小林節の発言 (行財政機構及び行政監察に関する調査会)
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○参考人(小林節君) 慶應義塾大学の小林節でございます。
このように大変重要な課題につきまして、このような国権の最高機関でお話しの機会をいただきまして、大変光栄だと思っております。
お手元に既にレジュメをお配りいただいておりますが、それに沿って簡潔に私の見解を述べさせていただきます。
まず、オンブズマン制度の議論であります。要するに、現在、行政国家において行政に対する適切なコントロールが十分きいているかということなんですけれども、これは単なる感情的不満は別としまして、最近の官官接待の問題とか薬害エイズの問題とか、さらにさかのぼれば、例のゼネコン汚職の問題などもきちんとした行政に対する統制がさいていなかったからこそ起きていることでありまして、これは何とかしなければならないということで、新しい制度か既存の制度の運用の問題に工夫が必要であるということになると思います。
そこで、多少大学の講義的で恐縮でございますが、行政に対する既存の統制手段の点検を簡単にさせていただきます。
大きく分けて、立法的統制と行政的統制と司法的統制に分けられると思います。まず、立法的統一制はここ永田町でやるわけでありますけれども、立法作業による統制、予算の策定による統制、それから行政の上にいる政治家に対する問責という形での統制、請願の処理、それからその関連で国政調査権の行使、いろいろあるわけであります。これはよく言われているように、現在、行政国家化現象の中で必ずしも十分に機能していない、だけれども、私の今の観点として、だからだめだというのではなくて、使い方があるのではないでしょうかという思いで今ここにおります。
次の行政的統制でありますが、総務庁の行政監察、行政相談が典型的にございます。私もそれに関心を持って現場を見せていただいたり比較研究をしたりいろいろやってきたのですが、日常的なマイナーな問題については結構きちんとやっていると思うんですね。ただ、今回、私自身も本当にびっくりしているんですが、官官接待の問題と薬害エイズがその典型でございます。やはり限界があるということを言わざるを得ないと思います。
それはよく言われていることでございますが、総務庁というのは唯一利権官庁でないとか、それから行政監察というのは行政府内権力分立的な位置にあるとか理論上言われますが、私もある意味でうかつにそう講じてまいりました。ただ、実態を見ていますと、さまざまな接触や人事交流の中でやはり一種のなれ合い、これは表現が御無礼になるかもしれませんけれども、一種のなれ合いの疑いがあるのは事実であろうと今感じております。
それから、行政相談というのは派手さはない、ある意味では権威性に欠ける、意外と知られていない。けれども逆に、全国に五千名余りの相談委員がおられて、これは総務庁の行政監察事務所のバックアップを受けていますから、結構いい仕事をしていると思うんです、資料などを見ても。ただ、これも本質的な問題にぶつかったときさあどうかという、越えていく力に欠けるんではないか。だからこそ、まさに権威のあるオンブズマンが必要だろうという思いに今なっているわけであります。
司法的統制、これはもう御案内のとおり行政不服審査、行政府が行う司法的統制でございますが、それとその先の各種訴訟、これは行政事件訴訟にかかわらずいろんな訴訟を利用して必要によっては行政府を追い込む可能性はあるわけです。これは御存じのとおり時間と経費、すなわちコストがかかり過ぎてためらわれる。そして、長い時間がかかったけれども実質的には何の利益もないというようなことが多い。
それから、最近それで心配しておりますのは、この調査会には法曹資格をお持ちの先生方がたくさんおられるんですけれども、判検交流ですね、判事と検事の人事交流の中で妙に行政に対して物わかりのいい裁判官が生まれてしまっている。そういうところに行政事件訴訟を持ち込んで何になるのか。逆に、私などむだだからやめた方がいいと思うこともあるわけであります。実にそういう意味ではこれも一種のなれ合いの危険性があるという気がいたします。したがって、何か新しくしなければいけない。
そこで、参議院オンブズマンということなんですが、結論として私は賛成でございます、それは今までの限界の中で。ただ、これも御存じのとおり、オンブズマンというのは作用的には三権分立論でいきますと立法作用ではないですね、司法作用でもないですよね。そうすると、やはり行政作用のたぐいでありますから、オンブズマンのやり方を間違えると、それは憲法六十五条によって行政権はそもそも一括して内閣に属するわけですから、ここで行政権を行使するわけにはいかないという問題にぶつかると思うんです。そこを、先ほど申し上げたような、でも何かしなきゃいけない、既存の制度では思ったほど総務庁に期待できないというような観点で考えれば、やはりやり方を工夫して参議院に置くのが一番オンブズマンらしいんではないかと私は今思っております。
まず、オンブズマンというのは知名度と権威性がないと意味がないと思うんですね。つまり、国民大衆がそのことを知って期待し、その結果をわくわくして見て、それが政治的なバックアップになるわけです。実際、全国津々浦々のなるほどなというような行政苦情に対して、行政相談委員の先生方は結構まじめに地元の名士としておこたえになっていますけれども、いかんせんそういうものが知られていない。知られていない以上使われない。使われない以上、たまたま知っている人が使って何かあっても、へえ何なのということになりまして世論のバックアップが生まれてこないと思います。それから、行政相談委員自体が全国のいわば現場に五千人広がっているということでありますので、ナショナルな意味での権威性がない。御存じのとおり外国のオンブズマンというのは、例えば王宮で何か公式の行事があるときにどの席に座るかということなんですが、現職の閣僚相当の席が与えられる。これ重要だと思うんです、こういうことは。今の日本において行政相談委員にそういうものは、もちろん五千人にというわけにはいかない、その代表者にもそういうものは与えられていないというようなことがあります。
