栗原博久の発言 (災害対策特別委員会)
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○栗原(博)委員 このたび一月二日に発生しましたナホトカ号海難・流出油災害につきまして、その被害に遭った方々、そしてまたその被害の修復に努力されております関係各位に深く敬意を表する次第でございます。
ところで、ナホトカ号が上海からペトロパブロフスク市に向かって航行中、この事故が公海上で起きたわけでありますが、破断タンクから約五千キロリットルのC重油が流出し、あるいはまた船首部に約二千八百キロリットルの重油を残して漂流して、今日のこの事故が起きておるわけであります。
一月十日に閣議口頭了解によりまして、運輸大臣を本部長として関係省庁の局長クラスから成る対策本部が設置されまして、そして流出油の沿岸地域への影響を最小限に食いとめるということで努力され、また関係自治体並びに自衛隊、海上災害防止センターなどが民間ボランティアの協力を得て、今日まで懸命に努力をされておるわけであります。
過去、新潟港では昭和四十六年十一月三十日に、重油七千二百キロリットルを流出しましたジュリアナ号事件というのがございました。あるいはまたその後、三菱石油の水島製油所とか、あるいはまたアストロ・レオ号の衝突、炎上で流出の千二百キロリットルとか、小さなものを挙げたら枚挙にいとまがないわけであります。海外では御承知のとおり、アラスカ沖で過去大変な被害が起きております。要するに、北極海の中でエクソン・バルディーズ号ですか、アラスカ沖で原油が四万キロリットル流されて、そして沿岸の自然環境に多大な禍根を残しておる。その中で、今回の事件が起きたわけであります。
例えば、新潟のジュリアナ号でございますが、これはリベリア船でありましたが、原油が大量に流れて、私も当時新潟におりましたので、町まで油のにおいがつんと鼻を刺しておりました。そして、その油を抜き取るのに約一カ月、約十二億円の金を当時要したわけであります。日本海は、当時は十一月でありましたが、今ほど荒れてはおりません、新潟港沖でありましたけれども。だから、日本海でこのような海難事故が起きた場合、どんなことが想定されるかは、これはやはり前もってわかっていることと思うのです。
特に、今ロシアでは、極東では、内陸部での油の運搬が大変経費がかかるということで、洋上ですか、特に中国とかそういうところからこういう油を運んでいる。ところが、そこで油を運んでいる船はみんな老朽化しているわけでありまして、だから、こういう事故が起きないとも限らないということは想定できたと思います。
そこでお聞きしたいのでありますが、今回のナホトカ号事件は荒海の日本海で想像を絶する中で起きたというようなことを政府当局も言われておりますが、これに類似する、先ほど申しましたアラスカ沖のエクソン・バルディーズ号事故や、あるいはまた先ほど申しました日本海でのジュリアナ号事故など、こういう過去の類似した教訓や経験というものは無にしていなかったと思うのですね。そういう経験、教訓を踏まえて今回、事前にそういう対策も練られていたと思うのですが、そういう事前の対策がどの程度練られておったかということをお聞きしたいと思います。