鈴木幸夫の発言 (行政改革に関する特別委員会)

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○鈴木参考人 おはようございます。麗澤大学の鈴木でございます。本日は、参考人として意見を述べさせていただく機会を与えられまして、大変感謝しております。
 最初に、今回御審議中の内閣提案の金融監督庁設置法案、それと、それの施行に伴う関係法律の整備に関する法律案、さらに、新進党の鈴木淑夫議員ほかから御提出の日本銀行法案並びに金融委員会設置法案について私の見解を簡単に述べさせていただくと同時に、それに関連して、金融行政一般並びに金融の監督行政について私見を若干述べさせていただきたいというふうに思っております。
 まず、内閣提案の金融監督庁設置法案でございますけれども、どんな法案でもベストということはあり得ないと思うので、法案成立後、運用上若干問題を残しているというふうに私は考えておりますけれども、現在の諸般の情勢の中で一応、一応と言うと失礼ですけれども、ぎりぎり実情に即したものであろうというふうに評価しております。そういう面で、この法案の成立には賛成いたしております。
 私が特に注目しておりますのはこの法案の背景にある考え方でございまして、従来、護送船団方式とよく言われておりますけれども、政府、特に大蔵省の行政指導といいますか、事前誘導型の、一種の乳母日傘型の保護行政を中心とした金融行政というものから、昨年以来はっきりと政府は転換をいたしております。
 その転換した方向というのが、基本的には市場原理というものを重視して自己責任原則というものを徹底していこう、市場における規律というものを厳格に守っていく、そのためにルール違反は厳しく取り締まっていこう、しかもそのルールは透明で公正なものをできるだけ確実につくり上げていこう、こういう発想というものが、私も若干政府の方々といろいろな意味で議論する機会がございますけれども、最近の政府、特にいろいろ御批判のある大蔵省の思想転換というものは、百八十度大きく変わりつつあるというふうに考えております。
 そういう思想を背景としてこの金融監督庁の法案というものができ上がったのだと私は理解しております。それぞれ権限意識の面で微妙な対立もいろいろあったでしょうけれども、でき上がった結果としては、私は、現段階においては現実的で一応筋の通った案であるというふうに理解しております。
 鈴木淑夫議員ほかから御提出のこの二つの法案につきましては、私も、鈴木議員もよく存じ上げておりますので、何をお考えかもよくわかるのですが、論理的にはそれなりに、それなりと言うと失礼ですけれども、一貫しておりまして、私自身も大変示唆されるところも多いわけですけれども、そういう面で、まとめられた御努力は大変敬服いたします。しかし、現実にこれを適用するとなると非常に問題が多い。これも後で申し上げますが、そういう意味では若干現実から遊離している部分があるのではないか。そういう意味で、この内閣提案の法律にかわる良案であるとは私は認めがたいということで、いろいろいい面はあるけれども、やはり内閣提案の方がベターではないかというふうに考えております。
 私がここで一言強調したいと思っておりますのは、時間の関係がありますから余りだらだらとは申し上げませんけれども、よく財政と金融の分離ということを強調される。それから一方では、財政当局を中心に、財政、金融の一元化ということが昔からいろいろ言われている。どっちが正しいか、白か黒かという議論が非常に多いのですけれども、私は、政策の実務的な機能としては、金融と財政というものはおのずから性格が異なるわけで、金融はやはり市場原理というものを主体として動くものであり、財政というものは市場原理になじまない部分というのをたくさん持っている、そういう意味ではカテゴリーは別であろうと思います。実務的な面では、それぞれが独立した行政機能なりあるいは調整機能というものが動かなければいけないと思います。
 そういう面では分離ということは現実的に存在するわけですけれども、しかし、一国の経済運営という点から考えたり、あるいは、国際的な通貨なり金融なりあるいは経済の全体的な調整という面から見て、財政と金融というものがばらばらで、一国の政策の体制として不統一のままで国家間の経済協調というのはなし得ないわけですし、また国内においても、経済政策の総合的な責任を負う、議院内閣制のもとでは経済政策における最終責任はすべて内閣が負うわけです。
 ですから、その内閣の責任において財政も金融もやはり統一的に、統一と言うとまた言葉が悪いかもしれませんが、総合的に調整する機能というものは、これはあって当たり前のことでありまして、財政、金融の一体化というと、何か大蔵省が権限を振るってどうのという議論がすぐ出てくるのですけれども、私は、そういう小さな権限論ではなくて、経済運営のあり方として、財政、金融というのは基本的にやはり一体となって、いわゆるポリシーミックスというものが前提とならなければならないというふうに考えております。
 ですから、そういう神学論争をもうやめて、それぞれ財政と金融の特性のもとに責任当局が自主性、独立性を持って運営すると同時に、その総合調整は、ここにいらっしゃる先生方を中心とする国会議員の方々が政府というものに対していろいろ注文をつけると同時に、その政府も、やはり議員の皆様方から選ばれたいわゆる与党の政治家の方が内閣を担っておられるわけですから、その方々の責任が非常に重大だと思うのですね。
 ですから、今後金融監督庁が大蔵省から分離されるにしても、私は、やはり基本的には、今後は、内閣の責任であると同時に、国会もまた金融監督庁の運営について厳しく対応していただかなければならないのではないかというふうに考えております。
 時間がございませんので、また細かい点は御質疑のところでお話ししたいと思いますが、もう一言申し上げれば、監督と検査というものを分離するかどうかとかいう議論が最初ありましたけれども、私は、当然これは一体となってやるべきものだと思います。
 同時に、野党の新進党並びに民主党の方からもいろいろ御提案があるようですけれども、基本的に、議院内閣制のもとで政府が責任を持たなければならないとすれば、合議制の三条委員会というような形で果たして処理できるのかどうかという問題があるわけでございまして、非常に時間もかかるし、それから、今のような、緊急にいろいろな問題が起こっている事態に対する対応が非常に問題になるのではないかというふうに考えております。
 細かい点についてもいろいろ考えるところがございますが、これからのいわゆる監督行政というものは、一つは、個別的な金融機関の、いわゆる破綻に陥らないように、あるいは破綻になった場合の対応措置というものを、個々の銀行の業績というものを常にフォローしながらルーチンな仕事としてやっていくべき部分と、それから、多数の金融機関が破綻して、金融システムなりあるいは経済全体に大きなリスクというものが生み出されるときと、おのずから分けて考えなければならない。
 前者の方は、やはり今回の金融監督庁が担当するのは、これは当然なことだと思います。しかし、システム全体の問題としてリスクが大きくなった場合には、これはもう当然、政府、特に財政当局と監督庁との間で、例えば公的資金を使うか使わないかとか、あるいはどういうふうな手法でもってシステム危機を乗り越えていくのかといったようなことで、やはり大蔵大臣なり日銀総裁なり、あるいは、時には預金保険機構の責任者の方なりが意見を交換し合うということは、これはもう当然なことだと思いますので、そういう意味で、私は、今回の法案の内容というものは、そういう現実的な処理の上で、比較的きちんとした手順というものを踏めるような形になっているのではないかというふうに考えております。
 時間がもうございませんので、私の発言は一応これで終わらせていただきますが、また後ほど、いろいろな点について、先生方からの御質疑にお答えしたいと思っております。
 以上でございます。(拍手)

発言情報

speech_id: 114004278X01119970528_002

発言者: 鈴木幸夫

speaker_id: 14053

日付: 1997-05-28

院: 衆議院

会議名: 行政改革に関する特別委員会