したがって、知名度と権威性がないんですが、国権の最高機関の中の一院で、かつ機能上理性の府、良識の府、だから衆議院はその裏返したと申し上げているわけではございませんで、そういう憲政のブレーキ役がその位置として期待されているという意味だと思うんです。そういう意味での良識の府参議院に新設しますと、特に今のような官官接待と薬害エイズで行政に対する不信感がピークに達しているタイミングをとらえて、きちっと制度化して参議院オンブズマンを打ち上げますと、それは一瞬にして知名度と権威性を得るわけであります。これは仕組みの問題であると同時に機能の問題として大きな力になる。
私の比較研究の結果は、やはり知名度と権威性がないと実効性が生まれないんですね。そうすると、ただの行財政改革のつもりが一個のむだ金遣いをつくったことになってしまうわけであります。もちろん、これまでの制度と重なるじゃないかという議論はあると思うんですが、重なってもいいと思うんです、ここで何かプラスが生まれれば。役に立つことにお金を使うのはいいと思うんです、今のままでは何も生まれないですから。お金を使ってもいいと思う。そして、改めて重複したところは整理していけばいいわけであります。
それから、行政となれ合いにしないことができるというのは、これは大事にお気をつけいただきたいんです。まさに参議院ならではの功成り名を遂げた方で、これは実に生臭い話で、過度に政治的野心をお持ちでない方とか、それから、これは偉い先生方が御自分で処理するわけではなくて最後に判断するだけですから、材料を整える専門調査員のたぐいの参事官クラスのスタッフが当然何人か必要になってくる。それが各省庁からの出向者でありますと結局しり抜けになってしまう。これは三権分立及び二院分立の中で、参議院は参議院独自のスタッフを育てているわけです。それがすべての行政省庁に対応するような仕組みになっておりますから、人事の登用の際にお気をつけになられること。それからあとは、名誉職ではありませんから働き盛りの一線級の民間人を短期任用するとか、そういう工夫をすれば本当に生きるオンブズマンができるのではないか。
そして、二院制の活性化というのですけれども、これは衆議院の選挙制度が変わったことによって、一見衆議院と参議院の制度が似てきてしまっている面があります。ただ、もちろん人が違うわけです。それから大きな違いは、これこそ釈迦に説法でございますけれども、衆議院議員の先生方というのはいつも総選挙を意識して腰が浮いたような状態で走り回っておられます。それに対して参議院の先生方は、六年間身分を保障されておりますのでじっくりと考え事ができるお立場にある。これはまさに良識の府たる、理性の府たる一つの条件なんですね。そういう意味で二院制をきちんと生かす。これは政治改革の一環で、立法その他に必ず反映してきます。政治の質を高めるというのも政治改革の目的であったはずであります。それから、その政治改革の先に期待されている、今の時代の要請にかなった力をつけた政治が行政の傲慢を許さない行政改革という方向に行くのではないか。
ただ、幾つか注意すべき点が出てきます。党派的対立を持ち込まぬこと。どうせっくつても党派的対立があってだめだろうという議論が出てきますねっこれは、それこそ制度の趣旨を考えて、国会法とか規則の改正の問題になってぎますけれども、それぞれの会派の比例配分ではなくて、ある意味では一定規模以上の会派は対等に同数入れてしまうとか、何かそういう大胆な発想で委員構成をなさるとか。それから、委員にそれぞれの会派の議員団長経験者とか賢人会議のような形にしてしまうとか、あるいはそういう方は党議拘束から外すとか、そうすることによって事柄は、つまり本当にお互いに心を開いて事案を見つめれば、おのずと落としどころに落ちていくと思うんです。間違っても党派的対立を持ち込んだらそれは茶番になってしまうと思います。
それから行政相談、イギリスやフランスを見ておりましても、結局、偉過ぎるお方が首都に構えていて偉過ぎて終わってしまうということもあるわけで、やはり地の事情を知らないと困ります。これはいわゆる間接アクセスのたぐいですが、議員紹介というのも一つの方法です。数からいけば議員紹介よりは行政相談委員の方が数がおりますし、それから、議員紹介でありますと現職の政治家としてのいろいろな利害関係も出てきますから、むしろ全国五千名の行政相談のボランティアの地方の名士とうまく連携をとるような仕組みをお考えになったら、これは花も実もあるものになるのではないかと思います。
それから、先ほどの行政機能、つまり具体的な行政処分を否定するような処分をやると典型行政権になってしまいますので、これは内閣の管轄下に置かないと憲法六十五条違反になります。したがって、そこは国政調査権を根拠に、それからその対になるものとして国民の側の請願権を根拠にお使いになって、そして、これは権威と説得力で物を言う機関のはずですから、何も最終的な結論を法的に押しつける必要は毛頭ないので、勧告と呼ぼうが意見と呼ぼうが報告と呼ぼうがそれはそれでいいと思うんです。要するに、党派的対立を外に見せずに説得力のある結論を内閣と世に問えば事はおのずと動いていく。これが本来の賢人のオンブズマンのあり方であったと思うんです。
そうなりますと、今の制度でいくと調査会の任務事項に行政苦情相談とかその他の事項を少し書き加えて、メンバーの出し方の例外をつくって、それから勧告とか意見というものを明確に条文の中に入れて、あとは、現在の調査会は報告を議長にお出しになるわけですよね、それを当然に内閣にも提出するとか。そういうふうに条文を工夫すれば、もちろん常任委員会のする筋の問題でもありませんし特別委員会のする筋のものでもない、一種のオンブズマン調査会のようなもので結構簡単に、あとは予算の問題でしょうけれども、何かやってみることはできるんではないかと今は考えております。
とりあえず以上でございます。