特定の専門家をある程度の期間置くことができると思いますので、そしてまた、外からお金を持ってくれば人数をふやすことができますので、阿部議員の今おっしゃったような形、それをどこがするかはまた別な問題としても、第三者機関でそういうことをするというのが一番現実的な解決ではないかというふうに思っております。
この発言だけを見る →これはまた同時に、仮に審査課を強化したときに、審査とそれから先ほど私が申し上げた開発に対する助言というところを同じところでするということにもやはり少し問題が、アメリカではしていますのでうまくやっているとは思うんですけれども、問題がないわけではないと思います。そういう意味では、むしろ最終的な審査は厚生省で行うにしましても、それに必要な書類の整備でありますとかあるいはメーカーさんに対する助言とか、そういうものを行う第三者機関をつくる方が日本の現状を考えると現実的ではないかと思います。
それから、お役所はどうしても二年か三年の単位で人がどんどんかわりますので、第三者機関ですと特定の専門家をある程度の期間置くことができると思いますので、そしてまた、外からお金を持ってくれば人数をふやすことができますので、阿部議員の今おっしゃったような形、それをどこがするかはまた別な問題としても、第三者機関でそういうことをするというのが一番現実的な解決ではないかというふうに思っております。
井
井形昭弘#25
○参考人(井形昭弘君) 私も全くそのとおりで、先ほど言われましたように、アメリカのFDA、食品医薬品局、これは先生が今おっしゃったようなシステム、調査能力を持った機関になっています。日本はそれが非常に弱いということを先ほども申し上げたと思いますけれども、そういう意味ではいろんな形で、一つは中央薬事審議会の権限を強化し、それからサブコミッティー、それに活発に動いていただくし、またそれに対する何らかの国としての政策、それからそのほかの団体の能力を活用すること。
ただ、先ほどの、ちょっと正式な名前は忘れましたけれども、医薬品の被害救済基金ですか、これは実はスモンの後で製薬業界から拠金したものだと。したがって、私は、それにお手伝いいただくことには賛成でありますけれども、その際、やはりその任務とあれとを法的にきちっと整備して、製薬業界の代表機関ではないということを明示していただきたい。
この発言だけを見る →ただ、先ほどの、ちょっと正式な名前は忘れましたけれども、医薬品の被害救済基金ですか、これは実はスモンの後で製薬業界から拠金したものだと。したがって、私は、それにお手伝いいただくことには賛成でありますけれども、その際、やはりその任務とあれとを法的にきちっと整備して、製薬業界の代表機関ではないということを明示していただきたい。
阿
阿部正俊#26
○阿部正俊君 限られた時間ですので、大体これで終わりますけれども、私は、最後に申し上げました体制の整備なりシステムの構築なりということも、正直申しまして相当のコストを要するものだろうというふうに思います。これは安全というものもそれなりのコストを持つべき話ですし、それを避けてはきれいごとだけになってしまうというふうに思いますので、私自身は、例えばそのコストは国民全体でカバーしていくということなのかなと、こんなふうに思いますし、そのときの一つのあり方として、日本は幸いにも国民皆保険という形でもございますので、その辺での対応も、保険との対応というような関係も率直に考えていいのではないかなと、こんなふうに思っております。
最後にお二人に、簡単にというのは恐縮でございますけれども、再発防止というもののためのいわばキーワードといいましょうか、何だろうかなということでございます。私は、安全のコストをちゃんとしようよということがあえて言いますとこれからのキーワードかなと、こんなふうな気がしますけれども、お二人の先生からもしお聞かせいただければ、簡単にキーワードは何なのかということをお聞かせいただきまして、私の質問を終わりにしたいと思います。
この発言だけを見る →最後にお二人に、簡単にというのは恐縮でございますけれども、再発防止というもののためのいわばキーワードといいましょうか、何だろうかなということでございます。私は、安全のコストをちゃんとしようよということがあえて言いますとこれからのキーワードかなと、こんなふうな気がしますけれども、お二人の先生からもしお聞かせいただければ、簡単にキーワードは何なのかということをお聞かせいただきまして、私の質問を終わりにしたいと思います。
高
井
井形昭弘#28
○参考人(井形昭弘君) 先ほど申し上げたとおり、副作用に関する情報の整備、それから安全性をあれする理念とシステム、そして審議内容の、政策決定に至る情報の公開、これだけ申し上げておきます。
この発言だけを見る →阿