池坊保子の発言 (厚生委員会)

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○池坊委員 新進党の池坊保子でございます。
 私は、五年前、脳死臨調答申が出ましたときから、一国民として深い関心を持っておりました。と同時に、心臓六十から六百、肝臓三千の移植を待っている人がいる、そして年間五百人の人が死んでいる、死と背中合わせにいる人たちの現状を踏まえたときに、私は、遅々として進まない法案に政治家への強い不信と憤りすら感じておりましたので、これは一日も早い法案通過が政治家の責務ではないかと思っております。
 脳死をみずからの死と認め、そして死後、臓器を他の人に役立たせたいと願う人間、それから、移植を受けることによって命を長らえたいと願う
人、この両者の意思が今は尊重されていないというのが現実だと思います。そのようなことを踏まえたときに、私は、基本的に原案に賛成でございます。
 一点は、生きている体から移植すれば、これは生体解剖となり殺人になるのではないか。いかなる場合にも、私は、生きている状態から移植することは反対でございます。
 二点目は、人間は生から死に移行するときにけじめが必要だと思います。同じ脳死状態でも、私が遺族でございましたら、御臨終ですと言われて、そして、そのあきらめの中から、次に故人の希望に沿っていきたいというふうに思います。脳死状態というわからない状態の中で、それでは、脳死状態でございますから他人に移植いたしますと言われるのは、何となく納得できない思いがいたします。これは多くの遺族の方がお持ちになる気持ちではないかと思うのです。私たちの日常生活の中に、どれだけけじめや儀式が大きな役割を果たしているかを考えていただきたいと思います。
 それから三つ目に、国民の合意がないというお話でございますが、全国世論調査によりますと、六六%の人が脳死を人の死と認めております。これは合意ではないかと思います。と同時に、家族の承諾があれば人工呼吸器を外してもよいと容認している人が六七%ございます。多数決で決めてはいけないという意見がございますが、個々人の気持ちをそんたくしておりましては、これはいつまでたっても決まりません。やはり民主主義は多数決をとらなければいけないのではないかと思うのです。
 それから四つ目は、議員が死の基準を法制化することに対しては、いけないのではないかという意見もございますけれども、移植調査会の九割がそれをすることを望んでおります。とともに、日本移植学会も法案の採決を待っております。この法案の採決がなければ移植ができない現状をまず考えていただきたいというふうに私は思っております。
 そこで、それを踏まえて、私、時間が限られておりますので、問題提起と質問をさせていただきたいと思います。
 今問題になっておりますのは、先ほどからございますように、九九%の人は三徴候死によって死を迎えるわけですから、これは問題ないわけです。一%の脳死の人が問題になっているのですけれども、その脳死の基準ですけれども、私はそこに選択死があってはいけないのかと申し上げたいのです。
 つまり、一%の人の、臓器を移植する人間は、脳死をみずからの死と認めることにもう承諾しているわけです。だから私は、その方に対しては問題はないのではないかと思います。問題があるのは、自分は移植したくない、そういう本人、並びに家族までが、ぬくもりがある、心臓も動いている、でも御臨終ですと言われることはやはり嫌だ、こういう方に関しては、脳死から心臓死を経てこれを死とするということを決めてはいけないのかというのが私の提案でございます。
 アメリカのニュージャージー州では一九九一年に、脳死を死と決めてもいいし、また、心停止まで待ってもいいという選択可能な死を内容とした法案がつくられております。これを日本にも取り入れることはできないのだろうか。
 これは相続の点で民法的に問題があるとおっしゃる方がございますが、現在は死も二つの死がございます。つまり、従来どおりの心臓停止による死です。そして、それとともに尊厳死というのがあると思います。日本医師会では、一九九二年に「末期医療に臨む医師の在り方」という報告書の中で、回復の見込みのない重症患者の治療の打ち切りを容認しております。その判断は、患者の自己判断並びに家族の依頼による死期の調整ということなんです。つまり、自然の死ではなくて、自分が望み、あるいは家族がそれを望んだならば、死期をお医者様が決めることができるわけです。私の父も、故人の強い希望によって尊厳死を迎えました。もし呼吸器を外さなかったら、私の父の死は一週間後あるいは一カ月後であったかもしれません。こういうことが現在認められておりますので、先ほど私が申し上げました、死の選択が相続などの問題によって認められないというのは私は矛盾するのではないかと思いますので、まず、これはどうかということを伺いたいと思います。

発言情報

speech_id: 114004237X01619970415_029

発言者: 池坊保子

speaker_id: 15433

日付: 1997-04-15

院: 衆議院

会議名: 厚生委員会