白川勝彦の発言 (地方行政委員会)
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○白川国務大臣 基本的な政治にかかわることでございますから、まず私が述べますが、自由主義国家というのと自由主義国家でない社会の場合、国がこういう方向にぐいぐい引っ張っていくのかいかないのかというのは、それが個人の生活にかかわることであれ、あるいは今申し上げた三千三百の市町村のことであれ、何か絵を描いてぼんぼん引っ張っていくのがいいのだという考え方に、少なくとも自由主義政治の立場に立つ人は立たないというのが私は原則だと思いまして、この辺の問題について、また別の機会に議論したいと思います。
ですから、国は、幾つがいい、小さいのはだめだという価値判断を軽々に下せるのでしょうか。昭和三十年前後の町村合併が強力に進んだのは二つの理由があると聞いております。一つは、新制中学校を市町村の仕事にしなきゃいけない。これは一万近くあった市町村にとっては大変な重荷だったようでございまして、現実にはやれなかったという必要性があったようでございます。もう一つは、県当局がかなり積極的に、そういう必要性もあったのかどうかわかりませんが、かなり強引に指導していったという側面があるようでございます。
先ほど申し上げたとおり、地方分権といいながら、例えば市町村に新たなる大きな権限が、今回何か変わるんでしょうか、今みんなで変えようという努力をしているんでしょうか。大きな荷物がどんと行く、これで市町村でやれますか、町村で特にやれますかという現実をつくらずして、受け皿がないから渡さない、あんな小さいところに任せるかということを、私は、言っている方が間違っているのではないか。
だから、私は今回、今回の地方分権の中で市町村にどういう権限がまず渡されるのかということを、また渡すべきかということをまずみんなで考えてもらいたい。そして、それができるかできないかというのは権限をもらったところが決めるのであって、その体制がなければ住民に迷惑をかけることになるでしょう。
ですから、私は、自由主義国家においては、まず地方分権と言い、地方を強化すると言う、そして市町村にこれから権限を移譲していくのなら、受け皿がどうのこうのということではなくて、私はやはり、これから基礎的地方公共団体に何をお願いしたいんだという、そこをしっかりと示さぬでいて、三千三百あるのはどうのこうのというのは非常に中央志向的な考え方だという気がしてしようがありません。もちろん、私は合併を推進する立場で、その場合はやはり思い切った誘導策というのを国も県も考えるべきだろうと思っております。