村井仁の発言 (大蔵委員会)

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○村井委員 外為法の改正も、一九八〇年からということでございますから、十七年たったということでございましょうか。昔、原則自由例外規制、こういう言い方をされてやりましたのが昭和五十五年の改正でございますけれども、それから本当に急速に環境が変化しまして、外国為替及び外国貿易管理法という、昭和二十四年以来なじんできた法律の名前から管理という名前が今度は取れるという、ある意味では非常に画期的な法律改正だ、こう思うわけでございます。私も、昔、この外為法の昭和五十五年の改正に少し関与したことがございますだけに、非常に感慨無量なものがございます。
 ところで、若干落ち穂拾いのような感じになりますけれども、今まで余り触れられなかった問題も少しずつ拾いながら、お伺いをさせていただきたいと思っております。
 一つは、東京オフショア市場の問題なんでございます。
 オフショアという観念はどうもなかなか素人にはわかりにくくて、ちょっと長話になって申しわけありませんけれども、私自身は、いわゆる金融というものにもちろん自分で仕事の上でかかわったことがございませんし、たまたま行政という切り口から見ていたにすぎない人間でございます。
 自分の個人的な経験でいえば、外国勤務のときに大借金いたしまして、そして、たしか最初はポンド建てで借金いたしましたら、一九七七年でございましたか、あのポンドの大切り下げがございまして、本当に助かった。円で給料をいただいておりますから、これでポンドが切り下げになりまして、こんなハッピーなことはないと思ったのが個人的な経験としてはございます。そういう意味じゃ、為替は、私はついていると思っているんです。
 それから、外国でカードで買い物をして帰ってきましたら、ちょうど、たしかプラザ合意がなんかの絡みでどんどん円がウナギ登りに上がりまして、結局円建てで払うバリューというのが非常に減ってしまって、しめた、随分これはついているものだ、こう思ったものでありますけれども、その程度のみみっちい経験しかない人間が言うわけでございますから、余り迫力のある話にならないわけであります。
 その為替の中でやはり一番わかりにくいのは、一つオフショアの話だと思うんです。主として榊原国際金融局長にお尋ねをさせていただきたいと思いますけれども、オフショア市場といいますと、東京の、例えば丸の内なりなんなりにある金融機関とは別に何かあるように世間ではちょっと受けとめているような節もあるけれども、実際は、あれは別勘定、要するに帳簿を別にするか、勘定を別にするかという形でできているだけのことなんですね、本質的には。
 そこで、まず一番初歩的なことからお伺いした
いんですが、今度外為法が変わりまして、完全に自由になりますね。そうすると、オフショア市場というものを特別に設けておく理由というのは、逆に何もなくなるんじゃないかという気もするわけなんです。
 要するに、内外の垣根がきれいに取り払われてしまうと、そこでは、例えば大蔵省が例示したケースでいえば、日本の国内でドルショップもできる、ドルで買い物もできる、ドルが通貨として一応流通するというような状態まで想定しているということであるとすると、そしてまた、いわゆる集中というような、あるいは為銀主義というような、これまで昭和二十四年以来ずっと基本的に保たれてきた、あるいはそれ以前の統制時代、もっと古く言えば日本は長年にわたって外貨不足、戦前外貨不足に悩んだわけでありますから、その時代からずっととられてきた制度にある意味ではピリオドを打つということになりますから、オフショアというようなものを特段設けておく必要もないのじゃないかという気が、ちょっと素人考えでするんですが、そのあたりからまず教えていただけませんか。

発言情報

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発言者: 村井仁

speaker_id: 19597

日付: 1997-04-22

院: 衆議院

会議名: 大蔵委員会